俺は百二十七次通過者だ!
おめぇら若ぇモンは知らねえだろうがな、昔はよ、たった三次か四次かの審査を通過すりゃーその次が最終審査だったんだ。信じられるか? これがマジなんだよ。ホント、昔は結果が出るのが早かったもんだ。それなのに、最近は応募する人間がわんさか増えたせいでよう、審査の数もこれまたどんどん増えて行きやがったわけよ。もう近頃じゃ、十次とか二十次とかぐらいの通過じゃー素人の域にも入ってねえって馬鹿にされる始末だ。まあ俺は百二十七次通過者だし、ここに集まってるお前らもそれなりの審査をくぐり抜けてきた実力者だろうからな、素人相手のようなぬるい講義はしないぜ。専門用語も結構出していくけどな、まあこの程度の講義について行けないような奴ぁ、今後賞に送るのはやめといた方がいいぜ。ここで俺の言ってることが理解できないようじゃー、せいぜいいいとこ四十次審査で落とされるのがオチだかんな。
おしじゃー始めっか。なあお前ら、審査を通る小説を書く上で、一番大切なことは何だか分かるか? なんつってもこれは小説だからな、ただの文章じゃない、ちゃんと審査を通れる文章ってことだからな。俺たちゃ日記を書いてるわけじゃねーんだ、審査員にきちんと読んでもらう小説を書いてるわけだかんな。
おう。そこの手を上げた奴、言ってみぃ。ふむ、なになに、ストーリー? 意表をついた展開? ほーん。そっちの手を上げてる奴は何だ? きれいな文体? 読みやすい文章? おうお前ら、そんなに手を上げるたあ、よっぽど自分に自信があるらしいな。お前はどうだ? 緻密な設定? 人間味あふれるキャラクター?
かーっ。笑わせんなや。お前らって本当に全然駄目なのな。そりゃ俺の領域まで来れるわけねーわ。才能が無いにも程があるわ。お前らそれでよく本当に賞に応募しようとか思ったな。マジで才能ないわ。お前らどういう思考をしてたらそれで小説家になりたいとか思えるの。いやー、これはマジで事実だからしょうがないわな。ここではっきり言っとくわ、あんたら才能無いよ。あーあ、こんな能なしのゴミ連中のせいで審査の数が増えたとか思ったらマジで鬱になりそうだぜ。お前らみたいなのがいなけりゃ、俺なんて三十次くらいの審査通った時点でとっくに大賞とってたんだなあと思ったら泣けてきたわ。
おっと、わりいわりい。つい本音が出ちまったぜ。今のは聞かなかった事にしてくれよな。まっ、とにかく本題だ。小説に一番大切なのは何か、ってことだな。どうだ、分からんか? 本当に分からんか? マジで? あー、もういい。これ以上聞いたって時間の無駄だ。だいたいよう、それを教えるための講義だもんな。お前らがここまで無知だとは思わんかったが、まっ、それだけ応募者のレベルが低下したってことなんだろおーなー。こんだけ応募者の数が増えたんじゃあー仕方ねーわなー。
ったくよお、本当は教えたくないんだぜ? こいつは言ってみれば、俺の企業秘密みたいなモンだからな。代々製法を受け継いでる秘伝のタレとか、そうゆうアレな。でもな、答えはホント単純なことなんだ。お前らも俺の答えを聴けば、あーそういうことねって絶対なるから。何で今まで気付かなかったんだーってなるから。ちょっとした発想の転換っていうか、ひらめきなんだよ。サロンパスの卵ってやつな。
いいか、一回しか言わねえからよーく聴けよ。審査を通過するために一番大切なもの、それは「、」と「。」の数と位置だ。
……うっそ! 全然分かってないって顔してるお前ら! うわーっ、マジで? あり得んっしょ。惨めだねえー。情けないねえー。そりゃ五十次審査も通れない底辺のゴミカスになるのも当然ってわけだわこれ。無知ってのは本当に恥ずかしいことだねえ。ああん、なんだあ? 怒ってんのかあ? でもしょうがないだろう、事実なんだから。五十次審査も通れねえお前らと百二十七次通過者である俺、どっちが言ってることが正しいか、こりゃもう考えなくても分かるってもんだろ。
あー待て待て、俺はお前らを責めてるんじゃねえんだ。そりゃー誰だって最初は赤ちゃんだ。何も分からん所から書き始めるんだ。お前らにまず必要なのは、知らないことを知らないと認める謙虚の心だな。だから俺の講義を無心に聴いて、是非とも今後の執筆に役立ててもらいたいもんだ。
さて今回の講義では、俺がこの手で実際に書いた小説を実例にとって、審査に通過する方法を順番に説明していく。
お前らな、これは相当に貴重だぞ? マジで俺に感謝しといた方がいいぞ? なんたって、俺の小説がタダで読めれるわけだかんな? 俺がお前らのためを思って、本当にお前らを成長させたいという気持ちがあるから、ささいな入会料だけ取って、門外不出の自作をドカンと放出するわけだかんな? 大サービスだぞ? いまや大賞を取るのが確定の、百二十七次通過者の小説の実物が読めるとか、こうゆう機会はまあー無いからな? 盗作とかすんじゃねーぞ?
