Home in My home
たぶん色々と書き足りていないところあるんだろうけど……今はまだ見つからないのでとりあえず投稿
『アナタってつまらない人間よね……』
妻との関係は冷め、
『お父さん、今日は友達来るから部屋から出て来ないで!』
娘との距離は隔たれ、
『君、もっと部下の教育をしたまえよ』
上司からは睨まれ、
『飲みっすか? 俺、今日予定あるんでパスっす』
部下からは信頼されず、
「俺は一体、何のために生きているのだろう……」
自分さえ信用しなくなった俺は1人満員電車の中で揺られていた。
今年でちょうど30の半分に差し掛かったが、これまでの人生を振り返ってもいいことは無かった。
実直に生きる。つまりは妻が言っていたように面白みの無いつまらない人間。
いつも後先を考えてしまうのだ。石橋は金槌どころか大きなハンマーで叩いて調べなければ一歩たりとも進むことなど出来やしない。
リスクを避けていれば安全な楽しい人生を送れると思っていたが、現実はそうはいかない。
誰だって常識に少し欠けている、クレイジーで面白い人間を見ていたいものだ。
縁の下の力持ち、黒子は決して表舞台に立ってはいけないように。
「はぁ……別の人生をやり直したい……」
もし人生をやり直せるとしたら、次はもう少し大胆に生きてみるのもいいかもしれない。
少し危ない友人を作ったり、喧嘩に明け暮れる毎日を送ったり、彼女をとっかえひっかえしたり……。授業をサボるのもやってみたかったなぁ……。
「……ん?」
ふと社内の天井で揺れている広告が目に入る。
そこには
『一家に一台? いいえ、一人に一台の時代! VR機器』
アニメのような綺麗な少女と黒いシンプルな箱とそれに繋がれたゴーグルのようなもの。今の時代の科学力を最も明確に表す機器、VR機器である。
そこまでゲームに興味の無い俺ですら存在を知っているのだ。ゲーム内の世界を現実と全く同じ感覚で味わえるという機械。
脳への信号を疑似的に変換することで五感全てをゲーム世界で得たものと同期させられるという。
そうか、これならば危険の無い第二の世界を味わえるかもしれないな。
どれだけ野蛮な世界でも現実の俺の体には傷が一切付かない。
ゲームの世界の事情を現実に持ち込まれることはない。逆も然りだ。
「次の休みにでも買ってみるかな」
趣味も無いため金はある。
家族との共有財産とは別に俺の小遣いとしての金は食事以外に使うことは無い。だから貯まっていく一方であった。
そのうち、家族旅行にでも使おうと思っていたが、よく考えてみればそれは共有の方から引き出せばいい。
俺の金なのだ。俺が自由に使わせてもらおう。
来たる日曜日。
引き出した10万を手にして俺は電気屋に来ていた。
「よし、これでいいか」
VR機器に種類は無く、あるのは国が総力をかけて開発した一種のみ。
ハードは様々な企業が販売しているため、後はその中から選ぶだけだ。
「お客様、失礼ですがお客様は35歳を過ぎてらっしゃいますでしょうか?」
俺がハード選びに悩んでいると、店員が話しかけてきた。
「ええ。先日に」
「でしたら、こちら何かはいかがでしょうか」
「これは……?」
少し悩んだ末に俺はそのハードを購入することにした。
タイトルや内容も気になるものであったが、その対象年齢が実に興味深いものであったのだ。
「さて、始めるとしよう」
俺が選んだハードは『おっさんずオンライン』というタイトルのゲーム。
これはVR機器を開発した企業、つまりはこの国が大元となってつくられたものなのだが、その対象年齢はなんとR35というもの。
どれだけ大人向けなのだ、と思ったがそのパッケージに書かれた文字を見て納得した。
『家庭に疲れたお父さん。もう一つの世界はいかがですか?』
つまりは、現実から逃避するために、ストレスを発散するためのゲームであり中年男性専用なのだろう。
なんとこのゲームの世界には酒やつまみすら揃っているという。純粋に子供では楽しめないものがたくさんあるのだろう。
だが、カメラやスクリーンショットといった撮影・記録の機能はないらしい。
そのくらいの技術があればカメラくらい付けられるとは思うのだが……まあ使うことも無いからいいか。普段からカメラを使ったことはないし。
ゴーグルを装着し、ハードを黒いVR機器に挿入し、いざスタートボタンを押す。
視界が一瞬、黒に包まれると、次の瞬間には世界が広がっていた。先ほどまでいた狭い俺の部屋はどこかへ、見渡す限りの木々がある。
「これは……」
なるほど、科学の最先端というのも頷ける。人気があるというのも。
感じる五感全てが本物のようであり、違和感など全く感じない。
