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繭玉の空燃ユル朝に、ゆるキャラは愛を叫ぶ  作者: 鉢植えネコノミスト
3/3

ぼっけもんさんはカレーがお好きです/図書館の隅の藤君

「さあ今週は私の料理当番です。張り切って作りますよー。ぼっけもんさんは何か食べたいものありますか?」


「カレー」


 おばあちゃん家の土間に立ち張り切って腕まくりしたはいいものの、私は今晩のメニューをどうするべきか決めかねていました。この旧台所にある土間やかまど、炊事場は繭玉の出現によって幸か不幸か長い年月を経て現代へとよみがえりを果たし、我が家の食事問題を助けてくれています。金切声で意地悪な答えを返してくれるぼっけもんさんを見れば、ひんやりとする土間をウロウロとしています。


「うーん、それは難題ですね。カレールーは今となっては超の付く貴重品ですし、お米もおかわりする余裕なんてありませんし」


「冗談だミサ吉。でもたまには分かるこというじゃねえかミサ吉ぃ! カレーはおかわり込みってもんだよな」


「ええ、そうですカレーは魔性の食べ物です。そのおかわりの魔の手からは人類は逃げられません。変幻自在な味付けやトッピングで、スプーンを運ぶ手を止まらせませんからね。そして、最後にお風呂でぽっこりお腹を見て落ち込むとこまでがセットなんですよ」


「ミサ吉は寧ろもう少し太った方がいいんじゃねいか?」


「むー、その発言はデリカシーが10点くらいしかありませんね。これは今度お詫びに抱腹絶倒の一発芸でも見せてもらわないとです」


「ああん、ちゃんと気い配ってただろうが。そんなのやらねいからな!」


「私はぼっけもんさんは、やるゆるキャラだと思っていますよ! あ、やるゆるキャラっていうと、なんか余計ゆるゆるしてますねフフフっ。それと今日はいつも通り、お芋ご飯とお野菜の煮付けにしようと思いますが、いつかはカレーライスにしてみせますので許してくださいね」


「おれはやらねいってば! というかミサ吉ぃ、無いものは袖を振れないだろ。カレーへの未練を持たせちゃだめだぜ」


「ぼっけもんさん人間を侮ってはなりませんよ! 現代社会は多くのことを高度なロボット頼りにしてしまいましたが、それらを作り上げてきたのも間違いなく人間なのです。なにが言いたいかといいますとですね、カレーが無いなら作ればいいのです。おばあちゃんの好きだったアイドルには、お米や小麦、村から島まで1から作る人たちだっていたそうです。なんだってやってみませんとわかりませんよ、というわけでぼっけもんさん一緒にスパイス作りしてみませんか?」


「おお、今日はなかなか骨のあること言うじゃねいか、見直したぜミサ吉ぃ。そうと決まれば図書館いくぞ」


「……ぼっけもんさん、せっかく盛り上がってくださったところ申し訳ありませんが、ご飯の支度が先です、すみません。終わったらいきましょうね」


 その後、ぼっけもんさんは大きな耳二つをそわそわと揺らしながら、私の仕事が終わるのを黙って待ってくれていました。ぼっけもんさんは言葉使いは粗粗しいですが、こういうところで凄く思いやりがあるのでやっぱり好ましいと思います。料理が終わるまで1時間くらいかかったでしょうか、行きましょうかと声をかけると嬉しそうにぼっけもんさんは玄関に歩き出しました。私は居間のおばあちゃんに一声かけて、ぼっけもんさんを追いかけて街の小さな図書館へ向けて出発しました。




δ




「こんにちは東郷のおじいちゃん。今日もお勤めご苦労様です」


「おおミサちゃんか、久し振りじゃ! 図書館なんて珍しかね、何か探しもんね? 今日は天気がいいから調べ物がよう捗るよぅ」


「野菜のことで知らべたいことあって来たんですけど、まだ空いてる端末ありますか?」


 この街の公民館と併設された図書館こと“地域量子電算センター”は、暖かな陽光を鏡面のような大きな屋根にキラキラと反射させて、いつも通りこの山間の街で一番眩しく輝いています。御年82歳で図書館警備隊長の東郷のおじいちゃんはしわくちゃの笑顔で手元の操作盤をいじり、すぐに図書館の強化ガラスで出来たゲートを開けてくれます。