心の準備はいいか?じゃあ行くぞ。まずは最初の小説、俺のデビュー作だ。てめえの目ン玉ひんむいて、よおく頭にきざんどけよ。
【私の家ね庭の、きれいな鼻が咲いていたた。】
こいつが、俺が人生で生まれてはじめて最初に書いた小説の全文な。これを書いたのって何年前だったかなー、高校を卒業して、小説家になるか、サッカー選手になるかで進路を迷ってた時期かな、かなーり懐かしいぜ。というか、恥ずかしいぜ。まあこれ、自分で言うのもナンだが、ぶっちゃけ稚拙な出来だわな、今の俺から見ればすぐ分かることだけどよ、これじゃあ審査は通らんわな。何でかって言や、点と丸の位置が間違ってるからよ。
わざわざ駄目な例を出したのには理由がある。まあ何だ、ここで俺が言いたいのはだ、百二十七次通過者である俺でも、最初はこんなモンだったっつーこったな。俺も所詮お前らレベルだったってこった。だからまあ要するに、お前らみたいなチンカスでも俺のいる領域まで来れる可能性があるってこった。あくまで可能性だけどな。だからまっ、努力は大事っだっつーことだな! いやいやこれはマジで言ってんだぜ? やっぱさ、お前らの中には小説は才能で書くモンだとハナから信じ切ってる奴らもいるかも知れんからな、ここでガツンと言っとくわ、違うんだよ。実際、俺は自分の努力だけで百二十七次通過まで行ったと言っても過言じゃねーもんな。だからよ、これから俺がお前らに教えるのは、努力の方向性って奴だな。どんなに小説書き散らしてもよ、その努力する方向が間違ってたら何にもならんわけだわ。正直お前らは俺から見たら素人も同然だしよ、そうゆうお前らが、若かった頃の俺と同じ間違いを繰り返すのが、なんとも忍びねえわけよ。やっぱ憐れみの心っていうか、良心がいたむわけだわな、俺も。
で、だな。俺はこの最初に書いた小説を、一日六回、メシを食った後に欠かさず応募してたわけよ。それをえーと、だいたい三年と半年続けたな。さすがに空気を読んで正月と盆は休んだけどよ。審査する人だって祝日くらいは休みたいだろうしな。
そんで結果は、と言えば、そりゃまー散々なものよ。まっ、最初だから仕方ないのもあるわな、言い訳するつもりじゃないけどよ。で、三年間毎日応募し続けて、トータルで七千作ばかし応募した計算になるが、この小説で一次審査を通ったのは百作ほど、あとは全部一次すら通らず予選落ちってな案配だ。まあ三年やってこれじゃー、気がめいるわな。俺もそうとう落ち込んだ。陳腐な言い方をすりゃ、心が折れるってゆう奴な。別に心は折れないけどな。そんでお前らも、あの頃の俺みたいなマイナスの感情を、今リアルタイムでいだいてるわけだ。
だがなあ、俺はお前らとは違うんだ。何が違うか分かるか? 努力だよ。俺はこの失敗を反省して、自分の方針を修正するための努力が出来る。どうせお前らはあれだろう? ただ何も考えず書いた小説を応募して、結果を見て一喜一憂する、その程度の感想しか持ってこなかったんだろう? だーからお前らは先に進めねえんだ、いつまで経っても成長しねえんだ。自分の小説のどこが駄目だったか、しっかり見直して反省するってことをしねえ。こんなんだからお前らハナクソどもは、まあいい、こんな所で愚痴ってても仕方ねえ、話を続けんぞ。俺の言うことを耳かっぽじってよく聴いとけよ。俺はお前らのためを思って話をしてやってんだからな。
