第8話 ジャイアントキラー
ボルド地方領連合軍はローラの街から少し離れた農村を仮の本陣として間借りさせてもらっている。村は街から歩いて二時間程度。それなりに近いが、街と村の間には小高い丘があるので街から直接視認出来ない。拠点にするには都合が良かった。
村人は軍を頼りにしている反面、彼等が居るせいで自分達の村にギルス軍がやってこないか不安でもあった。
村には驚くほど亜人が多かった。聞けば大半は街から命からがら逃げて来て、ここで匿われているのだ。さもありなん。ギルス兵士は反抗する人間は殺し従順な者は見逃しているが、亜人は見つけ次第殺すように命令を受けているらしい。彼等は害虫駆除程度の意識で亜人を殺していた。いつ兵士達が自分達を探し出して殺しに来るか気が気でなく、彼等は村の納屋や家畜小屋に隠れて脅えながら過ごしていた。
そんな彼等にジゼルは献身的に付き添い、進んでメンタルケアを引き受けてくれた。亜人の中にはジュノー教徒も多く、皇族にして尼僧であるジゼルに恭しくしながらも親身になって話を聞いてくれる少女のおかげで少しだけ心の平静を取り戻せた。
それとは別に、その惨状を聞いたエルフ達は憤り、同時にほんの少し幸運より不運が上回っていたら、自分達が同じような目に遭っていたと思い、背筋が凍りつくような恐怖を味わった。
街の情報は逃げてきた住民に聞けばそれなりに得られるが、より詳細で鮮度の高い情報はこちらが直接仕入れなければ分からない。ただ困った事に今は街は厳戒態勢を敷いていて住民の出入りは禁止されてる。商人のような外から来る者も入れなかったが、幸いドルフ=オーベルを筆頭に元々住んでいた者が多数いるので抜け道などは心得ている。連合軍の意見はそこから侵入して敵の情報を仕入れる事で一致した。
そこで、そのための陽動と敵の目的を正面から集める役割が必要だった。ドルフの話ではギルス軍は何の要求もせず、いきなり襲い掛かって街を占拠したらしい。ただ、亜人は別にして住民を虐殺することなく人質にとっている。これはボルドに何かしらの要求や交渉があると見て間違いない。身代金、領地割譲、あるいは政治的譲歩、向こうの腹の内は読めないが、話し合う余地があるのは確かだ。
問題は危険な囮役と交渉役を誰が担当するかだ。連合軍の中で適任は最も地位の高いピエールだろうが、彼はポルナレフ家の所有する高位デウスマキナ『エレクト』を駆る騎士でもあった。一応同行した息子の一人も騎体に適合するが、父親ほど騎体を上手く使えない。大事な戦力を減らすのは今の段階では困る。
他の独立領主も最高位は男爵でしかなく、代理や一族程度では舐められてまともに話を聞かない可能性もあるので人選に困っていた。
そこで何を思ったのかジゼルが、自分が交渉役にと申し出て、全員から猛反対を受けていた。
「皇族の私が交渉役として赴けば、ギルス側も無下には出来ません。もしかしたらペレス=クラウディウス殿が直接交渉に応じるやもしれません」
「ですがそれはあまりにも危険です!もし御身に何かあれば、我々オーベル家全てが自裁しても到底陛下に顔向けできません!どうかご再考を願います」
「ドルフ殿のお言葉、誠の忠義と受け取りました。しかし、ギルスといえど交渉にやって来た皇族の、それも女子供に手荒な真似を致すほど恥知らずでもなければ矜持の無いケダモノではないでしょう。大丈夫だと思います」
それでも危険すぎると誰もが反対するが、彼女は頑として聞き入れなかった。ひたすら平行線をたどり、時間だけが浪費するのを厭う面々の妥協で、護衛が付いて、その上でもし危険と感じたら一目散に逃げる事を条件に了承した。当然護衛は命懸けでジゼルを逃がす事が絶対条件だ。
さらに問題がある。護衛にデウスマキナは使えない。言うまでも無くデウスマキナは巨体であり非常に目立つ。仮に霧を纏わせて一時的に姿を隠しても足跡を辿れば容易く見つかってしまう。そうなるとこの村に軍を潜ませている事もばれてしまう。それはまだ困る。護衛は生身、そして馬を使うしかない。
そんな無理難題を成し遂げられる男がここに一人だけいる。デウスマキナ二騎を生身で強奪したニコラだ。ニコラとエルフ以外はどのようにそのような人外の所業を成し遂げたかは詳しく知らないが、成否を問われたニコラが出来ると口にした以上、信じるつもりだった。
ただし護衛をニコラだけに任せるのは不服としてドルフも申し出た。彼は地元の人間なので周りも反対しなかった。
「あと備えとしてラフィムも離れて着いて来てくれ。もしかしたら精霊の助けが必要になるかも知れない」
「分かった、僕も伊達に狩人をしていない。相手に悟られないように潜んでおくよ」
エルフの中でも数少ない精霊に親しい青年に助力を頼み、最低限の保険を掛けておくことも忘れない。
不安は残るが方針は決まり、連合軍はすぐさま動き出した。
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ニコラ、ジゼル、ドルフの三人はそれぞれ馬に乗ってローラの街の手前まで来ていた。一人で馬に乗れないジゼルはドルフと合乗りだ。内心ジゼルはニコラの方が良かったと思っていたが、ニコラが重すぎて馬が二人乗せるのを嫌がったので、小柄なドルフの方に乗せてもらっていた。彼はそれを嫌がるどころか感激していた。そこから離れてラフィムも来ている。