「今日は調子いいみたいで、うんと動いてるわ。ミサちゃんは、らっきーがーるだぁ」


「ありがとうございます。もうガールとは言えませんが嬉しいですね、じゃあ失礼しまーす」


 分厚いガラスのドアを通り、ぼっけもんと一緒に照明が消えた静かな廊下を突き当たりまで進みます。廊下に敷かれたふかふか絨毯が音を立てるそばから吸ってしまいシーンという音や、窓から差す日の光のチリチリという音が聞こえてくる程静かでした。廊下の奥には真っ白なスライド式のドア、それと”ゆっくり開けてね"と書かれた看板がぶら下がっています。私は白い扉の取っ手を握り、そっーと左へとスライドさせて中を覗きます。


「(おじゃましまーす)」


 少し開いたドアのすぐそばには小さな受付カウンターがあって、その奥では色白で眼鏡のボサボサ頭の青年が本を読んでいました。すらっとした体型の青年は本から顔を上げると、珍しい客が来たと言わんばかりにびっくり顔をこちらへと向けます。優しい印象を与える切れ長の目を大きく見開いて、小綺麗な唇をパクパクとさせてて何か面白いです。


「…こんにちは。珍しいですね、ミサ先輩が一人で図書館に来るなんて。今日は何かお探しものですか?」


「こんにちはそして久しぶり藤君。あと一人じゃないよ、ぼっけもんさんもいるよ? 藤君はずっと図書館でお仕事してるの?」


「おう坊主、小さいからって俺を忘れるなよ!」


「ゆるキャラのぼっけもんさん、こんにちは…。僕はずっとここにいますね」


 私もぼっけもんさんも図書館で働く藤君も小さな声で話すせいか、3人で片方の耳をずいっと突き出すような姿勢になってしまい側から見ると滑稽な集団になってしまいました。ぼっけもんさんに至っては金切り声が囁き声になってしまい、なんて言ってるのかギリギリです。


「今日は野菜について調べようと思って来たんだけど端末使える?」


「5番端末が空いてるんで、それを使ってください。空いてる中ではここ最近一番安定しているので。ミサ先輩は今もご実家ですか?」


「そうだよー、皆で畑仕事をモリモリこなしておりますよー! 藤君は相変わらず細いなー、ちゃんと食べてる? また野菜余ったら持っていこうか?」


「スリムなミサ先輩には言われたくないですね、先輩こそちゃんと食べてますか。あ、資料印刷したいなら日が高い内に言ってくださいね」


「おおそうでした、急がねば! じゃあまたね藤君。行きましょうかぼっけもんさん」


「全く喋りだすと長くて困るぜ」


 ぼっけもんさんはやれやれと両手をあげて、トテトテと私の前を歩いていきます。私もその後に続いて不思議な柱が幾つも立ち並ぶ空間を進んでいきます。この部屋には2mほどの円柱が幾つも立ち並び、その中に”端末”と呼ばれる検索装置が入っています。ぼっけもんさんは”5”と書かれた柱の前に辿り着くと、どう見ても届かない取っ手へ向かってピョンピョンと跳ねては手を伸ばし始めます。ですがどうみても届いておりませんぼっけもんさん、残念可愛いです。


「無理ですよーぼっけもんさん。それにこのドアは重くて、ぼっけもんさんには開けないですよ?」


「ミサ吉ぃ、この世に開けないドアなんてないんだよ。この世の壁とかハードルなんてのはなぁ、殆どジャム瓶の蓋みたいなもんだ。要は熱とコツと後一回の根気ってもんだ! おめえは精神が軟弱だからな覚えとけ」


 そういうとぼっけもんさんはぐっと溜めてから一番高く飛び上がり、なんと耳を取っ手に器用に引っ掛けて、体重を上手に生かして金属の扉を開けてしまいました。


「なんとすごい! ぼっけもんさんの耳はそんなこともできるんですね。やはりやるゆるキャラですっ! 尊敬しました!」

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