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風鈴の巫女  作者: モノクロ信号機
一章 「会いたい」は遠く
4/13

未知との遭遇



「はぁっ....!はぁっ...!」


荒く息をつく。

知らぬ内に呼吸が乱れていたようだ。

足元には、死体。

ナイフで滅多刺しになった死体だ。

私が、殺した。

人に近しい姿をした、生き物を。


「うっ...」


集中が途切れ、意識から遠ざかっていた音と臭いが息を吹き返したかのように鮮やかに戻ってくる。


死体はぐちゃぐちゃと言って差し支えないほどになっていた。首筋からは血がこぼれ続け、皮が剥がれ頭蓋が見える。ゴブリンの横腹の切れ目から内蔵が腸圧に屈して溢れ出し、私の足とネトリと触れ合っていた。


意識する事で途端により強く立ち上る、血と臓物の香り。

それは死体からではなく、真っ赤に染まった自身の服と手からこそより強く感じるような気がした。

このむせ返るような酷い臭いが、私の罪の意識から来ている幻だとしても、私には判別する術などなかった。


私は手持ちの木の実を一つ、ゴブリンの一匹に投げた後、目立つ巫女服を囮に茂みの後ろを回り込み後ろから押し倒し、馬乗りになって何度もやって来たゴブリンを刺した。

一撃で喉を断ち切ったのはただのまぐれだ。

実際、あの一撃が十分に致命傷だったのにも関わらず、私は半狂乱になって何度もナイフを降り下ろした。

相手が死んでいると気付いた時には既に十を越える数の傷が刻まれていた。


まるで血の霧を思い切り吸い込んだように頭の中まで真っ赤に染まったように感じた。

殺した化物の亡霊が、私にとりつき背に張り付くような感覚。

ぬらぬらと両手に散った血糊が滑り、舐めていく。

ぬめる血が這った場所は痺れたような感覚に襲われた。


「っ!」


私が正常な意識を取り戻した時、私が持つナイフの刃は私自身を向いていた。

驚きで一瞬取り落としかけたものの、何とか手から離さずに済んだ。


すなわち、私は幻覚を見ていたのだ。

それはきっと、私が私自身の手で決断したとはいえ、自分勝手に生き物を殺したという背徳から来ているのだろう。

私は戦場馴れした兵士でも、古代のスパルタンでもない。

命を奪い合う感覚に慣れているはずがないのだ。


私は今この瞬間を幻覚と区別するために唇を噛み、手元を素早く改める。

手は確かに血だらけだが、手首まで真っ赤というわけではない。

服もよく見てみれば腰より上はそれほど血に汚れていない。


もっとも、服に関して言うならばそれは今私が着ている肌襦袢---和服における肌着である---だけの話だが。

囮に使った白衣は槍で背中のど真ん中に風穴を開けられた上、ゴブリンの血を大量に吸って赤黒く染まっていた。

緋袴---所謂スカートの役目を果たす布---は私が立ち回りを演じた茂みの上に掛かっていた。白衣を囮に使うために脱いだのだが、隠す場所に困って隠れた茂みの上に放り投げたのだ。


