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騎神戦記  作者: 卯月
第二章 支配者達の遊戯盤
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第十九話 戦力調査



 地元貴族と先輩騎士達からの無茶ぶりを仰せつかった翌日の早朝。ニコラは騎士達の纏め役のレミに頼んで地図と馬を貸してもらい、宿営地から離れた。

 北に馬を走らせると、すぐに橋が見えた。その奥にはボルド帝国とは若干異なる意匠、より細部にまで装飾にこだわった戦う芸術品。三騎の鶏冠の目立つ青紫色のデウスマキナが身構えている。

 ボルドとガルナを隔てる国境は天然の深い峡谷を利用している。この近辺でガルナ側に渡るには目の前の橋を渡らなければならないが、生憎と鉄壁の見張りを前にしてはこれ以上先に進めない。騎士達にとってたった100m先に手柄首があると分かっていても、指を咥えて見ているしかない悔しさがニコラにも少しは分かった。それはそれとして面倒事を押し付けた連中には腹が立つが。

 だが無為無策で突っ込んだところで地の利を抑えられては無駄に損失を増やすだけ。どうにかして橋を越えてデウスマキナを投入出来ないだろうか。

 とはいえ敵を前にして呑気に思案する気の無いニコラはそそくさと、この場を離れて元来た道を戻った。



 宿営地に戻ると、外で騎士達が鍛錬に興じている。デウスマキナに乗らなくても生身での訓練を怠けるような者は騎士の中には居ない。その中にはノンノも居る。


「どこに行ってたんですかニコラさん?」


「もしかしたら向こうが攻めてくるかもしれないから、ちょっと辺りの地形を探ってた」


「それは良い心がけです。こちらが長期戦の構えでもガルナがそれに付き合う道理はありませんし、備えを怠ってはダメですよね」


 多少嘘が混じっているが、油断せず常在戦場を心掛けるニコラの姿勢に騎士達は好意的だ。騎士達の中にギー達と一緒に居た先輩騎士達は見当たらない。彼等はここにいる騎士達とはソリが合わないのだろう。

 騎士達から鍛錬に誘われたので、それに付き合い汗を流した。



 鍛錬の後、ノンノも馬を借りてきてニコラに付き合うと申し出た。断る理由も無かったので共に周辺の調査に出かけた。

 乗馬は素人のニコラに合わせる形でゆっくり馬を走らせ、ある程度宿営地から離れた所でノンノが馬を止めた。そして遠慮がちにニコラに切り出す。


「ニコラさん、その…昨日何か言われました?」


「騎士団の先輩方は手柄をお望みらしい。それと男爵さんは早く戦が終わってくれないと、仕事に差し障るから何とかしてほしいと言われたよ」


 ノンノはこの短い言葉だけで大凡を把握して溜息を漏らす。

 どうやらあの先輩達は騎士団でも問題児に類する輩らしい。腕は上級騎士らしくそこそこ立つが、それ以上に手柄を欲しがり独断専行が目立つ振る舞いが多いとか。そんな連中に自分が面倒を見ている見習いがちょっかいを掛けられたのだからノンノも面白いわけがなく、いつものネガティブが鳴りを潜めて不機嫌さを隠しもしない。


「それでニコラさんはどうするつもりです?」


「一応先輩達の顔を立てて、最低限リシャールに献策はするよ。ただ、連中に手柄をくれてやるつもりはない」


「いいですねぇ。やっちゃいましょうか!」


 めでたく上官からゴーサインを貰った。これで何の憂いも無く動ける。

 二人は共にいい笑顔を浮かべ、再度馬を走らせた。



 しばらく峡谷沿いに馬を走らせたニコラは、ある場所で馬を止め、地図と周囲とを比較している。

 この近辺の峡谷の幅は平均100mはあるが何か所かは狭まった箇所もある。二人が居る場所もその一つであり、最も幅の狭い所はおよそ60m程度しかない。

 崖下を覗くと流れの速い川が見える。ここから落ちたら一たまりもないだろう。股間が縮み上がった。


「思ってたより距離があるか。それに向こう側も突き出た崖だから、あまり重量のある物だと崖そのものが崩れ落ちるな」


「もしかして向こう側にデウスマキナを渡らせようと思ってます?不可能じゃないですけど、かなり厳しいですよ」


 ボルドとガルナを結ぶ唯一の路はガルナが抑えて硬く護っている。ならば道ならぬ場所から軍勢を送り付けてやれば、さぞガルナは驚くだろうが、ノンノからすれば難しいと言わざるを得ない。

