ファイル18 一家心中がやってきた
一家心中。。
こんなテーマをこんなに軽く書いていいのだろうか…
「頼む!!今すぐ死なせてくれ!!」
「な…なんですかいきなり!??」
「だって…ここに来れば死ねると聞いたぞ!?」
「なんですかそんな血を流してぇ!!?
そんな状態で成就できると思ってるんですかぁ!!?」
「…流血してたらなぜ死ねないんだ??」
「……たしかに、?( ゜д゜)、」
事務所の入口に立ってるのは
全身血だらけの大男。。(゜Д゜;)
興奮状態で息も絶え絶え。
挙動不審でどこか視線も落ち着かない。
「ちょっとぉ!!みんな何とかしてぇ!!」
『所長、落ち着いてぇ!!
伊野さん!!救急箱はどこ!??』
「何を言ってるんですか、永井主任!!
それより救急車!!119番、消防車ぁ!!」
「……おいおい。。(´・_・`)」
…毎度しつこいようですが、
ここは県庁の自殺課。私は所長の叩一人。
詳しくは第一話を読んでください。。
とりあえず簡単に解説すると…
ここを訪れる人のほとんどは自殺志願者。
本人の意思も固まっていて、
あとはもう事務手続きを残すだけ。。
つまりこの人はもうすぐ死ぬことが確定状態。
そんな男の健康状態を心配して、
えらいこっちゃと上を下への大騒ぎ。。
奇異に見えるが…これが日常です。(;'∀')
人死にはすっかり見慣れていても、
怪我人には耐性がないんです。。(+_+)
「…大丈夫だ。。俺はケガはしてないから。」
『えっ??じゃぁこの血は何ですか??』
「これは…返り血だ。。
実はさっき一家心中をはかったんだよ。」
「ええっ!??一家心中!!?
えらいこっちゃ。。えらいこっちゃ。。」
「落ち着いてください叩所長!!
それより警察屋さん!!110番!!」
『伊野さんこそ落ち着いてぇ!!
それより霊柩車…お寺の葬儀屋さん!!』
「……おいおい。。(。-_-。)」
いっ…一家心中って…
またなんというとんでもないこと、、
人死には日常でも殺人事件には慣れていない。。
奇異に見えるがこれはうちの日常ではない。
…何があったんだ!??(=゜ω゜)ノ
「実は事業に失敗して借金が膨らんで…
それで一家で死のうってことになったんだけど
さすがに子供をここには連れてこれなくて…」
「それで死にきれずにウチに来たんですか??」
「違う!!家族は俺の手で葬った!!
でも自分自身は…ここで逝くのがルールだろ!?」
「…へっ???(´゜д゜`)」
「…おいおい。ここは自殺課じゃないのか??
勝手に死ぬのは法律違反ではないのか??」
「それはそうですけど、
ウチは無理心中は想定外でして…」
…変なところで律儀な男だな。。
ろくでなしだか真面目なんだかわからん。
たしかに心中も自殺課の管轄ではある。
家族全員がゾロゾロ訪れたことはあったけど…
無理心中ってのは実は想定外。。
だって無理心中の基本は殺人だから。
とはいえたしかに最後の一人は自殺、、
ということは…
無理心中もウチの管轄になるの??
正直よくわからない。。
マニュアルにも書いてないみたい。。
戸惑っている私を見かねたのだろう。
永井主任が間に入ってくれた。
『…でもウチだって困りますよ。。
心中とはいえあなたは立派な殺人犯。
我々だって公務員ですし…
犯罪者を見過ごすことはできません。。』
「つまり…俺を警察に突き出すのか??」
『まぁ普通はそうなりますよね。。』
「警察に行ったらその…俺は死ねるのか??」
『無理でしょうね。心中で死刑なんて聞いたことが…』
「…妻と子供二人を殺したのにか!??」
『仮にそうなっても裁判には何年もかかります。
あと日本の法務大臣は怠け者だから
ちゃんと死刑執行してもらえるかさえ…』
「それは困る!!今すぐ逝かせてくれぇ!!!」
『わぁ!!危ない…包丁を振り回さないでぇ!!』
あらら…完全に自暴自棄ですよ。(´^д^;`)
なんとか取り押さえようにも
相手はすでに三人を殺した凶悪犯。
素人には無理ですよ。。
「伊野さん!警察…警察を呼んで!!」
「ええっと…119番、消防車ぁ!!」
「だからパトカー!!110番!!」
「やめろ!!警察はダメだと言っただろうが!!
捕まったら俺は…生かされるんだ!!
それくらいなら今すぐこの場で死んでやる!!」
『ダメぇ!!ここで死んじゃダメぇ!!』
「どうして??ここは自殺課じゃないのか??」
『…ここは受付です。。
処理は安楽室ってのがルールですから…』
「そうか…ルールなら仕方ないが…
だが警察はダメだぞ!!呼んだら死ぬからな!!」
もう…わけがわからない。(?_?)