幸い、私の緋袴は紺色なので目立つ事はなかった。よく目に付く赤色の緋袴であったら、いくら背が子供程度しかないゴブリンでもきっとそれを見つけて怪しんでしまうだろう。


服はとにかく、暫く気が触れていた私は時間の感覚を失っていた。

十分以上、死体の上で座り込んでいたような気もするし一瞬だったような気もする。


慌てて河原へ近付けば、帰りが遅いのをようやく気にしたのか、のんべんだらりと最後のゴブリンが槍も持たずこちらに歩いてくるのが見えた。


注意深く様子を窺っても、まるで警戒しているようには見えない。

それどころか、鼻歌でも歌い出しそうな晴れやかな表情に見える。

相手は人間ではないので、抱いた感覚が正しいのかは正直わかりかねるが……。


「やぁぁぁあっ!」


私は先程殺したゴブリンの槍を手に取り構えると、視線が外れた隙を見て飛び出し、そのまま槍を構えた突撃を敢行した。


「グギュエ!?」


何も悩み事がないような顔をしていた化物は突然の奇襲に驚いたようで、体をびくりと硬直させる。

その一瞬の間に、私と化物の距離は一気に縮まった。

突き出された私の槍は弾力による僅かな抵抗を抜け、一息に化物の腹を貫き通す。

私は槍がめり込む様を直視できずに、目をきつく閉じた。


「グゲ‥グゲェ…!」

「ひ、ひぃ!」


槍越しに生々しく命が震える感触が伝わり、私は槍から手を離してしまう。

ゴブリンの左脇腹を貫通した槍はそのまま残り、それがかえって外部への出血を押さえたせいか、ゴブリンは苦悶の声をあげ刺さった槍を押さえたまま、ふらふらとやじろべえのように揺れながら逃げていく。


