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Lv.4

 大きな日傘があったとしても、フードローブの内側はノーネを蒸す様に熱を籠もらせる。しかし澄み渡る海はキラキラと光を反射させ、潮の香りが暑さの匂いを悪くないものへと変えている。


「中々釣れませんねぇ……」


 そんな暑さを堪能――はできないノーネは、ローブの内側に魔法で冷たい風を巡らせながら、海に垂らしている糸の先を眺めて早数時間。朝から始めている釣りは、既に昼を過ぎていた。


 成果を収める為として魔法で用意した球体型の氷の中には、一番最初に釣れた小さい魚が一匹のみ。


 自分だけならばこの一匹だけでも問題無いのだが、今回は同じ大きさなら後二匹。大きいのであれば一匹程度で、と思いつつノーネは取られた餌の代わりを付けてまた糸を海の中へ。


「あんや珍しい。面付きじゃないか」


「これはこれは飲んべぇさん。珍しい所で会いましたね」


「何時ぶりだろかい?」


「どうでしょう? 最後に会ったのは、四十年程前でしょうか。飲んべぇさんは変わりませんね」


「ガハハ! 面付きにゃ言われたくねぇ!」


 杖と酒瓶を両手に持って、大きな籠を揺らし突然声を掛けてきたかと思えば、どっこいせとノーネの隣には、ノーネを面付きと呼ぶ男が腰を下ろして背負っている籠から酒瓶を新たに取り出し呷る。


 初めてノーネと男が出会った時から数えれば、二人は既に数百年来の付き合い。そのため、いきなり現れ隣で酒を呷り始めても、既に一本空にして二本目を籠から取り出していても気にはしない。


「しっかし、こげな所で何しとる?」


「見て分かりませんか? 釣りですよ」


「一匹釣っとるで。まだ釣るんか」


「もう一、二匹は釣るつもりです」


「面付きにしちゃ珍しが。腹すいとるんなら、つまみならあるでや」


「私だけなら一匹で足りるのですが、もう一人分と考えると一匹では寂しいかと」


 ガザガザと籠の中を漁ってつまみを取り出そうとしていた男は、ノーネの言葉を聞いて目を丸くして手が止まる。


「こりゃもっと珍しが! なんさ、ついに面付きも身固めか!」


「いえいえ。拾い者をしただけです。それこそ、飲んべぇさんは未だ独り身で?」


「だぁほ。俺ぁ酒が女房よ!」


「そんなに沢山担いで持って、随分と浮気性ですね」


「ガハハハ!! モテる男はつれぇで!!」


 重量的な意味合いで言っているんですか?と続けたい所だったが、ピクピクッと手に感覚が伝わってきて言うのを止めて意識を集中させていく。

 クイッと一際沈むタイミングに合わせて竿を上げれば、見事に針に引っかかった魚が海上へと飛び出してきた。


「おっ、良い型じゃが!」


 釣り上げた魚が空中に居る間に、こなれた手際で竿を操り針を外し、球体氷を移動させて魚を確保しようとしたノーネ……だったが球体氷に入る前に隣からスルリと手が伸びて魚が捕まった。


「あの、飲んべぇさん?」


「ほれ干し肉」


 まるで魚の代わりだと言わんばかりに球体氷には、男が干し肉を投げ入れる。

 その行動に唖然としているノーネを他所に、男は慣れた手際で石を積み上げ、これまた慣れた手付き懐から取り出した短刀で魚を捌き、あっという間に魚は焼かれ始めた。


「……干し肉の在庫は、まだ家にあるのですが」


「じゃったら、魚の干物の在庫もあろ? 活きが良いのを見たら、こいつをつまみに一杯と行きたくなったで」


「活きが良いのを食べたかったから釣っているんですよ? それに一杯じゃなくて一本の間違いでは」


 そのノーネの言葉にはガハハ!としか返ってこず、男は真剣な目で魚の焼き加減を見ている。

 これ以上は意味がない……と察したノーネは、渋々球体氷に投げ込まれた干し肉を取り出し、一口大にナイフで切り分けたら、それを餌に糸を垂らす。


「そうで、面付き」


「はい?」


「勇者が生まれたて本当け」


「もう旅立ちましたよ」


「ほぉか……もう次代の勇者がか」


「飲んべぇさんや私の感覚では'もう'ですが、普通は'やっと'や'漸く'ですよ。実際勇者の旅立ちでは、待ちに待ったといった雰囲気でした」


「そう聞けば、確かに坊主と旅したのは懐かしいがや」


「それは先々代の話じゃないですか」


 自分で口にした'坊主'の事を思い出しているのか、少し物寂しそうに魚を見る男。隣でノーネも男が口にした坊主――先々代勇者達を思い出していた。


 ちゃんと求められた勇者の役目通り、隣の男を含めた仲間達と共に魔王を討ち倒した勇者。その者は皆が求めたほど強かったわけではないが、とても器用で立ち回りが上手い勇者だった。