草木の臭いなど、ちゃんと嗅いだことなど久しいがこのような臭いだったか。
チュートリアル画面というのが視界内に浮かび上がった。
受けるか受けないか、問われているようだ。
迷わずYESと答えると、目の前に小さな青いゼリーのような物体が飛び出した。
倒せ、ということなのだろうか。
武器がどこにあるか分からないが、悩んでいると次々に操作手順が浮かび上がり、それに従っているといつの間にか青いゼリーが消えていた。
「なるほどな……」
こうやるのか。
他にも色々と試せることはあるみたいだ。しばらくチュートリアルに従ってみるとしよう。
「『ブラッディリボルバー』」
真紅の銃弾が金の毛並みを持つ狼の体に全て吸い込まれていく。
MPの消費はパッシブスキル『造血』と『増血』のおかげで減ることは無い。
「これで『吸血男爵』のレベルも天井に近づいてきたな」
『死体漁り』から始まったこの職業もそろそろ大詰めの段階だ。
いずれは『吸血帝王』になり、俺は夜の王と呼ばれる日も近いことだろう。
「しかし随分と嵌ってしまったな」
一ヶ月、仕事終わりと休日にやり混んでいたおかげでレベルも上がってきた。
夜間に遊ぶことが多いこともあり夜間帯に強化が起きる職業を選んだが、そのおかげか最前線のモンスター相手でも手に負えないということはない。
そういえば、と思い出すことが1つ。
酒を飲めるし、何だったら煙草も吸える。
酒場では妙に色気のある看板娘もいるし、娼婦だって存在する。宿に連れて帰ることができないのが残念であるが……まあ国が大元であるなら仕方ないだろう。
しかしそれならばR20でもいいとは思う。
エロやグロは18歳からであるし、酒や煙草は20から。35に拘っている所以は何なのだろうか。
その疑問が解かれたのは俺が『吸血大公』となりゲーム上に設定されている魔王と呼ばれる存在を倒した時であった。
「解放された機能があるのか……。家族機能だと……?」
自分が大黒柱となり家族を築き上げることが出来るのだと言う。
現実世界でも父親である俺がゲーム世界でも父親を演じるとは……。いや、むしろこちらで現実ではできなかったような仲の良い家族を築き上げるのではないだろうか。
現実逃避になってしまわないか心配ではあるが、現実世界でストレスを溜めないためだ。それに、せめて俺に理想の家族というものを味わわせてほしい。これでも頑張って家族を支えていたと思う。
家族というのは、俺が父親であるから妻、娘、息子が来るのだろうか。
この世界で妻を新たにつくる。それは現実の妻に対して少しばかりの申し訳なさが残る。……だが、これはあくまでゲームだ。性行為に興じるわけでもない。
あくまでゲーム内での役割。演劇と同じだ。
楽しむだけの家族ごっこならば後ろめたさも減る。
それから数日が経ちログインすると、ログが残っていることに気づいた。
娘が家族に加わったということらしい。
この家族というシステム。なんでもギルドやクランといった集団に近いようだ。拠点を1つに共有しなければならないが、経験値やアイテムのドロップ率が上昇するようだ。
「こんにちは……」
共有ホームへと向かうと(俺の金で購入しなければならないみたいだ。一家の大黒柱なら仕方ないともいえる)、そこには1人の少女がいた。
10代の前半くらいだろうか。ちょうど俺の娘と同じくらいの年頃だ。
印象は大人しめの引きこもり寸前の少女。肌の白い子共は家から余り出ず引きこもっていると思ってしまうのは俺の世代特有の悪癖だろうか。
「やあ。君が俺の娘になる子かな?」
「うん……ミーナです」
「俺は祥太郎だ。好きなように呼んでくれ、ミーナさん」
名前は現実と同じ名前にしている。呼び止められた時に別の名前だと反応出来ないからだ。
「ミーナ、でいいです。それと……お父さんって呼んでもいいですか?」
お父さん、か。そう呼ばれて嬉しく思える最後は何時だっただろうか。
いつも悪態ばかりついてくる我が愛娘も同じ様に呼んではいるが、どうも嫌われている感が拭えない。
「構わないよ。それと、敬語もいらないかな? 俺とミーナは親子なんだし」
「……うん。分かりまし……分かった。よろしく、お父さん」
「よろしく、ミーナ」
こうして俺とミーナの疑似的な親子関係が始まった。
俺が仕事から帰って夕食などを済ませた後の数時間と休日の大部分だけの関係であったが、俺はこの少しばかり消極的な少女との良好な関係を築いていった。
「今度、授業参観あるから」
「そ、そうか……ならお父さん仕事の休み申請しておくからな」
「いい。お母さんに来てもらう」
「……そうか」
