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風鈴の巫女  作者: モノクロ信号機
一章 「会いたい」は遠く
6/13

汚れ落ちた結託



「……ん。」


朝、私は自然に目が覚めた。

昨日の夜は人前で泣き疲れて眠ってしまったようだ。かなり恥ずかしい。

それにしても、相変わらず自分は睡眠欲に忠実なようだ。普段の生活もよく眠る方だったが、これほどまでだっただろうか……疲れがたまっているのかもしれない。


「おはよう、スズナ。」

「おはよう、レナさん。昨日は眠っちゃってごめんね?」

「いいのよ、疲れてたみたいだし。」


レナはもう起きていたようで、燃料が途切れかけて燻っている焚き火をつついていた。

どうやら私が眠ってしまった後、黙って火の番をしていてくれたようだった。

若干の申し訳なさが込み上げるが、同時にあの晩に問い詰められた事の結論がうやむやになっている事に気付く。

聞けば答えてくれるだろうが、一体何を言われるのか想像がつかず、口を開くのを躊躇ってしまう。

私が深い考え事に落ちる前に、絞り出すようにレナが言った。


「ごめんなさい、お腹が空いたの。木の実か、蛹か、とにかく何か食べ物を分けてくれない?」


その視線は、昨日に採った木の実と纏めて置かれた蛹をちらちらと気にしていた。

どうやら彼女も食べていないらしい。

聞くに、本当は自分で取りに行きたかったのだが長い間立って歩ける体力は無く、断念してしまったようだ。


もともと蛹は、彼女の分も取ってきたつもりだった。木の実もちょうど二つある。私は蛹と木の実、両方を渡す。

こんなに渡されるとは思っていなかったのか、レナは驚いたようだった。


「こんなに、いいの?あなたの分がなくなるよ?」

「いいよ、分けるために取ってきたんだから。その間、私は服を洗って来るね。」


木の実は食べる事ができるのか分からなかったが、どうやら可食らしい。彼女に先に食べてもらって、それを見て食べ方を学ぼう。


私は火に燃料を足して、もう一度燃え上がらせる。その際に彼女のポーチから道具を無断で取り出した事を思い出す。

まとめた道具を見れば、夜闇に紛れた頃は見辛らかったそれらが今ではしっかりと見える。レナもその事には当然気づいている様子だったが、彼女はそれを黙って見逃していたようだった。

