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Lv.2

 日が沈み、耳を澄まさずとも人々の声が聞こえ、夜風はノーネのフードローブを靡かせる。

 

 日があれば暖かいのだが、沈んでしまえば、着用しているハーフグローブの上からでも空気の冷たさを実感する。と思いながら、明るく騒がしい街中を歩いていく。


「ローランは強くなってましたねぇ。カトラも随分と上達をして、実に喜ばしい時間だった」


 フェルナリヒ達との時間は、突き詰めればノーネにとって無意味な時間でしかない。

 彼等が言うように、昔にも言われたように、永く生きるノーネにとって今日行われた問答は、既視感溢れるワンシーンでしかないのだ。


 しかし、ノーネは無意味な価値をこよなく愛する。


 僅かな違い、それぞれの思考や意志、漏れる言葉すらノーネにとっては価値がある。たとえ境地に至り悟っていたとしても、それらをノーネが否定する事はない。


「さてと、確かこのお店でしたよね?」


 今日の事を振り返りながら歩いていると、ノーネはある店の前で足を止め、確認の為に少しだけ視線を上げた。

 '龍の背'と書かれている看板を確認したノーネは、記憶の中の約束と照らし合わせて確認を終えた後でゆっくりと店の扉を開ける。


 壁一枚、扉一枚とは言え、中々の遮音性だったのだろう。

 開けた途端に大きくなる喧騒は、ノーネが入ってきた音も掻き消すほどで、店員も慌ただしく店内を駆け回る賑わい。


「おまたせしてすみません! いらしゃいませ!何名様ですか?」


「友人と待ち合わせをしているのですが」


「えーっと――「おっっそいわよノーネ!!」お席はあちらです。ご注文がお決まりでしたら、お聞きますよ」


「すみませんね。一番高い果実酒と今日のオススメがあればそれでお願いします」


「かしこまりましたー!」


 笑顔を崩しはしなかったが、明らかに言葉を遮られてピクピクと青筋が浮かび始めている店員を見たノーネは、軽い謝罪と共に少しでも貢献をしようと注文してから席へと向かう。


「あんた、いつまで私を待たせる気かしら!!」


「トロバス、いつから飲めばココまで出来上がるんですか?」


「勇者を見送ってから少しは城で待ってたんだけどな、腹を空かせたカーニャが待ちきれずに……三時間前ぐらいからか」


「ちょっと無視? いい度胸してるじゃない!私をむしとはー!」


「それで酒樽を空けますか……」


 席に付けば、すっかり顔を赤くしているカーニャと、それを宥めているトロバス。そして、カーニャの後ろには空になった酒樽と、まだ半分ほどある酒樽が一つずつ並んでいる。


「待たせすぎましたね」


「王の話しならば仕方ない……が、できればカーニャの相手をしてやってくれ。ノーネと会えて、こいつも何かと嬉しかったのに、話す時間が無くて拗ねてるんだ」


「それはそれは」


「いつ私が拗ねたのよ! 子供みたいじゃない」


「まぁまぁ、待たせてしまったお礼としてココは私が奢りますよ」


「そ、そぉお?んー、なら、まぁ、許してあげないこともないわ」


「魔法研究で今月かなり金を使ってるんだよ。樽空けた時に、青ざめて二樽目はやけ酒気味だったんだ。俺も今日は少し心許ないから、本当に助かった。このままではカーニャに全部毟られるんじゃとヒヤヒヤしていたんだ」


「聞こえてるわよ」


「子守も大変ですね」


「聞こえてるってば! ええいもう覚悟しなさいよノーネ!財布の中すっからかんにしてあげるんだから! 店員さーん、一番高いお酒追加ー」


 そんなこんなで時折追加注文をしながら時間は過ぎていく。

 ノーネ達のテーブルに空皿も積み上がり、普段は中々酔わないトロバスも酔いがそこそこに回り始めた頃、店内の客も入れ替わってさらなる賑わいを見せていた。


 すると突然、乱暴に置かれたコップの音が響き、その音を鳴らした当事者はビシッとノーネに指をさす。


「勝負よ」


「またですか」


 ノーネの呆れた声など無視してカーニャは準備を始めていく。

 不釣り合いなほど大きい帽子を取ったかと思えば、その内側に手をつっこみ、ズルッと明らかに入らないであろうサイズの瓶を取り出しテーブルに置いた。


「私の力作! 簡単な魔法を表面に無数刻んであるわ。指を近づけて魔力を流せば魔法陣は光って消える。ただし!ハズレを引けば、中にある雷の魔力石が飛び出してピリッってするわ! 名付けて'マジックアウトクリスタル' 交互に魔法陣を発動させて、ピリッってしたほうの負けよ!」


「いつもの様に魔法解除ができるかで挑んでは来ないんですね」


 勝負を挑まれるのは初めてではないが、こういう趣向で挑まれるのは珍しいと思いながら、ノーネはカーニャが取り出した瓶を手に取り軽く確認し始める。

 確かにカーニャの言う通り、瓶の表面には無作為に魔法が展開されている事が分かる。規則性はなく、試しに一つの魔法陣に指を当てて魔力を流してみれば、微量も微量な魔力で発動し、言われた様に光って消えるだけ。


