ファイル16 バカップルがやってきた
久々に自殺課の本流のようなお話です。
内容はありがちの重い話ですが、
あえて表現は軽目にしてみました。
『あのぉ…死なせてください。』
声の主は電動車イスの女性。
富士優子さん。25歳。
しかもよく見ると悪いのは足だけではない。。
…下半身は全く動いていないし…
…車イスを操作する腕の動きも鈍い。
よくここまで辿り着けたとさえ思えるほどだ。。
ここは県庁の自殺課。私は所長の叩一人。
…詳しくは第一話を読んでください。
なんというか…毎回スイマセン。
これを書いておかないと後々わかりにくいから。
…まぁそれはさておき。。
ウチにはこのテの人もよくやってくるんだ。
不自由な身体に苦しむ障碍者の方々…
気の毒だと思う一方…やむを得ないとも思う。。
だって五体満足でも生きにくい世の中にあって
自分の身体さえ自由にならないのだから。。
介護者をつけてなんとか動けたとしても…
その介護者の時間はどうなる??
彼らが仕事やボランティアで費やす労力は??
障碍者自身のプラスにはなるだろう。
個人的な楽しみでもあるだろう。
けど大の大人が介護に時間と労力を費やす。
障碍者自身も合わせれば、
二人そろって何の役にも立っていない。
それが社会全体にとって何のプラスになる??
そんなことを考えて…
生きられなくなる人も多いんだ。。
でもこの富士さんにはちょっと背景があるようだ。
彼女がウチについた数分後…面倒が起きた。
「スイマセン!!ここに優子は来てませんか!?」
「優子って…富士優子さんですか??」
『な…なんで守がここに。。』
「…あのぉ富士さん。この人は誰ですか??」
「やはりここにいたか…心配したんだぞ!!」
『…だって…私がいたら守は…』
「…あのぉ。。何があったんですか??」
「何を言うか!!優子がいなければ俺は生きては…」
『でも…私がいたら守は幸せには…』
「…あのぉ…」
こらぁ!!無視すんなぁ!!
っていうかなんだこの三文芝居は!?(≧◇≦)
っと思っても本人たちは至って真剣みたい。。
とりあえず落ち着いたところで話を聞いたところ…
この富司優子さんと喜美武守さん。
大学時代の同期で婚約までした仲らしい。
…しかしいわゆるバカップルで…
ドライブの最中に彼女さんがイチャつこうとして…
それが原因で彼氏さんが自損事故を起こし…
彼氏さんは無事だったものの彼女さんは頸椎を損傷。。
首から下が不自由になったというわけだ。。
自業自得としか言いようがないのだが…(´・_・)
彼女さんの家族は
事故を起こした側が一生面倒を見るべきだと言って
娘を見捨ててしまい…
彼氏さんの家族は
事故の原因を作っておきながら無責任だと言って
賠償も生活支援も拒否してしまい…
彼氏が一人で彼女の面倒を見ているらしいんだ。。
…でもそれはさすがに厳しくて…
若い二人ではどうにもならなくなったらしい。。
『…私がいるから守はまともな仕事に就けず…
バイト代で私の治療費まで支援してくれてるのに
それでも足りなくて…貯蓄も底をついて…』
「なるほどぉ。
それで自分はいない方がいいと…(-_-;)」
「だけど…俺にとって優子は全てなんです。。
優子がいない人生なんて…だから…」
「なるほどぉ。
それで彼女に生きていてほしいと…(+_*;)」
『でも…私がいなければ守は自由になれるのに…
きっと別の人と幸せになれるのに…』
「何を言うか!!優子なしに俺に幸せはない!!」
「…なるほどぉ。。
ホントよぉくわかりましたぁ…(´+ω+`;)」
…またまた三文芝居。。
…これしばらく放っとこ。。(*^o^)
でもどちらの言っていることもわかるんだ。
だって…
自分がいない方が誰かが幸せになる。
これは自殺課を訪れる理由の第一位とも言える動機。
しかも彼女のそれは…紛れもない事実。。
その人がいないことが耐えられない。
これは自殺を止める理由の第一位とも言える動機。
しかも彼氏のそれは…背徳感も込みだ。。
でもどうすればいいんだろう??
追い帰して保留にしようにも彼女さんは障碍者。
もう自力ではここに来られないかもしれない。。
彼氏さんは彼女の介護のせいでまともな職にもつけず
経済的にも体力的にも精神的にも疲弊してる。
ここから好転する要素も見当たらない。。
…こういうケースは本当に難しいんだ。
けど…無視するわけにもいかない。
勝手に心中したり後追いなんてされたら
それこそ私の責任問題になる。。(*_*)
…となると…
「…とりあえずここは…
お二人で話し合ってはもらえませんか??」
『どうして!?ここにくれば死ねるって聞いて…』
「そんなことさせない!!お前は生きろ!!」
「あのね。。それじゃ埒があかないでしょ??