そのまま十数歩ふらつきながらも逃げ、最後には何も見えていないかのように僅かな傾斜から川に滑り落ちて、ゴブリンは小さな水飛沫をあげた。

僅かな時間の後、透明な川を汚しながら浮かんできたがその時には既に息絶えているようった。


私はそれを直視できず、顔を背けて急ぎ離れた木陰に眠る少女の安否を確認しに行く。

記憶が正しければ、たしかあともう一匹気絶した奴が残っていたはずだ。

私は専門家ではないのでわからないが、固い木の実が衝突した程度の気絶ではそう何分も持つとは思えない。

それに、もう一人がぶらぶら歩いて来たという事は既に気絶した奴を起こした可能性だって高い。

たとえ手遅れだったとしても、急がなくては。


だが、動きかけた私の脚は突然、金縛りにでもあったかのようにビクリと止まる。


「う、嘘...なにこれ…。」


目の前におかしなオブジェがあったからだ。


それは結果だけ見れば私の想定より状況が好転した事を意味していたが、過程を考えるならば全くもって信じられない事であった。


「こんな、ひどい…!」


オブジェは、血と肉、そして槍で作られていた。

少女の死体ではない。

気絶していたゴブリンの死体が、二本の槍で地面に縫い止められていた。


周りを見ても第三者は見当たらない。

恐らく、先程殺したゴブリンが気絶していたゴブリンを先に殺したのだ。


仲間殺し。

人間同士でもそれは決して起こり得ない事ではないが、殺した事を自慢するかのような跡を残すのは稀だろう。


脳天に一本。腹部に一本。

先程歩いてきたゴブリンが呑気に槍も持っていなかったのは、ここで使っていたから。


どこか晴れやかなのは、因縁の相手を殺したからなのだろうか。

もし、殺せる機会があったから殺したのだとすれば、それは最早言語を持つ生物とは言えない。


ゴブリンという生物は、きっと私が思う以上に化物という言葉が似合うのだろう。

頭が重くなるような感覚に、私はもうこれ以上の事を考えるのは止め、眠る少女の安否を先に確かめる事にした。


結論から言うと、少女は先程と何ら変わらぬ姿で見付ける事ができた。

ただ、場所が木陰から少し離れた茂みに移されていた。

少女が起きた様子がないので動かしたのは、おそらく二番目に倒したゴブリンだろう。

彼らは獲物を前に口喧嘩をしていたから、恐らく仲が悪い。…隙があったら殺すくらいには。


それならば、誰も見ていないなら獲物を隠し「見張ってたけど隙を突かれて獲物が逃げちゃったよ」とでも言って後から一人でこっそり回収するぐらいはやりそうだ。



そして、見つけた少女に関して私は一つ大きな発見をした。


「お客様の中にホモ・サピエンスの方はいらっしゃい……ませんか。」


こういう冗談を口にするようになった辺り、私もだんだんとこのイレギュラーな世界に慣れてきたのかもしれない。

こんな殺し殺されの雰囲気に慣れるのは全くもって嬉くないのだが。


見つけた大きな発見とは、少女の服、やや大きくとられた両方の袖口から非常に大きな蜘蛛の足が二本ずつ顔を覗かせていた事だった。


アラクネア。もしくは、キメラとでも言うのだろうか。

最初は棒かなにかが袖から見えているのかと思ったが、それには細かく毛が生えている事や、見た目から特大の蜘蛛の足だという事がわかった。

端から見れば、まるで鉤爪かなにかを装備しているようにも見える。


「よし…人かどうかは今は無視して、まず大事ないかどうか確かめよう。」


そうだ。私は助けるためにここまで必死に動いたのだ。死なれちゃ意味がない。

……たとえそれが人間っぽい見た目をした何かであっても。……いや、ゴブリンは例外にしておこう。


私は少女の容態を確かめる。

最初に見つけた時から気になっていた身体中に巻かれた血だらけの包帯は、乾いて固くなっており、それ以上の出血はしていないようだった。

包帯の巻かれた箇所は服が刃物でも滑ったかのようにすっぱりと裂け、もれなく血がにじみ混んでいた。

服の内側には糸状に細くした金属かなにかが編み込まれ、それが切断面で千切れたものが数えきれぬほど見えており、何となくこれは戦闘用の服だという事が感じられる。

鎖帷子というやつだろうか?


