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騎神戦記  作者: 卯月
第二章 支配者達の遊戯盤
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第十一話 即席ファッションショー



 翌日、ニコラとセレンは共に城へと赴いた。いつもより遅い時間に来たのは仕事ではなく、ジゼルを迎えに来たためだ。二人とも今日は支給された仕事着ではなく普段着を着ているので、どこにでもいる平民に見える。と言ってもニコラは群衆から頭一つ抜けた大男であり、セレンは不自然なほどに均整の取れた美貌のエルフの美少女。どちらも周囲に溶け込んでいるとは言い難かった。

 さらに城門の前で待っていたジゼルもまた目立つ容姿をしている。彼女もセレン程では無かったが非常に整った容姿をしており、男ならば大半は見惚れる美少女である。それは身に纏う服が全身黒の修道服であっても少しも損なわれる事は無い。いや、却って飾り気の無い地味な装いが、彼女の美しさを引き立たせているようにも思える。

 彼女は二人を見ると一目散に駆け寄って挨拶をする。ニコラ達も遅れた事を謝罪して挨拶すると、彼女はそれを謝辞した。


「私が勝手に待っていただけですから、コガ様が謝りになる事はありません」


「んー、ジゼルちゃんそんなに楽しみだったの?」


「い、いえそのような事はございませんっ!!私はただ、相手を待たせるのは失礼だと思ったからでして、決して昨日から楽しみで仕方がなくて、あまり寝付けなかったなどございませんの!」


 語るに落ちるとはこの事である。よく見ると、いつもは澄んだ碧眼が幾らか充血して赤くなっている。本人の言う通り寝不足で充血しているのだろう。まるで遠足を翌日に控えた小学生みたいでニコラは失礼と思っても笑いが零れてしまった。

 笑われた事でジゼルの顔に朱が差すが、いつもの無表情よりそちらの方が似合うと彼女に言うと、さらに赤くなるが、他の女に構い過ぎて横から肘打ちを貰う。やきもちから来るセレンのささやかな自己主張だった。

 ジゼルが嫌がるどころか楽しみで仕方がなかったのを確認した二人はいつまでも門の前に居るつもりはなく、早速街へと繰り出そうとするが、その前に一つ気になる事があり、二人とも一旦ジゼルから離れて話し合う。


「ねえねえニコラ、最初は服を買わない?ジゼルちゃんってあの黒い服しか見た事無いから、服を買って着替えさせようよ」


「そうだな。俺も気になってたから、言いくるめて服屋に行くか」


 当初は建前通りジゼルに案内を任せるつもりだったが、彼女の服装を見て二人は急遽予定を変更して、服屋に行くと提案した。

 ジゼルは若干不審に思うも、二人の希望を叶えるために軽い足取りで商業区へ先導した。


 様々な商店の立ち並ぶ第四区まで案内されたニコラ達だったが、途端にオロオロし始めるジゼルを不審に思ったセレンが問い詰めると、実は街の事を殆ど知らないと白状した。


「じ、実は私、お城で生活する以外は司教様に連れ立って信徒の方のお屋敷に招かれる事はあっても、こうしたお店に立ち寄った事が一度も無いのです。それで、商業区にご案内したのは良いのですが、その、どうしていいか分からなくて」


「あ、いや、そんな気にしなくてもいいさ。なら、これからは三人で色々な店に顔出せばいいだけだから」


 泣きそうになりながら謝罪する姿に非常に強い罪悪感が生まれたニコラは、咄嗟に探せばいいと言って二人の手を取って、手近な婦人服屋へと入った。

 軽く店内を見渡すと客の大半は平民だが、それなりに身なりが良い。おそらく裕福な平民を相手にする店だろう。しかしそれでもポルナレフ領のレンヌの街にあった黒兎人と山羊人夫婦の服屋より、かなり品揃えが良い。適当に入った店にしては当たりだ。伊達に帝都で店を構えていない。

 早速目に付いた服を手に取って眺めるセレンとは違い、生まれて初めて服屋に入ったような態のジゼルは、ただただぼけっと見ているだけだ。どうやらいつも着ている修道服や装飾品は城の針子に作ってもらうか出入りする商人から手に入れて、今まで一度も金銭を使って商品を購入した事が無いそうだ。ある意味森に引き籠っていたセレンといい勝負の箱入り娘である。

 仕方が無いのでニコラが代わりに、幾つか彼女に似合いそうな服を見繕って身体に合わせると、彼女は赤面して拒否しようとする。


「わ、わたくしはただの付き添いですから、そんな、必要ありません!それに、神に使える者として、この服だけで十分ですわ!」


「いや、まあ、聖職者の服って冠婚葬祭全部使えるだろうけど、こういう休日ぐらいは自由に着飾りたいって思わない?ジゼルさんも年頃の可愛い女の子なんだし」


「か、可愛い!?な、なにをいきなり仰るのですかっ!!」


 ちょっとしたリップサービスのつもりで可愛いと言ったつもりだったが彼女には思いの外効いている。整った容姿なのに今まで言われた事が無いのだろうか。

 赤面して狼狽する少女はなかなか可愛いものの、周囲の生暖かい視線はそれなりに気になるので、これまでにしようかとも思ったが、騒ぎに気付いたセレンがやって来て、ニコラの手から服を奪い、彼女を引っ張って試着室へと入って行った。


「ほらほら、さっさと脱ぎなよジゼルちゃん。それともあたしが脱がそうか?」


「ちょ、ちょっとセレンさんっ、どこ触ってるんですか!」


「むージゼルちゃんってダボダボの服着てるから分からなかったけど、結構胸大きいね。腹立つなー」


 何やら試着室から二人の争う声が漏れているが、多分実害は無いのでそっとしておいた。

 そのままニコラが待っていると、試着を終えた二人が出てきた。満足そうなセレンとは正反対に、ジゼルはどっと疲れたような、生気の無い濁った眼をしている。だが、試着した服はよく似合っている。