冷蔵庫に猫のマグネットで貼りつけてあったプリントに授業参観のお知らせがあったため娘に尋ねてみると、そう返されてしまった。
まあ妻が行くなら2人も必要ないよな……ハハハ。
小学校一年生の時に行ったっきりだったかな。ちゃんと友達と仲良くしているか、授業に真面目に参加しているか、後で妻に聞いてみるか……。
「『ヒーリングウォール』」
ミーナの職業は『大神官』。回復専門職であるらしい。残念ながら俺の『吸血侯爵』は吸血によって回復と強化が同時に行えるため、そこまでありがたいものではなく、むしろ聖なる力は俺を弱体化させてしまうものであるが、性格が合ったのか仲たがいすることなく冒険を進めることが出来ていた。
そして、裏ボスを倒した頃だっただろう。
無限に生成されるゾンビと侵食する影を、こちらもコウモリの眷属とミーナの聖なる光で対抗して何とか倒した強敵であった。
そして、それに見合う成果は新たな家族の参加であった。
「お父さん、これって……」
「ああ、どうやらお母さんが家族に加わるらしいな」
父親、娘とくれば母親は当然必要だ。
ミーナとは仲良くなれたが、果たしてこれから来るであろう女性とはどうだろうか。
下手をすれば家族として成立せず、全員が離れてしまうことさえあり得る。それだけが心配だ。
「お父さん……」
ミーナも同様に心配しているのだろう。
こちらを見てくる。
「心配するな」
俺はそっとミーナの頭に手を置くと、
「大丈夫。お父さんに任せておきなさい」
「……うん!」
俺を信用しているからだろう、ミーナは笑顔をつくる。
それにしても、このミーナという少女。
顔立ちがどことなく愛娘に似ている。性格は……小学校に上がる前の内気な時の頃にそっくりだ。今でこそ小学校高学年で反抗期真っ盛りではあるが。
ミーナは良い子だ。私に従いつつも自分の意見を言ってくれる。おかげで私も動きやすい。
「お母さんとミーナ、そして俺の三人家族だ。……もしかしたら君のお兄さんか弟も出来るかもしれないけどね」
そう、ミーナに合わせて俺も笑って見せた。
「あなた達が翔太郎さんにミーナちゃんね。私はシナモンよ。これからよろしくね!」
新しく母親として加わった女性、シナモンさんは快活な性格であった。
決して慣れ慣れし過ぎることはなく、だが俺とミーナとの親子関係にするりと入ってくる。
「よろしくシナモンさん。俺が翔太郎でこの家族の中で父親だ。こちらはミーナ、少しばかり人見知りだけどすぐ仲良くなれると思う」
「よ、よろしく……」
シナモンさんがミーナに手を差し出す。ミーナはその手を取ろうと恐る恐る自分の右手を差し出す。
「キャァァッ! なんて可愛いのかしら!」
すると、シナモンさんがミーナに抱きついた。
まあ、抱き着きたくなる気持ちは分かる。ミーナは可愛いからな。
俺も同様に思ったことはあるが、さすがにセクハラだから抑えていた。
「よ、よろしく……お母さん」
抱き着かれて恥ずかしいのか、顔を赤くしながらミーナはそうシナモンさんに挨拶した。
この時だけ、無性にカメラ機能が恋しくなった。
残したい、この風景。
「おはよう」
翌朝、リビングへと自室から向かうとそこにはすでに朝食が用意されていた。
妻はテレビを見ている。こちらを一瞥すると、
「……早く食べて。片付かないでしょ」
「あ、ああ……」
もそもそと朝食を食べて静かな玄関を出るのであった。
娘はまだ寝ているらしい。
「『サウザンドシールド』!」
シナモンさんの前方に千枚もの盾が展開される。
真のボスが撃ちはなった無限に等しい魔法の弾幕はそれらに阻まれる。
「お母さん、HP管理は私に任せて!」
防ぎきれず食らってしまった魔法によるダメージもすぐさまミーナが回復することによりシナモンさんが倒れることはない。
『小癪な……!』
真のボスの攻撃は全てシナモンさんが引き受けてくれている。
ならば攻撃は俺の役目だ。
「『ブラッディランス』
まずは血液で創り出した槍でボスの手足を地面に縫い付ける。
『ぐぬっ!?』
ボスは暴れるが生半可な力では決して抜け出すことは出来ない代物だ。ボスとはいえ、数十秒は動けなくなるはず。
「我が血液の全てを我が力に……『千年の夜』」
『吸血鬼』の時から持っているもので尚且つ職業が上級職になるにつれ強力になっていく奥義とも呼べるスキル。
血液を装備として纏う『千年の夜』は俺の全ステータスを10倍に引き上げる。代償として10分間しか使うことは出来ないうえにその後はHPが1になってしまうが。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
だが、その10分間で倒しきってしまえばいい。
ボスとの殴り合い……否、殺し合い。