 デウスマキナは圧縮した空気を背部から吐き出す事で跳躍が可能だが、大半の騎体は60mもの距離を跳ぶことは無理だ。一応、高位騎体かつ軽量騎ならギリギリ可能な距離だろうが、そんな都合の良い騎体はニコラのヘリウスとリシャールのトリオーンぐらい。それにこの場所はガルナの本陣からさほど離れておらず、丸見えと言っていい。ノコノコ渡った所でたった二騎では袋叩きに遭うだけだ。せめてもう一騎か二騎は高位騎体が欲しい。


「つまりただ渡るのではなく、策の一工程として組み込むか。……別動隊を用意して相手の主力をあの橋に振り向けさせて、手薄になった本陣を襲うか敵将を素早く討ち取る。上手く行くかな?」


「うーん、悪い手じゃないですけど、それだけだと失敗しそうですね。ここから渡った事を悟らせなければ、ずっと安全に奇襲出来そうですが、そんな都合の良い手があるとは思えませんし。言っておきますが夜襲はお互いに危険と損害が跳ね上がりますから無しですよ」


 光学迷彩とまではいかないが、せめて迷彩服でもあれば誤魔化せるのだが、デウスマキナは良くも悪くも軍事力の象徴だ。目立たないような騎体は一騎とて無い。今から周囲の背景に溶け込めるように技師に装甲を塗り直してもらうか、染めた布で全身を覆ってしまうか。あるいはもっと別の方法を模索すべきか。

 幸いまだ時間はある。今の所は基本方針が出来ただけでも良しとするべきだ。



 その後二人は地図を頼りに峡谷をくまなく見回り、デウスマキナが飛び越えられる場所を探したが、そのどれもが最低でも60mは隔たれており、容易に渡れる箇所は見つからなかった。尤も仮に見つかった所でそこは真っ先にガルナ側が警戒を敷く場所になるので、奇襲を仕掛けるには向かない。

 成果はあったものの満足とは言えない結果に不満を抱きつつ、夕刻前に宿営地まで戻り、戻ってきた足でそのまま野戦工廠へ行き、技師達に思いついた事を尋ねるが、ニコラは満足な回答を得られなった。


「やれと言われればやりますが、あいにくと騎体の装甲を塗る塗料も布を染める染料もここにはありません。どうしてもと仰られるなら伯爵様の領地から取り寄せになります」


 出来ない事は無いがすぐさま可能でもなく、取り寄せとなったら上の許可が必要になる。見習いのニコラはともかく上級騎士のノンノなら何とかなるだろうが、あまり目立つ事をすると後が大変なので、取り敢えず塗装の件は保留にした。


「話は変わるが、ここにある騎体で俺とリシャール殿下以外に高位騎体を扱っている人は誰か居ないか?」


「それでしたらデュプレ伯爵様の『アルセイス』が高位騎体です。奥の緑色の騎体ですよ」


 二人は技師の指さす方を見る。そこには騎士然としたクロスヘルム型の頭部と重装甲、さらに背には赤いマントを羽織った濃い草色の威風堂々としたデウスマキナが佇んでいた。明らかにノンノのミーノスの同等かそれ以上の重量騎だ。おそらく前線で指揮を執る為に目立ちつつも一際重装甲にしてサバイバリティを高めているのだろう。指揮官騎としてはさして間違っていないが、これではあの峡谷を飛び越えられそうもない。

 どうにかしてあの騎体を軽く出来ないか駄目元で技師達に訊ねてみる事にした。


「ところでここで軽量騎から重量騎へ、その逆に改装する事は可能か?」


「騎体調整が無ければ重量騎から軽量騎に変更するだけなら半日頂ければ可能です。逆ですと装甲を取り付けるのに手間と時間が掛かりますので、丸一日は掛かるでしょうな」


 技師達の反応を見るに、さして難しい作業ではないのだろう。となるとネックは時間と騎体調整の手間、それに騎士自身が急に変更した騎体を十二分に扱えるか否かだ。

 ここで厄介なのは高位騎体は動かすだけでも非常に人を選ぶ事だ。地球の戦闘機や戦車のように人を選ばない汎用性が期待出来ない。以前ノンノが教えたように、いつでも使い慣れた武器を戦場に持ち込めるとは限らない。だから騎士は常に鍛錬を積むものだが、デウスマキナ本体までその言葉が該当するかは見習いのニコラには分からなかった。

 取り敢えず理論上は改装も可能だと分かっただけでも上々。これなら別動隊の頭数に入れても問題なく、三騎編成なら戦術の幅も広がる。後は運用する側の腕の問題だった。



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