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Lv.6

 ぴちゃぴちゃ。

 時折そう聞こえるのは、幻聴ではないだろう。そして自分が動いたからでも無いだろう。


 ふわり。

 食事中にでも改めて染みたのか、脱衣の時に感じた自分の衣類からする潮の香り。

 それがニオイを取るためと念入りに体を洗ったにも関わらず、こうして今も感じる理由は……間違えようもない。


「……」


「ふぅ~。相も変わらず、彼奴が持ち合わせるモノは面白い。見よ小娘、泡が飛ぶぞ」


「ぁ、はい。泡々ですね……」


 湯に浸かる少女――アリスの隣では、ツヤツヤの曇らない鏡の前で幼女の姿をした海獣レヴィアタンことヴィーちゃんが泡と戯れている。

 先程から響く水の跳ねる音も、香るニオイもアリスのものではなく、間違いなくヴィーちゃんのモノ。

 そもそもアリスは、自分が湯に浸かると同時に風呂場へ入ってきたヴィーちゃんに驚き、素性を知ってるからこそ体は緊張で動かない。動けない。


「そう緊張するでない。あまり身構えられると、逆に応えてやりたくなるであろうが」


「ぇぁ!? ぅあい、すみません」


「はぁ……まぁ、よいわ。どれ浸かるか」


 少女と幼女が一緒に入っても余りある浴槽。

 ヴィーちゃんが入ってきた事でアリスの心音は張られている湯に波を立てそうな程に騒ぎ立てる。


「小娘、これは老練であり老獪であるヴィーちゃんの戯言だ。経緯は知らぬ……だが、先の助言の様に彼奴と関わるのは勧めぬ。しかしそれでも関わり合おうと思うのであれば、心しておくが良い。又、彼奴の側に居れば、小娘にとって得難い経験をできるやもしれん」


 それを知ってか知らずか、ヴィーちゃんは浴槽の縁に肘をかけ、殺風景な天井を見上げながら言葉を続ける。


「己の価値観を崩す覚悟があるならば、彼奴に取り入れ。彼奴が見ている――見ようとし続けている世界を覗こうと踏み出してみよ。人間共のソレともズレ、魔族共のソレとも違う。太古の幻想にも等しいソレを」


「ヴィーちゃん……さんの言っている意味が分かりません」


「ヴィーちゃんで良い。そして分からずとも良い。これはレヴィアタンたるヴィーちゃんが持つ答えだ。小娘は小娘で分かれば良い、それを答えとして良い。彼奴が望むのはそういうモノだ」


「やっぱり分からないわ……です」


「言の葉も崩して構わんよ。その程度で牙は向けん」


 もう言いたいことは言い終えたのか、ヴィーちゃんは「ふぅ……」と声を漏らし、目と共に口を閉じる。

 対するアリスは、まだ心音は煩いものの緊張はだいぶ解れた様子で身を湯に沈め、ヴィーちゃんの言葉を頭の中で並べては悩む。そして出した結論は、単純な好奇心。


「あの、ヴィーちゃん。その取り入るってどうすればいい? 私まだ成長途中でサキュバスみたいには……ん?あれ? そもそもノーネってどっち?」


 慎ましやかな胸部に視線を落とすアリスは、自分で言っていて首を傾げる。

 中性的な声に、妙な気配。深いフード付きローブで体型も曖昧で、顔に至っては口元以外は記憶にない。いや、そもそも見ていない。記憶できている特徴らしい特徴を繋ぎ合わせても、性別の判断ができるまでに至らない。


「彼奴にその手の誘惑は効かんよ。レヴィアタンの名で保証してやろう」


 ヴィーちゃんは何かを思い出しているのか、静かに目を開け天井を見つめたまま少しの間を開け、遠い目のままため息を漏らす。


「はぁ……雌雄に関しても分からん。幾度と会い、この眼を持ってしても彼奴がどちらか分からんままだ。それが腹立たしく此度も試してはいたが、いつもと変わらん結果であった」