「悔しいけど、あんたの魔法技術は私に匹敵する。本当に腹立たしいけど、あんたをギャフンと言わせられる魔法構築が浮かばないのよ」


「安全性だけはしっかりとしたものを作ってきますからね。普通に魔法合戦なら私はカーニャに敵いませんよ」


「どうだか。この私が、あんたのそのフードの奥を一度も見れないのよ? どの角度からでも精々口元だけしか認識できない。認識阻害にしろ、幻惑魔法にしろ、私が見透かす事もできないのは事実……本当、腹立つ」


「得意不得意はあるでしょう。ただただ私が、他人の目を誤魔化すのが得意なだけですよ」


「ふん! まぁいいわ、今日こそその顔拝んでやるんだから!」


「ということは、賭けの内容は何時も通りですね?」


「私が勝ったらフードを脱ぎなさい。あんたが勝ったら……「ココの分はカーニャの奢りという事でどうでしょう? 足りない分は、貸してあげますよ」ッ!! ぐぬぬ、いいわよ!やってやろうじゃない!」


 残っていた酒を一気に飲み干し、気合を入れたカーニャは先攻を選択。瓶の表面に浮かぶ魔法陣をじっくりと観察し、一つに触れて魔力を流した。


……。


「ふぅ……次は、ノーネよ」


 小さく光って魔法陣が消えると、そこを埋める様に代わりの魔法陣が浮かび上がったことで、カーニャは小さく息を吐きながら、次はあんただと言わんばかりに瓶をノーネの方に押す。


「さて、どれにしましょうか」


 ノーネも改めてカーニャの様に注意深く瓶を観察してみる。しかし、簡単な遊び道具ながらもかなり高等な魔法を構築しているようで、簡単に当たりを見抜くことはできない。加えて、魔法陣が暴走しないように調整もされており、安全性も確保している。


 元より当たりを見抜こうとは思っていないのだが、カーニャの魔法技術の高さに感心をすると、適当に魔法陣を発動させた。


「やるじゃない」


「始まったばかりですから、楽しんでいきましょう」


 光り消えていく魔法陣を見たカーニャは、次は観察せず瓶に触れて魔力を流す。


「ではコレで」


 対するノーネも、考える事なく魔法陣に触れる。


 静かなる攻防を繰り返し、その二人の様子を肴に微笑むトロバスの酒も進む。

 十、二十と交互に魔法陣を消していき、その数は三桁に乗ろうとしていた。


「あんた、もう解析が済んでるんじゃないでしょうね」


「いえいえ、中々に巧妙に隠されているせいで、集中しなければソレは難しいです。それより、カーニャの方こそ、答えを知っていたりするんですか?」


「そんな卑怯な事はしないわ。実際の所、我ながらよくまぁこんなに解析しづらいのを作ったわねと思っているぐらいよ。私でも数分は掛かるわ」


「でしょうねぇ。本当に力が入った一品な様で」


 お互いに、まさかこんなに長引くなんて……と思いながら魔法陣を消していき、ついにその時は来た。


 カーニャの番が終わりノーネに瓶が手渡され、目の前にあった魔法陣に触れた。すると、瓶の蓋がパカッと開くと同時に黄色の結晶が顔を出し、ノーネが触れた魔法陣を通して静電気が……来なかった。


「「「……」」」


 三人の沈黙の中、一仕事を終え満足したように黄色の結晶は瓶の中へと戻り、蓋もしっかり閉まる。そして何事も無かったかのように無数の魔法陣が瓶に浮かび上がり始めた。


「あんた、反応薄すぎでしょ」


「いえ、そもそもピリッとも来なかったのですが……」


「ん? なぁノーネ、もしかしてその手袋、魔法耐性があるんじゃないのか?」


「何を言っているんですかトロバス。当然でしょう? 防水から耐性まで素材なども色々と工夫して作り上げたモノですよ?あっ」


「あっ。じゃないわよ!あっ。じゃあ! あんた、この、ううううんんんん、もう! いいわ、負けは負けよ!」


 トロバスの問いに、少し自慢げにハーフグローブを見せるノーネは気付く。もちろん、トロバスもカーニャも理解した。

 雷の魔力石は、カーニャが設定したように起動はしたのだが、そのハーフグローブが全て遮断したのだと。影響も出ず、ちょっとピリッとする程度の微量な雷では、当然の様にノーネのハーフグローブの耐性を超えられる訳がないと。


