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僕は妹をMAZyOにした  作者: 赤雪 妖
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陽介が得たもの

 じゃあ、俺からの恋人としての条件がある」

「はい。何でも言って」

「恋人になると甘えができる。甘えとは気遣いや遠慮が無くなることだ。普段の言動に気をつけてくれ。時と場所によっては俺に甘えることは構わないが、ところ構わず、べたついて人を不愉快にしないように節度をつけてほしい」

 友梨を脳裏に浮かべて言った。友梨の言動は友梨だけのものだ。他の者があんな態度を取れば陳腐でしかない。

「節度を付ければ甘えてもいいの?」

「いいよ。できるか」

「嬉しい。できます。兄妹の時はため口になってもいいですか」

「その方が自然なときはそれでいい。モードの切り替えは、『僕』と言ったら兄妹。『俺』と言ったら恋人」

「わあ。なんだかスパイの暗号みたい。わかりました。それで、今からはどちらにします?」

「お前と二人の時には俺。母さんがいる時には僕。今は慣れるまでファジーにしよう。俺と僕は臨機応変に変わると思うから、上手く対応してくれればいい」

「嬉しいッ。ありがとうございます。お願いします」

 美月は大声で叫び、陽介に飛びつくと胸に顔を埋めて肩を震わせた。


陽介は恋人の友梨がそうしたときのように、抱きしめて、「よしよし」と背中を叩く。

「頑張ったな」と、抱きしめる恋人への行為が、美月に対しても、余りにも自然で違和感なくできたことが陽介を戸惑わせた。


    *     *


 友梨には『場所』と『時』の感覚があまりない。


 駅でもバス停でも会った途端、子供のように抱きついてくる。

 顔を陽介の胸に埋めて「陽ちゃーん。疲れたよー」と愚痴る。


 甘えられることが苦手な陽介は、初めの頃どう対応したら良いのかが分からず、戸惑い、周囲の視線が気になった。

 友梨はその美貌が、人の視線を集めることに慣れているせいか、周りに人が居ることを意に介さない。

 サマになる美人は何をやっても許されるのだということを、陽介は知った。


    *     *


 涙を吸ったポロシャツが美月の体温を伝えた。

「えっ何ですか」鼻をすすって訊き返す。

「いや、肩が震えてたから笑ってると思ったら泣いているようだから」

「ちがいます、違います。これは別なの」

胸から頬を離して、両手で目蓋を押さえる美月に、ハンケチを渡す。

「こするなよ。目に傷がつく」


「だって何年も好きだった人にやっと会えて……想いを伝えて――お父様が亡くなられて一人になったときも慰めてあげることもできなかったのに――その人が恋人になったのよ。これで私の家族もきっと大丈夫って思ったら……嬉しくって」

「だから泣くなとは言ってないだろう」

「うん。でも、もう大丈夫です。私は強くなれるからもう泣きません」

 涙を拭いて微笑んだ。

「陽にいもメダル貰うとき嬉しかったでしょう。きっとあれみたいなものだわ」

「また随分昔のことを……。 馬鹿。あれは悔しくて自分に腹を立てて泣いてたんだ」

「えっそうなの」

「どこに二番で喜ぶ阿呆が居る」

「ごめんなさい。勘違いしてたけど、そうなんだ?」

「いいよ。今は別にどうってことはない」


 だが当時は苦い思い出だった。


    *     *

 