5分……6分……9分を過ぎてもなおボスは倒れない。
「これが……最後の攻撃だ!」
残り時間は僅か。
そしてボスの体力も後一撃、それで削りきれるほどに少ない。
ボスの持つ死神のような大鎌を俺は影になることですり抜け、そしてボスの急所へと拳を叩きつけた。
『ぬぅぅ!?』
だが、ボスは倒れなかった。
本当に少しだけ。初心者が剣を一振りしただけでも倒せるようなほんの僅かな体力を残してボスは立っていた。
そして俺のHPも残り1だけ。
血液は使い切った。俺のスキルは血液依存のため血液が無ければどうすることもできない。
『よくも我をここまで虚仮にしてくれたものだ。その命を散らして償うがいい!』
ボスの鎌が振られる。
もう駄目か……そう思い静かに目を閉じた。
「……」
だが、いくら待っても体が引き裂かれることはない。
目を開けてみるとそこには、
「祥太郎……さん」
片腕を地面へと落としたシナモンさんの姿があった。
ボスの持つ鎌は血に濡れている。俺の全身も赤く染まっていた。
シナモンさんが俺を庇い腕を斬り落とされた。そういうことなのだろう。シナモンさんの肩のあたりからは血しぶきが舞っている。さすがはR35、グロにも寛容だ。
妙に冷静な自分がいた。
落ち着いてミーナの位置を探ると、少し離れた位置で腰を落としている。
「良かった……無事で……。あなたが無事ならまだチャンスはある……」
それきりシナモンさんが何かを言うことは無かった。
気絶状態に入ってしまったのだ。
「シナモンさん……」
気絶したシナモンさんを抱き上げると、ミーナのいる位置まで下がり
「シナモンさんを……お母さんを守っていてくれ」
「お父さんは……?」
俺は額から流れるシナモンさんの血を舐めると、
「俺は決着を着けてくる。君とお母さんを守るためにね」
俺はボスへと駆ける。
その速度は先ほどまでと比にならない程に遅い。
『グハハ、それで何が出来る! 貴様のような血吸い蚊ごときが!』
「……」
確かに『吸血鬼』は血が無ければどうすることもできない職業だ。
夜に強化され、昼に弱体化する。使い勝手のいい職業とは言えない。
だが、
「愛する者が傷ついた時、力が増してくる。俺は……『吸血鬼』は守る者がいる時に強くなるんだ!」
額から垂れてきたシナモンさんの『血』を舐めて『吸』いとったことで俺のステータスは僅かばかりに上昇し、HPも回復していた。
ボスの魔法弾幕を避けながらボスへと接近すると、
「『ブラッディクロス』!」
爪の部分だけを血液で強化し、ボスを引き裂いた。
『ぐあぁぁぁぁぁ!?』
断末魔の叫びとともに真のボスは消滅していった。
「あなた……」
「お父さん……」
シナモンさんとミーナが駆け寄ってくる。
俺は2人を抱きとめると、
「やった……やったぞ俺は。2人を守ったんだ!」
世界中に聞こえるくらいに叫んだのであった。
真のボスを倒したことで何かが変わったかというと、何も変わらなかった。
新しい機能が付け加わったり、更新されることも無い。
相も変わらず3人家族でモンスターを倒したりホームで談笑したりしている。
「もう、あなたったら……」
俺の冗談にシナモンさんが笑う。
そういえば、妻もこんな風に笑う女性だったな、と思い出す。
結婚当初は互いに遠慮し合っていたがふとした拍子に笑う彼女の笑顔が魅力的に思えた。
今では笑うことも無くなってしまったため、それも見ることは敵わなくなってしまったが。
シナモンさんとミーナはどことなく妻と娘に似ている。そして、たまに思い出させるような表情や仕草をつくる。その度に忘れかけていた現実を思い出すのだが、なぜだかそれは悪いものではない。
確か来週で結婚記念日だったな。そしてその数日後が娘の誕生日だったか。
何か贈り物でも用意しておこうか。
そういえば、妻との会話が少なくなった原因は俺が記念日を忘れていたことで喧嘩したからだったっけか。
……今思えば愚かなことをしたものだ。
数年分の贈り物をしよう。
それで見ることが出来たらいいな。彼女の笑顔を。
「お父さん、来週はどこに行く?」
ミーナが翌週の予定を立てようとする。
……そうだ。ここは現実ではなくゲームの世界なのだ。
楽しむのはともかくのめりこんではいけない。
現実との区別を付けなくてはいけない。
「実は――」
俺は2人に来週は予定があること。
そしてもしかしたらだが、これからのログインの頻度が少なくなるかもしれないことを伝える。
2人はなぜかそれに対して俺に文句を言うことも無く、頷く。
しょせんはゲームだけの関係だと2人は知っているからだろうか。
そもそもで――2人はAI、ではないのか?
