二・不思議な女性
「う、ん……」
ぼやけた視界に映り込んだのは、茶色い天井。
あたしは、自分がベッドに横になっているのだという事に気付き、上半身を起こした。
辺りを見回すと、どうやらここは誰かの部屋のようだ。
ここ、どこ……?
あたしは、すっきりしない頭で、思考を巡らせる。
確か……そう、コスプレみたいな変な格好をした男の人に、いきなり異世界がどうのこうのとか言われて、手を引っ張られて路地裏の奥に連れて行かれて……それで、魔法陣の上に乗ったら、気を失っちゃったんだ。
壁にかけてある時計に目をやると、時刻は一時過ぎだった。外はまだ明るいから、恐らく昼の一時だろう。
そしてーーあの男性の言う通りだとすると、ここは異世界ランダー、という事になる。
あの男……! これ、立派な誘拐事件じゃない! 今度会ったら文句言って、絶対に元の世界に帰してもらうんだから!
そんな事を考えていると、不意に、ガチャリという音が聞こえてきた。
音の聞こえてきた方に視線をやると、ドアが開くところだった。
そして、ドアの向こうから姿を現したのはーー。
「あ……目が覚めたんですね! 良かった……!」
片側をリボンで結んだ、腰まで届く長さのウェーブがかった金色の髪と、桃色の瞳を持った、二十歳前後と思しき可愛らしい女性だった。
そして、何より目を引いたのがーー彼女の胸だ。
で、でかっ……! Eカップくらいはありそう! あたしなんてAカップ以下だっていうのに……!
女性は小走りにあたしに近寄るとーー何と、あたしに抱き付いてきた。
「ふふっ、何て可愛らしいお嬢さんなんでしょう……!」
「えっ……!?」
あたしは訳がわからず、硬直する。
女性は、あたしから身を離すと、今度はあたしの頬を両手で挟み込み、目をきらきらと輝かせた。
「はね具合が絶妙な栗色のセミショートの髪、それとお揃いの色をした瞳、白すぎず黒すぎない肌……! 素晴らしいですわ……!」
な、何なの!? この人! レズ!? そ、そんなに褒められると恥ずかしいんだけど!
あたしは、自分の顔が紅潮するのがわかった。
「ふふっ、照れてるんですか? そんなところも可愛らしいですわ……! そして、紺のブレザーにブルーのチェックのスカートも、とてもよく似合っています……!」
「あ、あの! あなたは……?」
あたしは、彼女の身体を押し返すと、先程から疑問に思っていた事を口にした。
すると、女性は一瞬、驚いたように目を丸くした後、柔らかな微笑を浮かべ、深々とお辞儀をした。
「申し遅れました。私はシンシア・メンデスと申します。以後、お見知り置きを」
あまりに礼儀正しい自己紹介に、あたしも慌てて頭を下げる。
「あ、あたしは柏明里って言います」
「ふふっ、アカリさん、ですね。どうぞよろしくお願いします」
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「食事は取れそうですか? アカリさんの分の昼食をご用意したんですけど……」
彼女の言葉に、あたしは慌てて両手を左右に振った。
「えっ!? そ、そんなの申し訳ないです! 出会ったばかりの人にいきなりご飯をごちそうになるなんて……」
と、その時、あたしのお腹から大きな音が鳴った。
「ふふっ、正直なお腹ですわね。ほら、一緒に食べましょう? お腹が空いていては、何もできないですし」
「……は、はい……ごめんなさい、ありがとうございます」
とりあえず、あたしはシンシアさんと一緒に昼食を取る事にした。
* * *
一階のリビングらしき部屋で昼食を食べ終えた後、あたしは今の状況を確認するため、シンシアさんにこう尋ねた。
「あの、シンシアさん。ここは、異世界ランダー……って事で、間違いないんでしょうか」
あたしの問いに、シンシアさんは少し悲しげな顔をして頷いた。
「……はい、その通りです。ここはランダーの、私の家ですわ。リンフォードさんが言っていました。あなたは、別の世界から連れてこられたのでしょう?」
「リンフォードさん……?」
リンフォードさんって誰だろうと思い、あたしが首を傾げると、シンシアさんがこう言った。
「白いマントに赤い服を着た、茶髪の男性ですわ」
「あっ! あの人、リンフォードさんって言うんですか!? 今どこに!?」
あたしが身を乗り出して問いかけると、シンシアさんは目を丸くした。
「今は外出中です。しばらくしたら、アカリさんの様子を見に戻ってくると言っていました」
「そうなんですか。よし、じゃあその時に文句言ってやろう」
「ふふっ。勇ましいですわね」
「だってあの人、あたしの話も聞かずに無理矢理あたしを連れて来たんですよ!?」
「そうなんですか……すみません。私の上司が失礼な事を……」
「いえ、シンシアさんは悪くないですから……って、え? 上司?」
シンシアさんの言葉に、今度はあたしが目を丸くする。
「はい。リンフォードさんは、便利屋スカイのリーダーなんです。そして私は、彼の元で働いている、という訳です」
「あ、あんなのが上司なんですか!?」
「ええ。確かに、ちょっと難のある性格ではありますけれど、とても優秀な方なんですよ」
「はあ……」
「あ、食後のお茶はいかがですか? リンフォードさんも、もうすぐ戻ってくると思うんですけど」
「あ……じゃあ、お願いします」
「ふふっ。わかりましたわ」
そう言って、シンシアさんは席を立った。
あたしは、リンフォードという人に何て言ってやろうか、などと考えながら、お茶が入るのを待っていた。