街の正門には二騎のデウスマキナがまるで門番のように待ち構えていた。居候の癖にまるで主人のような面をしている。ドルフはそれがたまらなく不快だった。
三人の接近に気付いたデウスマキナの片割れが警告を出す。
「そこの三人、この街は何人たりとも入る事は許されぬ。さっさと立ち去れ。警告は一度だけだ」
「警告は無用に願います。私はボルド帝国皇帝ローランの姪、ジゼル=アン=ボルテッツです。ギルス共和国軍の最上位指揮官との交渉を望みます」
旅の尼僧かと思っていた騎士達は顔を見合わせ、少し相談した後、門の上に居た見張りの兵士にペレス=クラウディウスを呼ぶように指示を出した。断られるかと思ったが向こうもボルドから交渉役がやって来るのは予想済みだったのだろう。
第一の関門は無事に突破した。待っている間、ラフィムは草むらと一体になって人知れず側で待機している。
多少待たされたが、城門が開くと黒いデウスマキナがゆっくりと出てきた。ニコラはあれに見覚えがある。名前は知らないが、間違いなくクラウディウスの騎体だ。
「碌に顔も見せず騎体の中からの挨拶、平にご容赦を。私がボルド懲罰軍司令官ペレス=クラウディウスだ。当方の望みは我が一族のパトロクス、アキウス。クラウディウスの至宝『ヘリウス』と『アプロン』の即時返還。さらにボルド国内で九十名の兵士を虐殺した事への謝罪と賠償金、金貨一万枚の支払い。それらが履行されない限り我々は一歩もここを立ち退かぬ」
三人全員の心は「ふざけるな」の一言で一致した。そんな理由で宣戦布告すらなく隣国に攻め込み街を占拠、あまつさえ何の罪も無い住民を虐殺したというのか。
領地を護るドルフは怒り狂いかねない憎悪を滾らせ、ジゼルも普段の空虚さが消えて明確にペレスの乗る『ニクス』に敵意を向ける。ニコラもまたペレス=クラウディウスに怒りを向ける。ギルス人はどいつもこいつも身勝手な理由で他人に迷惑を掛けねば済まないのか。
ジゼルは当然そんな要求は皇帝も飲めないと言って、ペレスに再考を求める。しかし彼は一顧だにせず、繰り返し一字一句違わぬ要求を突き付けた。これでは交渉の余地がまるでない。それこそ最初からこの地を実効支配する為に攻め入ったと言った方がよほど納得がいく。
交渉の方は何の成果も得られそうにないと判断したジゼルは、別経路から忍び込む人の為に、わざと年相応の少女が駄々をこねるように振る舞って注意を向けつつ時間を稼ぐ。
しかし用は済んだとばかりにペレスが早々に交渉を打ち切ってしまったので、ジゼルは誰がどう見ても怒っているという顔で憤慨しながら立ち去る事を選択した。
「お待ちなさい。確かに交渉の進展は得られなかったが、何もただで貴女を帰す気は無い。しばし我々の元でゆるりと過ごしては如何だろうか」
「そのような気遣いは無用に願います。無辜の民を虐殺するような犬畜生にも劣る下劣な者と同じ息を吸えません。では御機嫌よう」
半分は本心だが必要以上に嘲るような言葉だったのが拙かった。年端もいかない少女、しかもギルスでは異端扱いのジュノー教の尼僧に見下されて、騎士の一人が激昂する。
咄嗟にペレスが制止するが、門番として侍っていたうちの一騎がジゼルに向かって一歩踏み出し、戦棍を振りかぶった。
「ラフィムッ!!目くらましをしろぉ!ドルフ殿は退避だ!」
「分かった!我が朋に願う。邪な巨人よりただ一時逃れる緑の嵐を起こせ」
次の瞬間、近づくデウスマキナの足元が爆ぜ、草原の草と言う草が舞い上がり、草の吹雪が騎体の頭部を覆い隠した。
急に視界が塞がれた騎体は取り乱して後ずさりした。その隙にドルフの操る馬は反転して全力で逃げた。そしてニコラは馬を降りて駆け出した。
「ラフィム、俺の馬に乗って逃げろ!パワーアシストマキシマムッ!」
タクティカルアーマーの筋力増幅によって急激に膨張する筋肉が悲鳴を上げるが、ニコラは構わず弾丸の如く突き進む。そして視界が塞がっている騎体にもペレスの『ニクス』も放って、一番奥の門番をしていたもう一騎の後ろに回り込んで、装甲の覆われていない左の膝裏めがけて拳を叩き込んだ。
鈍い金属音を立てて騎体はバランスを崩して倒れ込む。倒れた騎士は自分が何故膝を着いているのか理解していない。仮に理解した所で絶対に信じなかっただろう。生身の人間が素手で最強兵器に膝を着かせた。そんな事はこの世にあってはならない。
ニコラは起き上がろうとする騎体を無視した。脚はもげなかったが膝の部分が幾らかへしゃけて曲がっている。銃を持たない足の悪い兵士は戦場で何も出来ない。それはどこの世界でも変わらない。
次の標的はペレスの操る黒い騎体。彼が後ろを振り向くのに合わせてニコラは跳び、ニクスの胸に乗った。彼とデウスマキナの一つ目が合う。一瞬の交錯の後、ニコラは先程の騎体同様に右拳を眼球に叩き込んで破壊した。
そこでようやく草を振り払った戦棍使いの騎体を相手にせず、ニコラは遠ざかる二頭の馬を追って全力で駆けた。




