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風鈴の巫女  作者: モノクロ信号機
一章 「会いたい」は遠く
7/13

嵐呼ぶ鳥



「さて、これからどうしましょうか……。」


お互いが果実を食べ終わりひと息ついている最中、レナが相談とも、独り言ともとれる声音で声を漏らす。

現場、河を渡る手段も明日生きる食料もない。それにレナは傷を直してある程度体力を取り戻さなければ渡る事すらできない。


「その傷、後どれぐらいで治りそう?」


私の質問に、レナはうーん、と難しい顔をして乾いた包帯を撫でる。


「正直、医者でもないしわからないわ。スズナさんは治療の魔法、覚えてない?」

「そんなの知ってたら最初から使ってるよ……。」

「それもそうね……。」


二人して難しい顔をして黙りこむ。


「……ひとまず、食料と寝床を探しましょう。ここでなにもしないよりは何倍もマシよ。」

「という事は森の中に引き返すの?」


そうよ、とレナは首肯く。

またこの森に引き返すのか、と私は苦い顔を浮かべる。もうあの森には良い印象はない。


「河に程近くて、怪物に襲われにくい大きな木を探しましょう。」

「大きな木?」

「そう、そこならうまく住みかにできるわ。」


どうやって、と口に出しかけたが彼女は既に立ち上り、ふらつきながらも歩き始めてしまった。

私は言いたいことをひとまず飲み込んで、レナの下に走り寄って肩を貸す。


ぐっと持ち上げてもレナは呻くことがなかった。もう傷口の痛みは少ないらしい、彼女の生命力には驚かされるものがある。


森の中に戻り、いくらか歩くと私がナイフを拾った場所が見えてきた。

だが、そこにはゴブリンの死体はなく、幾等かの布切れとばらまかれたような肉片が散らされているばかりだった。

私がその場所を眺めていたのを見て、レナはなんともなしに言った。


「死体が無くなっているわね。おおかた別のモンスターに食べられたんでしょう。」

「あれ、ここに死体があったこと知ってるんですか?」

「知ってるわよ、私の仲間達が倒すのを背負われながら見てたもの。」


ここにあった死体は彼女らのパーティーが倒したものだったようだ。

跡地を眺めているとそこに死体のあった光景を、ひいては自分が殺した感触を思いだし背筋に鳥肌が立つ。

無意識に空いた左手を眺め、そこに血がこびりついていないかを確認してしまった。


そうして気を散らしたせいか、足元が疎かになってしまったようだ。


「うわっと!」


木の根に足を引っ掻けて、たたらを踏む。

拍子に、白衣から風鈴が転びでて地面に落ちる。金属製の風鈴は割れなどしなかったが、不満そうにチンと音をならした。

転ばなかっただけ運が良い。レナも巻き添えにするところだった。


「あら?あなた、服に穴があいてるの?」


服から風鈴がこぼれ落ちた様を見て、レナが不思議そうに尋ねる。


「えっと、これはそういう服なの……。今、不便なのは間違いないけど」


巫女が着る白衣の裾は二の腕に近い方から中程まで穴があいている。これは基本的にどの巫女装束でも同じで、つまりは袖のなかに物でも入れようものならふとした拍子に転げ出る事を意味する。物をいれる場所ではないため当然と言えば当然なのだが。