 この国でよく見かける床にまで着くような長くゆったりしたワンピースタイプの白いドレスを着たジゼルは普段の黒ばかりの地味な印象とは様変わりして、さながら妖精が白い花畑を纏ったような可憐さが際立っている。黒髪もそれを良く引き立たせており、どこからどう見ても深窓の令嬢として通用した。と言っても貴族なら必須である絹ではなく、質の良い綿製品なので、見る者が見ればすぐに気づくだろう。

 そして、そのドレスと同じデザインの色違いを着たセレンもまた美しい。こちらは深海を思わせる深い青であり、深紅の瞳との対比がより本人の美しさを引き出していた。


「わーお。二人ともよく似合ってるじゃないか。やっぱり元が良いとより綺麗に見えるよ。ジゼルさんもそんな嫌そうな顔しないでくれ。たまにはこういうのを着るのも良いじゃないか」


「ううっ、ですがこんな無理やりなど酷い辱めですわ。ま、まあ、時にはこうして服を変えるのも悪い事ではありませんが」


 無理矢理着替えさせられたのは根に持っているようだが、服自体は嫌がっていないのは態度を見れば分かる。彼女にとっては絹だろうが綿だろうが大して変わらないのだろう。

 この後何度かセレンの着せ替えの玩具にされたものの、少しは気を直したジゼルはいつもの修道服に戻らず、最初に着替えた白のドレスをそのまま着ている。

 結局この店で数着気に入った服を買い、二人はお揃い色違いのドレスを着て、鼻歌混じりに店を後にした。

 最初の店で機嫌を良くした二人の少女と共に買い物は続き、女性用の装飾品や小物を扱う店に、小さめの置物やオブジェなどを扱うアンティークショップのような店、香水や香木を扱う店などを満足するまで見て回り、幾つか気に入った物を買い込んだ。当初の予定では帝都全体を見て回るつもりだったが、このペースでは買い物だけで一日使い切ってしまうに違いない。

 女の買い物が長いのは知っていたが、二人になると一人の時より数倍になるのを知らなかったニコラは昼過ぎにはヘトヘトになっていた。

 これ以上は精神的にきついと感じたニコラが食事を提案すると、二人は少し不満げだったものの自分達も空腹だったこともあり、近くのオープンカフェで昼食を摂る事にした。

 店は基本的にお茶と菓子を出す軽食メインだったが、焼きたてのパンや肉や魚のパイも取り扱っているので、ある程度がっつり食べる事も出来た。女連中は蜂蜜と季節の果実のパイを、ニコラは白身魚のパイを注文する。

 料理とお茶が運ばれてくる間、ニコラは今まで買った品の数々を改めて見直し辟易した。山である。もう一度言う、商品の山である。これらを全て自分一人で抱えて半日商業区を歩き続けていたのだ。道理で体力にはそこそこ自信があっても疲れるわけだ。

 とはいえ、疲れた甲斐は十分にある。テーブルを挟んで両隣に座る少女達の実に楽し気な笑顔とお喋りを眺めていれば、この疲れも必要経費と割り切って構わない。特にいつも無表情で自発的な欲求に乏しいように思えたジゼルがまるで別人のように着飾り明るく振る舞う様を見ると大抵の事は許せてしまう。

 そして見られている事に気付いたジゼルが顔を赤くしてニコラに礼を言う。


「あの、コガ様。今日はお誘いいただき本当にありがとうございました。本来でしたら街の案内をする役でしたのに、これでは私が案内される側になっているようで、お恥ずかしい限りです。それに今まで買った品々も全てコガ様が費用を出していただき、誠に申し訳ありません。後日、改めてお返しさせていただきます」


「いや、それには及ばないよ。これは俺が納得して買ったものだから。それに一度懐から出した物を突っ返すのは気分の良い事じゃない。そのまま喜んで受け取ってくれればいいさ」


 自分で金を持ったり店で商品を買うという習慣が無いジゼルは無一文だったので、今まで買った物は全てニコラの自費である。一応商品は全て平民向けで安価な物が多いが、それでも数が積もれば結構な出費である。ギルスから奪った武器や馬を売った金があるので懐に余裕があるものの、こう散財が増えると、いずれ枯渇するのは目に見えている。だが女の前でけち臭い真似をするのは男としての矜持に関わる。

 しかし、ジゼルはいまいちそれが分かっていないのか不服そうだったので、一つ注文というかお願いを彼女にした。


「ならお金じゃなくて、今度別の形で返してくれればいい。それとセレンもまたジゼルさんと買い物したいか?」


「勿論だよー。ジゼルちゃんと一緒に過ごすの凄く楽しいし。これからも一緒に遊ぼうよ」


「は、はい!お邪魔でなければご一緒させていただきます!」


 善意、あるいは純粋に自分を友人として受け入れてくれた二人に対し、じわりと心が満たされていくのを感じて、嬉しさのあまり涙が出そうになるが、ちょうど店員がお茶とパイを運んできたので慌てて何事も無いように振る舞った。


 パイの味はそこそこだったが、全員不満には思っていない。特にジゼルは人生で一番美味しいかもしれないと大げさに口にしていた。普通から考えたら推定貴族の彼女がそんなわけないだろうが、今までの振る舞いや性格からして本当の事かも知れない。余程の訳ありで家ないし彼女自身が冷遇されているのだろう。しかし今のニコラはただの騎士見習いでしかないので、安易に嘴をはさむ事は憚られた。

 食べれば当然出す物が有るわけで、用を足してくると二人に言い残して席を立ったが、それが今日最大の騒動になるとはニコラには知る由も無かった。



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