それに遠くから見た際は気付かなかったが、

ちょうど背中から少しはみ出す程度の大きさの弓と矢筒を背負っているようだった。

ただ、矢筒に矢は少ししか残っていない。

元々どれぐらいの数をいれるのかは知らないが、たった三本しか矢筒に入っていなかった。


服装は袖口広めの七分袖、そこからごく一般的な人間の腕と、蜘蛛の足が片腕につき二本覗く。

下半身は、私からはやや分厚いワイドパンツを少し巻いているような服装に見える。

これにも金属が編み込まれているようで、巻かれた部分からは金属がしっかりと見えた。

パンツをとめるベルトには一本のナイフと、四つの大きなポーチが腰と背中にかけて等間隔に並んでいた。

一応自分の持つナイフと見比べたが、特に類似点は見えなかった。


なるべく起こさぬよう、そっと手を首もとに当てて脈を測る。

自分の脈と測り比べると、随分と弱々しい。

呼吸も浅く聞こえる。


「良かった…生きてる…。」


随分と弱っているようだったが、一先ず生きているようだ。

ようやく訪れた休息の時間に私の体は少女の横にくたりとへたりこんだ。

夕陽が射していたが、昨日までよく聞いていた蝉の鳴き声などは聞こえなかった。




「たんぱく質、たんぱく質がほしい…。」


一息つき、私は自分と寝ている少女の食べ物を必死に探していた。

日暮れも近い。食べ物を探すには今しかないし、私自身も夜が過ぎれば丸一日食べ物を食べていない事になる。

正直な所、争った興奮と諸々による吐き気でお腹が空いた感覚はないが多分、私が元気に動けるのも今日の晩までが限界だろう。

気温が落ちる夜を明かしてしまえば、私も普段通りの身体パフォーマンスを失うはずだ。


ちなみに、道中で手に入れた木の実は少女の横に置いておいた。

ゴブリンに投げた方も石にぶつかって若干傷が付いた程度なので、川でナイフと一緒に丁寧に洗い、ついでに水分補給を行った。

勿論使った場所はゴブリンが沈んだ場所よりもできるだけ上流を選んだ。

水は生水だったが、喉の乾きが限界だった。後で腹を壊したり、エキノコックスかなにかにかからなければいいが。


木の実が食べれるのかも分からないので、私は他の食料として虫を探していた。

川魚は捕る手段を思い付かないし、現状、深い川に潜る体力もないのでパスだ。

少女は大怪我で弱っている事が解ったので、血肉を作る重要な栄養素であるたんぱく質が必要だろう。勿論私の分だって要る。

虫はたんぱく質が多く取れ、栄養価が高いと聞いた事があるので探してみる価値はあると思いたい。

一瞬、殺したゴブリンを食べるという非常に猟奇的な発想が頭を掠めたが、私はすぐにそのアイデアを頭の中から払い落とした。

あくまで思い付いただけで実行する気にもなれないし、そんな事をすれば私は畜生以下になるだろう。

そんな事も考えるようになるなんて。私も相当この森の空気にあてられている。



せめて虫、今の私が妥協できるのはそこまでだ。

木の根元をナイフで掘り返してみたり、岩をひっくり返したりして探す。

だが、見つける事ができたのは石の裏にいたナメクジっぽい生物だった。

一般的なナメクジに砂粒をふんだんにまぶしたかのような生物で、試しに小さな枝でつついてみた所、瞬く間に体を縮めて砂粒を寄り合わせ、柔らかい部分を隠して固まってしまった。

こうなると隙間はなく、ただの石の一部か何かとすら思える。

ナイフを差し入れてこそぎ落としてみるが、うねうねと動く様はとてもではないが食用には見えないし、食欲だって当然の事ながらそそられない。

カタツムリの一種を使った料理の存在は知っているが…それだって食べる気になれないのにいきなりナメクジを食べる事ができるだろうか。


ため息混じりにそれを後ろ手に投げ捨てる。

同時にその辺りに隠れていたらしい十数羽の小鳥が投げ込まれたナメクジに驚いたらしく、けたたましく飛び出した。

どれもが綺麗な青い羽を持っている。

もしペットショップで売られていたのなら、きっと目の玉が飛び出るぐらいの高値で取引されるだろう。


「はぁ……幸運の青い鳥。私に幸せを運んできておくれ」


具体的には、今すぐ焼き鳥になって落ちてきてくれるとうれしい。


当然、そんな願いは通じず鳥たちは飛び立っていった。

私も自由に空を飛べたら良いのにな。



青い鳥が留まっていた場所を調べると、興味深い生き物が集まっていた。

すなわち、蛹の群である。

どうやら先程の鳥達が何度もつついて掘り起こしたようで、土色の蛹が数十匹単位で土から見え隠れしていた。


「蛹…美味しいのかな?」


たまにテレビで蛹の揚げ物らしき料理を食べるシーンをみた事がある。

見た目はともかく、あれは味自体は悪くなさそうに見えたが。


「よし」


私は覚悟を決めた。

これを持って帰って食べよう。六節が付いた虫よりいくらかは食べられそうな気もする。


それにしても、いざ意思決定をしてよく観察すると不思議な点が見えてくる。

この蛹は数十匹単位で狭い範囲により集まっていたのだが本来、蛹とは単体でひっそりと隠れている生物だ。

多くの場合、食べられるリスクを減らすためにバラけている事が多いはずだが…。

枝でつついた所、不思議な事に枝と蛹の間にパチリと小さな音をたてて静電気が走った。

二度、三度と繰り返しつつくがいずれも静電気が走る。

枝が原因なのかと取り替えてみたりしたが静電気が発生しなくなる事はなかった。

なるほど、原理は理解できないがどうやらこの蛹は電気を放出して身を守るようだ。

もぐらくらいの小さい生き物からならこの電気は十分に身を守る盾になるだろう。


私はなるべく刺激しないようゆっくりと手を伸ばす。


「いだっ」


当然、小さく音をたて静電気が指を走るが特別強烈という訳ではない。

いたってごく普通の静電気だった。

私は動かない蛹から反撃を受けるという奇妙な事象を受けながらも回収作業に勤しむ。

不思議な事に、回収され蛹の数が減ってくる毎に静電気が弱くなり、半分程捕る頃には電気が走る事もなくなっていた。


袖の端を何ヵ所か握りこんで受け皿にしたのだが、捕りきる頃には代わりにそこから静電気が迸るようになった。

もしかしたら、集団でないと静電気を扱えないのかもしれない。


うずうずと知識欲が頭をもたげる。が、木々で埋もれ見えにくい空を見上げれば、もう日も落ち初めている。早い内に少女の元に戻らなければ道を見失ってしまうだろう。

私は急いでもと来た道を引き返す事にした。

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