Lv.7
「では、収穫をしてみましょうか」
「ふぁい」
昨夜はヴィーちゃんの存在に緊張し続け、意を決して弟子を頼むと二つ返事で許可を貰ったアリスは、日が出始めた頃にノーネに起こされていた。
「あれ、ヴィーちゃんは……」
「アリスさんがおやすみになったのを確認してから、足早に去って行きましたよ。'機会に感謝し、よく学べ'と伝えておけとのことでした」
「挨拶……できなかった」
「わざわざアリスさんが寝てから出ていったんですし、ヴィーちゃんも気にしませんよ。それに、地上を散策すると言っていたので、その内どこかで会う事もあるでしょう。言いたいことがあるのなら、その時に言ってあげてください」
頷くアリスを横目に、それではいきますよー。と、いつもの服装に道具を背負い出ていくノーネ。
その収穫物がある場所はそれほど遠くなく、先を歩くノーネの後を追って数分程で、アリスの目の前には大きな温室が見えてきた。
「えっと、師匠?」
「呼び方は何でもいいですよ。好きに呼んでください」
「じゃあ師匠で。その、あの温室は……というかここは?」
振り返っても歩いてきたはずの森は一切無く、どこまでも広々とした草原があり、どれだけ見渡してもポツンと一つの大きな温室しか見えない。
「なんと言えばいいでしょうか。一番それっぽく言えば、私の私有地ですかね」
「師匠は貴族なの?」
眠気も覚め、どこか残っていた緊張もほぐれてきたのか、口調や声のトーンが戻ってきた事に微笑むノーネは、アリスの質問に首を傾げて少し悩む素振りを見せる。
「そうですねぇ……ヴィーちゃんから色々と聞いたみたいなので細かい事は省きますが、その昔に爵位を貰ったことはありますよ」
「師匠の'その昔'ってどれぐらい昔なのよ」
「ヴィーちゃんと会った頃より前ですかね。爵位をくれた国はなくなりましたし、もう意味もなさないでしょう。ここと爵位は関係ありませんしね」
笑うノーネを見るアリスの眉間には、小さなシワが寄っていく。
「結局ここはどういう所なの?」
「栽培用の場所ですよ。ここに入るのも出るのも私の一存ですからね。世界中の誰も知らない場所でしたが、それも今日までのようです」
「え、いいの? 自分で言うのもなんだけど、昨日の今日で弟子になったのに連れてくるなんで不用心すぎじゃない?」
「ふふふ、さっきも言いましたが、出入りは私の一存なんですよ。貴女一人では入る事も、出る事もできないので、なんの問題もありません」
眉間に寄ったシワは更に増え、同時に顔が引き攣っていくのもアリスは感じた。
いつの間にココに辿り着いたのかは分からず、もし魔法だとしても使われた瞬間なんて当然分からない。聞けば聞くほど不安になりそうな状況である事を察し、次の質問は口に出さず消化していく事をアリス。
そんなこんなのやり取りをしていると、二人は温室の前へと辿り着き、ノーネに続いて中に入ったアリスは目の前の光景に不安も声も失った。
「それなりに危険なモノもあるので、触る時には気をつけてくださいね」
ノーネの言葉は耳には入ってくるが、アリスの脳はそれどころではない。こういう方面の知識が豊富なわけではない事は重々理解している。それでいても、目の前の光景がありえない事ぐらいは理解できるのだ。
絶対に共存できないはずの草木がエリアごと育ち、子供用の本に書かれるほど有名な――それでいてもう存在しないはずの花が、光を放ちながら咲いている場所もある。
一度の視界で、一枚の風景で目に映すにはあまりにも非現実的な光景。
「なんなのよ……」
やっと絞り出せた言葉は、見ている光景を理解できない素直な言葉。
「この温室は、それなりに貴重な素材を育てています。少し手入れは複雑なので私がしますが、今後収穫の時はアリスさんにもお手伝いしてもらいますね」
「も、もしダメにしちゃったりしたら」
「別に気にしませんよ。その時はまた一から育てますから」
本当に気にする様子もなく、当たり前のように答えるノーネにアリスは目を閉じて、大きなため息を漏らす。
最初から理解できない事ばかりで、常識が通用するは思っていなかった。自分の状況と立場を忘れ、少しでも知りたいと思ったから弟子入りしてみた。
始めから、こういう感情に振り回されるのは分かりきっていた事だ。とため息と共に自分を無理矢理納得させるアリス。
「何から手伝えばいいかしら」
「今日は危険が無いものを頼みます。二十本程でいいので、そこの花を根から回収してください。終わったら呼んでくれれば次の頼み事を伝えますので」