生きたくないから捕まりたくないって…
この場で死ぬって元気一杯に暴れるって…
自分自身が人質では救出のしようがない。。
しかも相手は刃物を持った逞しい大男。。
対する我々三人は…
私は運動経験も何もない瘦せっぽちのオッサン。。
伊野さんは気が弱くて腕力も弱い小男。。
永井主任は女性…しかも口だけの人。。
三対一とは思えないぐらいに脆弱な戦闘力だ。。
とりあえずは睨み合いを続けたが突破口がない。。
どうしようかと行き詰っていたら…
やがて男の方から重い口を開いてきた。
「なぁ…こういう時はどういうルールになる??」
「……ルールですか??」
「そうだ。このままなら…
俺のしたことは法律でどう裁かれるんだ??」
「法律では…ですよね。。」
…そうか…ルールか。。
この男にどうも違和感を感じると思ったら…
ルールに縛られすぎているのか。。
実は自殺課を訪れる者には、
ルールに拘りすぎている者が多いんだ。
そりゃ…社会のルールを守るのは大切だ。
守らないなんて以ての外だけど…
ルールばかりを盲信すると思い込みで
判断力を失いかねないんだ。。
行政に頼るとか借金を棒引きするとか…
あるべき人間関係から逃げるとか…
他人の迷惑を顧みないとか…
開き直って狡賢く振る舞うとか…
それができない人はやがて道を失くし…
自殺課に向うのかもしれない。。
もっともそういうことしかできない愚かな人は
堕落か刑務所に向かうんだけど。。
ならばとにかくここは…
ルールに則っていただいた方がいい。。
仮に逝くとしても…
とるべき責任は果たしてからにすべきだ。
だって死んで終わりじゃないから。。
仏になればチャラになるなんてないから。。
犯した過ちは取り返しようがないけれど…
せめて世を去るならその前に、
責任は果たしてからにすべきだから。。
それが社会のルールだと私は思うから。。
その思いを正直に男にぶつけてみたところ…
「じゃぁ…どうすれば俺は責任を果たせる??
何年くらいの懲役を受ければいい??」
…わからない。。
でもここは誠実に考えるのがルール。。
とりあえずは知ってる限りの情報で応える。。
「詳細はわかりませんが…10年ぐらいかな??
模範囚にしてればもう少し短くなるでしょうね。」
「ならば…10年後にはここに来てもいいのか??
俺は責任を果たしたことになるのか??」
「…わかりません。けど…
ルールに則って娑婆に出てこられたなら
私もその責任は果たしますから。。
それが我々のルールであり役割ですから。」
「……わかった。。」
…男は…黙って包丁を下した。
…そしてゆっくりと語りだした。
…心中に至った経緯…
…家族や社会に対する悔恨の念…
そして…自分自身へのケジメのつけ方を。
「では…ケジメをつける前に罰を受けると。」
「…そうだな。。
家族を追うのはこの世でのケジメをつけてから…
それからの方がいいのかもしれない。。」
やはり…変なところで生真面目な男だな。
しかしそれで本当にいいのか??
いいか悪いかは私には判断がつかない…けど…
判断のつかないことを定めるのがルール。
ルールに則ることがこの男の矜持。
ならばせめて…
「…その通りだよ。。
逝く時に…この世に負の遺産は残したくないから…
罪を償って家族の冥福を祈ってから…
ちゃんとルールに則って…逝くことにするよ。」
「…不思議な人ですね…あなたは…」
「…いいんだよ。もう未練はないんだから…
…無関係のあんたらにも迷惑はかけられないしな…」
「それも負の遺産ですか??」
「そうだな。それも含めて清算しないとな…
死んだらもう…清算も償いもできないからな。」
…そして男はすぐ…
…みずから警察に電話をかけて自首した。。
その後…裁判で思いの丈を語った。
一人の生真面目な男が道を誤り、
家族を手にかけるまでの歯車の狂い方…
彼はそのすべてを明らかにした。
…私はその公判を可能な限り傍聴した。。
彼が次に私のところに訪れた時、
一緒にその命の意味を共感できるように。
これまでは調書を作るだけだった客との関係を
少しでも変えられるように。。
私もまたルールだけでなく…
自分の矜持を以て対応したいと思ったから。。
…そして七年後、、
定年間近の私の前に再び男は姿を見せることに…
「久しぶりですね…約束通り来ましたよ。」
「ああ。お久しぶりです。…裁判は傍聴しましたよ。」
「じゃあ…私の事情は…」
「もちろん分かっていますよ。
大変でしたね。墓参りは済ませましたか??」
「はい…もちろんです。。」
「わかりました。では逝きましょうか。」
「…ありがとうございます。これで…これでやっと…」
「……(´・v・`)」
…こういうことを言うのもなんだが…
1000を超える命を見送ってきた私にとって、
誰よりも清々しい最期は…この男だったかもしれない。
七年もの間ずっとこの日を待ちわびていたような
そんな笑顔で…彼は静かに逝った。。
…迷いなく逝ける男の姿に…
私は始めて自殺志願者に共感できたのかもしれない。
もし私がもっと早くこの感情を持てていたら…
もっと違う仕事ができたのだろうか??
それとも多くの自殺課職員がそうであったように、
精神を病んでリタイアしていただろうか…
だがそれは…
もう考えても詮なきことかもしれない。。
なぜならこれが…
私の最後の見送りとなったのだから。。
自殺とは何か…
生き死にとは何か…
見送るとは何かと考えてきましたが…
いまだに答えは見えていません。。
でも多分…次が最終回です。。




