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ファイル05 痴呆老人がやってきた

第五話です。

できるだけ軽く書いてみましたが、

今までで一番重いテーマです。

「おい!!…ワシを死なせてくれ!!」

「はぁ…いきなり言われましても手続きが…」

「手続きなど後だ!先に死なせてくれ!!」

「あとって…そんな無茶苦茶な。。」



 ここは県庁の自殺課。私は所長の叩一人たたきかずと【詳細は第一話参照】


 …しつこいようだが月一回の連載ですから。。

 読者のほとんどが初めてかお忘れでしょうから。。



 …入ってきたのは80歳ぐらいの老人男性。

 私が担当した中ではおそらく最高齢。


 これほど長く生きてきて、これほど焦って最期を

 迎えたいのは何故だろう??



「…わかりました。とりあえず書類を。。」

「書いたらその…逝けるのか??」

「はい。…そうですね。。」


 

 老人はすらすらと書き始めたが…

 途中から様子がおかしくなった。


 …住所を書けない?

 …生年月日…覚えてない??

 …自分の名前を忘れちゃった???



 呆けた老人の書いた電話番号にかけてみると、

 息子と名乗る男に話を聞くことができた。


 

 どうやら老人はいわゆる…まだら呆けらしい。


 通常は意識も記憶もはっきりしているのだが、

 断続的に重度の痴呆に落ちるらしいんだ。


 例えて言えば泥酔して前後の記憶をなくす…

 これがいつ襲ってくるかわからない状態に近いだろう。


 つまり何をしたかも思い出せない…

 そんな酔っ払いがいきなり覚めてしまう状態に近い。


 こんな日常…計り知れない恐怖だろう。。



「…ワシは…またやってしまったのか??」

「ああ、心配しましたよ。意識が戻って良かったですね。」

「良いもんか!!さっさと逝かせてくれないから…」


「…でも息子さんに死なせるなって止められまして…」

「やかましい!!書類ならほれっ…書いたぞ!!」


「とにかく息子さんが来るのを待ちましょうよ…」

「…ちっ。融通の利かねぇお役所だな。。」



 …しかし…なぜだ??

 息子さんは老人を大事にしてくれているようなのに…

 心配して迎えに来ると言ってるのに…


 …老川さん。82歳。

 これだけ長く生き来て体もまだ動くのに…



「とりあえず老川さん…話を聞かせてくれませんか??