それでだ、どこまで話したんだったか。えーと、自作の小説を七千だか八千だか応募して、百作が一次を通過して、残りが全部駄目だった、ってとこだな。そいでだよ、ところがな、実はな、応募したやつの中に一個だけ、知らん間に二次審査を通過してたやつがあったんだよ。俺もな、おおみそかに掃除するまで気付かなかったんだ。たまりにたまった封筒と結果報告を捨てようとしてる時に偶然気付いたんだ。あっれ、二次を通過してるって。いやあんときゃマジでびっくりした。当然何かの間違いかと思ったわな。
で、慌てて俺は封筒を破って、二次通過した小説を読み直してみたわけだ。そしたら俺の小説がこんなんなってたんだよ。
【私の家ね庭のき、れいな鼻が咲いていたた。】……二次審査通過
最初、気付かなかったんだよ。いつものと同じだよなー、どこも変わってなんか無いよなーって。全然分からんから、やっぱり何か勘違いしたか、ゴミ箱に捨てようかーってなった時に、あーっ! って。点の場所が違うー! って。まあビックリしたね。だって有り得ないことじゃん。自分の小説を書き間違えるって。
俺はさ、小説に自分の魂をこめてるんだ。もののたとえじゃなくてマジに、俺の小説の一字一句にはよ、俺の想いがぎっしり詰まってるんだ。こいつはただの文字じゃねえ。文字のカタチをした魂なんだ。おうよ、スプリットよ。ハート、命を削って、人生とか、情熱とか、人生とか、そうゆう人として大切な感情を、小説という芸術作品にたくして人様に見せようとしてるんだ。おはぎ抜きに、俺の小説は血と汗で出来てるんだ。ていうか、それが小説家って職業だろ? なあ、お前らはそういう血ヘドを吐くような思いをして小説を書いたことがあるか? 自分のほとばしる感情を、2Bの鉛筆にこめたことがあるか? ああン? まっ、どうせないんだろうな。お前らのしょっぼい顔を見りゃ分かるよ。だってお前らの顔って、五十次審査とか通りそうにないもん。だいたい四十五次くらいでへたばる顔だよ、お前らのブサ顔は。
まあとにかく、実際俺は自分の小説を書き間違えてて、しかもそいつが俺にとって初めての二次通過だったわけでよ。おかしなこともあるもんだが、人生ってのは得てしてそういうものかも知れねえ。時には運を味方に付けるのも大事だってこったな。
で、俺は正月休みの間考えに考え抜いて、そして気付いたわけだ。俺はさっき、審査を通るのに才能はいらんと言ったがな、ありゃ微妙に正しくないな、やっぱさ、気付くのに才能がいるんだな、これが。ここで気付くか気付かないかで差が付くわけだ。気付いた俺は一歩先に進めた。どうせお前らは気付かないから一生底辺のままだろ。よかったなあお前ら! 気付いた俺が教えてくれて! 救いの神様ってのはいるもんだなー!
