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Lv.3

 勇者が旅立ち数日が過ぎた頃、トロバス達と飲みを終えた翌日には自宅へ戻り、いつもの日常に戻ってきていたノーネは、手頃なカバンに薬品などを詰めていた。


「おそらく塗り薬は切れている頃でしょう。念のために、解毒剤も持っていきますか」


 日頃は、小さな村から離れた森の中にひっそりと暮らすノーネだが、こうして定期的に近隣の村へと足を運ぶ事がある。

 小さな村――'ルポン'の訪問医というのが、ノーネのいつもの姿。


「後は……スロンさんが腰がと言っていましたね。一応治療はしましたが、念のために生薬を幾つか持っていっておきましょう」


 何時も通りに漏れる独り言など気にせずに薬となる草花が入った瓶をカバンに詰めたノーネは、部屋を軽く見渡しつつ忘れ物が無いかの確認を終えてから、玄関に置いてある少し装飾された杖を片手に家を出た。


「実に良い天気だ」


 外に出たノーネが空を見上げれば、木々を優しく撫で揺らす風が晴天の中の雲を運び、照らす陽の光も柔らかく暖かい。

 荒れていたわけではないのだが、穏やかになっていく自分の心に自然と笑みが浮かぶノーネは、その心地よさを堪能しながら昨晩に準備を終えていた荷台に最後の荷物であるカバンを乗せる。


「これだけあれば在庫補充もできるでしょう」


 牽くモノの居ない荷台に並ぶ樽の中の確認を済ませ、杖で大地を打ち鳴らす。


「"権能行使 ―虚空に住む馬(ヴォイドホース―"」


 ノーネが唱えた途端、どこからか蹄の音が森に響き渡り、鎧と兜を纏った屈強そうな馬が姿を表す。そしてその馬は、小さく鳴くと、子が母に甘える様にノーネへとすり寄った。


「ヴィーゼいつもありがとう。ただ、鎧のまま甘えられると少し痛いので、また今度用事の無い時にでも。とりあえず今日も頼めますか?」


 その言葉を聞いた馬――ヴィーゼは、仕方ないなぁと言わんばかりに鳴き声を上げ、荷台の前に移動して早く器具を付けろと急かす様に足を鳴らしてみせる。

 ノーネもノーネで、長年連れ添っている相棒がいつもと変わらない事が嬉しく、はいはいと呟きながら器具を付けて御者席に腰を下ろし、それを確認したヴィーゼはゆっくりと足を進め始めた。


 ルポンまではヴィーゼの足ならば、ゆっくりと駆けたとしても二時間と掛からない。

 蹄の音に合わせて鼻歌を奏で、肌を撫でる風を感じていれば、すぐに村を囲む柵が見え始める。


「おお! ノーネさん!」


「おはようございますスロンさん。畑仕事はいいですが、腰は本調子ではないでしょう? 大丈夫ですか?」


「バカ息子に任せられねぇからなぁ……あいつも剣ばかりじゃねぇで、鍬をちっとでも振ってくれりゃぁなぁ」


 柵を越えると、入ってすぐの所の畑で鍬を振っていた老人――スロン。定期的に腰を叩きながら耕している姿は、少し前からノーネには見えていた。その時、あまり腰の調子が良くない事もしっかりと分かっている。


 声をかければスロンもノーネに気付き、一旦手を止めて世間話に花を咲かせる姿は何十年も見てきた姿であり、村ではノーネが来た合図の一つにもなっている。

 ノーネとスロンの会話が聞こえた村人達は、軽くノーネに挨拶をしてはノーネが来たことを他の村人達へと伝え、僅か百にも満たないルポンの村人達にすぐさま広がっていく。


「親父! 畑仕事は朝練の後に俺がやるって言っただろう!」


「馬鹿野郎! おめぇに任してたら土が泣いちまうわ!」


「誰がやっても同じだろんなもん」


「だぁからおめぇには任せられねぇんだ!」


 次々と挨拶に来る村人達の中でも一際ガタイの良い男は、駆け足で走ってくると鍬を持つスロンに目を丸くさせて慌てて鍬を没収しようとした。

 だが、スロンは息子であるその男から奪われた鍬を奪い返すと、見慣れた口喧嘩が始まった。その喧嘩はもはやルポンの名物とすらなっており、集まってきていた村人達もまたかを苦笑いを浮かべて見守るばかり。

