十二・三年前
「……ほう。守護者の力を使ったのか」
シンくんとそのお母さんが帰った後、ヴィンスが事の顛末をリンフォードさんに説明した。
「はい。まだ契約したばかりとは思えない程の力でした。あの力があれば……」
「……そうじゃな。アカリ、初めて守護者の力を使って疲れたじゃろ。休んだ方がよいぞ」
「う、うん……」
「アカリさん、大丈夫ですか? 肩を貸しますから、向こうの部屋で休みましょう」
「うん……ありがとう、シンシアさん」
あたしは、シンシアさんに肩を貸してもらい、空き部屋へと向かった。
そして、そこのベッドに横になる。
「どこか怪我はしていませんか?」
「うん、大丈夫。怪我はしてないみたい」
「それは良かったです。ゆっくり休んでくださいね」
「うん、そうさせてもらうね……」
ベッドに横になった途端、強い睡魔が襲ってきた。
あたしはゆっくりと目を閉じ、眠りに落ちていった。
* * *
あたしは、今から三年前、猫を飼っていた事がある。
真っ黒い毛並みに青い瞳、そして首に鈴付きの赤いリボンを巻いた、綺麗な猫だった。
三年前の夏のある日、街中でぐったりしているところを保護したのだ。
熱中症だろうかと思ったあたしは、その猫を家に連れて帰り、クーラーの効いた涼しい部屋に横たわらせ、濡らしたタオルを身体に当て、水で薄めたスポーツドリンクを飲ませた。
すると、黒猫は少しずつ元気を取り戻した。
小綺麗で、首にリボンを巻いている事から、飼い猫だろうかと判断したあたしは、翌日、家の前で猫を放した。
しかし、黒猫はその場から一歩も動こうとせず、無言であたしの顔を見上げていた。
困り果てたあたしは、とりあえず両親に許可を得て、家で黒猫の面倒を見る事にした。
あたしは、黒猫に「サマー」と名付けた。
あたしは学校から帰ると、毎日、サマーに語りかけた。
楽しかった事。嬉しかった事。悲しかった事。辛かった事。
サマーは何も言わないけれど、何となく、あたしの話を理解してくれているような気がした。
気がつくと、あたしにとって、サマーはかけがえのない存在となっていった。
それから、数ヵ月が経った頃。
いつも通り、あたしがサマーに話しかけていると、不意に、サマーが何かに気付いたように駆け出した。
サマーの後を追っていくと、そこは玄関だった。
あたしが玄関の扉を開けると――そこには、真っ黒いローブのような服を着た、二人の人物が立っていた。二人ともフードを目深に被っているため、顔はよく見えない。
あたしが「どちら様ですか」と尋ねると、その人物達は不思議そうに首を傾げた。
一人が言葉を発したが、何を言っているのかよくわからない。外国人なのだろうか。
サマーの様子を見ると、サマーは、あたしの顔とその人達の顔を交互に見やっていた。
黒いローブを着た人物の一人が、戸惑っている様子のサマーを抱え上げる。すると、次の瞬間――。
「アカリ!」
何と、黒猫があたしの名前を呼んだのだ。
それを聞いた黒いローブの二人は、黒猫に向かって怒鳴るように声を荒げた。
そして、二人はあたしに背を向け、歩き去ろうとする。
――この時、あたしは直感した。
サマーとの別れの時が来たのだ、と。
あたしは慌てて玄関を飛び出し、手を振りながら、こう叫んだ。
「サマー! 今までありがとう! 元気でねっ……!」
――こうしてあたしは、サマーと別れた。
思い返せば、最初から最後まで、不思議な事ばかりだった。
あたしは涙を流しながら、いつまでも手を振っていた――。