そうだよ、点の位置が重大なポイントだったんだよ。句点って言うんだったか、句読点って言うんだったか、まあそんな些細なことはどうでもいいけどよ、小説の、どこに点を打つかで審査に通れるか通れないかが決まる、そのことに俺は気付いたんだ。
その時から俺の小説観は変わった。俺は今までの考えを改めて、自分の小説を改造することにしたんだ。初めてやることだったから、決心するまでかなりの時間と勇気がいったけどな。まあ今から考えるとクソ小っせえ勇気だったんだがな。まっ、何事も最初が肝心ってこった。この後も俺は自分の小説をガンガン改造してって、成功を収めたわけだかんな。まあここで勇気ある一歩を踏みだせるかどうかが、俺とお前らの差なんだろうな。
とりあえず手始めに俺は、点の位置が違う小説を続けざまに応募してみたわけだ。こんな感じにな。一日に小説を十作も応募したのは、これが初めてのことだったぜ。
【私、の家ね庭のきれいな鼻が咲いていたた。】
【私の家ね庭のきれいな鼻が咲い、ていたた。】
【私の家ね庭のきれい、な鼻が咲いていたた。】
【私の家ね庭、のきれいな鼻が咲いていたた。】
【私の家ね庭のきれいな鼻が咲、いていたた。】
【私の家ね庭のきれ、いな鼻が咲いていたた。】
【私の家ね庭のきれいな鼻が咲いて、いたた。】
【私の家ね、庭のきれいな鼻が咲いていたた。】
【私の、家ね庭のきれいな鼻が咲いていたた。】
【私の家ね庭のきれいな鼻、が咲いていたた。】
結果を受け取って、俺は確信したね。俺の考えは間違ってなかったんだよ。
【私、の家ね庭のきれいな鼻が咲いていたた。】……一次審査落ち
【私の、家ね庭のきれいな鼻が咲いていたた。】……一次審査落ち
【私の家ね、庭のきれいな鼻が咲いていたた。】……一次審査落ち
【私の家ね庭、のきれいな鼻が咲いていたた。】……二次審査通過
【私の家ね庭のきれい、な鼻が咲いていたた。】……三次審査通過
【私の家ね庭のきれいな鼻、が咲いていたた。】……一次審査落ち
【私の家ね庭のきれいな鼻が咲い、ていたた。】……一次審査落ち
【私の家ね庭のきれいな鼻が咲いて、いたた。】……一次審査落ち
【私の家ね庭のきれいな鼻が咲いてい、たた。】……一次審査落ち
【私の家ね庭のきれいな鼻が咲いていた、た。】……四次審査通過
四次通過だぜ、四次通過。小説家を志してから三年間、一次通過するのが精一杯だった俺が、たった、たったの一日で四次審査まで進めるようになったんだ。すげえだろ。これを見つけた時の俺の気持ち、お前らに分かってもらえるかなあ。この心の高ぶりってやつがよう。まあー分からんだろうなあ。どうせお前らは自分の書いた小説なんて後から分析もしないで、ただ与えられた審査結果だけ見てワーキャー騒ぐだけなんだろ? せっかくの成長するチャンスをむざむざ捨ててるわけだかんな。そりゃ俺が百二十七次まで通過できるはずだわ。だって敵がいないんだもん。
それでまあ、四次通過できる小説を書けるようになった俺は、それから一年ばかり、その小説だけを応募し続けたってわけだ。一度決めた習慣を休まず続けることは大切だからな。しかし結果はあまり芳しくなくてな。何回かぽつぽつと五次は通過することはあったんだが、なかなかその先に進めない。もどかしい日々が続いたよ。
で、だよ。ある日突然出たんだよ。八次審査を通過したやつが。ちょうどその日は日曜日で、雨が降ってたから外出してなかったんだよな。俺はそりゃもう有頂天で、封筒を思い切り破り裂いて中身の小説を調べたね。そしたら確かに、俺の小説に変化があったんだ。まあ俺もまだ未熟だったからな、大人気もなく嬉しくなっちゃうわな。上達した証が、目に見える形となって表れたわけだし。
【私の家ね庭のきれいな鼻が咲いていた、、た。】……八次審査通過
どうだ、違いが分かるか? 点の数が一個増えてるだろ? まあでも正直、なんでこんな事になったのか今でも分からないんだよな。あくびして、寝ぼけながら書いたのかも知れん。あんまり沢山応募してると、な。たまにはこういう事故も起こることもある。だがそれがいいんだ。こういう突発的な事故のおかげで、俺は先に進むことが出来たんだ。
さて小説家を志してからはや四年、どうにか八次審査まで進んだ俺だが、もちろんこれで満足なんかしねえ。改めて、研究の日々が始まったってわけよ。これまでの結果から、点の数と位置が重要だって事が分かったからな。点の数も増えたことだし、あとはもう、ひたすら試行錯誤よ。お前らも、俺がどれだけ苦労してこのポジションを獲得したか、理解してもらえたかな。小説はな、持って生まれた才能なんかじゃねえんだ。あきらめずに努力し続けるハートっていうか、根性が重要なんだよ。お前らは小手先の技術を覚える前に、まず根性を鍛えた方が良さそうだな!