ふと、レナが視線をあげて私を見る。今、私が考えたことを見透かしたように、レナはくすりと笑う。


「次からは借りるときは言ってね?」

「はい……。」


彼女は私の事をどう思っているのだろうか?いまだに、怪しんでいるのだろうか。

昨日の晩に彼女が出した結論を聞きたかったが、ついに私は言えずに後ろめたい気持ちを抱えたまま川へ向かった。

火も焚いているので、自分の体もついでに洗えばいいかとそのまま河の浅瀬へ入る。


滲むようにこびりついていた血液が落ちていく。河は一瞬その透明度を濁らせたものの、やや早い流れが汚れを停滞させることなく押し流す。

私は服と体を手で擦り、なるべく汚れを落す。


朱に染まった白衣は完璧には落ちなかったが、かなりましにはなった。肌襦袢も、ある程度は汚れが落ちた。

行水とはいえ、ようやく体を洗えた事に気が緩む。この河の水は臭みがなく、気兼ねなく頭から浴びる事ができた。

気分よく行水を済ませ、河からあがった所で私はふとこの河の向こう岸が気になった。

この河は中々に幅が広く、とてもではないが泳ぎきる自信がない。流れも早いので、中央辺りでは流される危険もあった。

機会があればレナに聞いてみようか。彼女ならなにか知っているかもしれない。



私は体を乾かすため、焚き火に戻った。

この真夏の日差しの中、なにもしなくても体は乾くだろうが肌に張り付いて気持ち悪かったのだ。それに、資源を求めて森に入るなら乾かした方が動きやすい。


戻ると、レナが木の実と格闘していた。彼女は腰から下げていたナイフを使い、なんとか木の実の皮を削ぎ落とそうとしている。

頭に当てれば気絶する程の固さ重さを持つ木の実だ、弱った彼女の腕力では刃が僅かばかり食い込む程度のようだ。

レナは私の視線に気付くと、気恥ずかしそうに頭を掻いた。


「思ったより力が入らなくて……いつもなら簡単に皮を削げるんだけど……。」

「やり方を教えてくれたら私が剥くよ?」

「本当?じゃあ、お願いしちゃおうかな……。」


私は木の実を受けとると、レナが入れた切り口に自前のナイフを沿わせる。

体を落とし込むように力をかけると、ようやくナイフが進み始めた。

皮は薄いが刃をなかなか受け付けず、中の果肉もかなり固い。

私が木の実の皮を削ぎ落とす中で「そういえば」とレナが切り出した。


「昨日の、夜の事だけどさ……。」

「っ!」


ドキリと心臓が脈打った。

思わずナイフから手が滑り、勢い余った拍子に木の実とナイフが二転三転と逃げるように横に転がった。

彼女は私の事を疑っていた。ここでの常識がない私を異質な物として、警戒して見ていたはずだ。

その彼女がこのタイミングで話すとは、如何なる考えがあるのか。それとも、何か宣言をする前準備なのだろうか。

レナはしっかりとした面持ちで此方を見つめる。私は目も合わせる事ができずに視線を落とす。

その中で、彼女がいまだナイフを鞘にしまっておらず、その手の中にある事に気付いた。


「あの時、スズナちゃんの話を聞いて考えたんだけど……。」

「……うん。」


思わず視線で自分のナイフを追う。それは木の実に半身を食い込ませたまま、少し離れた場所に転がっている。

私はなに食わぬ風を装おってナイフを拾う。


私が緊張で体を固くするのをよそに、レナはしごくあっさりと話した。


「あなた、きっとコカトリスに連れてこられたのよ!」

「……へ?」

「コカトリスは食料を貯蓄する習性があるから、気を失ったあなたを死体だと思って巣に運んできたのよ!それなら、辻褄が合うもの!」


コカトリスと言えば、鶏の体に蛇の尻尾が有名な幻想生物が思い起こされる。


話を聞いていけばレナは、私はコカトリスがこの森に住み着いた時に予備食料として一緒に足につかんで運ばれて来たのだと言う。

その話はコカトリスという生物ありきで話されており、それはつまりこの森にそんな危険な生物がいるということだ。


一瞬、彼女は気が狂っているからここに捨てられたのではないかと失礼な想像が頭をよぎったが、私も巨大な巣を見ているし、おそらくゴブリンであろう生物にも出会ってきた。

ということはこの話は本当で、コカトリスなる生物もこの森にいるのだろう。

私が今までソレに出会わなかったのは幸運と言える。


変に身構えて肩透かしをされた気分だが、ともあれこの説は私の不透明さを補うミノとなるだろう。記憶が無いのも運ばれた衝撃か、もといた場所が襲われていたショックで思い出せないものとできる。

彼女がそう考えているなら、否定する必要もあるまい。


それよりも、私はコカトリスという生物の方が気になる。そんな危険な生物が近くにいるなら、詳細を知っておきたい。

私は気を取り直して再び木の実にナイフを差し込み、尋ねる。


「あの、コカトリスって一体どんな生き物なんですか?」

「どんな生き物って……。」


答えようとしたレナの表情が少し曇り、黙りこんだ。

その悲痛そうな表情は、この質問は失敗だったか、と比較的無神経な私を焦らせるのにも十分なほどだ。

話題転換をしようと、話のネタを探しあちこち首を巡らせる。

大きな河が目に入り、そうだ、と私は手を叩く。


「あ、あの河!あの河の向こうがどうなっているか知りませんか!?」

「…あぁ、あれね……。」


どうしたことだ。話をねじ曲げたつもりが、彼女はより落ち込んでしまった。肩を落とし意気消沈する姿はこの陰鬱な森には似つかわしいが、私達が落ち込んでもなんの得もない。

三十秒くらい経っただろうか、ようやくレナが話し始めた。


「私、スズナちゃんの事を聞いてばかりで、私自身の事を話してなかったよね…。」


話が始まる前に、私はようやく剥けた木の実を四つに切り割って手渡す。ブドウの果肉のような見た目だが果汁が少なく、硬さも相まってよく冷やされたグミのような印象を受ける。