 進学校であるが故の、弱小とさえ言える剣道部だった。顧問の女性教師は剣道の経験が無く、「怪我をしないで」と叫ぶのが指導の全てだ。


 それが陽介が二年のとき、初めて県大会で優勝を狙えるところまできた。

 町の剣道場で陽介の後輩だった中学生が五人も入学、入部したせいだ。五人と陽介は進学校の剣道部に革命を起こした。

 決勝は大将戦になり学校中が沸きに沸いた。

 激しい攻防が続き、お互いの瞬発力が拮抗し、鍔迫り合いになった。


 陽介は、相手の息の乱れと、眼が脇――胴に泳いだのを見て勝利を確信した。

 相手が離れた一瞬、予見した抜き胴が来た。柄で受けると同時に面を叩いた。近間だが気・剣・体の揃った手応えは充分あった。


 が、主審が上げた旗は相手の赤だ。副審も釣られるように赤旗を揚げた。

 胴を打たれた衝撃は無かったが音はした。


 『浅い』と判断されることは良くある事だ。

 旗を上げるタイミングを逸した。その間に局面が変わった。

 見えなかったが、つられて手が動いてしまった。

 

 それらに文句を言ってもはじまらない。

 

 全てがコンマ0秒以内の瞬くよりも早い間の出来事だ。「それでは人は切れない」などという理屈は通用しない。ルールがあり、鍛錬はルールに合わせて日々重ねられる。


 実力で負けたのでは無い。しかしそれを人に言えば負け惜しみになる。その悔しさが表彰台に上がるとき、思わず落涙させた。陽介の泪の意味だけが他の者とは違っていたのだ。 

 悔しさと腹立たしさで陽介の剣が荒れた。

 ようやく陽介が平常心を取り戻したのは、試合から二週間程して決勝相手の剣道部の顧問がビデオを持って訪問してくれたからだった。


「あのときの試合をビデオで分析していて、大変なことに気がつきました」そう言って、校長、部の顧問教師、当事者の陽介に頭を下げた。


 陽介は抱き続けていた疑問を相手校の顧問に投げかけた。

「僕は、剣を受けずにそのまま面を取りに行くべきだったんでしょうか」

 せんの先を取る。またそのさきの先を取る――上段の剣を教えてくれた父はそう言っていた。

 相手の剣を受けるな。相手の剣を殺しながら打つな。そんな暇があるなら先ず打て。と父は言った。


「小田君……いや。小田選手はうちの小木曽が抜き胴を取りに行くのが判っていた様に見えるけど」

「はい。分かりました」

「よければ何故か教えて貰えると有り難いな。いや。敵に塩を送れといってるようなものなんですが」

 後の言葉は、許可を求めるように校長に向けて発せられ、校長は陽介に頷き、判断を委ねた。

 陽介の部顧問は、この時初めて静の中に動の闘いがあることを知ったのだ。


「いえ。大丈夫です。延長戦で、僕は身体の酸素を全て使い切って反射神経だけで動いていました。彼――小木曽選手もそうだったのでしょうけど、彼が持ち込んだ鍔迫り合いは息継ぎのためでした。彼は無意識で目が泳ぎました。同じ状態の僕にはそれが解ったのです。それと彼の竹刀から左手を返すような力が伝わって来ましたから。彼はあの姿勢からの抜き胴を技として何度も練習して自然に動く様に身に付けていたのだと思います」


「なるほど。出てましたか。彼の悪い癖が。それなら間合いを切るタイミングも?」

「あっ……そうでした」


 疑問が氷解した。


 陽介が攻撃するタイミングは幾つもあったのだ。相手が間合いを切った瞬間。剣を返す瞬間。

 なのに相手の剣が来る場所が分かっていたがために、待ち構えていた。


 呼吸をする。一瞬の楽を求めた心の弱さが待ち剣になってしまった。


 自分はあのとき、既に自分に負けていたのだ。その弱い自分が、『勝っていたのに』という情けない自分に腹を立てていたのだと気がつき、笑みが漏れた。



 校長が、試合について実は陽介の優勝だったこと。それについて陽介が愚痴も不満も漏らしていなかったことを賞賛してくれたが、そんなことはどうでも良くなっていた。

 たまたまの優勝や、誤審による勝利と敗北。そんな過ぎたものに何の価値も無い。新しいステージはすでに始まっている。


 ただ、陽介が自分の欠点、弱さを知ることが出来たことは、かけがえのない収穫だった。


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