 ノーネとしても別に慣れているのでそれでもいいのだが、一応訪問医としての役目があるためにいつまでも足をココで止めておく事はできない。


「お二人とも、今日はその辺で。スロンさん、荷台に小さいですが馬鍬とならしを積んでいるので、私が診察をしている間はヴィーゼに手伝わせましょう。後でスロンさんの腰も診るので、ソレ以上悪化させないでください」


「おぉ! ヴィーゼ坊が手伝ってくれるなら安心だ! どこぞのバカ息子よりも、土のことをよー理解してくれとる」


 予めこうなる事を予想していたノーネは、折りたたみ式の馬鍬とならしを用意すると、スロンの事はヴィーゼに任せて、ノーネはスロンの言葉で顔が引き攣っている男に声を掛ける。


「タタンさん、すみませんが荷台を牽くのを手伝ってもらっていいですか? 私一人では少々重すぎるので」


「あ、あぁ、いつもすまねぇノーネさん」


「いえいえ、私が診察中はヴィーゼも暇しているので、丁度いいんです」


 既にスロンはヴィーゼと共に畑仕事を再開しており、息子であるタタンは呆れた様子で荷台を牽いて先を歩くノーネの後をついて行く。


 雑談をしながら数分ほど歩くと、ノーネの足が止まり、それに合わせる様にノーネ達の目の前に一人の男が倒れ込んできた。


「ま、待ってたぜぇ……ノーネさん」


「モカン! お前、また朝っぱらから酒を!」


「へへ、薬を飲めば一発よッッぷぉぇ」


「飲む飲まない以前に、その有様で人前には出ないものですよ」


 いきなり地面にうつ伏せに倒れながら、今にも吐きそうな嗚咽を漏らすモカンと呼ばれた男。

 スキンヘッドに入れ墨、タタンよりも筋骨隆々でタンクトップの姿のモカンは、この村の医者でありノーネが薬を卸している相手でもある。

 腕は確かなのだが、どうにも酒を飲みすぎる節があり、ノーネが来る度にこうして二日酔いを訴えてくるのだ。


「少し、失礼します」


 呆れながらもモカンの額にノーネが指を当てると、モカンの体は淡い光に包まれ数秒すれば、そこには顔色も良く、清々しい顔をしたモカンの姿があった。


「な?」


「私は薬ではないのですが」


 ほれ見てみろ。と言わんばかりにサムズアップをタタンに決めるモカンの隣では、ノーネが小さく呟くものの、その声はどうやら届いていないらしい。

 その証拠に、ノーネの言葉に返事はなく、モカンは自分の店へと先導を始めてしまった。


「酔い止め、胃腸薬、止血用の布と塗り傷薬、あと最近森の中にマヒノダケがチラチラ見つかって村の連中が初期症状を訴えているな」


「マヒノダケですか。一応以前に渡しておいた調合薬で問題はないはずですが、足りそうですか?」


「その前にセゴヤクの根っこ食った馬鹿が居てな……」


「材料は持ってきているので、それも置いていきます」


「わりぃな。掻っ捌いたりとかはできるんだが、どうにも調合は」


 モカンから在庫状況を聞きながら歩き、薬を置いてある倉庫に着くと念のために在庫を確認しながら、荷台から必要分を補充していく。足りないモノや、ノーネが必要になるだろうと予想した分はその場で調合して追加をしたりと、この時間は指示があるまでタタンとモカンが手伝える事はない。