 ピリッとした時の反応も見たかったカーニャは、なんとも言えないもどかしさに苛まれながらも、これから素顔が見れるという事で気持ちを落ち着かせていく。


「仕方ありませんね。あまり期待はしないでくださいよ?」


「いいから、早くしなさいよ!」


「これは貴重だな」


 しかし長年の疑問が晴れる瞬間。カーニャに限らず、トロバスも興味津々にノーネのフードに集中をする。それだけではなく、よく見れば、聞き耳を立てていた客達の視線も少しばかり集めて待っているようで……ノーネは小さく溜め息を漏らしながらフードをずらし、外していく。


 今まで見る事叶わなかった口元以外が顕になっていく。その姿に、見ているモノ達は息を飲んだ。


 極彩色に彩られ、光の当たる角度で色が変動する髪。

 日が当たらないからだろうか、真っ白な肌は揺れる髪を際立て、逆にその肌も幻想的にすら見えてくる。そして、鼻先が見え始めたかと思うと、ノーネは一気にフードを外した。


「まったく、コレで満足ですか?」


「ぶっ殺す」


 根本から毛先にかけてグラデーションしている髪を揺らすのは、カーニャの掌で踊る炎の熱風。その熱風を涼しげに受けるノーネの顔上半分は、穴一つすらなくツルンとした仮面が付けられていた。


「落ち着きましょうカーニャ。一体何が不満だと言うのですか」


「その問いかけをする度胸だけは認めてあげるわ……」


「今回ばかりはノーネ、お前が悪い」


「そういうわけよ。その仮面叩き割ってあげるから、動かないでねノーネ」


 ジリジリとにじり寄ってくるカーニャに合わせ、ノーネもジリジリと距離を取るのだが……なぜかノーネの退路には人の壁が出来上がり下がれない。


「あの、すいません、少し通して頂けませんか?」


 そういうものの、喧騒で聞こえてませんよとばかりにノーネの言葉はスルーされてしまう。


「諦めなさいノーネ。年貢の納め時よ、おとなしくその見えているかも分からない仮面を私に割られなさい」


「しっかり見えています。カーニャの怒りと酔いで真っ赤になった可愛らしい幼顔もしっかり見えていますよ」


「ぶっっころす!!!」


 何かが切れる幻聴が聞こえ、カーニャの手で踊る炎は一層猛る。更に、反対側の手にも荒れ狂う風の塊が高音を響かせ始めた。


「あ、流石にそれはシャレになりませんよカーニャ。落ち着きましょう。私以外にも人はいますし、トロバス、トロバス? カーニャを止めてください。貴方の彼女でしょう?」


「諦めろノーネ……俺はカーニャの腕を信頼している。それと、カーニャは人前でそう言われると照れる」


 トロバスに向けていた顔をカーニャへ戻せば、先程よりも顔を真っ赤にしてぷるぷると震えているカーニャの姿が。


「照れて殺意が上がるとは、難儀な性格をしていますね」


「それが遺言ね」



 その日の'龍の背'は、夜遅くまで大層賑やかだった。





「本当に全額奢りでよかったのか? カーニャと俺の分ぐらいは出すぞ?」


「えぇ、構いません。少しカーニャをおちょくりすぎましたし、お店側にも迷惑をかけましたからね」


「今夜の分は全部ノーネの奢りって事で、他の客も遠慮なしに注文したから店主も儲かったと喜んでいた。それに、カーニャも酔いつぶれるまで楽しめたようだし気にするな」


 トロバスの背で幸せそうな顔で寝息を立てているカーニャ。落ちないようにとトロバスが多少揺らしてしまっても、起きる気配はない。


「それなら良かった」


「しかし、ノーネはあんな騒がしい飲みの場を好まなかった記憶があったが……どうだ、今からでも俺の家で飲み直しするか?」


「今日は遠慮させてもらいます。別に、あの空気が嫌いなわけではなく、少々盛り上げ方が未だに分からないので苦手なのだけで、私も十二分に楽しめました。それに、起きた時に私が居ると、カーニャがまた怒ってしまうでしょう」


「ノーネなら、そんな事は無いと思うが……なにぶん俺もカーニャも気軽に話せる友は少ないからな」


 その言葉を聞いたノーネは、クスクスと愉快そうに肩を震わせて笑い、懐から一枚の封筒を取り出して寝ているカーニャの帽子の装飾の間に挟む。


「察してください。今日はもう帰りたいのです。その封筒は、使い切りですが一度だけなら私に連絡が取れる代物です。連絡を書いた紙を封筒に入れて魔力を流せば、私の元に届きます」


「王がどうやってノーネと連絡を取っているのか気になっていたが、これを使っていたのか」


「何か用事があったり、美味しいお酒でも手に入ったら連絡してください。その時は、私もお土産を持って会いに来ます」


「なるほどな。しかしノーネ」


「はい?」


「俺とカーニャでここには二人居るんだが?」


「ふふっ」


 ノーネはもう一枚封筒を取り出すと、それもカーニャの帽子の装飾の間に挟んで人混みの中へと消えていく。

 同じくトロバスも、ノーネの背が見えなくなるとカーニャを落ちない様に背負い直して帰路へとついた。

先日、久々に黒ひげ危機一発をしましたが……五連敗しました。

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