ある昼下がりのつまらない話/誰かの心に住む私
「ぼっけもんさん、甘いもの食べたくなりませんか?」
「何だミサ吉、急に女みてえなこといいやがって」
私と一緒に縁側で日向ぼっこするぼっけもんさんは、その小さな体を大きく広げて太陽の光を集めています。ゆるキャラは光合成が必要だったりするのでしょうか? ぼっけもんさんは首一つ動かさず、いつものように可愛い金切り声で喚きます。言葉使いは悪いのに声が可愛いというギャップがいいんですよね、なかなか世間には賛同してもらえませんが。
「あの私女なので、それで正解です。ハァ、世界は未だ大変なままで、依然食料難とは言いましても甘いものが欲しくなるのですよ」
「全く、ウチの嬢ちゃんは甘ちゃんだぜ」
そう言って太い眉を片方だけ吊りあげているようですが、目と鼻が適当な一本線でできてるゆるい顔立ちだと絵柄的に渋くならないんですよね、残念かわいいですぼっけもんさん。春の陽光は暖かく庭先に降り注ぎ、庭の綺麗な野花を一層輝かせています。世界は未だ危機的状況の真っ最中というのが嘘みたいに、穏やかでゆるやかな空気が目の前の庭先には満ちていました。
「あっ、いいこと思いつきました! ぼっけもんさんが不思議なポッケを持っていたりして、何か便利な道具を出してくたりとかないんですか?」
「無ぇ」
「そんな食い気味に否定しなくてもいいじゃないですか、ジョークですよ、21世紀的ジョーク。すみませんでした」
ぼっけもんさんは基本簡潔にしか受け答えしてくれません、前聞いたときは九州男児たるもの多くを語るべからずとかなんとか言っていました。だけど、その高音のおしゃべり声が可愛くて癒されるのに、もったいないと思います。でも私は知っているのです、ぼっけもんさんは簡単に釣れてしまうということを。
「あっ、ぼっけもんさんっ! 私ってば凄いことに気付いてしまいました! これはすごいです、どうしましょう?」
「どうせ禄でもないんだろ?」
「……ひどい。じゃあ言いません、凄いのになー! 画期的なのになー!」
ぼっけもんさんからツイと視線をそらすと、いままでは微動だにしなかったその首がスイと起きあがり、こちらに向きました。
「ああもう、気になるから早く言えぃ」
「ここでですね、私がどうにかして甘いものを食べたとしましょう。するとですね、しょっぱいものが食べたくなるんですよ。食べたくなりません? 不思議ですよね、あの現象なんなんでしょうか。ああ違った、つまりですねうっかり糖分を取ってしまっては、総じて貴重な塩と油を浪費してしまうんです。非常に危ないところでしたねぇ」
「おいこらミサ吉ぃ、おめえ頭がよろしくないんじゃねぇか? 本当に学校に通ってたのか? いつも、いつもいつもつまらないことばかり言って何が楽しいってんだ」
ぼっけもんさんはそう言うと、ごろりとうつぶせで腹ばいになって顔を伏せてしまいました。私はしょうがなくモフモフした背中に語りかけます。
「私はつまらない話っていうのも大切だと思いますよ。つまる話ばかりしてたら人間疲れちゃうじゃないですか。なんといいますか、”花壇を綺麗に作る”みたいなものですよ。」
「いや意味わかんねえよ。まあ、今度芋でも焼いてやるから元気だせ」
ぼっけもんさんうつ伏せのまま耳をピコピコと器用に振ると、スースーと寝息を立てて動かなくなってしまいました。
「人間は動物で呼吸してますからね、命の吸って吐いてにはつまっていないゆるい部分も必要だと思うんですよ。つまってばかりいると過呼吸になりますよ、ぼっけもんさん? あと、度々お芋を焼いてくださるといいますが、実際にサツマイモ焼くのは私の係りなんですよねー、有言不実行ですよぼっけもんさん」
δ
「ぼっけもんさん、…フワァ…、ぼっけもんさんは1人ですか?」
「何言ってんだミサ吉、とうとう気でも狂ったか?」
「ひどい、違いますよ」
ある晩、私は布団の中で冷えた足先をこすり合わせながら枕元の床に寝転んでいるぼっけもんさんに、あくび混じりに今日出会った不思議なことを聞いてみました。この寝る前のボッケもんさんとのおしゃべりも日課になってきて、最近の私の大事な楽しみの一つです。これはピロートークといえなくもないです。
おばあちゃん家の屋根裏を改造して作ってもらった、小さな私の部屋の小さな小さな小窓からは月の明かりが夜風に乗って入り込み、辺りを朧げに照らしています。
「いえ、今日父と一緒に街の方に野菜を届けに行ったんですが、なんと黒豚のゆるキャラでおなじみのクロブー君を二人同時にお見かけしてしまったんです! 2人が同時なんです、彼らは兄弟でしょうか? ……それとも細胞分裂?」
「なんだミサ吉、知らなかったのか。人気のあるゆるキャラは多く力を持ってるからな、分身くらいわけないぜ」
「初耳です! じゃじゃあ、ももしかしてぼっけもんさんも各地に散らばる中の一体なんですか?!」
「いや、俺は1人だよ」
「モットーですか?」
「いや、力不足だよ」
「……」
思わず黙ってしまいましたが、この朧げな明かりの中ではぼっけもんさんがどんな顔しているか見えません。そもそも顔立ちが線で構成されているぼっけもんさんは、感情が表情に出ないタイプだし、可愛い金切声からも感情がなかなか読めません。
「それは、変なこと聞いてすみませんでした。ちょっと悲しい反面、なんだか嬉しいですねー。そうですか、ぼっけもんさんは1人ですか、私と同じですね!」
「いや人間は1人だろ?」
「いえいえ、人間はですね自分の心に自分だけの誰かを住まわせているんですよ? よく映画とかだと“俺達の心の中に生き続けてるぜ師匠!”なんてあるじゃないですか、あれです。自分だけの都合のいい誰か、自分が思う友達であるし先生であるし恋人であるし、それは善くも悪くも心の中にいてくれるわけです。悲しいことですけど、今私は多分誰の心にも住んでないと思うんですよ。あ、家族やぼっけもんさんは別ですよ、今の私自身を見てもらってますから」
「けなされてるのか、自虐してるのか……。おめえは無駄に器用だなミサ吉」
「まあ本物同士が一番ということです、これからも仲良くしてくださいね! あ、でも、ぼっけもんさんは何時の間にか人気爆発して世界に散らばって行ってしまうかもしれませんね。そうなると、今度は嬉しい反面悲しくなりますねー」
「そんなこと起こんねーよ。仮に起きても、好きだったインディーズバンドがメジャーデビューして東京行っちまうみたいなもんだ、嬉しいだろ?」
「フフフっ、ぼっけもんさんてばおかしいです。一体どこから、そんな知識を学んでくるんですか?」
「ミサ吉は本読まねいからなー、今度の雨の日にでも読んでみたらどうだ?」
「うーん考えておきましょう。さあ明日も早いので、お先に眠らせてもらいますね、おやすみ
なさいぼっけもんさん」