「ノーネさんも森の奥なんかに住まずに、この村に住んでくれたら良いのにな。俺も親父も、村の皆も反対はしないだろう」


「あの人の知識は、この村に留めておくにゃ持ったいねぇよ。それに俺の見立てじゃ、そこそこの頻度で結構遠方まで行ってると思うぜ」


「どうしてそう思うんだ?」


「調合はできねぇが、素材になる物や生薬を知らねぇってわけじゃねぇ。ノーネさんが持ってくるのは、この周辺じゃお目にかかれない物も結構あんのさ」


「そのおかげで俺達は助かってるってわけか」


 二人が話している最中もノーネはテキパキと調合と補充を行い、三十分程で粗方の補充を終えた。


「後は、荷台にある大樽を降ろして貰っていいですか? その間に私はカトレアさんの様子を見てきます」


「あいよ。全部降ろしていいのか?」


「殆どが二日酔いに効く薬水なので、モカンさんが必要な分だけで構いませんよ」


「全部降ろしとくぜ。タタン!手伝ってくれぃ」


「お前……」


 荷台からカバンを取る間にも次々と降ろされていく樽を横目に、ノーネは倉庫を後にして目的の場所へと足を進めた。


 倉庫から少し歩き、村の奥に佇む一軒家。

 そこはノーネの古き知り合いが住む家であり、この村を贔屓にしている一つの理由でもある。

 その家の扉をノーネがノックして数秒後、扉越しに聞こえる声に返事をすれば、ゆっくりと扉が開かれ老婆が姿を見せた。


「やぁ、カトレア。お変わりないようで」


「それはアタシの台詞だよ。おあがり」


「お邪魔します」


 案内のままに家へと入り、カトレアの目配せに従って椅子に座ると、ノーネの目の前に淹れたての紅茶とパンケーキが用意されていく。


「珍しいですね。パンケーキなんて……こういうの趣味でしたっけ?」


「今度、孫娘が顔を見せにくるからねぇ。前に来た時、何となく孫娘と一緒に作ったのが気に入られたのさ」


「王都に住むお孫さんですか。王都は美味しいお菓子のお店も多いですからね。期待に応えるには、確かに何度か試作しておいた方がいいでしょう」


「旦那に手作りを食わせてやりたいんだとさ。アタシですら、旦那に食わせたことないってのにねぇ」


「カトレアは、引退しても剣ばかりでしたからね」


「騎士を引退するまでずっと握ってきてたんだ。引退したからって、すぐに手放せるものでもなかったのさ。今じゃすっかり剣より包丁の方が握り慣れちまったけどねぇ」


 その昔、カトレアはとある国で少々名の知れた騎士だった。ノーネとは騎士時代の頃からの知り合いで、騎士を引退した後にも付き合いは続き、カトレアの子を取り上げたこともあり、今ではこうしてたまにカトレアの容態を見に来ている。


「パンケーキ、美味しいですよ。でも出来たての様な気がしますが、私が今日来ると分かっていたのですか?」


「スロンの声は大きいからねぇ」


「あぁ、聞こえていたんですね」


 雑談をしながら出されたパンケーキを食べ終え、紅茶を飲みつつ一息ついたノーネは、そろそろ診察を始めようとカトレアに告げる。

 すると、カトレアも壁に掛けてある時計を見て時間を確認し、思っていたよりも喋りこんでいたんだな…と笑いながら寝室の方へと移動していく。


「そういえば、噂の勇者はどうだい」


「先日、旅立ちの日が来ましたよ。王都はそれはそれは盛り上がっていました」


「現役だったら一度手合わせをしたい所だねぇ」


「トロバスに引けを取らないぐらいには、剣の腕はありますよ」


「アタシが知ってるトロバスの坊やは、まだヨタヨタと剣を振っていた記憶しかないよ」


「成長が楽しみだ。とか言っていたのは誰でしたっけ」


「さぁね」


 二人とも小さく笑いながら話しつつ、ノーネはカトレアの容態を確認していく。

 数年前からカトレアの体調はあまり良くはない。触診と魔力で診ていくが、やはり急激な衰えが目立つ。


「特に目立った異常はありませんが、最近剣を振りましたか?」


「相変わらず敏いねぇ」


「これだけ筋肉が張っていたら分かりますよ。タタンさんが剣に熱心だと聞きましたが、手解きはカトレアがしているんですね」


「才能はからっきしだけど、あぁも頑張っている所を見るとねぇ。旦那を思い出して、基礎だけ教えてやろうかと気合が入っちまったのさ」


 気合がはいっちまった。という言葉で、カトレアの性格をよく知っているノーネは思わず苦笑いをしてしまう。まだカトレアが現役時代の頃、幾人か弟子は居たのだが、その厳しさから辞めていった者ばかり。

