世界終末とゆるキャラ大進行@2070.Sep
神とは文字の通り、示し申す存在である。
古来より多くの民草は”神”の言葉に耳を傾け、思考を捧げてきた。
古くは宗教に始まり、鬼、帝、妖怪、大将軍、怪奇、偉人何でもいいが、人々の信仰を集める神と呼ばれる存在は等しく強大な力を振るって大衆を導いてきた。
近代でいえば、文豪、芸術家、ラジオスター、ムービースターに始まり、TVショーを騒がす芸能人やアニメキャラクターまでもが神格化され大衆と社会を動かす大いなる力を宿している。
それは少しも悲観するようなことではなく、適正な時代の流れといえる。神とあがめられる存在は、大衆の心と供にはやりすたるものだから。
そして今日もれなく民草の信心をー身に集める存在といえばご当地ゆるキャラであろう。現代大衆一般民草が閉塞する社会構造に救いとユルリを求めて、産み出し続けたゆるキャラの数は増殖し続け、現在国民2人に対しゆるキャラ1体が存在するという超飽和状態となっていた。
2070年の秋のある晴れた日、世界は空間の震搬と供に白い爾で覆い隠され、爾玉の空の下ゆるキャラ達が実体を持ってこの世界に顕現した。
世にいうゆるキャラ大進行である。
δ
空が繭玉に覆われてしまった時、私は大学三年生でした。
至って普通で、至って平凡、秀才と褒めそやされた中学の頃の輝きは見る影もありませんでしたが、私は今の私がそれなりに好きでした。これまでの努力も挫折も、選択も結果も、満足も後悔だってその時々の私の精一杯だと思ってますから。
嘘か本当か、あの空を白く覆う巨大な繭玉は直径50kmもあって、世界中をぼこぼこと埋め尽くしているらしいです。宇宙から今の地球を眺めたりしたら、集合体恐怖症の私はきっとサブいぼで倒れてしまうでしょう。ですが私は繭玉の中から見上げた空は案外いいものだとも思っています、だって水色水彩絵の具を滲ませたような色合いの空は、まだ染まり切っていない可能性を感じさせるような色を湛えているからです。
だけど絵本の中から飛び出てきたかの様な幻想的な繭玉の青空は、優しげな見た目に反して人々を脅かしました。その白い繭を堺にして、中と外を隔離してしまったのです。私がいた鹿児島市郊外を始め、日本全国、世界各国で同じような繭玉が隙間無く出現し、世界を分断しているらしいと噂で聞きました。
繭玉が何でできているのか、目下人類の謎となっています。時折流れるラジオ報道も嘘か真か"何もない脱色された空間だ"と力説していましたけど、私は人間には分からないんじゃないかと思っています。それに人間は強かなもので、この閉ざされた世界で生きるために今や空なんて誰も見ていません。電灯や蛇口は置物と化し、プロパンガスボンベ泥棒やソーラーパネル泥棒が流行る時代に突入してしまったのです。
生き詰まった人々の一部は、救いを求めてあの一見優しげな白い繭に足を踏み入れたそうです。私だって近ければそうしたかもしれません。ですが、残念なことに無事に繭を抜けられたという話は今の所聞いたことがありません。
繭の領域に踏み込んだら最後、良くて記憶の全消、悪くて脳細胞が破壊されちゃうみたいで、今や生きていたい人間は繭に近づかない様になりました。
白くて大きくて綺麗な繭玉の内側は、次第に閉塞感と孤立感と不安感が充満していきました。そして悲しいことに、限界まで押し固められた負の感情が人々を強盗犯、殺人者、強姦魔に豹変させていきます。力のない女性や子どもは都市部ではまともに暮らせなくなり、かくして私も父、母、兄と供に祖母が住まうこの山間の田舎町に身を寄せることとなりました。
慣れない土地で、教科書に載っている様な昔ながらの生活を送ることになりましたが凄くいいこともありました。今も朝目覚めると夢じゃないかと疑うほど不思議なことです。
繭玉の空が出来た日から、ゆるキャラが魂を宿して実態化しはじめたのです。
詳しくいえば、ゆるキャラだけでなく幽霊の類も頻繁に見えるようになっていましたが、ポスターから抜け出てきたゆるキャラの衝撃には霞んでしまいました。我が物顔でアスファルトを闊歩する姿なんて、もう頭がクラクラする程感動しました。このゆるキャラの顕現は、この超絶理不尽な鳥籠に押し込まれた人間達の折りなんじゃないかと希望的に観測しています。昔小学校の図書館で見た世紀末漫画みたいな世界をゆるさで救おうと立ち上がるゆるキャラなんて、夢があるじゃないですか。
「そんなわけで今日もお供え物です、どうぞお納めください。ぼっけもんさん」
「ああん、おめぇいつもいつも芋ばっか持ってきやがって、少しは肉を持ってこい肉を!」
目の前の50cm大の少しずんぐりしたぬいぐるみが背中を向けたまま、かわいい金切声で何やらまくし立てています。3頭身の頭頂部には長くて大きな2つの耳がびょこびよこしていますし、体は真っ白な短毛でおおわれてふかふかしていて、なんかこうモフモフってしたくなります。
「いやいや、ぼっけもんさん生粋のベジタリアンじゃないですか。おじさん設定だからといって、 無理やりワイルドぶらなくていいんですよ? お芋好きでしょ?」
「芋っつったらなあ焼酎を持ってくるんだよお、え?」
デフォルメされたウサギをモチーフにした"ぼっけもん"さんは、こちらを振り返るとパンっと手を合わせて一礼してから、サツマイモをせっせと醤り始めました。その乱暴な言葉とは裏腹に、大変紳士らしい動きのぼっけもんさんは、ゆるキャラをゆるキャラ足らしめる線みたいな目をー際ひそめ、ごん太の盾を盾間に寄せるとぶるっと体を震わせてサツマイモを飲み込んでいきます。私はそんな貴重な食事シーンを眺めながら、やっぱりこのちぐはぐな設定のおじさんウサギがすきだなあとしみじみしました。
「じゃあ畑いって来ますから、お留守番よろしくお願いしますね」
「おお、気をつけてなー」
早朝六時、畑に先に出てるじいちゃんとばあちゃんを今日もせっせと手伝うべく、私は春先のすがすがしい空気の中を駆け出しました。