第一話 転移
シリアスにしっかりと異世界にしようと思ったのですが、少し難しくなってきたのでベクトルを修正した1話です。
話の流れは同じですが、表現はシリーズのテイストに寄せています。
「はぁ。まったく、西香ファンクラブが3時間も押すとは思いませんでしたわ」
西香は自分の家への帰り道でぶつくさとそう呟いた。本来なら15時に終わるはずだった西香ファンクラブの終了時間が長引き、今は18時を回っている。それもこれも、全ては西香のファンの熱意のせいだ。
西香は主賓でありながら昼寝から起きたら17時を回っていた。ファンたちはそれでもいいからどうしても一瞬だけで良いから会場に顔を出して欲しいと懇願し、それから可能であれば一言、声を発して欲しいと西香を会場になんとか呼んだのだ。
それに対して西香は全く仕方がないと、ソシャゲで水着イベがそろそろ始まる頃ということもあり、信者達からの課金貢が必要だった事も重なって彼女は渋々ファンクラブに顔を出し、それからファンサービスとして一言以上、声を発してあげることにした。
「わたくしすっかりこの会を忘れていましたの。さっき起きたばかりでめちゃくちゃ眠いですわ。というわけで、もう帰ります。貢の額が一番高い方、後日さっきティッシュ配りの方が配っていたのでもらったティッシュをお渡しします。ではスタッフもそのように。はーねむ」
おぉー!!と会場は大歓声をあげ、西香の美しすぎる姿と声に涙する者もいた。西香はまた良いことをしてしまったな、なんて考えながら家路を行く。こういうのを「時間が押した」とは全く言わないのだが、西香はプンスカと不機嫌そうにしている。
帰った頃には料理担当の真凛が晩御飯を作っている頃だろうか、だとかぼんやりと考えながら家への最後の曲がり角を曲った、その時だった。
時間が止まる。眼の前には大型トラックが迫っていた。音が聞こえていなかったわけじゃない。ただボーッとしていて、もっと遠くからしている音だと思った。それが今この瞬間、おそらく止まれない速度で眼の前にある。
あ、これどっかで見たやつ……!ですわ!
西香は極限まで圧縮されたスローモーションの時間の中で、ゆっくりとトラックが迫るのを見ながら頭の中で再生されるのは、同居人の一人である衣玖がテレビの前に正座して見ていた異世界転生アニメの第1話。もうありきたりすぎて。
でもどうして自分がこんな目に?西香は考える。これまでの人生で何も悪いことはしていない。そりゃあ少し、男どもにはアコギな事をしているかもしれない。でもそれは自分という芸術と近づくための対価であって、ファンクラブを見て分かる通り、お互いウィンウィンで成り立っているはずなのだから。
見知らぬ女の子に対してだって、自分のような超絶美少女とお友達になるために二百項目少々の契約項目を課してはいるが強制をしたりはしないし、いつも用事があるとかそんな事を言われて友達が出来ない、かわいそうな人間の代表が自分だ、と考える。
ということは?悪いことをしていない人間にこんなわかりやすくトラックが目の前に現れるということは……。
そう、このトラックは……異世界送迎用トラック!!!
ということは??
当たれば可愛い女の子達と出会ってキャッキャウフフ???もう誰にも友達がいないとは言わせない???
「今行きますわ!!わたくしの念願のお友達女子ーーーー!!!」
西香は見事にトラックにごっつんしてぽーんと意識をどこかへ送ったのだった。