ノーネが指差す先には、先程も目に入った絶滅したはずの淡く光を放つ花。掘り返すようの道具を置いて、伝えることだけ伝えて温室の奥へと消えていった事で一人になったアリスは、これでもかと慎重に、細心の注意を払って一本目を回収する。
二本目も同じ様にゆっくりとゆっくりと。
それを繰り返し十本目になった頃には、ちょっと慣れたような気分になり、二十本目を籠に入れる時には、慣れた気はただの気のせいで、波の様に押し戻ってくる緊張と疲労感に顔を上げる事にも戸惑ってしまうほど。
「あ、終わったようですね。では次ですが――」
いきなり声が聞こえて顔を上げれば、いっぱいに詰め込まれた籠を二つ持っているノーネが立っており、アリスは思わず目を伏せた。
その様子に気付いていたノーネだが、一瞥するだけに留めて次にやる事だけを伝え奥へと戻っていく。
それから数時間、ノーネが何度か指示を出し収穫を終え、二人は家へと戻り腰を落ち着かせた。
「疲れた……」
「お疲れ様です。収穫は月に一度程度行うので、そのつもりでお願いしますね」
「ねぇ師匠、気になるからやっぱり聞くけど、今日採ったのはどうするの? あのまま売っても向こう数年は贅沢しても困らないお金にはなると思うんだけど」
アリスの問いかけに、水を飲んでいたノーネは一瞬だけ動きが止まり、うつむき加減であった顔を上げる。
「今回採ったのは、全て薬にします。あのまま売ってしまうと問題になるモノばかりですから。それに今でも贅沢は十分できていますし、私は争いをあまり好まないので」
いつも以上に淡々と答えるノーネの雰囲気は、言葉とは別に警告を語っていた。
質問をする事にではない。思おうが考えようが構いはしないが、決して行動をしない様に。
アリスには、何故か正確にそう付け加えられていると分かった。
「それにですね、もうあの温室内のモノ達は自生はできないんです。私が手を掛けなければ、翌月には形を保ってすらいないでしょう」
「……勝手に売ったりはしないわよ。私だって目立ちたいわけじゃないもん」
「これは失礼しました」
念を押す様に続いた言葉に、少し頬を膨らませて答えるアリス。その様子が面白かったのか、クスクスと笑いながらノーネは飲み物を差し出した。
差し出された飲み物はサッパリとしており、早起きと採取作業で疲れていたアリスの体を癒やしていく。
「おいしい」
「それは良かったです。あぁ、今日は初めてという事でお疲れでしょうし、私は少し出掛けてきますが、後の時間は自由にしてください。扉が開く場所は勝手に使ってくれて構いませんし、外に出ても構いませんが、この家から離れすぎないようにはしてくださいね? アリスさんにとっての面倒を避けるために」
そう言うノーネが指先で空中に弧を描けば、家の数カ所からカチャリと音が聞こえ、なるべく遅くならないようにします――と続けてフードを更に深く被ったノーネの姿は白い煙となって消えた。
「一人残すなんて信用されてると思って良いのかな……ううん、多分ここで私が勝手に出ていっても大した問題はないんだろうな。はぁ、迷惑は掛けたくないけど居心地がいいのは事実だし、安心しちゃってるのもなんだかハラタツなぁ――」
漏れる言葉は多く、ブツブツと独り言を垂れ流していたアリスは、何気なく手にとった本が魔族領では発売禁止になっているモノである事に気づき、気が付けば口は水分を取るためだけに開かれる様になっていた。
その頃ノーネは、普通に移動したならば片道五日は掛かるであろう港町の裏路地に移動していた。
裏路地から出て表通りを歩き、栄えた様子とそれほど懐かしくもない潮風を楽しみながら立ち並ぶ店の一箇所で足を止めた。
「いらっしゃいませー」
扉を開ければ来店を告げる鈴の音が鳴り、音を聞いた店員の声が聞こえた。しかし、店内には大量の服が並び、カウンターには布が山を作り店員の姿は見えない。
「お久しぶりです。少し服を買いたいのですが」
「えぇ? なんて? オーダーメイドは、今は受けてないよ! 丈ぐらいなら合わせてあげるから適当に――まぁ! まぁまぁ! ノーネさんじゃない!」
大きな声と共にカウンターを越えて最奥にあった山がモゾモゾと動いたかと思えば、エプロン姿でぴょこぴょこと至る方向に髪が跳ねている女性がノーネの姿を見て満面の笑みで両手を上げて振っている。
ここはノーネがドレスを用意する時に利用する事があり、商売以外でも店主である女性や旦那とも何度かやり取りのある仲。
「ルターシさん、変わらずお元気そうですね」