「へぇ、不便な服ね。閉じてあげようか?」

「え?まぁ、閉じられるなら閉じたいけども……。」



正直、今の私にはありがたい申し入れだ。

この穴が閉じてしまえば物を入れることができるし、果実や、あまり想像したくないが昨日の蛹だって調理してしまえばたくさん持ち運ぶことができる。

だがどうやって閉じようというのか。


見ていて、とレナが囁き私の白衣の袖、穴の部分を擦り合わせるように二本の指を滑らせていく。

手を離したときには――最初から穴がなかったかのように白衣の穴はくっついていた。


「え?えええ!?」


急に現れた超常現象に私は呆然とする。

レナは私が呆けている間に反対側も手早く閉じてしまった。


「い、今のは……?」

「あら、見てわからない?私、蜘蛛人よ?」

「く、くもびと……。」


レナは手と同じように服の袖から覗く 蜘蛛の足をちゃかちゃかと蠢かせて見せる。

その二本の足の間には、目を凝らすと陽光を反射して銀に輝く蜘蛛の糸が橋を渡しているのが見えた。

レナはせかせかとそれを纏めあげ、目にはっきりと見えるほどの太さの糸を編んでみせる。


「この糸、けっこう頑丈なのよ?破ける心配はしなくていいわよ。」


レナは糸の両端を何度か何度か引っ張ってそれを証明してみせた後、ふぅと息を吹いて糸を飛ばした。

風に乗るにはやや太すぎると思われたが、私の意に反してそれはふわりと中空に舞い飛んでいった。


「けっこう便利なんだね……。」


あの足は、飾りなどではなかったという事だ。本物の蜘蛛の糸が蜘蛛の足から紡がれるのかと言えば、そういうわけではないのだが……。


彼女に話を聞くと、レナの種族……蜘蛛人は、指先や蜘蛛の足にあたる部分から頑強な糸を吐き出す事ができるらしい。

さらにはそれを編み込んで布にする事すらできると言うのだから大した話だ。


「人が乗っても千切れやしないわ。木に張り巡らせればその上で休む事だってできるのよ。」


だから最初に大きな木を探すと言ったのか。

大樹に糸を渡し、寝転べる程の環境を整えてしまえば確かに地上で寝るよりかは安心感があるだろう。


「あなたは見たところ、ヒューム族みたいね?それとも、見えない所に尻尾でもあるの?」


レナは自分の種族について簡単に話すと、今度は私の種族に興味を持ったらしい。

どうやらヒューム族というのに私は近いようだ。

レナの言葉に、まぁそんなところです、と合わせて濁す。

ヒューム族が一体どのような種族かわからない今、わざわざ否定や肯定をして後々ややこしくなっても困る。言わぬが花、というやつだ。



死体の跡地から離れ、河の上流に添うように森の中を半日ほど進んでいると他の木々より頭ひとつ、いやふたつ抜きん出て成長している木を発見した。


辺りの地面に日が当たらない程まで枝を繁らせ日光を独占したせいか周囲には丈の短い草が生えるのみで、まさに大木と言っていいだろう。これならば、彼女のお眼鏡にもかなうのではないだろうか。


「この木は?大きいし、頑丈そうだよ?」

「……うん、これなら大丈夫そう……あ。」


レナを木の足元まで連れて来ると最初は肯定的な返事をしていたレナの表情が曇った。

その視線を追うとどうやら彼女は木陰一面に落ちている鳥のフンを見ているようだった。


どうやらこの木は小鳥、それも一羽や二羽ではない程の数で住み処にしているようだ。


「鳥が寝床にしてるみたいだね」

「厄介ね……前にも言ったけど、コカトリスは他の鳥形の魔物を呼び集めるの。」

「それじゃあ、このフンは魔物の物で、ここにいたら襲われるって事?」

「呼び集めるだけだから、一概に襲ってくるとは限らないわ。例えば、虫のみを食べる魔物だっているし、死体しか啄まない鳥だっている。」

「じゃあ、ここに住んでる鳥はどんな鳥なの?襲ってくる?」

「それなんだけどね……。」


レナは私の肩から離れてゆっくりしゃがみこみフンにまみれた地面から何かを拾い上げ、

私に見せた。


「残念ながら、ここに住む鳥はストームバード……私のパーティーが総崩れにされた、危険な鳥よ。」


レナの手には青い、片手に収まるほどの大きさの綺麗な風切り羽が収まっていた。

だが、その羽から想像できる姿は私の想像したストームバードからかけ離れている。


「……ストームバードって、小鳥なの?」

「そうよ。青くて小さい、見た目だけは愛嬌のある小鳥。」

「あ……!」


それなら、蛹を取った時に見た事がある。五、六匹が私の放り投げた石みたいなナメクジに驚いて飛び去ったのだ。

だが、あの時私は特に襲われたりはしなかったのだが……。


「それがストームバードよ」


私の話を聞いてレナは当然そうに頷いた。

幸運の青い鳥どころではない。人食い鳥、もとい魔物だったのか。


「アレは十数羽じゃ雨を降らせるだけで、それ以外には何もできないわ。それに魔力も消耗するみたいだから人ぐらい大きな生き物を狩るのは一度の雷雲で獲物が沢山手に入る時か、必要に駆られた時だけよ。」

