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風鈴の巫女  作者: モノクロ信号機
一章 「会いたい」は遠く
10/13

夜半の宴



「身体能力があがってる?それは当たり前よ。」

「そうなの?」


血抜きした蛇や木ノ実、薪として使う細い生木を片手に私達は帰路につくべく森を進む。

そんなおり、私は自分の身体能力が明らかに上がっている事をレナに相談していた。


うすうす感じていたが、私は木を短時間で登ったり蛇の頭をナイフの一振りで切り飛ばすほどの筋力はなかったはずである。

だから、何か理由があるはずだと聞いてみたのだが。


「いい?全ての生き物は身体強化の魔法を場に合わせて無意識に使っているの。その魔法は身体能力だけでなく、肉体の強度も上昇させる。これにどれだけの魔力を注げるかで私達の強さが決まってるの。」


私だって素面から一度に矢を三本撃てるもんですか、とレナは呆れたように言う。


「そして、どれだけ魔力を注げるかは訓練や実践で魔力をどれだけ使ってきたかに関係するわ。スズナは今まで殆ど戦ってなかったらしいし、その成長が如実に出ただけ。」


有名な例え話として『商人と村』がある、とレナは言った。

魔力を商人の荷物、体を村に例える子供用の覚え話なのだそうだ。


「五人しか住めない村から外へ、四人が売りに出る。これが魔法や加護の発現。外に出た商人は時間がたてば資材を買って戻ってくる。そして、資材が貯まれば商人は新しく家を作り、六人住める村になる。……ま、訓練はしましょうっていう話よ。」


