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僕は妹をMAZyOにした  作者: 赤雪 妖
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恋人

 美月は小学三年生の時、ある出来事をきっかけに、母から「あなたにはもう一人、お兄ちゃんがいるのよ」と知らされていた。

 陽介が名門進学高校に受かった。剣道の大会に出る。大学に受かった。などの興信所の報告に歓声を上げて喜び、二人だけで陽介の日常が語られていた。


「私とママのことは何て言うかな。陽にいのフアンだと思ってください。それでね、性に関する私達の関係って、そう言う意味ではすごく理想的だと思うの」

「そもそも、僕にはみつきの理想が解らないんだが」


「えーと、私が持っていた理想は、大学で知識と常識を身に付けて、仕事を通じて社会に貢献した上で、心から愛する人に出会い、子供を産んで育てて、旦那様を見送ったあと、自分もさっさと生涯を終えることでした」

「なんだそれ。教科書の丸読みか。それに、でしたってなんだ。何の回答にもなってないぞ」

「人の運命って変わるし、人から変えられたりもするでしょう……。ここで大事なのは『愛する人と出会い』という所です。陽にいと彼女さんは出会って愛し合った。それならその愛の深さは、結婚したいと思う程なのでしょうか」

「僕達のケースは複雑だ。とてもイエス・ノウでは語れない。だが、僕たちのことを面白がって聞いてる訳ではない?」

「違います。すごくまじめ。それでお願いがあります」


陽介の腕を掴んだまま、唇が触れそうな距離で向き合うと、美月は囁いた。


「陽にいがここにいる間、私を陽にいの恋人にしてください」


「えっ。ちょっとまて。恋人?」

 恋人って言ったのか……

陽介は言葉と意味が繋がらずに混乱して手で頭を押さえた。


「いや、待て。今、兄妹の確認をしたところだろ。僕に彼女がいることも説明したよな」

「そうですね」

他人事のような美月の返事に、陽介はようやく事態が飲み込めた。

 美月はこれまで男性との接触が無かったはずだ。それで恋人体験をしてみたいという、そんな程度のことではないのか。


「みつきは恋人の意味が判ってるのかな。恋人ってお互いの好きを確認した二人に愛情が加わってなるものだ。いきなり、恋人にしろ、とか、なれとか、なるとか、期間限定とかの関係じゃ無いと思うぞ」

「さっき、確認しました。私を恋人として合格だって」

「あれは一般論としてだ。っていうか……」


 言質を取るため、用意周到に準備された質問だったことに気づいた。


「私は、小さいときから陽にいが好きでした。ずっとずっと好き。だから好き同士ということもクリアしてます。期間限定なのは、私の目的の為と、陽にいにご迷惑をかけないために」

「じゃあ、取り敢えず、僕に恋人になって欲しい訳と目的を聞かせてくれるかな」


「はい。一番目の理由は、小さいときからずっと陽にいが好きでした。二番目の理由は十八になったら陽にいの恋人になるのが夢でした。だから、明日の誕生日には恋人でいて欲しいの。でも、ママや誰かに宣言する必要はないわ。二人の気持ちがそうならそれでいい。そして本当はこれが一番大事なことなんだけど、三番目の目的は私の家族を救うためです。その三番目の理由は今はいえません。でも必ずお話ししますから」

「家族を救うのが目的で僕と恋人関係になる……」

 陽介が考えていた、恋人ごっこで疑似体験をさせれば満足するだろうという思いは吹き飛ばされた。


「要するに、僕とみつきが恋人という関係性を持ったとき、僕と彼女の関係性はどうなるか。彼女とのセックスは関係性を維持するために働くのか、働かないのか……それで彼女との関係を訊いた……という解釈でいいのだろうか……」


 美月は、頷きながら、

「はい。そうです。そう言いたかったの。ただし、この関係性の後で、陽にいがいなくなれば、私も今までの私ではなくなると思うけど」


「言っておくが」

 美月の唇から逃げるように顔を引く。

「好きだと言ってくれたのは有り難いし、光栄ではある。だけどみつきは僕の性格とか内面までは知らない筈だ。だろう?」

「はい。確かにまだ、そこまでは」

「僕はガラント、つまりフェミニストではあるけど、困ったことに恋人に対しては全然違う。好きになった女性には俺様でサディストだ。だから普通の恋人にはなれないかもしれない。みつきが思うような甘い恋人ごっこにはならないとしたらどうする。やめた方が良くないか」