「どっちでもないって事でいいの?」


「どっちでもあると言ったほうが正しいかもしれぬな。まぁ、そこは好きに思えば良かろう。彼奴にとってもどちらでも良い話であろうよ」


 カラカラと笑うヴィーちゃんは、指で軽く水面を弾いた。すると水面は白濁としはじめ、その上で星を散りばめた様な漆黒のドレスに、深々と本人すら見えているかも分からないヴェールを被り、どこかのパーティに参加しているノーネが映し出される。

 映し出されている風景は見上げている様な角度だがノーネの顔の全貌は見えず、代わりに周囲の視線を集めている事が分かった。


「いつぞやか、人間共のパーティに参加した時がコレ。なんでも断れぬ理由があったらしいが、絡まれるのは面倒と抜かし、事もあろうにレヴィアタンに子の役を頼みに来よった。彼奴は我が子を溺愛する未亡人とやらを演じておったよ」


 そして……と言葉を続け、もう一度水面を弾けば、水面の風景は変化し、今度はエルフに囲まれて何やら大きい屋敷に入っていくノーネの姿が映る。


「此奴等は大陸より離れ、孤島に住まう中立のエルフ共だ。彼奴は時たまにこうして離島まで足を運び取引をする。この時は島の雄エルフに頼まれ、狩猟道具の取引に赴いたのだが、取引に利用した屋敷は女人禁制でな。雌が入ればけたたましい音が響く。外で待ちぼうけを食らったのは懐かしい思い出だ」


 ヴィーちゃんが映し出したモノを見ていたアリスは、ヴィーちゃんがした'過去を映し出す'というのにも驚きはしたが、ふと気になったことを口にする。


「女装が得意とかではないの?」


「主催者の図らいか、彼奴は男子禁制の離れにて着替えを済ませておる。エルフの時と同じ、雄が入れば警備がすっ飛んでくる様になっておる……らしい。どちらにせよ高度な魔法を用いておったのは確かだ。この眼を含めて欺くにせよ何にせよ、大したものだと感心した記憶がある」


「……もしかして、ノーネは魔族?」


 得た情報を整理したアリスの答えはソレだった。

 魔族の中には多くはないが両生の者が居る。アリスはノーネがそれに当たるのでは?と考えた。それならば、自分が魔族としってもシラッとした態度の説明も理解できる。

 どうだ!と自信ありげにアリスはヴィーちゃんの方を見る。しかし、アリスの言葉を聞いたヴィーちゃんは小さく首を振った。


「種の話をするならば、彼奴は魔族とは言い難い。また人間とも言い難い。獣人やエルフなど、貴様等の言葉を借りて亜人と呼ばれる種とも言い難い。違うな……わからぬのだ。何一つ分からんのだ」


「それ、ヴィーちゃんでもって事でいいんだよね?」


「あぁ。世を侍らせる事も叶うこの身でも、彼奴という存在が分からん。神に産み落とされたわけでもなく、種の枠にも当てはまらず、彼奴は個として存在しておる。又、どれにも該当するような素振りを見せる時もある」


「なにそれ……クラーケンの事も知ってるみたいだし、海獣レヴィアタンと友達とか言い出すし、それでいて何も分からないって」


「であるから言ったであろう? 亡霊もどきと。そういう存在として把握し、知れた時に認識を改めれば良いと思っておる。彼奴の出自も分からんまま早幾十、幾百年か……別の楽しみ方も覚えるわ」


 水面に掌を当て、そのままグッと押し込み波を立てれば、大きく返ってきた波は天井に触れる程の柱となり、そこに様々な風景が映し出されていく。

 それは戦場であったり、浜辺であったり、登山中であったり、航海中であったり。本当に多様に様々な状況。その中でも一際アリスの目を引いたモノがあった。


「これって」


 戦っている。軍と軍と個。

 映っているのは二つの強大な力。


「あぁ、ちと色々あって介入した時のか。あの頃はまだ若かった」


 懐かしそうに呟くヴィーちゃん。

 アリスはアリスで知っている。魔族の歴史にも刻まれている一戦。

 海獣レヴィアタンが双方に甚大な被害を与え、レヴィアタンに対して魔族側からは不干渉を定めた一戦だ。


「彼奴が邪魔さえしなければ、双方共喰らい殺してやっていた所を……本当、余計なことをしてくれたものだ」


「え? でも、この時は戦いで深手を負って瀕死になったからレヴィアタンは退いたって」


「魔族ではそう伝わっておるな。人間共の方では、勇者の説得に折れた様に伝わっておるよ。その実は、一時的にとはいえ、神に産み落とされたこの身を封印した身の程知らずがおったのよ」


