序文 蠢く者達
杖を携えた白亜の巨像を前にギルス共和国貴族ペレス=クラウディウスは毅然とした態度を崩さなかったが内面は激情が滾っていた。
偉大なる至高の神。法と秩序を授けし正義の神。厳格たる神々の父。あまねく人の守護神。屈強な肉体と豊かな髭を蓄えた白亜の巨像はユピリウスを象っていた。
その威風堂々たる様はいつ見ても畏怖を抱かせ自然と頭が下がる。それはいい。正義の神の前では如何に位人臣を極めた所で唯の人に過ぎない。神と神の教えは絶対である。
だが、その神の威光を後ろ盾にふんぞり返る者達には憤怒と憎悪、そして嫌悪しか感じない。
神像を背景に椅子に座る恥知らず共。コルネリウス、ドミニウス、ヴァレリウス、アントニウス、どいつもこいつも碌に戦いもせず、自らの命を賭して祖国の盾にならず、金と舌を弄して権力を振りかざす亡者達。そのような唾棄すべき輩が神の代弁者を騙るなど神への冒涜だ。
だが、奴等は共和国最高意思決定機関、元老院評議会の議長とその取り巻きである。ただの議員でしかない自身はそいつらの言葉一つで呼び出されて詰問責め。許されるなら、今すぐこの手で皆殺しにしてやりたい。
「クラウディウス殿、此度は誠に残念な結果に終わりましたな。まさか貴家のデウスマキナ二騎が失われ、あまつさえ御子息と甥が異端者の国の虜囚となるとは、このネスト=アントニウス。元老院議長として心よりお悔やみを申す」
「まったくですな。しかもあの異端者共、我々に何の事前通達も無しに勝手にかの地を領土化するとは。大事の前に頭の痛い問題が増えました」
「領土化など、あの土地には汚らわしい耳長の亜人しか住んでいないではないか。あのような家畜以下の生き物を我ら人と同等に扱うなど、どれほどユピリウス神を冒涜すれば気が済む。クラウディウス殿はそのような妄言を認めておめおめと逃げ帰ったのですか?」
「落ち着かれよコルネリウス殿。ところで噂では貴家のデウスマキナ二騎は生身の相手に奪われたとか。それもまさか本当ではありますまい?もしそうであれば武門の誉れ高いクラウディウスは『護国の盾』として、これから東の護りを担えるのですか?」
聞くに堪えない雀共の囀り。いい加減我慢の限界から手が腰に差した短剣に伸びる。あのような兵としても騎士としても落第の軟弱者共など短剣一振りで瞬く間に殺しつくせると言うのに、長々と付き合わねばならぬ我が身が恨めしい。
査問会などと称しても、結局の所失態を犯した競争相手を吊るし上げて悦に浸るだけ。そうやって連中は他者を蹴落として権力の座にしがみついている。
誇り高き自由、全ての民が政治に参加する権利。どちらも形骸化して久しい。こいつらのような権力にしがみつく亡者どもが権利を独占して締め出してしまった。おかげで国内の権力闘争に時間と労力を奪われ、ボルドなどという異端者の国の跋扈を許してしまった。全ては口先だけが達者な雀の責任だ。
「それで、屈辱に甘んじておめおめと逃げ帰った私は栄光ある元老院に相応しくないと?議員資格を剥奪なさいますかな議長殿?」
「それは論理の飛躍ですな。元より貴家の行動は元老院評議会の命令ではない。故に処罰など発生しない。ご安心なされたか」
それは慈悲深い判断などでは決してない。クラウディウス家は武力を拠り所とする武の名門。その源泉が当家が所有する四騎のデウスマキナだ。それが二騎失われ、武力が半減したとなれば共和国内の求心力も衰える。後に残ったのは中央から遠く、財力も豊富ではない、求心力を失った政治力に劣るカビの生えた古臭い家でしかない。
少なくとも対面の四人はそう思っているに違いない。だから何もしない。自分達が何もしなくとも、既に落ちぶれた家でしかないと嵩を括っているのだ。
同時に国の命令で動いたわけでは無いので、虜囚となったパトロクスとアキウスには一切関知しないと言外に含んでいる。ボルドと交渉するなら止めはしないが助けはしない、問題も起こすな。そんな所だろう。元より当てになどしていない。
無益な質問と時間を費やし、連中にとって必要な茶番がようやく終わり、唯一つ聞くべき質問を口に出来た。
「それで、当家は今後予定通り聖務を果たせばよいので?」
「勿論です。本来ならデウスマキナ四騎とも参加して頂きたかったのですが、無い物ねだりは致しません。クラウディウス家は残る二騎をもって聖務に従事していただく。働き如何によっては今後、貴家への援助を惜しみませぬ」
「承った。満身創痍の身ながら、元老院議長閣下のご期待に沿えるよう励みます」
たった一つの事実確認の為に無駄な時間を費やした。だが、成果はあった。
か細い糸のような機会だが、少なくともクラウディウスの命脈はまだ断たれていない。百に一つ、千に一つだろうと勝機があればそれで十分だ。後が無いのは事実だが、武門には武門の矜持と意地がある。文官もどきの雀なんぞの思惑など知った事か。
本来なら援助などこちらから願い下げだが、餌に釣られたと思わせておいた方が都合が良い。精々、からくり人形の操り主を気取っていろ。
早々に部屋を出る際、振り返って神像へ頭を垂れた。自身が尊重し敬服すべきは己の先祖と受け継いだ伝統。そしてそれを託せる次代。そして神のみだった。




