ファイル17 ご遺族さんがやってきた
自殺者にはたいてい遺族がいるものです。。
そんな遺族と自殺課職員の関係は…
そしてもし二人が親しい仲だとしたら…
今回はそういうお話です。。
『お久しぶり…叩くん。。』
「おう。待ってたよ友ちゃん。。」
『…今日は月命日だから。今夜もヨロシク。。』
「そうだな。もうあれから一か月か。。」
ここは県庁の自殺課。私は所長の叩一人。。
あえて簡単に説明すると自殺課の仕事とは
自殺志願者の受付と安楽室への送り出し。。
そして今日では自殺は役所でするのが当然と
なりつつあるのだが…
…そんな自殺課にも歪は多い。。
その一つが遺族の逆恨みだ。
以前から自殺課職員が逆恨みされて嫌がらせを
受ける事案は珍しくはなかったがついに…
自殺課職員が襲われる殺人未遂事件が発生。
それで遺族は自殺課職員との接触を禁じられた。
おかげで我々の身の安全は確保されたんだけど…
…これが新たな歪を生んだ。
遺族が憤るのはもちろんだが我々にとっても…
遺された者の感情を知る機会を失ったんだから。。
でもそんな状況だからこそ…
この友ちゃんこと山田友子さんは貴重なんだ。。
だって彼女もご遺族さんだから。。
ファイル02で登場した山田くんの母親だから。。
まだ息子が小さいころに離婚して…
ずっと母子二人で暮らしてきたというのに
その息子が去年の春に就職活動に失敗。
この出張所で自殺したという過去を持つ人。。
でも…ちょっとおかしいのではないか??
本来なら訪問さえ許されないご遺族がなぜ
頻繁に私と会っているかと言うと…
彼女と私が小中高の同窓生だからだ。。
息子さんが自殺した時は知らなかったが
遺体の引き取りの際に再会。。
その時は随分と酷く罵られたけど…
その数か月後に彼女の方から連絡があり、
以後は頻繁に会うようになった。。
…そして今では…
月命日に二人で食事するのが恒例となっている。
だから…断じて仕事ではない!!
あくまで友人とのプライベートなのだ。(^^♪
「…あれから一年と三か月か。。
友ちゃんもそろそろ気持ちの整理はついた??」
『…少しはね。でも。。
あの子の部屋がまだ整理できてなくて…』
「…たしかに整理できない人は多いらしいね。。
じゃぁ俺が行ってからあのままなの??」
『…たしか一周忌の時に来てくれたんだよね。。
ゴメンね。気を使わせちゃって…』
「…そうでもないよ。。
最近は遺族の声を聞く機会がないからね。
俺にも…大事なことだから。。」
…毎回だいたいこんな会話で始まる。
もっと友人の立場で話しかけたいのだが
実際にはそうもいかない。。
だって私は…自殺課職員だから。。
彼女の息子さんを見送った、
恨まれても仕方のない張本人だから。。
もし貴方の前に自殺を考える人がいたら
とりあえずは止めるだろう。。
それが良識であり常識だと思う。
けど…我々はそうではない。。
あくまで自殺志願者は送り出すもの。
無理に止めたことで問題が起きれば懲罰もの。
一人の人間としての良識はあっても、
その良識に則ることはできない。
それが自殺課の…私の仕事だから。。
でもそんな私でも当然ながら
プライベートでは普通の会話をする。
…互いの近況報告。。
…学生時代の想い出話。。
そしてお酒も入ってくると…
話題は共通の知り合いの噂話へと移行する。
同窓生の誰がどうしたこうした。。
この辺りまでは楽しい会話なのだけど…
…私も彼女も53歳の同い年だ。。
次第に話題は変わっていき…
誰の子供が進学したとか就職したとか
結婚したとか孫ができたとか…
そんな話が中心になる。。
もちろん本来は楽しいはずの話題なのに…
彼女にとっては…そうはならない。。
『…けど私にはもうないから。。
子供の就職も結婚も…新しい家族も。。』
「…そうだな。。
俺はずっと独身で子供はいないけど…
失うのは最初からいないのとは違うよな。。」
『…だから…知りたいの。。
あの子が最期に何を思って死を選んだのか…』
「…できることなら役に立ちたいけどさ。。
俺はそういうことを考える立場じゃないんだ。
語れることは…本当に僅かだぞ。。」
『…いいよ。。ほんの少しだけでも…
私はあの子のことを知ってるつもりだったけど
本当は…悪い母親だったんだよね。。』
「…そんなに自分を責めるなよ。。
自殺なんてほとんどは誰の責任でもないんだ。。
まして味方であるはずの親のせいでは…」
『…でもそれなら…叩くんにも悪いことしたよね。。
叩くんは何も悪くないってわかってたのに…
あの時は…酷いこと言ってゴメンね。。』
「…いいよ。それも仕事だから。。
俺こそ本当なら支えになってあげたいのに…」
…毎回だいたいこういう会話になる。。
本当にもどかしいことだけど…
俺は立場上、友ちゃんの支えにはなれない。。
だって恨まれるのは慣れっこでも、
遺族に同情してはいられない立場だから。。
…だけど仕事でなければ…
…立場が違えば…
…少しは支えになれるのかもしれない。。
昔から憎からず思っていた友ちゃんと
こんな会話を何度も重ねたら、