レナはそれを受けとると、腹が減っていたのだろう、さっそく大きく歯を突き立てた。が、固くて噛みきれなかったようで、すぐにチマチマと果肉をかじりとって食べる方向にシフトした。

自分の分も剥こうと、私はもうひとつの木の実に手を伸ばす。


「私は……私は、調査隊としてこの迷宮に来たの。迷宮の遺産と資源を求めて。」

「調査隊?つまり仕事でこの森……いや、迷宮に来たんです?」

「そうよ。あの河の向こう岸にある都市から来たの。」


レナが指差した先はあの大きな河だ。向こう岸はかなり遠く、流れも早いため正直に言って命綱なしで渡るのは無謀だろう。


「あの河はどうやって渡ったんです?」

「2.3日前まではからくり橋がかかってたのよ?コカトリスが呼んだ時期外れのストームバードのせいで流れちゃったけど」

「ストーム……。」


嵐の鳥、いかにもな名前だ。私の頭の中で嵐の中鳳凰のような鳥が優雅に飛び回る風景が湧いて出る。

詳しく話を聞くにどうやら、コカトリスは他の鳥の姿をした魔物を呼ぶらしい。鳥達もヤツに従った方が生き残れると本能で感じるのだろうか?


「詳細は省くけど……この森に閉じ込められた私達は嵐を止めるためにストームバードやコカトリスと闘って、そして嵐を止めた。でも犠牲が出たわ。」


はぁ、とレナは溜め息をつき、目頭を押さえた。その目元は長い髪に隠れ、うかがい見ることは出来ない。


「二人、いや、私を含めれば三人の脱落者がでたの。パーティーは五人だったから、半分以上のメンバーを失った。」

「脱落者……。すると、レナさんは捨てられたんですか?」

「そうよ。でも誤解しないでね、私は納得してるの。」


パーティーの切り捨てはよくある話、むしろそれが出来ないパーティーは全滅する事が多いもの、とレナは呟いた。

だが、その声音は思いの外震えている。

自分から言い出した事とは言え、生死のかかる場面で見捨てられるというのはやはり相応のショックがあるのだろう。

そのままレナは腕を上げ、指を指した。方向は、先程私が体を洗った河だ。


「重症だった私を連れてはあの河を渡れなかったの。あの傷では水の流れにも耐えられないわ。」


しかして、傷が塞がるのを待つほどの時間も金木石も、食料もなし。泣く泣く彼女の所属するパーティーは彼女を置いていく事にした、と。


「河の向こうから応援は来ないんですか?」


それこそ彼女のパーティーが助けに来たりとかすることはないのだろうか。


「さっきも言ったけど、この森の瘴気に蝕まれたら一日程度で体は骨まで腐って無くなるの。跡形もなくなるのに助けに来る訳がないでしょ?」


あらためてゾッとする。

骨も残らぬ腐敗とはいったいなんなのだろうか。森を見回しても鬱蒼としているだけで、瘴気なんてものは欠片も感じられないのだがここには確かに私たちを蝕む毒が蔓延しているのだと言う。

レナが半分ほど減った果実を膝に下ろして私を見た。


「ま、こうして生きているんだし私は怪我が塞がったら河を渡って一度帰りたい。あなたはどうしたいの?」

「私……私は……。」


私の今の目的。

目を閉じて思い返せば、兄や両親の姿が瞼に焼き付く。容易には、いや、一生会えないかもしれない姿を見て、それでも私は決心を固める。


「私も、帰りたい。自分の住んでいた場所に。絶対に……帰りたい。」


私の決意を聞いて、レナはぐっと立ち上がる。傷口が痛んだのか頭の血が急な動きで落ちたのか、一瞬ふらついたが、昨日までの衰弱ぶりを思わせない勢いで立ち上がる。


「よし!それなら話は簡単ね!私もあなたも考えるのは先ずはこの森を出てから!それまでは一緒に頑張りましょう!」

「……うん!」


彼女から伸ばされた手を、私は握り返した。

少しだけ冷えた体温を感じた。

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