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僕は妹をMAZyOにした  作者: 赤雪 妖
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第9話 『愛』って

「それは難しいな。恋人と言っても仮の話で期間も短い。おまけに兄妹だ」

「それが無ければ……」

 何かを言いかけて言葉を変えた


「そうね……陽にいと彼女さんは出会った途端に恋に落ちたんだものね。私が何年も前から陽にいを好きで想い続けていても出会うのが遅かった……」


「俺はみつきのことを知らなかったけど、知っていたとしても可愛い妹としてだ。今だから、それにこの年で出会えたから、こんな話が出来る」

「それは確かにそうだけど。でも一目惚れって卑怯だわ」

「卑怯って?」

「だって一目惚れの好きって、私が『好き』を何年も積み重ねてきたのに、それをたった一度の出会いでだなんて……それに一目惚れって表面的なものが多いと思う。綺麗とか可愛いとか、格好いいとか」

「言ってることは判るが、それも最初は大事な要素だと思うけどな。好きには段階があるだろ。付き合っていくうちに嫌になることも、益々好きになることもある」


 陽介は、みつきが言う『卑怯』という言い方がおかしい。


「愛には色々な愛が複雑に絡み合い、個々の愛を造り出す。同じ人がいないように愛の形も千差万別だ。別れ方を決めたからって、それで愛が薄いということにはならないし、逆に凄い覚悟をして付き合ってるのかもしれないぞ」


「『かもしれない』なんて、他人事ひとごとみたいに言って。じゃあ、色々な愛って?凄い覚悟ってどんなのですか」

「だから色々なんだよ」

陽介は、そんなに簡単に訊いてくれるな。それは人類普遍の深いテーマだ。これを俺に語らすのか。と、少し溜息が出る。だが、友梨をうらやむ気持ちも分かる。


「人間って凄いんだぞ」

「えっ。何ですかそれ」

 美月は突然変わったテーマに吹き出しそうになる。


「先ず、生物は類を存続するために交配をする。だが人間は類を残さないように交配する」

「えっ。人間は交配しても類を残さない?」

「まあ、逆説を使えばそうなる。考えてみろ。類を存続させるための行為だけを楽しむ事が出来るのは人間だけだ。人間はピルを飲んだりコンドームを付けてまでセックスをするだろう」

「はい。流石にそれは人間だけですね」

「だろ?猿にコンドームを着けてやっても、それでセッセと励んだりはしないよな」

「いやだ-」

 美月は両手で口を塞ぎ大声で笑う。「だって動物は違うんだもの。」

「では、何故人はのべつセックスをする?しかも子を作らないようにして?  それは欲望と愛があるからだ。ギリシャ哲学ではそれも愛の一つだとする。エロスというカテゴリーの愛だ」

「セックスはエロスという愛……」


「ギリシャ哲学では他にはアガペーという愛の概念がある。本来は神が子を愛する無償の愛だ」

「ギリシャ神話の神でいいですか。キリスト教の神が愛する『子』には抵抗があります」

 陽介は美月の言葉の意味を考えて頷いた。

「概念的なものでいいよ。確かに宗教の神は矛盾に満ちているし」

「よかった。さすが陽にいだ」

 

「何時だったか、彼女がこんなことを言ってた。無償の愛には深さがある。それは相手に見返りを求めないで、どれだけ自分を犠牲にできるか、ということだってね。それはみつきが『好き』を年月で積み重ねた愛と同じものだと言えないか。彼女の言う愛は、積み重ねた時は短くても深さがある。そんなふうに理解出来ないかな」

「それは……考えてみますね。友梨さんの仰有ることと陽にいが今言ったこと」

「うん。友梨が言ってるのは『自己犠牲』の愛が近いと思う。だから彼女の言ったことを、俺自身に置き換えて究極まで問い詰めれば、彼女の命を助けるために俺が死ねるか?ということに行き着く」

「それって究極……ですよね」

「だな。で、あれば、俺にはその覚悟はある。親父がそう教えて、育ててくれたせいもあるだろうけど……でも、それは彼女に限ったことでは無いんだ。たとえば、みつきに対しても、母さんに対してもそうだとすれば、それが彼女への愛だとは言えなくなってしまう」

「私のために死んでくれる人がいる……なんて、考えただけで涙が出そうだわ。でもそれは私個人への愛じゃないということなのね。だけど、そんなことが実際にあるのかしら」

「戦争で死んだ日本の軍人とかはそうだろ。国、家族、愛する者の為に死んでいった」

「戦争なんて、あんな野蛮なものに愛があるんですか」

「昔から、防人さきもりの死だけが純粋な死だったんだぞ。みんな勘違いして戦争の悲惨さと武士や軍人を一緒にしてるけど、守るもののために戦うから武士道や騎士道といったものが尊いとされたんだ」