「全っ然、大丈夫です。好きを返して貰えなくてもいいし、陽にいがDVをするような悪者なら、それはそれで経験だし、男性に対する参考になるもの。私にある事さえして貰えればあとは陽にいの好きにして貰って良いの。だから陽にいが居る間だけでいいから私を恋人にして」

 美月は再び陽介の唇を求めるように顔を近づける。

「サディストだって言うなら今からこの木に縛り付けられてもいいわ。陽にいだって私の性格や内面、知らないでしょう」

 挑戦するように美月が言った。

「それは面白そうだな。みつきが恋人になったらこの木に裸で吊してバラの鞭で傷つけてみようか?」

「うっ……。それは……でも、それが絶対的な条件ならいいですよ」

「バカ。冗談に決まってるだろう」

「なんだ。吊されてみるのもいいかなって思ったのに」

「うーん。どこまで本気なんだ」

「どこまでも。もう決めていますから」

 一歩も引き下がる気配の無い美月には、確かに遊びで言っているのではない真剣味があった。


「では、私を恋人にすることに問題があれば仰有ってください。一緒に考えて解決しましょう」

「どこでそんな営業トークを覚えたんだ」

陽介は思わず吹き出した。


 陽介には棘が刺さっていた。その棘が針になり美月の望みを縫い付けている。

 人に自分を動かされたくないという想い。つまり美月が勝手に決めたことをこうしろと決めて迫ってくる……。

 美月は唇を噛み、泣きそうな声で「ごめんなさい」といった。

「本当に、陽にいの都合は考えて無かったわ。ただ陽にいなら助けてくれると勝手に思ってたの。私、何度も助けてって叫んでた。その度に陽にいは私を励ましてくれてたから」

「俺が美月を励ましていた……何度も」  

 陽介を縫い付けていた棘が抜けた。


 その棘は……高二の終わりに刺さっていた、剣道部の遠征試合のときからだ。


 交流試合の後で、相手校の女子部員に交際を申し込まれた。

無論陽介も、女性に憧れる気持ちは持っている。

だが、嬉しくはなかった。

 嬉しさよりも、自分の感情を無視された苛立ちや、人の気持ちをおもんばかることのないエゴを見せられ嫌悪を感じた。


 こんな美人に告られて断れる訳がないだろうと一方的に決めつけて、陽介の領域に食い込んでくる他人。

 厚かましさと横柄さを親しさと勘違いして押しつけてくる無遠慮な女子部員の態度。

 付き合うという事がこの苛立ちの継続を意味するのだと、本能的に感じ取った。

 

 気持ちの整理に5分待って欲しいと言うと、カッコつけてる。相手はそう思ったのだろう。

「ねえ、幸運には後ろ髪が無いって言葉知ってるよね」

 せせら笑いしながらそう言った、それさえも陽介には傲慢だとしか感じられなかった。


 女生徒と交際することで消耗する時間。

 ジェラシイという普遍的な感情に支配されたその女生徒が、陽介の行動を監視して、陽介が自分の感性で追い求めることが出来なくなるであろう女性の美しさ。


 その結果、鈍化していく感受性……。

 思考の途中、勉学の最中に、遠慮無く邪魔をしてくるであろう甘えた声。要求の数々。

 やがてはそれに耐えられなくなり、不毛な争いや忍耐で過ごすことになる日々。

 その女子の言葉と態度の端々に二人の未来の姿が浮き出ていた。


「君と付き合う理由が見つからない」そう言う陽介に「身体の関係だけでもいいから」女生徒はそう言った。

「俺はその結果に責任が取れる歳ではないし、間違いで済まされる社会の仕組みでもない。ましてや俺は君の為だけに生きるつもりもない」

 そう言った陽介に「以外と度胸が無いのね。見損なった」と言って、軽蔑の眼差しで去って行った。


 あのときの苦い何かを奥歯で噛んだような残滓……。それが棘になっていた。


 友梨と付き合い始めたころにその話をした。

 友梨は「交際しろ。付き合えという言葉の中には、相手に多くの犠牲を強いるものがあるんだよ。その自覚も無くて自分が好きだから付き合えってのはないよね」と、言った。


 三番目の『なにか』には今は目を瞑る。

 それは何時か話すと美月が言った。

 知るべき時期とともに、知ってはならぬ時期もある。 

 期間が限定されているのであれば、その中の必要な時期に知ればそれでいいのだと思った。

「わかったよ。美月。俺達は恋人どうしだ。みつきのなかで、既に俺がみつきを助けていたのなら、現実の俺が無視する訳にはいかないよな」




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