男としてなんとかしたいと思うのは当然。
きっと…そうするのが道理なんだ。。
今は二人とも独り身なんだし…
新しい家族ってのは…
こんな俺で役に立てるのなら…
「…あのさ。友…友子さん。。」
『…なによ叩くん。。急にあらたまって…』
「…その…よかったら俺とけっ…」
『……ゴメン…その先は言わないで。。。』
「でも…俺はキミを少しでも…」
『悪いけど…それだけはできないから。。』
「どうして??やっぱり恨んでるの??」
『…それはないって言ったよね。。』
「じゃぁ俺のこと…嫌いなのか??」
『…そんなわけないじゃない…
嫌いなら…こうして会ったりしないって…』
「…じゃぁ…なんで??」
『…だって私と一緒になったら…
叩くんはあの子の義父ってことになるんだよ。。
それだけは叩くんにはさせられない。。
家族にだけは哀しみを共感してほしいから…』
「……(´・ω・`)」
…そういう…ことか。。
今の関係なら…友人なら…
自殺課職員の立場としての感情を抑えた
第三者としての会話でいいのだろう。
だが義理とはいえ家族になってしまえば
こんな割り切った命の会話はできない。。
しかも大事な家族を自殺で失った感情は…
私にはわからない。。
仮に自分の身内が自殺したとしても、
彼女と同じ感情は抱けないだろう。
だって私の仕事は自殺者を見送ること。
毎日のように命を消し去ること。
それをいちいち哀しんでいては…
人として当然の感情を割り切れなければ
感傷の感覚を麻痺させなければ、
いずれ人格が崩壊するであろう。。
そんな…因果な仕事なんだ。。
だったらもうこれ以上は…
遺族と親しくすることはできない。。
私は黙ってその場を去ろうとしたけど…
『…ゴメン。。でも…
叩くんさえよかったらこれからもずっと
お付き合いはできれば嬉しいけど…』
「……いいのか??
俺はキミに同情も共感もできないんだぞ。」
『…でも…語り合いたいから。。
感情をぶつられる人は他にもいるけど、
本気で話をできるのは…叩くんだけだよ…』
「…なんで??俺はその。。」
『…勝手を言ってるのは分かってるよ。。
でも…私にはあの子しかいなかったんだから…
その最期を知ってるのは叩くんだけ……
そして…あの子の考えを理解できるのもきっと…』
「……それはそうかもしれないけど…」
『だから…少しでも正確に覚えていたいから…
同情でも共感でもなく正直に向き合ってくれる…
そんな叩くんがいなかったら私はもう……』
「……(´・ω・`)」
…よくよく考えれば…
初めてだな。。
友ちゃんがこんな涙を見せたのは。。
これまで気にも留めていなかったけど…
もう割り切れたからだと思ってたけど…
きっとこれまでも俺と会う時は
感情を抑え…
努めて冷静にいてくれたのだと思う。。
…昔から頭のいい子だったから…
感情を出すべき時と抑えるべき時。
自殺課職員である俺に語るべきこと。
理解した…大人の付き合いだったんだ。。
なのに私は自分の感情を優先して…
大切な友人を…女を泣かせてしまう始末。。
もう少し相手との付き合い方を…
特殊な立場であることを弁えるべきだったんだ。。
けど俺はあくまで第三者。
男だから割り切るしかないが…
彼女は母親だから…
女だから…
それは決して簡単ではないはず。。
「本当に…割り切れるのかい??」
『…わからない。けど今の私にできるのは…
あの子を記憶しておくことだけだから…』
「…それも大切だろうけど…
友ちゃん自身の人生も大事にしないと。。
俺にできることがあれば何だって…」
『…わかってる。でも叩くんにも…
自分を大事にしてほしいよ。。
仕事の感覚に染まりすぎないように…
それに私ができることがあれば…』
「それなら…今の月一回の関係が丁度いいな。
仕事だけじゃいけないけど…
その感覚も忘れてはいけないから。。」
『……そうだね。。
私もずっと感情を抑えるのは…
冷静でいるのはムリだろうから。。』
「…じゃぁそんな俺のためにも…
これからも良いお友達でいてください。」
『……こちらこそお願いします。。
我儘な女だけど叩くんの前でだけは…
少しだけ自分を割り切っていられそうだから…』
…こうして色々あったけど…
最後はいつものように淡々と話を纏めて
次回の約束もすることなく…
私は誰もいないアパートに帰る。。
そう…先月と先々月と同じように…
これが私の職業病なのかもしれない。。
風呂屋が異性の裸を見慣れるように…
銀行員が札束に何も感じなくなるように…
裁判官が遺族感情に共感しないように…
自殺課職員は…命に鈍感になるのだろう。。
家族を愛するという当たり前の感情にさえ…
友人と気持ちを共感するいう感覚にさえ…
鈍感になったのかもしれない。。
そんな私はもう…
何も大切にできないのかもしれない。
もしかしたら自分自身さえ。。
職業柄、当然の感覚を損なってしまう…
どんな仕事にもありうることです。
だけど命をやり取りする特殊な職場では
その歪は大きくなりがち…
叩一人…気の毒な人なのかもしれない。