「あっ。そうか。戦争を起こすのは国の指導者ですものね」

「それと、その指導者を選ぶ国民もだ。そこ、間違えるなよ。『守るもの』の為に身体を鍛えるのと、国家が軍を備えるのは同じ事だ。親父はいつも言っていた。弱い者、守る者のために闘える精神と身体を備えろ。ってね。それで僕は武道を始めた」

「そうだったんだ」

「そう考えると、愛する者の為に命を掛ける研究者の存在だって必然だろう」

 美月の歩みが止まる。

「ほんとうにそうだ」

 美月は呟く。

「えーと、彼女さんの言ってることが解る気がするのは、私が同じ女性だからかもしれないけれど、女性の愛は家族とか恋人とかの狭い対象に向けられていて、男性の愛はもっと広い範囲を対象にしている。という言い方ができるかしら。でも、そうしたら鬱陶しい、友達の彼氏の説明ができないけど……。そうか。だから女性は相手への愛を深さみたいなもので差別してもいいんだわ」

「うん。みつきは頭が良い。傲慢だけどな。そこは、差別というより相手の人格とか価値感によるランク付けと考えたらいいんじゃないか。そうすれば当然、自分自身の評価も問われることになるから、傲慢とは言えなくなる」

 美月は両手で口をおさえて恥ずかしそうに呟いた。

「差別するって、傲慢でしたね。ほんとに……でも私、少しだけ傲慢になって、陽にいに私を押しつけるの」

 フッフッと笑った。 

「それで、話は戻りますが……もし陽にい達が別れるとしたら、好きという気持ちはどこに行くと思いますか」


「戻るのかよ」



 明らかに迷惑そうな陽介をみて美月が笑う。質問の矛を納める気は無いようだ。


「俺は偶然、彼女の聖域《sanctuar》に立ち会った。そのとき俺は、俺自身の魂に陰の部分があることに気がついた。それが彼女に惹かれた本当の理由だ。だから彼女とは精神の陰の部分で惹かれ合っている。探し求めていた相手に出会えた。だが理想の相手としてではない。何て言うか……右に傷を持つものが左に傷を持つ者を探して出会えた。それで彼女が抱えている『何か』も含めて、全部俺が担いでやろうと覚悟して彼女を愛することに決めた」

「そうか。覚悟の上の一目惚れってそういうことなんだ」


「友梨は持病があること、別れる可能性があるということを予め俺に言った。 やめるなら今のうち。付き合うにしても別れられる余裕を残して付き合うこと」


「何時か、彼女が『別れたい』といったとしたら、それは俺を悲しませない、苦しませないために言うのだろう。だから俺はあいつが望むように別れてやる」


 まさかの陽介の言葉に美月は息を呑んだ。

 陽介には彼女を最後まで支えると言って欲しかった。

「お前は不満だろうが」

 美月の顔を見て陽介は笑う。

「お前の質問は、別れたとき、好きという気持ちが何処に行くか。だった。彼女は俺への愛を断ち切り俺への『好き』を消滅させようとするだろうな。自分と向き合うために」


 朝の喫茶店で言ったように、好きになる気持ちを途中で止めたままなのか、本気で好きになることにしたのか、それは彼女にしか分からないことだ。


「そうしたいなら俺は彼女の言葉に応える。それが彼女を解放するからだ。次に俺も彼女への愛を断ち切る。だけど『好き』は無くさない。いや、なくせないだろうな。それで、好きだけで彼女を支えるつもりだ。だから、そうなったときの覚悟をして今は彼女を愛している」


 美月は頷いた。分かったような気がした。自分も期間が過ぎたら陽介と離れる。

 だから、それまでという条件で、陽介に恋人になって欲しいと願った。自分の目的のために陽介を愛することを利用しようとしている。

 友梨のように、陽介に選ばせる強さは自分にはないけれど、二人は似ていると思った。

友梨の持病とは、死をもたらすほどの病気かもしれないし、ではなく、別れなくてはならない他の何かを例えたのかもしれない。



陽介の言う陰の部分、『傷』がどんなものかも気にはなったが、今はまだそこまで踏み込むべきではないと、美月の心が言っていた。今訊いたら陽介は二度とこの話をしなくなるだろう。


「わかっただろうか?」と美月の顔を見る。「分からなくてもこれ以上の説明はできない。俺はその覚悟をして友梨と付き合ってる。で、お前は俺との別れ、大丈夫なのかって話だ。 Did you understand」

「I understand very wel 私は大丈夫です。陽にいと死に別れる訳じゃないし」


 陽介の友梨に対する覚悟。その時が来て、その場があれば陽介はそうするのだろう。

「いいなあ友梨さん」

 気が狂うほど好きになり、気が狂うほど愛されたい。

 私にも『狂気』がある。美月は呟いた。


「よし。お茶にしましょう。その前に」

 美月はしゃがんで、「いち,に、さんっ」と叫んでジャンプした。

「こうすると、着地のショックで大事なものが身体に入って、要らないものが落ちてしまうの。リセット」

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