 なぜこちらに来たのかなどを…」

「…聞いてた話と違うな。

 ここに来たらすぐに死ねると聞いてたのに…」


「時と場合によりますよ。。

 これは仕事というより個人的な興味ですからね。」

「…そうか。…あんたの興味ならば話すか。。」



 …老川さんいわく


 彼は進行性の痴呆らしい。。

 さらについ最近に癌が見つかり…


 子供たちには迷惑をかけたくない。

 無駄な医療は受けたくない。

 ずっと世の中の役に立とうと生きてきたのに…


 …今はその真逆に落ちた自分がいる。。


 自分が世の中のマイナスだと悟ったら逝きたい…

 そういう考え方の人らしいのだが…


 たとえどんなにマイナスの存在であっても

 家族には自殺など許されない。



 まして自殺は自殺課での世界。。


 でも現実には痴呆老人には

 自殺課に来ること自体が一苦労。。


 今の自分の頭と体の状態ではもう二度と

 ここに辿り着けないかもしれない。


 つまり…最後のチャンスだと。。



「…だから…息子が来る前に頼む。。

 あいつが来たら俺は…長らえてしまうんだ!!」

「しかし親族が止めた場合は…規則でして…」


「頼む!!…後生ごしょうだ!!」

「…なんか言葉の使い方が違いますけど…

 それに息子さん。もう来ちゃいましたよ。。」



 こうして老川さんと息子さんと私の三人で話し始めたが…


 しばらくすると老川さんはまた呆けてしまった。。

 結局…息子さんと二人だけで話すことになったのだが。。



「で…どうするおつもりですか??」

「どうと言われましても…このまま連れて帰りますよ。。」


「けど、お父さんは死を望んでますよ。。

 失礼かもしれませんが今の彼に生きる理由など…」

「…わかってます。親父に言われてるんですよ。

 親父に生きてほしいのは…所詮、私達の自己満足だってね。」


「じゃあ…」

「けどね所長さん。親を死なせるわけにいかんでしょ。

 親を生かすのが私達だけの自己満足なら…

 勝手に逝きたいのは親父だけの自己満足でしょう??」



 …返す言葉もない。


 たしかにどちらも所詮は自己満足だ。

 ならばせめて自分の命は自分の自由にしたいのは分かる。

 親を見殺しにできない気持ちも分かる。

 けど……



「…わかってますよ。私だって年を取るんだから。。

 もし自分が無用になれば…私もすぐにでも身を処したい。」

「…その気持ち…尊重できませんか??」


「けどね。…その時はもう自分で自分を処せなくなっている。

 本当に自分が逝きたい時はもう…死ぬことさえできません。。」

「そこまで分かっていて…貴方は自己満足を通すのですか??」


「……はい。たとえそれが親父のためでなくても…

 例えどんな状態でも…親父には生きていて欲しいんです。。

 私の自己満足でも…少しでも長く私の傍に。。」



 …すると突然、呆けていたはずの老川さんが話し始めた。


「ようわかった。お前の気持ちは…」

「えっ??お父さん…聞いてたんですか??」

「聞いとったよ。ボケたふりをして…お前のセリフはすべてな。」


「…ゴメン。自己満足だってわかってるよ。…でも…」

「この甘ったれが。…でもありがとう。…ありがとうな。。」



 こうして老川さんは…思いとどまった。


 ただし条件が付いた。

 終末医療は一切拒否する。

 自分の勝手では死を選ばない代わりに、息子の勝手で

 生き長らえさせることは絶対に許さないと。。


 息子さんは…その条件をすべて快諾した。。

 自分の勝手で父親を生き長らえる代わりに…


 天寿を弄ぶことはしないと。。

 


「へぇ。じゃあ叩所長。その老人を帰したんですか??」

「そうだよ伊野さん。天寿に任せるのが一番さ。」

「でも…それでいいんですか??」

「いいに決まってるだろ??何が問題なんだい??」


「だって強化月間の目標をまだ達成できてないのに…」

「えっ??」

「覚えてます??あと一人、今日中に逝ってもらわないと…」

「……(´・Д・`)」



 な…何なんだよこの仕事は??


 自殺課のくせに強化月間ってなんだよ!?

 しかも目標人数を達成しないとボーナスカットって…


 …意味わからん!!( *`ω´)

 

 そうは言ってもどうする??あと一人…

 けど新しい客が来ない限りはどうしようもない。。


 営業活動??…できるわけないだろ!!



「よう久々だな。自殺課の。。」

「あっ…品内しなうちさん。」


 やってきたのは品内さん。【第一話参照】

 自殺のフリして茶菓子をくすねる常習犯。。



「丁度いいところに…今すぐ死んでください!!」

「えっ。今日はそうじゃないぞ。

 ちょっと温泉旅行に行ってきたから…ほれ、土産だ。」


「そんなのいいから早く。いつもお世話してるでしょ。」

「こら!そんな理由で人を殺すな!!」


「だったらこんなところに遊びに来てないで…

 お仲間でも連れてきてください!!」

「…無茶苦茶を言うな!!

 今のワシはその…極楽気分なんだぞ!!」



 …ああ。人ってなんなんだろう??


 所詮、生きてることも死にたがることも…

 ただの自己満足なんだろうか??


 やっぱり…天寿に任せるしかないのだろうか??



 でもそれでは…私のボーナスはどうなる!??



本当に死にたい人は、

自力では死ねない人。


皮肉な話ですね。

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