「ま、魔力?とりあえず、今は大丈夫なんですかね?」

「近寄った程度じゃ何もされないわ。まぁ、離れるにこした事はないし、さっさとここから……!」


レナが不自然に言葉を切った。その目は険しく、大木に向けて細められている。

まるで探す、いや何かを睨むような視線に不思議に思った私は声をかける。


「あの、どうかし―――。」

「―――静かに!急いでここから離れるわ!肩を貸して!」


唐突にレナは私の耳元に口を寄せ、耳打ちする。静かに、しかし強い語気で放たれた警告の言葉に私はさっと口をつぐんだ。


「あいつら……巣を作って卵を産んでる!」


大木をよく見れば、枝先のあちらこちらに鳥の巣が隠れていた。正直な話、言われなければ私ではわからないだろう。

それに示し合わせたかのように一羽の小鳥がどこからともなく私達の上空に姿を見せる。

羽ばたくは青い翼。ストームバードだ。

小鳥は私達の姿を見つけたのか、上空を旋回してチチチ、チチチチと短く鳴き始めた。


明らかな警戒の知らせ。

仲間を呼んでいるのだ、我らの住み処に侵入者がいると。

私がレナに肩を貸す間にどこからともなく四匹。歩き出すまでに八匹。


わずかな時間で倍々ゲームのごとき速度で膨れ上がった小鳥の数はもはや数える事はできず、瞬く間に空を埋め尽くしていった。

それは昔、テレビで見たコウモリの群れや蚊柱を彷彿とさせる。

合わせて――いや、ストームバードが呼んだ

のか、十分に水を孕んでいるように見える分厚い雲が空にわきだし、太陽を覆い始めていた。


小鳥達は口々に甲高く警戒の声をあげ、さながら音痴な子供達に大合唱でもされているような気分になる。

その鳴き声はさらに一段と高くなり、もはや耳鳴りに近いほど。


「誤算だった……!まだ卵を産む時期じゃないはずなのに……!」


レナが歯噛みする。

ストームバードが嵐を呼ぶのは狩りの時か、そうする必要に駆られた時。

自分達の卵がある地に外敵がいるとすれば、彼らは間違いなく嵐を呼ぶだろう。

木々が遮る森の中だと言うのに、湿った風が足元を抜けた。


「レナさん、これだけの数いても嵐は起こせないんですか!?」


夥しいほどの小鳥から発せられる鳴き声に負けないよう、私は声を張り上げる。


「バカ!これだけいれば嵐なんてまた起こせるわよ!」

「でもこの前、嵐を呼べないように数を減らしたって……!」

「コカトリスが呼べば新しくやって来るに決まってるでしょ!」


言い争いながらも肩を並べて逃げる私達。

その後を追うように、いや囲むように小鳥の群れが動く。

森が風で揺れている。頬に、夏にしては異常に冷たい雫が落ちた。どこからともなく、雨の臭いが立ち上ぼり始める。

一体どうやって雨雲を、等と考えてる暇はない。とにかく、科学では理解できない何かをただの小鳥、いや魔物がやってのけているのだ。


「巣から離れても、諦める気配がないみたい!」

「嵐を呼ぶのに一番魔力を使うからよ!呼んでしまったなら、せめて獲物は狩ろうってわけよ!」


強くなり出した雨粒と共に突風が吹き荒れる。地面に散っていた葉が巻き上げられて鎌鼬のように頬を撫ぜた。

風に舞う中にはまだ青い葉もある。強烈な風圧で落ちたのだろう。


チチチチ、チチチチチ―――!


嵐にもよく通る高音で好き勝手に鳴くストームバードの群れの中に、一際目立つように声音が響く。

嵐が呼応するように低く呻いた。


「ふせてっーー!!」


突然レナから肩を突き飛ばされ、私は藪に転がされる。

何を、と思う間もなく、直後に強烈な光で眼の前が真っ白になった。

続いて響く轟音。聞こえたのも一瞬で、すぐに強烈な耳の痛みに変わる。


雷だ。あの青い小鳥達が狙って雷を落としたのだ。

私は刺激で眼から溢れでた涙だか雨の滴だかを袖で拭き取る。その袖も強くなる雨でかなり濡れていたらしく、目尻に当てるとぐしょりと濡れた感覚がした。

冷たい布の感覚も、頬を伝う雨の滴もいまも私がまだ生きていることを教えてくれる。


手探りで体を起こすと、あちこちに鋭い痛みが走った。体を藪の枝に打ち付けたか、それとも切ったか。


何度も眼を瞬かせると、ゆっくりと視界に色が戻ってくる。

耳はまだ機能を取り戻してはいないが、眼を凝らせば物を見る事くらいはできそうだ。


私はレナの名を呼んだ。声が出ているかは感じず、ただ滝のように口の中に雨水が流れ込んでくる。だが声は伝わったのか、反対側の藪で返事をするように握りこぶしの影があがった。