単純に、使えば使うほど魔力は筋力同様に質があがっていくという話らしい。

先程の話によれば、魔力は強化の魔法により身体能力も補完する。つまり魔力を鍛える事は体を鍛える以上のメリットがあると考えていいのだろうか。

体重が増える事もないし、筋肉がついて体が必要以上にがっしりする事もないし、最高なんじゃないだろうか。

てててってってってー、と頭の中で音がなったような気がした。無論、気がしただけだ。


「じゃあ、私は強くなってるってこと?」

「そうね、地力が伸びているのは間違いないわ。」

「へぇ……。」

「何はともあれ、スズナは頼りにしてるからね?」

「ん……。」


ポスポスと、背丈の同じような少女に頭を撫でられる。悪い心地はしなくて、私は目をそらして頬を掻いた。





太陽が傾き、時刻は夕暮れに近い。

西日……いや、西なのだろうか。とにかく木々から漏れた陽光が顔に刺さり、私は双眸を細めた。


「よし、点いた」


レナが嬉しそうな声をあげる。

その手には私も一度使った赤く赤熱した独楽型の道具が握られており、焦げ臭い匂いを放っている。

同時に焚き火として組んだ生木から、微かに煙が立ち上ぼり始めた。

火種はストームバードの残した巣を細かくちぎったものだ。出掛ける前に準備し、少し時間を置くことで、何とか使用できるほどには乾いてくれていた。


それにしても、流石冒険者は火を点けるのが上手いものだ。私なら、湿った木材や生木に点けるのに何度も挑戦しなければならないだろう。



私達は当面の住みかと決めた大樹の幹の側で、夜の明り用に焚き火を焚いていた。

本来木の側で点けるのは延焼の可能性があり良くないのだが、今回は木が嵐の一件でよく湿っていた事と煙による虫除けのために側で点ける事となった。


今日の夕食はストームバードの巣に残っていた卵に木ノ実、そして蛇の肉になった。

幸いにも卵は産んだばかりらしく、まだ雛の形になっていなかったので私もなにも思わず食べる事ができた。小さな金属トレーをレナが持っていたので、そこで焼いた。

二つの木ノ実の皮を剥き、苦労して骨を抜いた蛇の肉を金属の串に通して火で炙る。この串もレナが持っていた。

最初は蛇の肉を食べるなんて……と思っていたが、いざ焼いてみると肉の焼ける薫りが煙に混じり立ち上る。


久しぶりの、肉の油が跳ねる音に心が弾む。

虫の蛹や生の内蔵を食べたのだ。いまさら、焼いた蛇の肉がなんだっていうのだ。

くぅ、とお腹が主張する。


そんな私を見てレナは苦笑する。


「待ちきれないって、顔にでてるわよ。はい、これは焼けたからお先にどうぞ」

「あ、ありがとう……。いただきます」


受けとり、かじりつく。忌避感などは感じなかった。味付けはレナの手持ちだった岩塩のみだ。

かなり淡白な肉汁が口の中に広がる。

生木で焼いたためやや煙臭く味は薄いが、それゆえに火を通した香ばしさが心地いい。

鳥や豚に似ているが弾力があり、ホルモンのように噛み切れない不思議な食感だ。


今まで食べたどの肉とも違う。牛肉が鶏肉と違うように、ジャンルとしての違いを知ったような気がした。


総合して言うなら、悪くない。

だが、個人的には前に食べた虫の蛹の方が油の旨みが濃いような印象を受けた。蛇の肉は淡白にすぎる。


「思ったより味が薄いんだね。蛇肉って」

「スープに塩漬け、なんにでも混ぜられるんだけどね。単体だからちょっと物足りないかしら?」

「嫌いじゃないけど、もっと調味料が欲しいかも……。」


しかし、なにを言おうがここにタレだのソースだのが現れるわけではない。

私達は静かに並べた食料を平らげていく。


「河を渡る方法を考えないとね」


静寂を破り、レナが呟くように言う。「傷は大丈夫なの?」思わず私は聞いた。

彼女はニヤリと笑い、なにも言わず自分の上着をまくりあげる。

素肌に巻かれた包帯が夕日の中でも赤黒く染まっているのが見えたが、それは交換していないだけで傷が開いている訳ではなさそうだった。

そして、その包帯の端がほどけるようにほつれ始めているのが見えた。

包帯とは本来、交換したり傷が治りきる前に外したりするものだ。私は少し疑問に思う。


「大丈夫なの?包帯、ほどけているように見えるけど」

「これはね、蜘蛛人が糸で編んだ即席の包帯なの。傷口が塞がってしまえば、勝手に解けるようになっているのよ。」

「じゃあ、怪我は……?」

「もう河渡り程度に支障はないと言えるわ。」


やった、と私は手を叩いて喜ぶ。出来ることならさっさとこの森から退散したかった。もとの世界に帰る方法を考えるにも、今のままでは余裕が無さすぎる。

安全な場所があるなら、一度そこに腰を落ち着けたかったのだ。

彼女の体力の問題が解決したとなれば、後は河を渡る方法だけだ。


「その、レナさんのパーティーはどうやって帰ったの?その時はまだ嵐のお陰で水の量が多かったんでしょ?」

「渡ったのよ。命綱一本を木と全員に結びつけて、三人で。」


一人が崩れれば、他の二人がフォローする。

時間的猶予がないゆえの命がけの行動。確かに怪我人まで背負う余裕はないだろう。


「私達も同じことができるかな?」

「今の水量なら大丈夫ね。ただ、糸でロープを編まないといけないし、スズナも体重は軽そうだし重りが必要かもしれない。それまでの食料も必要だし……別行動できないのが歯がゆいわね。」


