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Lv.5

「なまぐさい……」


 少女が目覚めて感じたのは、鼻孔に溜まった生臭さ。そして追撃の様に抜けていく香ばしさ。

 ほのかに混ざる焦げの匂いですら、その香ばしさを更に良いモノへとさせ、お腹の虫達が騒ぎ立て始める程。

 そしてトドメとばかりに香るのは――


「くっさい!! え、なにコレ、クサいッッ!?」


 様々な薬の元となる薬草や生薬の臭い。

 その三つが順々に鼻孔を抜けていき、最後には混ざりあった臭いが少女の意識を覚醒させた。


 つまり、大変臭い部屋で少女は目が覚めたのだ。


「あぁ……多分服まで臭うけど鼻が利かないぃ」


「あれ、起きましたか? 少し待っていてくださいね。もう少しで焼き上がると思うので」


 少女が室内の臭いに困惑していると、部屋の窓が開き香ばしい匂いが強くなったかと思えば、フードで顔が見えない者が一声掛けて窓から離れ消えていく。


「なんな「あ、そこの机にある消臭ベルを鳴らせば、ニオイは消えるので良かったらどうぞ」……なんなのよ一体」


 今度こそ窓から離れたフードの者。

 少女はフードの者が言う通りに置いてあったベルを鳴らしてみると、次の瞬間には本当にニオイが消えた。


「魔道具かしら。いや、でも、消臭ってどういう用途で? 隠密用?」


 自分の状況がイマイチ分からない少女は、フードの者に詳しく話を聞こうと裏口の様な所から外へ出る。

 すると、ニオイの元凶が視界を埋め尽くす。


「イカの足?」


「えぇ、クラーケンのゲソです」


 ゴロンと転がされている一本の巨大なゲソ。

 フードの男は、その隣で火を焚いて適当なサイズに切り取ったゲソに串を通し、これまた用意していたスタンドに引っ掛け、特製のソースが掛かれば香ばしい匂いを漂わせるだろう。

 

 しかし少女は鼻歌交じりにイカゲソを焼いているフードの者――ノーネが軽く言った言葉に驚いてそれどころではない。

 黒い馬が生のイカゲソに齧り付いているのもどうでも良くはないが、それどころではない。


 ノーネは確かに言った。"クラーケンのゲゾ"だと。


「貴方、自分の言っている意味が分かってるの? クラーケンのゲソなんてありえないでしょ」


「どうしてですか?」


「どうしてもよ! 貴方が何者かは知らないけど、クラーケンはただの魔物じゃないのよ?」


「初代魔王が力を与えた魔物ですからね。海の主と言えばクラーケンか、人間にも魔族にも不干渉なレヴィアタンぐらいです」


「そうよ! だから……あれ、まって、なんで貴方がその事を知ってるのよ」


「古い事ですよ? 魔族以外の部外者が知っていても問題ではないでしょう。あのクラーケンも世代的には三代目。一番初めのクラーケンのお孫さんという事ぐらいまでなら、知っていても問題ないでしょう」


「大問題よ!! 魔族の事情を簡単に知られて問題ないわけないでしょ! 貴方、本当に一体何者よ! あっ……」


「隠していたいなら次からは気をつけた方がいいですよ。感情的になると、無意識で翼も出るようですし」


 少女は自分が失言していた事に気付き、指摘された事で背中から生えている翼を必死に隠そうとし始める。

 徐々に小さくなって最後には完全に消えた。

 そして少女は沈黙し、ノーネも特に触れることなくイカゲソの焼き加減を調整している。


「……貴方の事は触れないわ。だから、その」


「別に私にとってはたまたま貴女を拾っただけで、どこの誰でもいいですよ。ただそうですね、偽名でもいいので呼び名ぐらいは聞いても? 私はノーネといいます」


「アス……えーっと、アリスで」


「ではアリスさん、食べませんか? 美味しいですよ?」


 差し出されたイカゲソから漂う香ばしい匂いは、アリスの腹の虫が可愛らしい鳴き声を上げる。


「いただきます……」


 照れ隠しで受け取り齧った瞬間、口の中に広がる強めの香りと少しだけの焦げた苦味。少しだけ強めの歯ごたえ。しかし、それらは食を実感させ、口から全身へと幸福感が駆け抜けていく。

 腹の虫達もほれ来たとばかりに騒ぎ立て、次を絶え間なく所望する。


「まだまだありますから、どんどんおかわりしてください」


「ふぐん」


 自分が思っていたよりも空腹だったアリスは、両頬をぷっくりと膨らませながら両手に握ったイカゲソに齧り付いている。

 ノーネの言葉への返事も、それはそれは聞き取りづらいもの。

 そんなアリスを微笑ましく口元を上げたノーネは、応える様に次々と焼きげていく。それよりも速く食してくアリス……だが、アリスの視線は一点を見つめてピタリと手が止まった。