そのあとまるまる三年かけて研究して、ひたすら小説を書いては応募して、そしてどうにか、俺は十六次審査までたどり着くことができたんだ。その研究の成果が、これだ。
【、私の家ね、、庭のき、れ、な鼻が咲、ていた、た。】……十六次審査通過
進歩の跡が見えるだろう? 一次審査も通れるかどうかだった頃と比べたら雲泥の差よ。もちろん失敗も数え切れない程やらかしてきたがな。うっかり点と丸を書き間違えて、危うく六次審査あたりまでランクが下がったこともある。まあそういう失敗も経験のうちよ。失敗の積み重ねがあって、人間は初めて上に上がれるんだ。ことわざにもある通りだわな、成功は失敗の母ってな! お前らみたいに小説を一個だけ書いて賞をもらおうなんてな、そんな甘えた考えを持ってる奴はスーパーでお菓子買ってもらえないって駄々こねてるガキと一緒なんだよ。分かるか? 審査ってのはな、こっちから何度もぶつかって、強引にこじ開けていくモンなんだよ。俺みたいにな。
まあ説教はいいだろ。とにかくこれで、俺の執筆の方針は定まった。俺は一歩ずつ、確かに階段を登り続けてる、それは事実だ。だがな、その頃の俺は小説を書くことにマンネリ感を感じるようになってきたんだ。ちまちまと点の位置を変えて小説を書いて、応募して結果を確かめる。正しいことをしているはずなのに、何か物足りねえ。本当にこれでいいのか? この方法を続けて小説家になれるのか? お前らだってそういう時があるだろう? 小説を書いてて、意味もなく不安になってくる時期が。無いって言う奴は、ここに来る資格がねえな。レベルが足りないから大人しく帰っといた方がいいぞ。
じゃー、マンネリを解決するためにどうするか? おう、いかにも小説の講義っぽい議論だな。いよいよ俺の講義も佳境に入ってきたってわけだ。だがな、もうお前らの回答は聞かねえ。時間の無駄だし、どうせ答えも間違ってる。だから俺の答えだけちゃっちゃと言わせてもらうとするか。
百二十七次通過者である俺の答えを言わせてもらえばだな、そうさな、冒険すること、これだな。今まで誰もやらなかった事を、一発ドーンとやってみるんだ。今までお前らが教わって来た小手先の技術なんぞきれいさっぱり捨てて、小説のセオリーなんざ完全に無視してやるんだ。おうよ、こいつは賭けよ。ギャンブルって言やあ聞こえは悪いけどよ、これはな、小説家志望が先に進むために絶対に必要な過程なんだ。いいか、俺たちは競走をしてるんだ。審査に通るってことは相手を蹴落とすってことだからな。勝負どころで攻めの姿勢に出られない奴ぁ、そのままずるずると落ちていくのがレースってもんよ。
そいでだ。俺は今まで点を動かすことばかりに筆力を使ってきたが、もしかしたら、丸も動かすことも出来るんじゃないかってふと思ったんだ。丸ってのは、小説の一番最後に書く「。」のことな。句丸? 句読丸? まあいいや。これを動かすってんだから、まー、こいつはかなりの冒険だわな。だって誰もやったことがない、もちろん賞レースの最前線を走ってる俺だってやったこと無いことだから。先に進めるどころか、下手すりゃ一気に一次、二次レベルまで落ちてしまう可能性だってあるわけだ。危険だわな。さすがの俺もちょっちビビリが入ったわ。最初に丸を付け加えた時、鉛筆を持つ手が震えてたのを思い出すぜ。
でもな、俺はやった。確固たる意志を持って改革を断行した。そこがお前ら底辺と違うところよ。なんで俺がこんな無茶な冒険をしたか分かるか? そうよ、本気で小説家になりたいからよ。賞レースは遊びじゃねえんだ。そして、俺は賭けに勝った。その結果どうなったと思う? 一気に三十二次まで突破ってわけよ。どうよ? これが小説家になるべき人間のカリスマってやつなんだなあ。やっぱさ、小説を審査する人って見る目があるよ。小説家になるべき人にはちゃーんと正しい評価を与えてる。
【。。私の家、、ね庭。き、れ、。鼻が咲い、。た。、た】……三十二次審査通過