 作戦を組み立て、様々な手で戦う勇者はノーネが見ても面白いものであったと記憶している。


「また今代の勇者が頼った時には、よろしくおねがいします」


「前の時も剣を少し教えただけだがや。俺ぁは老いた……坊主の時よりも、あの娘の時よりも、老いたがね」


「人の魚を取ったり、お酒の量は増えていますし、まだまだ現役じゃないですか」


「ガッハハハ!! ちげぇねぇ!!」


 いい塩梅で焼き上がった所で、隣でほっほっと美味しそうに魚を噛みつき酒を呷る男を見たノーネは、少しだけそれが羨ましくなり釣る予定にプラス一匹をして集中する。


 そんなこんなとしていると、二人の耳に日差しの暑さを一段階上げる様な声が聞こえてきた。


「美しい!!」     「「「筋肉!!」」」

「磨き上げは!!!」  「「「筋肉!!!」」」

「愛でれば育つ!!!!」「「「筋肉!!!!」」」

「滾り輝く!!!!!」 「「「筋肉!!!!!」」」

「筋肉!」「「「筋肉!」」」「筋肉!」「「「筋肉!」」」


「これまたなんとも……元気ですね」


「あいも変わらず暑苦しい連中だが! ガッハハハ!!」


 最初は小さかった掛け声も、徐々に大きく海に響き渡り、崖上に居る二人の耳にもうるさいぐらいに聞こえてくる。


 タンクトップと短パンで、汗を輝かせながら視線先にある浜辺でランニングをしている集団を二人は知っている。更に言えば、その集団の先頭に居る男は良く知っている。


「あげん様を見てると、宗教にしか見えんで」


「まぁ、一種の筋肉崇拝型宗教団体ですよね。あっ、どうやら向こうも気付いたみたいですよ」


「全体止まれ! これより休憩! しっかりと休むように!」 「「「筋肉!!」」


 相変わらず元気な返事ですね。とノーネが思っていると、視線の先にいた筋肉男の姿は消え、二人の背後に一つ影が増えた。


「やぁ! 息災!!」


「ご無沙汰しております。マニュートさん」


「おうおう筋肉!! あいも変わらずバッキバキけ!」


「ハハハハ! バエラル殿も変わらず良い闘気だ! 我が筋肉が躍動しているよ!」


 ノーネや酒を呷る男――バエラルよりも二周り以上の巨漢の、タンクトップの上からでも分かる程の筋肉が巨漢マニュートの声に呼応するようにピクピクッと反応を見せている。


 少しだけローブの中を巡る風の温度を下げたノーネの竿は、筋肉の反応と似たようにピクピクッと揺れた。


「よっと」「ほいっと」「こりゃ美味そうだ!」


「……あの、酔っぱらいさん」


「ほれ干し肉」


「……」


 流れる様に釣り上げられた魚は、流れる様に横から伸びた手に掠め取られ、それが宿命かの様に焚き火の側に突き立てられた。

 ノーネが言葉を無くし見つめる球体氷の中には、さも当然の様に干し肉が先客の魚と同衾している。


「そういえば、お二人と出会うとは奇遇。こうして三人一堂に会するとなれば尚の事! お二人は一体何をしていたのかね?」


「私は食材集めに釣りをしていたんですよ」


「俺ぁそれを食ってら」


「なるほど!」


「なるほどで納得されては困るんですけどね」


 呟くノーネは新しく投げ込まれた干し肉を咥え、先程切り分けた一切れを再度釣り針で引っ掛けて海へと投げる。

 隣からはパチパチと焚き火の音と、香ばしい匂いが漂う。ついでに男二人の大きな会話も添えられて。

釣りしたいです


マニュート:先代勇者一行の前衛

種族ハーフエルフ


バエラル:通称 酔っぱらい 先々代前衛

種族ドラゴン


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