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事実

事件当日の朝、ベランダにて

なあ、なんで美沙子を刺した。

昔の、恨みよ。

だから何の。

あの北条一家はね、いつもいつもマナーが悪かった。ゴミは違う曜日に出すし、夜は騒音がうるさかった。何度言っても直さないし、逆にこっちに怒りだした。何でそうやって何度も言いに来るのか、ってね。理不尽だと思わない?

ああ。まあ。

こっちは言いにいきたくて行ってるわけじゃ無いの。それでむかついて、殺しちゃった。三人だけだったけど。

……。

逃がしたのは、三人。

――彼女が言い終わる前に、彼は飛び下りていた。



夜の学校は不気味だ。

窓の外には、満月が三十度くらい昇っていた。

こうして女子二人だけになると、なんだか不安になってくる。本当に家に帰れるのだろうか。

もちろん、そんな事気にする必要は無い。

「終わったー」

背中から聞こえてきた声の主を振り向く。

手に持っているのは、ラブレターだそうだ。

「良かったね、終わって」

彼女、丹波美沙子は頷く。

私は近くに寄って、手紙を見ようとした。

「見ちゃダメです」

「私でも?」

「当たり前です。たとえミユキでもです」

「いいでしょ、ちょっとぐらいは」

彼女は渋る。

私としては、減るものでもないから、別に見せても良いと思う。だけど、それを言ったらいけない気がした。

「分かった、遅くまで付き合ってもらっちゃったし、特別だよ」

そう言うと、彼女は手紙を見せてくれた。

内容は飛ばし、目的の所を見付ける。

『今日、朝の会が終わったら、すぐに図書室に来て』

そこを読んでから、他の所も読む。

半分くらい読んだ時に、手紙は閉じられた。

「もう良いよね」

「うん、ありがとう。ところでさ、図書室の鍵って持ってる?」

「あるけど、何に使うの?」

「明日の朝の会の前にさ、ちょっと調べ物したいのよね」

「うーん、これはね、個人情報が漏れる危険性があるから」

「大丈夫、終わったらすぐに返すから」

「まあ、すぐに返してくれるなら」

「安心して。調べ物って言っても、すぐ終わるから」

「まあ、それなら良い、かな」

そう言うと、彼女はバッグの中から財布を取り出して、その中から鍵を出した。

「大切にしてね」



薄暗い図書室で、失敗した一枚の手紙を脇に寄せながら、高阪幸は考えていた。

なんか、これで大樹君を手にいれられるなんて、なんて不思議なんでしょう。

この手紙を笹野原さんに渡すだけなんだ。

そう思うと、何だか笑えてきた。だが表情には出ない。

笹野原さんへの手紙を書き終えると、顔を上げてみた。

棚の陰に隠れてはいるが、誰かがいる。

だが話し掛けられても困るので顔を戻す。そして最後の文章を、何度も練習した笹野原さんの字体で原稿用紙に書く。

これで終わりっと。

そうして立ち上がった時には、図書室には彼女しかいなかった。



事件一週間前のあるチャットでの会話

R−Ann>最近 恋してるんだよ

ASAKO>ほんと?

R−Ann>うん

R−Ann>違うクラス だけど 付き合ってる子がいるの

ASAKO>へえ、そう。大変だね。

R−Ann>あっさり言わないでよ

ASAKO>ごめんごめん。その子の名前は?

R−Ann>丹波三沙子

ASAKO>ふ〜ん。彼女か。

R−Ann>知ってるの?

ASAKO>まあね。昔、☆☆☆小学校の近くに住んでたから。

ASAKO>ところでさ、そこで六年前に殺人事件があったって、知ってる?

R−Ann>ううん、知らない

ASAKO>北条っていう家に押し入った犯人が、五人家族のうち三人を刺したんだって。

ASAKO>で、生き残った二人が、丹波三沙子と丹波、確か健。

R−Ann>へえ

ASAKO>親戚の家に行ったみたいだから、名字が変わってるけど。

R−Ann>そうだったんだ

ASAKO>でさ、丹波三沙子の恋人を奪いたいんだよね。

R−Ann>そうだよ

ASAKO>実はね、その犯人が笹野原芽守なんだよ。

R−Ann>えっ、何でそんな事知ってるの?

ASAKO>そんなこと、どうでもいいじゃない。大沢大樹君を手に入れたいんでしょ。

R−Ann>うん

ASAKO>それなら、それ相応の努力をしなくちゃね。

R−Ann>ドリョク?

ASAKO>☆☆高校だったよね、Annさんが通っている高校。

R−Ann>うん

ASAKO>それじゃあ、こうしたらどうかな。



二年七組の朝の会が始まった。

担任の先生は手元の紙を見ながら話していた。生徒が殺されているとも知らずに。

笹野原芽守の動きは淀み無かった。まるで予定されていたかのように後ろから人を次々と刺していっていた。声を出させない為に喉を切るときもあった。

まるでこれが一生で最後の仕事だと言うように、目は真剣そのものだった。だが何かを考えている風ではない。

こういう状態を、催眠状態というのだろうか。何かに取り憑かれているのかもしれない。あるいは本当に何も考えずに、ただ六年前の再現をやってみたいだけなのかもしれない。虐められた恨みを晴らす為かもしれない。丹波三沙子を確実に殺すための準備運動なのかもしれない。

生徒三十五名、教師一名を刺殺し終えると、廊下から足音が聞こえてきた。

彼女は素早く廊下側の壁に張り付く。しばらくそのままでいると二人の足音が聞こえてきて、一人が階段を上っていく。

じっとしていても意味が無いので、そっと廊下を覗いてみた。

女子が二人、呆然と座っている。六組の教室からは、何人かの男子が職員室のほうに駆けて行った。

時間が無い。

あの二人に見られるのは仕方の無いことだ。そう自分を納得させた彼女は、できるだけ速く階段まで行き、それを上っていった。

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