私は音が鳴らないよう、左手首に巻き付けている風鈴を撫でた。

迷宮の瘴気を防ぐ手段は今のところ私だけだ。離れればレナは瘴気で死んでしまう。


「となれば、明日は簡単な罠を作って周りましょう。上手くいけば安定して食料が手に入るかもしれないし、食料が罠で手に入れば自由時間も増える」

「そうだね。私は罠の作り方、わからないし最初は見てるだけになっちゃいそうだけど……」

「下手に手伝って壊すよりマシよ。まずは見て、覚えること!これが大事よ」


二人で明日の予定を話し合う。

そんな最中、夜の帳が降りかけた森の奥から反射光が私の目に入った。

幻覚かと眼を擦り、何度か森を見直すもそれは消える事なく数を増していく。

ゆらゆらと不規則に揺れ、数を増す謎の光。

私が急に黙りこんだ事を不審に思ったのか、対面に座るレナがこちらの顔色をうかがう。


「スズナ?どうしたの?まさか、お腹が痛むの?」

「いや、あの森の奥……なにか光ってるように見えない?」


レナがさっと振り向く。そうしている内にも夕暮れの森に見え隠れする輝きは増していく。


それはレナにも見えるようだった。

即座に弓、そして荷物に手を伸ばすとそのまま立ち上がる。


「スズナちゃん、火を消して木に登って。あれは面倒な相手よ。」

「う、うん!」


焚き火に足で何度も土をかけ、鎮火させる。

すぐに木に登り、続くレナに手を貸した。


日が落ちかけ、薄紅から墨を撒いた群青へと森が色を変える中、先程よりも近い草葉の陰に十数もの反射光が煌めく。

近づいて来た今ならその正体が分かる。あの輝きは間違いなく刃物だ。そしてそれを持つ奴らの正体は。

レナが眼を細め、忌々しそうに呟く。


「あれはゴブリンね。装備が新しいのは……今回の遠征で死んだ連中から剥ぎ取ったからか」


私も何度か出会ったゴブリンは、子供ほどの大きさでおおよそ同じ哺乳類だと思いたくない特徴を持つ眼をした生物―――人食い鬼の集団だ。

皆一様に刃物をぎらつかせ、この木の元へ茂みを掻き分け、徐々に近付いて来る。


「全部こっちに来てる。川から臭いを辿られた?いや、それにしては数が多い……臭いに引かれてくる量としては多すぎる」

「最初は、ストームバードを狩りに来たつもりで計画を建てていたっていうのは?」

「……あり得るわね」


つまり、奴らはストームバードを狩るつもりで偶然私達のもとへ来たという説だ。もっとも、ゴブリンがストームバードに勝てるのかはわからないのだが。もっとも、レナが言うにはゴブリンは浅知恵で無計画なことで有名らしいので、ストームバードに逆に狩られていた可能性も高い。


矢を早めに作っておくんだった、とレナが呟歯噛みした。その矢筒には片手で数えられる程度の矢しか残っていない。それに加え、彼女の矢を産み出す加護は地面に近い場所でないと使えないようだ。


奴らの眼が僅かな光に照らされ、闇のなかに輝く。その輝きには人らしい理性は感じられない。下劣で、外道で、ただただ嫌になるような嗜虐心が見え隠れする。

それを見ていると、唐突に私が始めてあの生き物を殺したそのナイフ越しの感触や顔に散った鉄臭い血の臭いが突然フラッシュバックした。

あいつらの刃が私に、私の刃があいつらの喉元に届くのを幻視した。


殺される事は怖い。化物に命を狙われる感覚は喉の奥をひりつかせるし、それを考えるだけで胸に空虚な穴が空き、そこから気力が流れ出るような感覚に陥る。


そして、私が殺す事もまた怖かった。もし、私が防御を結界まかせにゴブリンに襲いかかりナイフを降り下ろし刺せば、ゴブリンは血を流して苦しみ死ぬだろう。今の私でもそれぐらいの強さはあると確信は持てた。

