第二話 フェルディナント
雰囲気を和らげる修正をした第2話です。ここからはほとんど変わりません。
「あっ……」
それはなんというか、白昼夢から覚めたというか、ボーッとした時に視界の焦点がぶれて、自分がどこを見ているのかわからないのを、誰かに呼びかけられてパッと焦点がもとに戻るような、その程度の感覚で西香はその光景を目にしていた。
そこにあるのは一面の大平原だ。西香は崖の近くに寝転がっていて、眼下数メートル先から美しい緑の大地が広がっている。森、平原、そこからでは高さはわからないがそれなりに大きそうな起伏があって、それからそう遠くない場所に街らしき場所が見えた。
「おっほほぅ……これは……マジで来ちゃった感ありますけど……」
その時背後でガサガサと音がした。西香はそれを確認するために振り向くと、白髪の少年が顔を少しだけ木の陰から覗かせて、西香の方を伺っていた。その少年の年齢はおよそ10歳かそれくらいだろうか。
「お姉ちゃん、だぁれ?」
少年は声変わりをしていない、可愛らしい声でそう言った。西香は「ほほう……」と傾向を掴もうと探るように少年を見る。
「ボーイ、ここはどこですの?」
西香は少年の問に答えず、自分から質問する。すると少年は「ルーゼの近くの森だよ」と言った。なんでも眼下に見えている街のような場所の名前がルーゼというらしく、西香は聞いたことのない地名に首を傾げている。異世界の名前なのか、実際にある地名なのかがそもそもわからない。地名を聞いた意味が無いことに気づいた。
「お姉ちゃん、ルーゼの人じゃないの……?」
「知りませんわよルーゼなんて。検索しよっと……あーんもう。携帯つながらないじゃありませんの」
西香はポケットから取り出したスマホを触っているが、どうやらアンテナ一本すら入らないらしい。ということはやっぱり異世界なのでは?そう考える西香。
少年は興味津々で木陰から出てくると、茶色のフードをかぶりながら西香に少しずつ近づいていく。西香が携帯を空中に掲げてあっちらこっちら向けているのが不思議だったようだ。
「お姉ちゃん、なにをやってるの?」
「電波探してるんですのよ。で、ボーイ、大人はどこですの?というよりわたくしのお友達候補の可愛らしくて健気だったりツンデレだったりちょっとおバカだったりする女の子がいる場所に行きたいのですけど」
「ボーイボーイって、ボクはフェルディナントだよ。よくわからないけど、あの街は国中でもとっても大きいから、お姉ちゃんの探してる人はそこじゃないかな?」
フェルディナントと名乗った少年は眼下に見える街を指し示してそう言った。
「そうですの。それじゃああそこまで行かないと。しかし遠いですわね。タクシーを呼びましょう。あ、圏外でしたわ。仕方ないですわ、衣玖さんに連絡して転送装置を……あ、圏外でしたわっ。仕方ないですわ、留音さんに迎えに来てもら……あ、圏外でしたわッ。こうなったら信者共に送迎を……あぁっ圏外!もう!なんて日ですの!」
西香は携帯を睨んで叫んでを繰り返し、乱暴に携帯をポケットにしまう。フェルディナントと名乗った少年が街からここまでのルートをなぞるように視線を動かすと、恐る恐ると言った口調で提案した。
「あの、お姉ちゃん、ボクあの街への近道知ってるよ。教えてあげようか」
「はぁ……仕方ないですわね。こんな山道をわたくしが自分の足で歩くことになるなんて……ボーイがもう少したくましければお姫様抱っこを許しますのに」
疲れたように言った西香の言葉にフェルディナントは目を丸くして聞き返す。
「お、お姫様抱っこ?」
西香はフェルディナントの反応に顔も合わせず呆れるように付け加える。
「おバカ。本気で言ってないですわよ。わたくしに触れられる男性の年収は3億円が最低ラインですから」
なんだか楽しい人だなー、とフェルディナントは口元をほころばせて先導を始めた。生い茂る森の坂を下っていく道すがら、彼らはいくつかの言葉を交わす。
「お姉ちゃんはどこから来たの?」
「銀扇町ですわ」
「聞いたこと無いなぁ」
「それであなたは?ずいぶんとまぁみすぼらしい格好をしてますけど、あの街の方?」
「ううん、ボクは……この森に住んでるの」
西香はじっと見るではなく、視線の中で捉えるようにしてフェルディナントの服装に注目する。茶色のマントは裾が地面にあたっているせいか、擦り切れていたり枝に引っ掛けたことがあるのか穴が空いたりしていて、その上靴はボロボロだ。街が近くにあるのにわざわざ森でこんな生活をしているのだから、きっと大貧乏なのだろうと察した。
「はぁー。良かったですわねボーイ。わたくしのような天上人と触れ合う機会を持てたって明るい思い出が出来て。大人になった時の生きる希望にしなさいな」
西香は悪意を一点もそんな事を言った。西香の美貌は男性限定ではあるが生きる希望を与えることに定評がある。ファンクラブの人間は西香成分が長く補充できないと死ぬと自己申告していたので間違いない。西香はこんないたいけな少年の未来まで救ってしまったかなんて、とても良いことをした気分になってすらいた。
「うん……そうするよ」
だがフェルディナントは皮肉にも受け取らず、本当に明るい思い出が出来たかのように、楽しそうに軽く笑うのだった。