「もぉ元気も元気よ! ノーネさんこそ、相変わらず暑苦しそうな服を懲りずに……」
「どうにもファッションには疎いもので……そこで今回もルターシさんのお力をお借りしようかと思ったのですが、お忙しそうですね」
「いいよいいよ! ノーネさんなら特別に聞いちゃうよ!」
「よろしいのですか?」
「旦那を助けてくれた恩人を追い返したとしれたら、アタシが旦那に叱られちまうよ!」
爽快に笑いながら近付いてきたルターシは、ノーネの背中をバシバシと叩きながらカウンター前の椅子に誘導して座らせ、腕で布の山を押しのけるとカウンター下から茶菓子とフルーツジュースを取り出し並べていく。
「そういえばゴードンさんの姿が見えませんが」
「旦那なら海に出てるよ。なんか、昨日辺りから潮の流れがおかしいとかでね。この辺じゃあ取れない様なのが上がるからって、事件だなんだのと意気揚々朝っぱから飛び出しって行ったよ」
「それはそれは……なんといいますか、流石と言っておきましょうか」
「アハハ! 街一番の海の男だからね! 昨日の夜から子供みたいにはしゃいで準備してたさ!」
思い当たる節があるノーネだったが、近くで魔物でも暴れたのかもしれませんね。と適当に流し、それ以上は海の事には触れず、茶菓子を一つ口へと運ぶと話を切り替えていく。
「それはそうと服の事なんですが、普段着用にこれぐらいの女の子用の服を数着お願いしてもいいですか?」
「んー? ノーネさんが着るものじゃないね。何? 生んだの?」
「まさか。ただ少し事情がありまして、預かっている子がいるんです」
「あらそうなの。それは残念、ノーネさんの子なら是非連れてきて欲しかったのに」
機会があればその時は……とノーネが言葉を返して少し待つと、店内を軽く歩いていたルターシの腕にはかなりの数の服が抱えられてきた。
「その子の好みとか聞いてなかったから、ひとまず当たり障りない感じのを持ってきたけど気に入りそう?」
ルターシが一緒に引っ張ってきたハンガーラックに一着ずつ手際よく掛けられていく服を見ていたノーネは、最初に伝えておこうと思っていた事を思い出し、申し訳無さそうに口を開いた。
「すいません、お伝えするのを忘れていました。背中の部分が大きく開いた服がいいのですが」
「普段着用じゃなかったっけ? 珍しいね、そういう服を好むなんて。この辺の子なの?」
基本的に気温の高いこの周辺なら珍しくはないのだが、王都などになればドレス以外ではあまり人気ではない類の要望に少し目を丸くしながらも、ルターシはもう一度服を選びに店内を歩き始める。
「この辺ではないですが、そういう服ばかりを着ている印象があるので、近いモノの方がいいかと思いまして」
「なるほどね~……よし! こんなもんかな!」
「……先程より随分と量が多いですね」
「まぁね! 観光客向けにしろ、現地向けにしろやっぱコッチの方が需要があるのさ!」
両手では足りなくなったのだろう。ドスンと椅子に置かれて重々しい音を立てたのは、腕にではなくこんもりとした籠。
明らかに先程より多く、種類も多いのがよく分かる。
「下着は?」
「上はまだ必要ないかと」
「ストン?」
「ストンですね」
身振り手振りを加えた問いかけに、律儀に身振り手振りも返し答えるノーネ。その後もルターシから肉付きや肌負けする材質などの質問が行われ、ノーネは実際は見たことはないが、気絶中に魔力で診た情報を元に当たり障りなく答えていく。
やり取りを繰り返し、買う物がある程度決まった頃、手にとって見ていた服を戻そうとしていたノーネの動きがピタッと止まった。
いきなり言葉も止まった事でルターシも不思議に思い、声をかけようとするが来客を告げる音がそれを遮ってしまう。
「いらっしゃいませー」
「あ、え、忙しかったっすか?」
「あー! 散らかってますけど大丈夫ですよ!」
「――思っていたより早かったですね」
「え?」
お客さんの相手をしていたルターシの耳にノーネの声が届き振り返ると、ノーネの姿は購入予定を入れていた籠と共に消えており、カウンターの上には「お釣りはお世話になった分の謝礼として受け取ってください」と書かれた紙と共にお金が綺麗に積まれていた。
「あれ、お店が綺麗に」
「いつもはさっきぐらい散らかってるんだけどね」
「へ? あ、えーっと、さっき僕の他にお客さんいませんでした?」
「お世話になった人なんだけどねぇ……たまに来てはいつの間にか居なくなっちゃうから気にしないで。それより! さぁ! お求めの品は何かな? あっ、現在オーダーメイドは受け付けてませんので!」