 唯一残ったのが、現在は既に亡くなってしまっている旦那だった。


「旦那さんの時も言っていましたよ」


「タタン坊は、それ以上に無いね」


「じゃあなんで教えてあげているんですか? 才能はないから止めておけ。と言ってあげたほうが、スロンさんも喜ぶかと」


「さぁ……旦那を被せちまっているだけ、もしもの時、村を守りたいなんて気持ちに感化されちまっただけなのかも知れないねぇ」


「そうですか。村の為……確かに旦那さんに似ていますね」


「タタン坊は旦那の事を慕っていたからねぇ。変な所が似ちまって」


「いいじゃありませんか。最近は魔物も活発になってきましたし、もしもはあるかもしれません」


 今回処方する薬の準備をしながら、ノーネの脳裏には、今頃どこかの街に居るであろう勇者の事が浮かんでは消えていく。


「もしもなんて無いほうがいいさ。だけどねぇ、弟子はいいもんだよ。成長を見るのは、やっぱり楽しいもんさね。ノーネもそろそろ一人ぐらいとってみたらどうだい?」


「弟子……ですか。気が向けば、それもいいかもしれませんね」


「アンタの弟子は、大層苦労しそうだけどねぇ」


 ケラケラと笑うカトレアの様子に、ノーネは少しだけ拗ねた様に薬をベッド横のテーブルに置いて腰を上げた。


「一応いつもの薬の他に、カトレア用の痛み止めを置いていきます。弟子の教育に熱を上げるのは結構ですが、歳を考えてくださいね」


「昔から顔も見せずに一切変わらないアンタに、まさか歳の事を言われるとはね」


 ノーネの言葉に目を丸くするカトレアを他所に、ノーネは広げていた荷物を片付けて横になっているカトレアに掛け布団を被せる。


「では、私はスロンさんの腰も診ないといけないので、このへんで失礼します」


「そうかい。アタシはこのまま寝るよ」


「ゆっくり休んでください。それじゃあまた」


「あぁ、またね。ノーネ」


 すぐに聞こえてきた寝息を耳に、ノーネは部屋を後にし、玄関から外へと出ていく。そして、軽くノブに触れると、カチャリと鍵が掛かる音が聞こえ、ちゃんと鍵が掛かっている事を確認したノーネはカトレアの家から離れていった。


 その後、スロンの腰の様子を診てから、ヴィーゼと共に森に戻ったノーネだったが、家に着く前にヴィーゼが足を止めた。


「どうかしましたか? おや?」


 ヴィーゼが突然足を止めた事で、何か問題が起きたのか?と考えて先を見ると、進行方向より少し逸れた木に、ボロボロのフードを被る少女がもたれ掛かっている。

 この辺は魔物も少なくはなく、普通に考えれば少女が一人で寝ていていい場所ではない。


「……また、これは不思議な巡り合いで」


 遠目に見える少女の姿を見て、ノーネは色々と察した。

 仮にここで少女を見捨てたとしても、きっと少女は助かるだろう。しかし、あの少女がこんな辺鄙な所に居る事自体がおかしな話なのである。

 少し考えた結果、ノーネはヴィーゼに少女の元へ行くように頼み、声を掛けてみる事にした。


「こんばんわ」


「……」


 警戒をさせないように、ゆっくりと声を掛けてみたノーネだったが、どうやら少女は気を失っているらしく返事はない。

 さてどうしたものか。と悩んでいると、ヴィーゼが小さく嘶き足を鳴らす。


「そうですね。たまには、こういうのも良いのかもしれませんね」


 ふふっと笑ったノーネは、気絶している少女を荷台に乗せると御者席へ戻り、ヴィーゼはゆっくりと足を進めて森の奥にある家へと移動を再開した。

マヒノダケ

・毒性あり。生で食べると食後から数日を経った後に発病

・痙攣や感覚麻痺などを引き起こす

・初期症状として、指先に痺れ、食欲不振、発熱

・胞子にも微弱ながら同様の毒がある。発見した場合は、発病前に熱い湯の摂取を推奨


セゴヤク

・根に毒あり。食後、数時間で発病

・嘔吐、下痢、発熱などの症状あり



私の頭の中では、セゴヤクはネギみたいな見た目してます。

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