考えないようにしていたが、2人はどのような人間なのだろうか。
R35のゲームだとしたら2人とも中年男性なのか? それに俺は娘だとか妻だとか言っていたとしたら……いや、それにしてはミーナは年相応の感情を持ち、シナモンさんは女性らしい笑顔を見せてくれた。
ならば俺の理想をもとにつくりだしたコンピューターによる人形なのだろうか。
「いや……」
シナモンさんはシナモンさん。ミーナはミーナ、だ。
現実世界でどのような人間であったって、たとえ仮初の感情だとしたって構わない。
俺が信じた2人との絆、そして築いた家族関係だけは3人でなければ成し得なかった。
だから、俺はそれを現実世界でも反映していこうと思う。
「……」
ログアウトすると、狭い部屋が視界に戻ってくる。時刻は午後2時。いつもよりも早い時間。
こうしてはいられない。デパートで贈り物を吟味しなければ。
高かったゴーグルを乱暴に脱ぎ捨てると俺は厚手のジャンパーを羽織り玄関へと向かった。
「出かけるの?」
俺の足音に気づいたのか妻が顔を出す。
「ああ、ちょっとな……」
いや、そうではないだろう。言葉を濁していてはいつもと同じだ。
俺が言わなくてはいけないのは違う言葉のはずだ。
「なら買い物に――」
「なあ、たまには出かけないか? 美菜も連れて三人で」
妻の言葉を遮り俺は自分の言いたいことを伝える。
俺の誘いが意外であったのか、妻が驚いたような顔をする。だが、嫌そうな顔ではなかった。
「なあ桂子」
「何かしら?」
「その――」
桂子は俺と出かけることを了承してくれた。
美菜は自分の部屋にいるらしい。
これから美菜を誘って3人で出かけよう。
そして変えてみせようこの冷めた関係を。
温かな家庭を目指してみるとしよう。
あの、シナモンさんとミーナと築いた偽りの家庭のように。
『おっさんずオンライン』。それは『ファミリーオンライン』というハードの父親バージョンである。
現実に疲れた父親のためのゲームと謳っているが、その実でこのゲームを始めた父親のいる家族全てに『奥様ずオンライン』や『お子様ずオンライン』といった同じ世界観のゲームを無償で配っていく。
勿論、それは本人達だけにしか知らされず、父親は他の家族が『奥様ずオンライン』や『お子様ずオンライン』をやっていることは知らず、母親や子供も同様だ。
初めはゲームの世界観に引き込むために本人が望むような難易度と世界観で冒険を進めさせていく。
そして、ある程度冒険者として強くなりゲームに慣れた頃に、家族を引き合わせていく。
家族システムという偽りの家族関係に本物の家族を当てはめていく。
ロールプレイングゲーム、家族の役割をしているだけと思っている当人たちは気楽に家族を演じているつもりが本物の家族を演じているのだ。
やがて徐々にだがアバターを本人に近づけていく。それに無意識に気づき始めた者達は家族を思い出し、そして今演じている家族との違いを探し、やがて違いではなく類似点を探し始める。
家族を演じているとはいえ、ゲームなのだからと素を出す家族達であるから当人たちはかつて体験した家族との思い出に浸り、そして現実へと帰っていくのだ。
『家庭は我が家にあり』。
距離の置かれた家庭を憂いた国家の政策の1つであり、今もこうして家族は纏まりつつある。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
良ければ何か書き残していってくれると嬉しいな