そして、私はきっと……今見た幻覚と同じように殺したゴブリンの苦悶の顔を忘れられず、背負うのだ。


ある種の強迫観念。私の心が弱いゆえに、私は私が殺した生物とのしがらみを例えどんなに嫌悪する存在だろうとも、無視する事ができない。

レナのように何でもない事と切り捨てる事ができない。

痛みを予感してしまう。恨み言を真に受けてしまう。無念に共感してしまう。敵と自分を擦り合わせ、消失の恐怖を想像してしまう。

そして、必要か不必要かもわからない罪の意識を背負うのだ。


度の過ぎた投影。頭ではわかっていても止める事ができない。


「―――っは!」


私は詰まる息と見えた光景を幻覚だと理解し煙を散らすように振り払うが、同時にナイフを持つ手が隠しきれないほどに震えていることに気が付く。

意識したのを皮切りにその手にじんわりとアレと同じ生き物を、生きている肉を断つ感覚と血のぬめりを感じ悲鳴をあげて投げ捨てたい衝動に駆られた。

その衝動は抗いがたく、手はより激しく震え、指先から力が抜けていく。ふとした瞬間に取り零しそうだ。


ナイフを握る小指が浮き、薬指が離れ、中指が滑る。

そんな震えるその手を―――レナが掴んだ。

私は泣きそうになってレナを見る。

落ち着いた瞳が、そこにあった。


「―――大丈夫。安心して。あいつらの刃はあなたに届きやしない。」


レナが私に眼を合わせ、言い聞かせるように言う。

放たれた言葉はそれは決して高いところにいるから等という物理的で浅い理由ではなく、しかし無計画に安心させるような物でもなく。


「―――私が奴らを殺す。スズナは、私を守って。」


きっと彼女は私の震えの意味を分かっていな

い。彼女は殺される恐怖は感じても殺す恐怖など感じないのだろう。


だが、その言葉は形だけを見れば奇しくも私を落ち着かせる事ができた。

レナが私の代わりに殺す罪を背負う。そう言っているような感覚に陥った。

私は、その一言が砕けて体の中へ巡っていくような感覚を覚える。

無論、理性では彼女が言いたい事はそうではなくただ単に励ましの言葉を言っただけだと理解している。だが、私はそんな冷静な部分を無視し、都合よく心に押し込めた。


自分に嘘をつき、私に不都合な想像から一時的に背を向けさせる。

そうだ、恐怖で震えるのは後でできる。

今は、前を見なければ。前を、それだけを。


少しずつだが、蛮勇が指先にまで染み渡る。

胸の内の暗い色を塗り潰していく感覚に熱を覚えた。


「……うん」


滑り落ちかけたナイフを握り直す。

震えはまだある。だが、気味の悪い幻覚は散っていた。

森には未だに化物の眼が輝く。しかし刃物の反射光は、日が沈んだ事と焚き火を消した事で見られなくなっていた。




キィンと硬質な音が鳴り、投げられた槍が枝に立った私が張る結界に弾かれる。

それは木の根本に落ち、すぐにゴブリンの手によって拾い上げられる。投げたゴブリンは忌々しそうにうなり声をあげた。


木には光を放つ小さなランタンがかけられていた。本来火の収まる場所に宝石がはめ込まれており、それが明々と輝いていた。

これがあれば火をおこす必要がないのでは、と思ったがレナによるとこれは中に光る結晶が入っているだけで熱を発しないし、稼働時間に制限もあるし、燃料代が眼が飛び出るほど高く、普段使いできないらしい。


そんな高級品で明かりを取る私達は、木の根本までゴブリンに接近を許してしまっていた。夕闇が彼らの姿を隠したせいもあるが、矢の数に制限がある事でレナが気安く矢を打てなかった事のほうが理由としては大きい。


「まだ、結界は大丈夫よね?」

「うん、ストームバードの時と比べれば大分楽」


彼ら、ゴブリンの攻撃はその一切が結界に阻まれ、届かずにいた。投げられる石も、槍も、矢も。


最初こそ戸惑ったように散発的に攻撃してきた彼らであったが時間が経つにつれ包囲の輪を狭め、いまや私達が根城とした大樹の足元で口汚く叫び出し、物を投げる始末だ。


足元でがなりたてると言うことは、それは裏を返せばそれしかできないという事でもある。

最初こそ何匹か樹を登ろうとしたゴブリンがいたが、その度にそのゴブリンの足首や手首に矢が突き刺さっていた。


間接を撃ち抜かれたゴブリンは、その自重を支えきれず剥がれ、登っていた樹から叫びながら落ちていく。もっとも、あの程度の落差では怪我はするだろうが死にはしないだろう。


レナが監視の眼を光らせ、不用意に近付いて来るゴブリンを的確に射ぬいているのだ。

そしてすぐに射たれた矢はするすると宙に上がり、レナの手元に返ってくる。


矢には彼女の糸が結び付けられていた。放った矢は枝に結び付けられた糸を手繰ってすぐに回収され、再び弓につがえられる。

手持ちの矢が少ないゆえの苦肉の策だった。

糸に動きが制限されるために近くにしか射てず、頭ではなく手首等を狙うのも矢が頭蓋骨に深くめり込んで歪んだり抜けなくなる事を恐れたからだ。

レナは『矢産み』の加護を得たのにこんな手段を取る事になるなんて、とぼやいていた。


なんにせよ、登れば射ぬかれる、かといってみすみす逃すのも惜しいといった様子のゴブリン達は木の根本により集まり、うなり声をあげ、時おり刃物同士を打ち鳴らして私達の神経を逆撫でする行動に移った。


