次のLvまで後:1
勇者の旅立ちを見送ったノーネは、すぐに城を離れる事はできず、用意された部屋で待たされていた。そして、窓から人々が勇者を送り出す声が聞こえ始めた頃、使用人の案内で大きな扉の部屋へと足を運ぶ。
「改めて久しいな。ノーネ」
使用人がノックをし、中からの返事を確認してから扉を開ければ、部屋の中には寛いでいる四人分の姿があり、その内の一人が部屋へと足を踏み入れたノーネへと言葉を投げかける。
「ご無沙汰しております、フェルナリヒ王。アリア様も変わらずお美しくお元気そうで、ローラン様とカトラ様も大きくなられましたね」
「ノーネさんもフードでお顔を拝見できないのは、変わりませんね」
「フェルナリヒ王からご許可は頂いております。何卒ご容赦を」
このやり取りもノーネ達にとっては慣れたものだ。
会うたびに王の妻であるアリアは、柔らかい笑みを浮かべノーネに言う。そしてノーネも、同じ様に言葉を返す。一種の様式美にすら成っているやり取り。
「お久しぶりですおばさま! おばさま、私、ピアノが上達しましたの! ぜひ、お聞きして欲しいわ!」
「お元気そうで、おじさま! やっとトロバスと打ち合いができるぐらい剣が上達しました! また昔の様にご指導を!」
「お二人とも、本当に大きくなられましたね。トロバスと打ち合いする程となれば、私ではもう相手になるか分かりませんが、ローラン様のご成長したお姿も拝見したく思います。カトラ様がご上達した所もお聞きしたいですので、フェルナリヒ王のお話が終わった後にでもお時間を頂けますか?」
王の息子であるローラン、王の娘であるカトラ。二人が幼少の頃、両者の教育係としても教鞭を執っていたノーネ。
二人にとっては、親戚の者以上に親しく慕う人物である。その教育の時に、ノーネは男としても女としても立ち振舞を見せ、普段はどちらか認識できないため、ローランとカトラはそれぞれの呼び方をする。
「カトラもローランも、相変わらずノーネの前では子のままだな」
「昔のフェルナリヒ王はおませさんでしたからね。長く慕われるというのも、悪くはありません」
「別に今でもノーネには世話になり、その度に慕っている」
「おや? そうでしたか」
先程の広間の時とは違い、子供らしい顔を見せるローランとカトラにフェルナリヒが言葉を漏らせば、ノーネはノーネで過去にフェルナリヒの教育係をした時の事を思い出し口にする。
厳格な王としての雰囲気はそのままだが、ノーネの言葉にバツが悪そうな表情を浮かべるフェルナリヒは、空いている席に向けて視線だけでノーネに座るように伝えると、ノーネもそれに従い席に腰を下ろした。
「ハーブティーでよかったかしら?」
「お気遣いありがとうございます」
部屋に使用人はおらず、ノーネを案内してきた者もすぐに出ていった。
ノーネが座ると同時に席を立ち、ノーネの分の飲み物を用意するアリアに礼を言うと、ノーネはフェルナリヒへと顔を向ける。
「案内をしてくれた使用人の方が驚いていましたよ。得体の知れない私が王室まで案内されている事に加えて、護衛も付けずに人払いまで済ませているという事にも」
「使用人から聞いたのか?」
「いいえ。初めて見た顔の子でしたが、しっかりと内心を表には出さずに案内してくれました。ただ、時折歩行に戸惑いが紛れていたので、たまたま読み取れたまでです」
「それで読み取れるのはノーネぐらいだ。先の使用人は先日入ったばかりの新人でな、カトラやローランどころか、勇者の教育係であったことも知らないであろう」
先日入ったばかりでアレならば、しっかりと行き届いた教育をしているな。と思ったノーネは、アリアが用意してくれたハーブティーで喉を潤し、後の予定も決めてしまった事だしと世間話も程々に本題を口にする。
「そろそろ呼び止めた理由を聞いてもよろしいですか?」
「ローランやカトラが話したがっていた……というのが一つ。私の用は、今回の勇者についてだ」
