零・謎の男
「はあっ、はあっ、はあっ……」
走る、走る、走る。
息が上がっても、足がもつれて転びそうになっても、少女はただひたすらに、夜の街を走る。
逃げなければ。早く。奴に追い付かれない所まで。
その思いだけが、少女の脳を支配し、少女を突き動かす。
と、その時ーー。
「きゃあっ!?」
突然、足に鋭い痛みが走り、少女は前のめりになって倒れた。
少女は再び立ち上がろうとするが、できなかった。何故ならーー。
「あ……」
見ると、両足が地面に凍り付いていたからだ。
このままではまずい。奴に追い付かれてしまう。
しかし、どう足掻いても、少女の両足は地面から離れない。
「やーっと、捕まえたぜ」
「!」
不意に、男の声が耳に飛び込んできた。
少女は、恐怖と絶望に満ちた顔で、声のした方に目を向ける。
そこには、青い髪と瞳を持った、一人の青年が立っていた。
青年は、ゆっくりとした足取りで少女に近付く。
「一秒でも長生きしたかったら、大人しく『それ』を渡しな」
「い、嫌……」
少女は首を左右に振りながら、座った状態で後ずさりをする。しかし、足が凍り付いているため、思うように動けない。
「ハッ、お前に拒否権はねぇよ。動けねぇんだからな」
青年は少女の前にしゃがみ込むと、少女の手に握られている「何か」を強引に奪い取った。
「……! か、返して!」
「嫌だね。それより、死ぬ前に何か言い残す事は?」
「……」
少女は無言で、青年を睨み付ける。
「だんまりかよ。可愛げのねぇ奴。んじゃ、お前はここで死ね。顔を見られた以上、生かしておく訳にはいかねぇからな」
そう言って、青年が右手を少女に向かって突き出すとーー。
「うっ……!」
グサリ、と。
氷の刃が、少女の胸を貫いた。