駆け寄りたい衝動に駆られたが、それは握りこぶしから投げられた小さな袋に止められる。その小さな袋は絶妙な放物線を描いて私の手元に飛び込んできた。


投げられたそれは巾着袋に近い形状をしていた。袋を開けてみると、中には爪ほどの大きさの濃い緑色の丸い粒……いや、丸薬が入っている。

なぜこの場で渡したのかはわからないが、今渡したということは使えと言う事なのだろうか。たぶん、そうなのだろう。


私は丸薬を手に取り、口に放り込む。

噛み砕いてみると、それは痺れるような苦味と青臭さをもって私を苦しめてくれた。

だが、丸薬には確かに薬効があったようで、二、三度噛むと急速に雷による耳や眼の異常が収まっていく。

目には曇天により薄暗くなった森が、耳には

聞こえない方がましなほどうるさい鳥の鳴き声と暴風が再び感じられるようになる。

かなりの速効性だ。


「レナさん!」


今度は自分の声が耳に届く。

レナは私を突き飛ばした後、反動で反対方向に跳び難を逃れたようだった。

その藪から勢いよく三本の矢が飛び立ち、木々を越えて飛んでいく。

たしかレナは弓矢を持っていた。それを射たのだろう。

嵐と歌う鳥達の中に微かに悲痛そうな鳴き声が響いたのを私の耳は捉えた。


「鳴き声をよく聞いて!旋風と雷を呼ぶ予兆を捉えて避けるのよ!」


嵐の中にもよく通るレナの声。

風や雷を避けると言われてもただの一般人にそんな無茶なとしか言いたいが、できなければ死あるのみだ。


チチチ、チチチチ―――!


上空から、近くの木から、ストームバードの鳴き声が響く。直後、レナがいる藪の横にあった樹木からチェーンソーにかけられたようにバリバリと傷が入った。


風の刃が飛んだのだ。刃が降りしきる豪雨を巻き込んでいるお陰でなんとか眼で見る事ができたが、これは晴天時に撃たれたのなら見えないのではないだろうか。


反撃するように藪から新たに二本、矢が飛んだ。

そして間髪を置かず、レナが藪から飛び出す。一拍を置いて今度こそ藪に雷が落ちる。


二度の雷を直接見ても、今度は眼も耳もやられる事はなかった。

転がった勢いでそのままこちらに駆けて来たレナに声をかける。


「怪我は!?」

「かすり傷よ!それより、あなた魔法とか覚えてないの!?」

「ま、魔法!?そんなの知らないよ!」


チ、とレナは舌打ちをする。彼女は矢筒に手を伸ばして、しかし空振る。元々少なかったのだ、もう打ち出せる矢は矢筒に残っていなかった。

それを確認したレナは飛びすさり、木の陰に隠れた。


「じゃあ、加護は!?何かないの!?」

「加護って!?」

「それもないの!?」


何を言われようと知らないものは知らない。

じわじわと広がる絶望感に、私は首を振る。


チチチチ、チチ―――!


ストームバードの鳴き声と共に、全身の産毛が逆立つような感覚に襲われた。

私は咄嗟に藪から飛び出して泥だらけの地面に転がり出る。

同時に数瞬前にいた場所に雷が落ちた。衝撃の煽りを受けて、私は二転三転と転がる。

最後にがつりと木に後頭部をぶつけて、一瞬気が遠くなる。


チチチ、チチチチ―――!!


「スズナ!危ない!!」


その声に気付いた時にはもう遅く。

白い稲光が今まさに、私のもとへ落ちようとしていた。

本来はまさに一瞬の出来事であるはずのそれはひどくゆっくりとしたものに感じた。だが、確かに私のもとへと近づいてきている。


生命の危機を感じた体が限界まで時間を引き延ばし、降り落ちる雨粒さえも見えるほどスローモーションとなった世界で、しかし私はどうすることもできずに―――。


―――リン。


―――どこからか、風鈴の音を聞いた。

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