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第八話 異界人の物語

 西香がこの異世界に来て一ヶ月以上が経過して、ようやく本を取り寄せるところまで来た。


 発注したキーワードはフェルディナントが初めから知識を持っていた"異界人"。それについて書かれている本の中でも一番読み応えがあるものを、と注文した。それから届くまでの間はのどかな日々が続く。


 初めの頃はその異世界の不便な暮らしを野蛮人のようだと直視したくなかった西香であったが、フェルディナントの魔法によって火にも水にも困らないし、魔法で出来る清水でシャワーも浴びれたし、ほんの一ヶ月程度で西香はその暮らしに十分慣れることが出来ていた。


 その上、年齢的には少し離れてこそいるが大人びた考えをするフェルディナントと、年齢を感じさせない幼稚な思考と発言を持つ西香の相性はそう悪いものでもなく、お互いがお互いを補うような日を過ごしている。と言っても、補われているのはほぼ全面的に西香ではあるのだが。狩りを含めた食事の用意も、炊事も洗濯も全てフェルディナントだ。それでもフェルディナントにとっては孤独を埋めてくれる年上の女性で、家にいてくれるだけで自然と笑顔になれた。


 そんな中で本が届く。異界人に関する資料を取り寄せたはずが、届いたのは大して厚くもない物語である。西香は当然本屋に抗議するが、発注というのはそういうものだと一蹴され、持ち帰ってペラペラとななめ読みをする。普段からほとんど文字を読まない彼女にしてみれば読むことすら既に面倒極まりない。


「あー……もう……文字ってダル……絵がないとめちゃんこに退屈ですわ~……」


 そんな西香の様子をそわそわと見守っていたフェルディナントは、そんな様子におずおずとこう言った。


「面倒だったら……読まなくてもいいんじゃないかな……」


 その言葉に西香は「はぁ」と本を閉じ「どういう意味ですの?」と続けた。


「だって、もしも帰る方法がわかったら……西香お姉ちゃん、帰っちゃうんでしょ……?」


「ん?ちょっとわかりませんわね。ボーイは何を今更?」


 フェルディナントは表情を曇らせる。帰ってほしくないという気持ちを、西香はどうやら察せていないのだ。


「お姉ちゃんがいなくなったらボク、また一人になるなって……」


 落ち込んだ表情を作るフェルディナントに、西香はあっけらかんと言う。


「あぁー。そういうことですの。別にいいじゃありませんか、一緒に来ちゃえば。異世界ってくらいなんですから、どうせこう、魔法陣的なモノに乗ってぴょわわーんとワープする感じですわよ。しれっと来ちゃえばいいんですわ」


 その言葉に目を丸くするフェルディナント。


「えっ……いいの?」


「だめなんですの?わたくしよりもこっちのキッズ達のほうが大事なら、まぁ引き止めませんが」


 その場合はわたくしのファンクラブに所属する権利は失いますね、と皮肉っぽく言った。


「だってボク、魔刻なんだよ……?お姉ちゃんの国に迷惑をかけちゃうかも……」


「迷惑~?そうですわね……」


 西香は頭の中で同居人達を思い起こす。


 ドラゴンくらい片手でも倒せてしまいそうなゴリラ女男女の留音(るね)。彼女がいればドラゴン程度一瞬で片がつく。


 そして天才の衣玖(いく)。IQ3億だなんだと言っているのだから人体改造でドラゴン化だのすら治せるのではないか、というか異世界へのポータルなんかも作れてしまうかもしれない。


 続いて真凛(まりん)。いざとなれば全てを破壊して元に戻してもらえばいい。


 最後に天女、名前を呼ぶことすら恐れ多いあの子。あの子に会えばジャリボーイの邪念も何もかも全て浄化されることは間違いないだろう、と。


「全く問題ありませんわ。わたくしのしもべ達&親友候補がなんとかするでしょうから」


 フェルディナントの表情がみるみる明るくなっていく。西香の言動こそフェルディナントは困った気持ちになることはあったが、彼女が保身以外で嘘をついたことはなかったし、何よりフェルディナントには嘘をついたことはない。


 だが西香はため息をついて、再び本を手にとった。


「もう。わたくしはてっきり、代わりに音読して読ませてくれるのかと思いましたのに。っていうかボーイが全部読んで、役に立ちそうな要点だけかいつまんで教えてくだされば一番ラクなんですけど」


 西香が気になっていたのは、簡単に言えば「フェルディナントが面倒な事を引き受けてくれるのか」という話だったようだ。


「わかった!ボク読んであげる!」


「あら。ボーイ、あっちに戻れたらファンサービス優先券を0.2枚プレゼントしますわよ」


 そうして読み進めたその物語。途中で西香は寝るし、結局フェルディナントが読み進めた上で西香に要点を伝える形になった。


 初日で半分以上を読み進めたフェルディナントは、次の日のご飯中に読み進めたところまでの話を西香に伝えた。


「あのね!すごいんだよ、このお話。まるでボクたちみたいでねっ、舞台は戦争をしてた頃だから、かなり昔なんだ。それで主人公は男の人なんだけど、異界人って設定なの。それでこの世界に来て、ちょっとも戦えなかった男の人は逃げている最中に女の人と出会うんだ。とっても美人な女の人なんだって!」


「うわっ、どこも展開は変わりませんわね。でもそっちの方が羨ましいですわ。わたくしが同じ立場だったらすぐに新しいお友達誓約書を使ってお友達になりますのに、美人異世界女子」


 フェルディナントは複雑な気持ちを抱えつつ更に続ける。


「それでね、一緒に暮らそうとするんだけど、その女の人は実は鬼の一族だったことが判明するの。赤い満月の一夜だけ、血を求める鬼になるんだって。でも男の人はその女の人が好きになっちゃって、一緒にいることにしたの。赤い満月の日だけ隠れてればいいやって」


「そうなんですの。そんなリスキーでも一緒に居たいってことは、きっとわたくしのお膝くらいには美人だったんでしょうね。それで?」


「ここから先はまだ読んでないから、あとで読むね。でもね、すごいんだよ、このお話。西香お姉ちゃんも動く文字盤を持っていたけど、それと似たような物が登場してるの。異世界の名前はチキュ―って言うんだけど……」


「あらすごい。しっかりと異世界考証が出来ていますのね。わたくしの住んでいた場所も地球ですわよ」


「えっ、そうなの?……え?」


 フェルディナントは難しい表情を作って、手元の食料に視線を移している。視界から入る情報への理解を遮って、頭の中で西香の言葉の意味する所を考える。


「……じゃあもしかして、あの本を書いたのって……」


 フェルディナントはすぐに本を取りに行って、本編以外のページに目を向けた。書かれたのは今から何十年も前らしいことは確かで、作者のコメントのあるページには「故郷の隣人のために」と記されていた。その言葉が意味するのはもしかして、同じ境遇の「こちらの世界での異界人」へのメッセージが含まれているのではないか、ということだった。


 西香は相変わらずすっとぼけた表情で深刻な様子のフェルディナントに対し首をかしげるのみである。

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