ここまで来ると、俺も小説の書き方ってやつが、何となく分かり始めた気がしたね。あ、俺、小説家になれるんだって。確信したね。俺の前に赤いレッドペーカットが引かれましたって感じだね、たとえて言うなら。書き方が分かったって思ったら、まあ筆が進む進む。心なしか小説を書くスピードも上がって、頭を使わなくてもすらすら字が書けるんだ。それなのに審査はバンバン通っていく。むしろ作業は楽になってるのにな。いやー、こりゃもう、いたれりつくせりだわな。何をやっても上手くいくんだ。小説を書くのが楽しくて楽しくて、書くのが止められなくてさ。なんちゃらハイってなもんよ。そうそう、スカイハイな。
【。。私。、の、ね庭。、鼻。、。咲。、、い。た。、た】……三十六次審査通過
【。。私。、の、ね。。、鼻。、。。。、、い。た。、た】……四十次審査通過
【。。私。、、、ね。。、、。、。。。、、い。た。、た】……四十四次審査通過
【。。、、。、、ね。。、、。、。。。、、、。た。、。】……四十八次審査通過
そしてとうとう六十四次審査まで来たんだ。前人未踏の領域だぜ。
【。。、。、、、、。。、、。、。。。、、、。。。、、】……六十四次審査通過
いよいよ来るところまで来たって感じだな。だがな、これでもまだ山のテッペンじゃねえんだ。ここまで来れば小説家になれるかって言や、そうは問屋がおろさねえ。険しい山だぜ、ホントによ。お前ら素人には分からんことだろうがな、この業界はホント甘くねえ。今んとここの界隈で百二十七次審査まで行けたのはただ一人、つまり俺だけだけどよ、これでもまだ最終審査には入れねえんだ。厳しい世界だよなあ。
えっ? 何? どうやって六十次から、一気に百二十次審査まで抜けることが出来たかって? ったく、お前らは結論を急ぐなあ。大切なのは技術じゃなくてハートだって言ったろ? だからお前らは……まあ時間も差し迫ってるし、手短に方法だけ教えといてやるか。
これはな、実際のところ裏技もいいところなんだ。確かこのやり方は世界で三人くらいしか知らんはずだわ。だからな、本当に秘密も秘密、トップシークレットなんだぜ。絶対に誰にも言うなよ、ていうか俺が教えたって言うなよ。あとでバレたらどうなるか、正直想像もつかんからな。
この裏技はな、一回しか使えないんだ。理由は知らんが、二回やるとアウトでな。まあ、やり方は簡単よ。同じ小説を二回続ける、たったこれだけ。小説が倍になって、通過する審査も倍になる。すげえだろ? これで俺は、晴れて百二十七次審査通過者の肩書きをめでたく手に入れたってわけだ。
【。。、。、、、、。。、、。、。。。、、、。。。、、。。、。、、、、。。、、。、。。。、、、。。。、、】……百二十七次審査通過
さあて、教えれることは全部教えたし、そろそろ俺の講義もしまいだな。最後に……んんん? おい、そこ! 一番後ろのお前! お前だよ! こっち向けや! おいこらテメー、なに勝手にメモ取ってんだよ! 俺の講義はメモを取るの禁止って最初に言っただろうが! おい立て! お前誰だ! 何次審査まで通過したか言ってみろ!
ああん? 自分はプロの作家ですだあ? んなこた聞いてねえんだよ! 何・次・審・査まで通過したか聞いてんだよこっちは! ああ? 自分は編集者に原稿を直接持ち込んで? 認められて雑誌に掲載された? それから新人賞を受賞したって?
はっ! なにやら適当なことをほざいてるけどよ! 要はお前、一次審査も通ったことも無えズブの素人だってことじゃねえか! この講義はな、三十次から六十次までの中級者向けにやってる講義なんだよ! 小説のイロハも知らねえ素人風情が、スパイみたいにこそこそ企業秘密を盗みやがって! 分かってんのか! これは犯罪だぞ! こんな盗人まがいのことして本当に小説家になれると思ってんのかこのたわけが! おいお前ら、こいつからメモ取り上げて外につまみ出せ!
小説をなめてんじゃねーぞ!