もしも被害覚悟で一斉に登ってこられれば、レナ一人では対処が難しかっただろう。


だが、彼らは何よりも自分の身を大切にするようだ。ほぼ間違いなく射ぬかれる、最初に登る犠牲として声をあげるゴブリンは見えなかった。


それゆえに、彼らは木の下でたむろをしていた。見張り、獲物が自然に降りて来るのを待っている。

レナに眼下の敵に矢を射掛けられないか聞いてみたが、彼女は緩く首を降った。


「いま射てば、それが口火になって奴らは一斉に登ってくるでしょう。彼らが動かないのは自分の命が惜しいから。それに、ともすれば射った矢を奪われるかも……」


ゴブリンの自己愛、そして飛び道具の数の制限が膠着状態を作り出していた。


下手にゴブリンを刺激する矢は放てず、そしてゴブリンも踏み込めず。張り詰めた空気の中、時間だけが緩やかに過ぎていく。


一つだけ言える事は、時間はゴブリンの味方をしている事だ。

私達は気力を消耗する間に、奴らは人数の多さにかこつけて休む事だってできた。

打開策を持たなければいずれこの差が私達と奴らの距離を縮めてしまうのは自明の理だ。


籠城というものは勝算がある時に行う行為だ。今の状況は、決して良いわけではない。

どうすればいい。思考を巡らせるする私にむかい、また一本の槍が投擲される。

それは結界により私に届く事はなかったが、彼らは結界の発動がまるでダーツが的の中心に当たったのと同じかようにわっと沸き立った。


ゴブリン達は笑っているようだった。

突然彼らが笑いだした事に私が呆然としている間にもひとつ、またひとつと槍やら小石やらが投げられる。

それに結界が反応する度に彼らは笑う。これはいい暇潰しを見つけた、と。


コツ、と頭に拳が振り落とされた。


驚き振り向くと腕を伸ばしたレナがいて、挑発に乗ってはだめと、頭にあった手が頬に落とされそのままほぐすようにぐにぐにと引っ張り回される。


そんなことをされて始めて、私は表情が固くなっているのがわかった。同時に怒りか悲しみかわからない感情を胸の奥に捉えたが、それがなんなのかを確認する前にレナのほっぺたぐにぐに攻撃で霧散してしまう。


三十秒程度だろうか、ようやく私が落ち着いたのを見てレナが手を離す。

レナなりのやさしさなのだろう。私は気にかけてくれたレナに例を言う。


「……ありがとう」

「気にしないで。新人の冒険者として見ればむしろ落ち着いてる方よ」


レナは私をあやすように髪を撫でた。さらさらね、と呟いてからすぐにゴブリンに眼を落とす。


眼下のゴブリン達はまだ的当てを楽しんでいるようだった。小石が結界にぶつかり、勢いを失って地に落ちる。

その際、投げた槍を拾っていたゴブリンの頭頂に石が落ち、また爆笑の渦が巻き起こる。

あのまま続けていけばいつか誰かに降った槍が当たるのではないか、と心の中で思った。


私の視線を気にせず、笑いのツボにでも入ったのか化物らは笑い続ける。


そんな彼らの笑い声を消したのは、奇妙な音がこの場の全ての生き物に届いたからだった。

まず最初に、風も吹いていないのにざわざわと梢のような音が大きく、周囲に響いた。

自然が作り出した音のように聞こえて、しかしどこか違和感を覚える音。

嫌な予感に従い、私は風鈴が鳴らないように片手で押さえ込んだ。


ランタンが小さく軋む音をたてる。木の枝にいる私は微かな揺れを感じた。そして、その瞬間。


―――クココ、ククックコッ。クコココッ。


それは木製家具を爪で弾いた音を肉付けたような、奇妙な音だった。

その奇怪な音が鳴き声だと気付くのは音の正体を目で見てからだ。


暗闇が支配する森の中、輝くランタンから光をかき集めて反射する一対の瞳。

こずえに聞こえた音の正体は、身体中に生え揃った、大きく頑丈な羽が擦れる音。

そして、地を揺らす程大きな身体。


不愉快そうに喉を鳴らすその姿は、その大きすぎる縮尺に目を瞑れば一見、羽が茶色の鶏に酷似している。

だが、その尾はおおよそ一般的とは思えない。


その尾はライオンやチーターの尾のように細長く、しかし鱗の生えた……つまりは、蛇の胴体と、頭がくっついていた。


鶏の頭と蛇の頭がひとつの胴体に繋がっている、気味の悪い生物がそこにいた。

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