第三話 マコク
街の入口が見えてきた辺りで、西香は街へ続く街道の脇の森から行き交う数人を見て表情を引きつらせて固まっていた。
「人が……違う人ですわ!」
というのも、通りがかる人物が毛むくじゃらでしっぽが生えていたり、可愛い猫耳と生やしていたりしているからである。街道を通っているのはそう大した数ではなかったが、いわゆる正統派な人間というか、肌がファサっとしていないタイプの人間は大体3割程度。あとは人間と獣のハイブリッドみたいな人種が見えている。
「これはもう間違いないですわね……はぁー異世界ですわこれは!わたくしの!待望の!女友達のいるかもしれない!!異世界!」
西香の飲み込みの良さは、これまでにしてきた様々な経験からすれば順当だ。魔法の世界やら地獄の世界やらと繋がる事もあったし、天界とやらの代理戦争に加担して魔法少女になったこともあるような無いような。宇宙人はティッシュを探しに地球によるし、地球を破壊して何事も無くもとに戻す同居人までいる。となれば自分の身に異世界転移なんて事も簡単に起こりえるだろうな、なんて判断に至るまではとても早い。
「だ、大丈夫?お姉ちゃん」
しかし何故自分が一人が?そんな疑問を抱えつつ、まぁなんとかなるかとポジティブに考えることにした。なんと言ったって美しい自分の姿だけで男なら従わせることが出来るのだからと。
「さ、ボーイ。街に入りますわよ。女友達になれそうな美、いえ、わたくしよりちょっとブな美人を見つけませんと」
西香がそう言って森から出て街道に入ろうと進み出るのだが、フェルディナントは森から出ようとしなかった。
「ちょっとボーイ?」
「ううん。ボクはいいや……お姉ちゃんはボクのことを気にしないで街に行ってよ」
「そうなんですの?じゃあそうしますわ。案内ご苦労でしたボーイ。もう会うこともないでしょうけど」
それを最後のあいさつに、西香は街の大門に向かってトコトコと歩いていく。門の脇に立っている銀の甲冑をした兵士が一人立っていて、ふさふさの毛とネコ科らしき長い尻尾がぴょろぴょろ動いていた。数メートル歩いて、なんとなく背後を見ると木陰で少年が西香の様子をまだのぞき見ている。まぁこれだけの美貌なのだから最後の一瞬まで目を奪ってしまうのは無理もないか、なんて考えたのだが、隠れているフェルディナントの方に向かう影が一つあった。それは人間ではあったが、急所になる位置だけを保護する皮のプロテクターみたいなのを着用して、腰に剣をぶら下げたガラの悪そうな男だった。
西香は立ち止まってフェルディナントの方を向く。フェルディナントの方はその男の接近に気づかないで西香に小さく手を振っている。だが西香の視線の動きに気づいたらしい。フェルディナントはビクッと背後に視線を向けていた。
それでなんとなく、西香は門に向かうのをやめていた。人の気持ちには鈍感すぎる西香ですらした胸騒ぎに、自然と足はフェルディナントの方へ向かっている。
男はフェルディナントの着用しているフードに手をかけようとするが、フェルディナントは距離があってもパチンとかすかに音が聞こえるほどの強さで男の手を払った。明らかにフードを取られるのを嫌がっているのが見て取れる。
「一体何をしてるんですの……?」
その嫌がり方は普通には見えない。フェルディナントは後ろを向くよりも早く、一刻も早く距離を取ろうとして、振り向きざまに走り出すし、フードのせいで視界が狭かったのか、走り出した瞬間に肩を木にぶつけてしまう。そのせいで死んだ加速が男との距離を急速に縮め、後ろからフードを引っ張り取られていた。
西香からすれば、フェルディナントのフードの奥にある白髪は話している時に見えていた。だがフードが剥ぎ取られたことで太陽光を経て目に映るその髪色は、白髪というよりも銀髪に近い煌めきがあった。
そしてそれを見たガラの悪そうな男は大声をあげた。
「マコクだ!!誰かー!!マコクだー!」
そう叫びながら、男は少年を地面に押し倒し、なんと自分の腰に挿していた剣を抜いた。西香は剣が抜かれる前から走っていた。嫌な予感もしていたし、振り向いていたフェルディナントの表情が怯えていたのが見えていたからだ。
振り下ろされる切っ先に、フェルディナントはその細い腕で急所への壁を作った。更にその腕の外側は激しい光を放っており、バチバチと放電するような音がしている。元も子もない説明をすれば、電磁的な効果をその腕に発現させていた。これは特有の魔法にほかならない。
だが西香は剣を止めるだけしか意識しておらず、フェルディナントの魔法の行使に気づいていない。即座に追いついた西香はうろたえる男の後ろから腕を引っ張り、剣が動かないようにしている。だが西香の力などでは、仮にも剣を腰に下げるような男の行動を止められるわけがない。
だからもう一つ工夫を凝らした。西香はこれまで、自己防衛目的で本来なら銃刀法違反に当たる刃渡りの長いナイフを持ち歩いている。留音との喧嘩に持ち出すこともあるこの”ガチナイフ”を、男の眼前に掲げていた。
「剣、危ないですから離してもらえます?」
「な、何を言ってる……こいつはマコクっ……」
西香は慣れた手付きでナイフをくるりと回してみせた。すると男は「イカれてやがる」とゆっくり剣を地に落とした。
「お、お姉ちゃん……」
腰砕けになりながらそう言ったフェルディナントの瞳は怯えから解放された安堵はなく、むしろ西香に対して同情の念を抱くような色をしていた。