一応フェルナリヒに問いかけたものの、ノーネの中では分かっていたことだ。
勇者の旅立ちの後は、こうして勇者のことについて聞かれる。フェルナリヒの祖父がそうであったように、その親がそうであったように。きっと、フェルナリヒも同じことを自分に聞くと分かっている。
「勇者様のことですか。実に勇者らしい勇者様かと思いましたが、何か問題がありましたか?」
「父の代では勇者が生まれることは無かった。故に、祖父から聞いた話しになるが、ノーネはその時も勇者を見送り、魔王を討つまで見届けたと聞く」
「えぇ。そうですね。先代勇者様は、当代勇者様に比べると弱くはありましたが、人々の望み通り魔王を討ち果たし、人々に平和をもたらしました」
「魔王を討つまで勇者は死なぬ。それは真実か」
やはりか。とノーネはフードの奥で目を伏せた。
王家に伝わる話の中で、そのことは必ず伝わる内容であり、真実なのだ。過去にはその術を自分にもと縋った王も居たが、フェルナリヒはそれとは違うだろう。
昔からフェルナリヒという男を知るノーネはそう思い、彼の問いに答える。
「少し語弊がありますが真実です。勇者は、勇者としての役目を終えるまで死ぬことはできません」
「人と魔が争いを始め、永い時が流れた。いつ頃からか、勇者を送り出すのは我が家系の役目となり、そして必ず'ノーネ'という名が語り継がれている。不死の魔法を操る者として……」
「そのようですね」
「それは実か」
「役目を終えるまで死ねないというだけで、勇者様は死にます。だからこそ、次代が生まれるのですよ?」
「ノーネ自身はどうなのだ」
「さぁ、どうでしょう。気取った言い方をすれば、謂わば私は観測者。勇者様の手助けはできても、私がどうのこうのとはできないのです。それが私の役目であり、私が死ねない理由でもあるのかもしれません」
曖昧に、濁す様にフェルナリヒの言葉を流していくノーネ。対するフェルナリヒは、視線を鋭くしてノーネの様子を伺うも、まるで霞の様に掴みどころが見当たらない。
「……では別の問いだ。あの時、勇者に降り注いだ光が不死の魔法か?」
「今までは資格を得ていただけで、あの時に勇者様は勇者として役目を担いました。今後役目を終えるまでは、その肉体が滅びようとも、私の元で蘇るでしょう」
「先ほどから言う'役目'とはなんだ」
「それを決めるのは勇者様です。勇者の役目は、人々が道を示し、選び決めるのは勇者様なのですよ。フェルナリヒ王」
問いに答えるノーネの声は酷く優しい。まるで、赤子に子守唄を唄う様な旋律で告げられる言葉に、フェルナリヒや割り込まずに聞いているだけのアリア達の思考は、鮮明になっているはずなのにそれが答えの様に停止しようとしてしまう。
「王族に魔法を使うか……ノーネ」
「一切使っていませんよ。勇者の道を示す貴方達は、勇者の決定を否定することができないだけです。あの広間に居たモノ全てのモノがそうですよ」
「であるなら、勇者が叛逆した際は、我々は死を受け入れろと?」
「ご心配なく。道すがら、人々の願いを、示された道を知り尚も勇者様がそれを選んだのならば、勇者を止めるのも私の役目なので」
「死ねぬ死なぬに加え、その荷を背負わされるとは……不死というのも、良きばかりではないか」
フェルナリヒの言葉にノーネは返さない。代わりにハーブティーを一口飲み、いつものように告げるだけ。
「問題はありません。世界は兎にも角にも美しく、世界は煌めき輝いています。人々は勇者には成れませんが、道を示すのは人々です。勇者様を助けるのは貴方達です。だからこそご心配なく――」
慣れ親しんだ言葉を いつものように
言い慣れた言葉を 変わらずに
変わらぬ気持ちを 変えたいと願い
「世界は勇者様が救うので」
オムニバス的な感じで、ほのぼの日常になる予定……予定……のはず……うーん。あれ?