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第九話 行き場が無い

 異界人との交流を描いた物語の本を、今度はしっかりと西香(さいか)と共に読むことにしたフェルディナント。簡単に要約すると、こういう話である。


 異邦人である青年は赤い満月によって変異してしまうヒロインと出会う。だが変異にピンとこない青年はヒロインと仲を深めていき、相思相愛になる。


 同時に、青年は元の世界へ帰る道を模索する。西香(さいか)とは違ってヒロインと共に様々な国に旅をすることで元の世界へ帰るヒントを探していた彼は、フォンというアイテムを使って、無限の知識や風景、人間の姿かたちを保存することが出来た、という点について、西香(さいか)は自分のスマホを持って、同じものを使ったのだろうことは推測に容易い話であった。


 ではヒロインが血を求める鬼に変化してしまうという赤い満月とは何なのか。実際の世界では赤い満月など起こらない現象で、ストーリー上の脚色に思えた部分だが、最終的な結末に用意されていたエピソードでは、赤い月の影響で鬼に変化したヒロインが主人公を送り返そうと最後の自我を持ってゲートを作り出す。主人公はそのゲートの奥に自分の世界を見て、ここに入れば元の場所に戻れると思いながらも、鬼になってしまったヒロインに寄り添う事に決めた。


 その後ヒロインは見境なく街の人々を襲ったことで最終的に騎士団に討伐されてしまい、それを主人公が弔い、自らもまた死ぬまでに鬼の少女との暮らしを一冊の本をまとめたのがこの本だった、という結末を迎えて物語は終わっている。


「きっと鬼は……魔刻のことなんだ……」


 一時的な鬼の力の高まりの描写は魔刻の稀に来る魔力の上昇、そして人から忌まわしく思われるような描写、鬼の血を引いたから使えるという特殊な技能など、それらは魔刻を持った人との共通点が多く見受けられたのだ。それを文章化して、娯楽に設定を落とし込んでいるのだろうというのが、フェルディナントの見解だ。


「ははぁ、アレですわね、裏読みみたいな感じの……で、この鬼っ子ちゃんが魔刻だとどうなんですの?」


 と、西香(さいか)は絶望的に行間が読めないでいたのだが、フェルディナントは丁寧にこう説明する。


「この主人公が西香(さいか)お姉ちゃんと同じ世界から来た人だとして、この鬼のヒロインが魔刻だとしたら、この物語はほとんどこの世界で起きた事を記した日記みたいな内容なんじゃないかなって思うんだ……」


「ほほぅー、なるほどですわね。鋭い考察だと思います。で、そうなるとつまり何があるんですの?」


 西香(さいか)は自分の得になると感じたこと以外、ちょっとした思考すらしようとしない。


「この主人公は自分の世界に帰るためにこの世界を巡って、やがて帰るために必要なのは鬼の力だったって知るけど、ヒロインが何をしてもゲートは開かなかった。本当の鬼になるまでは……」


「ふんふん、つまり鬼が魔刻さんだとしたら、魔刻さんはより強い魔力を持つことでわたくしを元の世界に返せるようになる、ということなんですの?」


「ううん、鬼っていうのは多分……ドラゴンのことなんだと思う。竜化して高まった魔力で初めて異界に干渉するんだ……きっとこれはそういう話なんだよ」


 フェルディナントは言葉を紡ぎながら苦々しく顔を伏せてしまう。言葉の重みの意味するところを理解できない西香(さいか)は能天気にこう言った。


「わー、よくやりましたわねボーイ!これでわたくしがお家に帰る方法がわかりましたわ!で、ボーイ。そのドラゴンへの変身というのは簡単にできませんの?」


 それに対して、フェルディナントは重々しく返答する。


「簡単にどころか……一度変わってしまったら、きっともう二度と戻れないよ。この鬼と一緒で、人を襲って、最終的に討伐される存在になるんだもん」


「……つまり……え!重いですわ!!なんなんですのそれ!じゃあボーイがドラゴンになってわたくしを元の世界に送ってくれたとしても、ボーイもこの鬼っ子ちゃんのように殺されてしまうだけ、という事なんですの?」


 フェルディナントは浅くうなずいた。一瞬だけ彼の口からは「もしドラゴンになれたら元の世界にかえしてあげたい」という旨の言葉が出かけた。だが街で出来てしまった友達の顔が浮かび、自己犠牲の精神は鳴りを潜める。フェルディナントがもしも殺されるのを待つだけの人生であればこの人のために、とも思うのかもしれないが、今は可能な限り長く楽しい事を見つけて生きたいのだ。


 いつもなら自分を最優先に考える西香(さいか)もこれには黙り込んでしまった。誓約書の無い友達候補を切り捨てるかどうか、可能ならその選択を取らないようにと別の方法を思案しているのだ。


「他の方法は……ないんでしょうか」


「どうだろう、この人は色んな場所に旅をして方法を探したみたいだけど、最後は……」


 やがて西香(さいか)の中に無力感が漂い始めた。自分の持つ可愛さがここでは役に立たず、調べたいこと一つを調べるのにこれだけ時間をかけ、やっと出た答えはこれなのだ。留音(るね)のように相手がドラゴンだろうが黙らせて調教してやるような力も無く、衣玖(いく)のような頭脳で別の方法を導く能力もない。ましてや真凛(まりん)のようなリセットに近い能力などあれば、何かあっても大丈夫だと思えるのに。


 だから本当に認めたくないことだったが、西香(さいか)は今の自分に何が出来るのか、だんだんとわからなくなってきていた。


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