「レヴィアタンを封印!?」


「その反応は正しい。当時は驚いたものだ。試すことだけでも愚かでしか無いが、よもや出来る者がおるとは思いもせん」


「ノーネって、そんなに強いの?」


「ただ殺すとするならば常勝すると確信しておるが、彼奴をこの世から消すともなれば話は変わる。果たしてこの身が持つかどうか……」


 大きく息を吐くと、ヴィーちゃんは浴槽からゆっくりと出ていく。同時に湯の柱は静かに水面へと飲まれ消えていく。

 そのまま脱衣所へと向かう足を止めて振り返る。


「ふぅ……既に試した強者弱者の議論ならばこの辺で良かろう。彼奴は強いが絶対強者ではない。人魔共の中にも、剣だけならば彼奴より勝るものは多い。魔法だけならば彼奴より優れる者は多い。しかし、生殺を賭けるのであれば天秤は釣り合わぬ。まだ気になるならば暫く彼奴と共にいれば良い。その目で確かめてみよ」


 満足したヴィーちゃんの姿は扉の向こうへ消え、浴槽に残されたのはアリスのみ。

 濁る事もなく正常に戻った水面に映る自分の顔を見て、色々と答えてくれたヴィーちゃんの言葉を反芻しながら自分の考えをまとめていく。


 少し外で待っていたヴィーちゃんは、暫くアリスが出てこない事を察すると、一足先にノーネの元へと赴いた。


「随分と楽しそうにお話されていましたね」


「風呂場での話など真面目とは遠かろうが、盗み聞きか? 相も変わらず悪趣味よ」


「魔力の反応が気になりまして。もしお客様に何かあっては大変ですから」


「よく言う。この身を脅かせる者が居るなら、逆に興味を惹かれるわ」


 揺れる椅子で寛ぎながら読書をしていたノーネは、視線を外すこと無く近付いてきたヴィーちゃんへと言葉を掛けた。

すると、ヴィーちゃんも適当に言葉を返しながら手近な所に積まれていた本を手に取り、ノーネの向かい側に腰を下ろす。


「おや? 本を読むとは珍しいですね」


「こうして叩き起こされ、せっかく地上に足を置いたからな。暫くは世界でも見て回ろうかと思っておる。ならばと少しは今の状況を知っておくべきであろう」


「そういう事でしたら、後で新聞でもお持ちしますよ。先日、王都に足を運んだので最近のもありますから」


「ならば言葉に甘えよう。ついでと言ってはなんだが、一人称を決めようと思っておる。何か良い案はあるか?」


「一人称ですか? 以前はご自分でもヴィーちゃんと言っていた気がしますが……。それか'ワチ'と幾らか舌足らずな感じで」


「阿呆か。それはこの姿に慣れて居なかった頃であろう。ヴィーちゃんと口にしていたのも、そっちの方が見た目相応で愛くるしいと貴様が強要したに過ぎん」


 目を軽く通した本を閉じ、机の上に放り投げたヴィーちゃんが流れる動作でそのまま指を鳴らす。すると、頭上からバケツをひっくり返した様な水が降り注ぎ、飲まれた姿が見える頃には、人間で言えば二十代半ば程の姿へと変わっていた。


「童の姿では何かと不便なのを知っておる。流石に一人そのまま動くわけがあるか」


「これはまた……随分とお綺麗な姿に」


 頭から足先――床が水浸しになっていない事を確認したノーネが呟く。

 その言葉通り、堂々としつつも嫌味なく落ち着きのある雰囲気。可愛さや可憐さと言うよりは、凛とした佇まいから発せられる孤高たる気品がヴィーちゃん印象づけさせ、力強い瞳には只々息を呑み言葉を失いそうになる。

 確かにその姿は、'ヴィーちゃん'というよりは'ヴィーさん'だ。


「納得できたのであれば考えよ」


「そうですねぇ……普通に'私'とかでいいのでは」


「つまらん」


「えぇ……」



一人称どうしましょうかね。

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