「おや?」


 手を止めたアリスを不思議に思いアリスの視線をたどれば、黒い馬(ヴィーゼ)と競い合う様に生ゲソに齧り付く幼女が一人。


「珍しいですね」


「海を騒がしたのは貴様だろう。目が覚めれば腹が減る。なら、満たすのは当然では?」


「まぁ、ごもっともですね」


「それより貴様も珍しい。客か」


「近くで倒れていたので一時的に保護しただけですよ」


「……尚珍しい」


 蒼天を模した様な髪を靡かせる幼女の視線がアリスを貫いた。見定める様に上下に動く視線に、アリスは抵抗出来ず、ピクリとも身体を動かすことすらできない。

 頭から無理矢理押さえつけられる様な感覚。身体に伸し掛かる圧に、今食べたイカゲゾが口から顔を出しそうにすらなっている。


「せっかくの食事なのでその辺で。というより、こっちではなくマニュートさん達の方に行かれたほうが量はあったと思いますが」


「手負いの(わっぱ)を脅すのは可哀想とは思わんか? 暑苦しいし」


「後者が主な理由ですね」


「暑いのは好まん。無論、騒がしいのもな」


「それはそれは」


 アリスを見ていた視線はノーネへと移され、更にその目は鋭さと共に様々なモノを含んで重みを増していることは、誰にでも分かっただろう。

 見られているのは自分ではないはず。むしろ、その視線からは外されたはずなのにも関わらず、先程よりも重石を追加された気分。食べているモノの味もしない。


 仮に勇気を振り絞って二人の間に割って入ろうものならば――ブチリッと今も幼女の小さな手で鷲掴みにされ、そのまま一部を引き千切られたイカゲソと同じ道を辿るのは明白だ。

 もっきゅもっきゅと千切った生ゲソは、幼女の口の中で噛み砕かれていく。アリスには、次の瞬間では自分がその口の中にいるのでは?とすら脳裏を過る。


「まぁよいさ。貴様ら共は何時の世でも騒がしい。度々こうして起こされるのにも慣れた」


 幼女はアリスへ一瞥をくれるが、当人は縮こまり、ゲソを頬張り、幼女の視線には気付いていない様子。


「はぁ……小娘よ」


「びゃ、ひゃぐふいッ!?」


「あぁすまぬすまぬ。口の中が落ち着いてからで構わん」


 突然名前を呼ばれて過剰な反応を見せたアリスに、幼女は顔を顰めて窒息してしまいそうになっているアリスを宥めて待つ。

 少しすれば、やっと口の中を空にできたアリスが改めて幼女の呼びかけに応えると、幼女は幼女で鷲掴みにしていた分をペロッと平らげて視線を合わせた。


「事情は知らぬし興味は無いが、此奴に関わるのは勧めぬよ。小娘の想像を絶する程に気疲れするぞ」


「失礼ですね」


「確かに言い方が間違っていたかも知れんか。関わりたく無くても、こうして気疲れする。助言だ小娘よ、早急に離れて関わらぬ事を勧める。魔王の側近にでも成り上がれば、関わることも無くなろう」


「確かにその辺りが一番関わり合い薄いですね」


「生き長らえた童共からは嫌われておるしな」


「あれ、そうなんですか? それは悲しい」


「ほれみろ小娘、こんな亡霊もどきに関わるものではない」


 自分への助言だったはずなのに、よくよく聞いていればアリスにとって蚊帳の外感が否めない会話。

 それでもその場の空気は先程よりは随分と軽く、口の中に広がる味もご帰宅のご様子。


「あの、二人はどういう関係で……?」


 今の流れなら……と思い、やっとの事で聞けた事。

 質問をされたノーネと幼女は、アリスを見て、互いに見合い、そして首を傾げる。


「貴様との関係?」


「なんでしょう。友達というのは、流石に海獣レヴィアタン相手には失礼ですかね?」


「こうして同じ贄を喰らう仲。曖昧な表現すら決まらぬのであれば、友でよかろう」


「という事で、友達程度の関係です」


 軽く答えた後にノーネも幼女も自分用のイカゲソを口へ運ぶが、答えられたアリスの手は止まっている。

 ノーネの言葉の整理が追いついていないのだ。


 海獣レヴィアタン、又は海神レヴィアタン――

 名称は他にも様々に存在するが、統一の認識として海の調停者とされている。

 人間の敵でもあり魔族の敵でもある。人間に力を貸す事もあれば、魔族に力を貸すこともある。

 曖昧な存在。そして恐怖の象徴。

 その昔、人間魔族どちらの勢力にもつかず、三つ巴となった時、両方に甚大な被害を与え生き延びた化物……それがレヴィアタン。その存在がアリスの目の前に居る。


「ほ、本物?」


「どれを指して聞いておるのかは知らぬが、名はレヴィアタンで違いない。この姿ではおかしいと思うか……あぁ、ほれ、貴様が以前にこの姿相手に使っていた呼び名があっただろう。それをくれてやれ」


「以前? あれですか、ヴィーちゃん」


「それだ。ヴィーちゃんで構わぬぞ小娘。この姿の時はレヴィアタンはヴィーちゃんだ」


 そんな気安く呼べるか!と声を大にして言いたかったが、当然そんな事を言えるわけもなく。


「ヴィーちゃん……さん」


「ヴィーちゃんでよい」


「はい。ヴィーちゃん……」


 名を呼ばれてご機嫌に、堂々と高らかに笑う幼女の圧力に少女アリスは負けた。

甲殻類アレルギーですけど、無性に甲殻類が食べたくなる時があります

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