それにウチではいろんな人生が垣間見えるから。
人間観察でもしながら考えなさいって。。」
『たしかに…それもそうですね。。』
「他の自殺志願者を見れば冷静になれるかも…」
というわけで私の選んだ方法は…
<他の自殺志願者を見せる>というものだ。。
これ実はしばしば自殺課で使われる手法。。
こうすることで自分を客観視させることができる。
彼氏さんの言う通り冷静になれる人も多い。
これを見て…自ら結論を出せる人もいる。
幸い(?)にして今日は客が多い。。
若い二人には色々と学ぶところがあったようだが…
…どうも影響を受けすぎたようで…
『私…やっぱり死ぬのをやめることにします。。』
「ほう。それはまたどうして??」
『だって私には思ってくれる人がいるから…
守のためだけにでも懸命に生きてみようと…』
「なるほど。
それもいいかもしれないね。。(・ω・`)」
「俺…優子の好きにさせてやろうと思います。。」
「ほう。それはまたどうして??」
「だって優子の人生だし…
俺の勝手でアイツを苦しめるのはもう…」
「なるほど。
そうかもしれないね。。(・v・`;)」
なんか…急に立場が逆転しちゃった。。
これまで死にたがってた人が死ぬのをやめて…
これまで止めたがってた人が好きにさせようとする。
まぁこれならとりあえず自殺には至らない。
めでたしめでたしといきたいんだけど…
実はまだ何も解決しないないんだ。。
だって
彼女さんは相変わらず不自由な身だし…
彼氏さんの困窮は解決の目途がたたない。。
このままではジリ貧なんだけどそのあたりも、
二人とも考えてないワケではなさそうだ。。
『だから私…もっとリハビリを頑張ってみます。』
「ほう。それはまたどうして??」
『だって私が自立することができれば…
守は自分の人生を歩むことができるから…』
「しかし…それは可能なのかい??
脊髄損傷からの回復は簡単なことでは…」
『…完治はムリですけど仕事をできるくらいは…
自分にかかる費用を自分で稼げる程度には…』
「…そうだね。。
それがいいと思いますよ。。(*^o^*)」
「俺も…ちゃんとした仕事に就こうと思います。」
「ほう。それはまたどうして??」
「だって俺自身がちゃんとしないと…
優子がまた余計な心配をしてしまいますから…」
「しかし…介護をしながらで可能なのかい??」
「…正社員はムリかもしれませんが…
せめて自分で誇れる仕事くらいはできなけらば…」
「…そうだね。。
キミ自身が幸せでないとね。。(*^∀^*)」
…二人ともいい方向に考え方が変わった。
おそらくもう死にたいとは言わないだろう。。
今度こそめでたしめでたしといきたいんだけど…
現実には二人ともかなり厳しい選択だ。
これまでは決断さえできなかったことなのに…
…本当になし遂げられるのだろうか??
『だって…それが守のためですから。。
守の人生のためなら私はどんな努力だって…』
「それは俺も同じだよ。俺が頑張れば優子が
苦しまずに生きていけるというのなら…」
…なるほど。そういうことか。。
これは思った以上に成果が出たみたいだな。
そもそも自殺課に来る人には…
努力不足か我慢不足が多く含まれるんだ。
だからと言って怠け者というわけでもない。
何をしていいのかが不明瞭というか…
努力の動機づけを見つけられない人が多い。
同様に我慢する理由を見失う人もいる。
…これに対して自殺を止めようとする人は
気楽にいけとかそのままでいいとか、
死ぬより辛いことはないとか、
だから死ぬ気で頑張れとか言うんだけど…
気楽にそのままでは大抵はジリ貧。
死ぬより辛いことなんて珍しくもない。
だから…死ぬ気では頑張れない。。
…でも一方で…
必死で努力すれば解決するかもしれない。
その動機さえ見つけられれば…
死ぬ気で頑張ることは可能なはずなんだ。
では何がその動機かというとやっぱり
自分以外のため。。
自分の命なら捨てることができる人でも
誰かの人生を損なうことはできない。。
自分の人生を捨てることさえできる人でも
誰かの命が消えることは耐えられない。。
…そのことにようやく思い至ったから…
これまでできなかった努力ができるのかも。。
こうして…
喜美武さんと富士さんは帰って行った。。
決して平坦な人生にはならないだろうけど
自分以外のために努力を重ねられれば…
…きっと生きてはいけるだろう。。
苦労は多いだろうが幸せにはなれるだろう。
少なくとも今日の選択を後悔しない程度には…
「ふぅ…終わったぁ。
今日は本当に疲れたよ。永井主任。。」
『何を言ってるんですか。叩所長。
この忙しいのに丸一日一人の客にかまけて
他は全部私に押し付けといて!!』
…そうだ…忘れてた。。
今日は私と永井主任の二人だけだったんだ。。
…なのに客の入りは抜群で…
もうすぐ業務時間が終わるというのに
未処理が三人も残ってるの??
「はは。こりゃ大変だ。
悪いけど残業につきあってくれるよね??」
『だから何を言ってるんですか!?
私は定時であがるって言いましたよね!!』
「えっ??そんな殺生な…」
『…じゃぁ失礼します!!』
「……(´・△・`)」
永井主任…本当に帰っちゃうの??('Д')
このお気楽公務員!!(>_<)
…というか…
今から私一人で三人も捌けってことなの!??
しかもこの人たち相当に待たされてたらしく
気が立ってるみたい。。(;'∀')
「こらぁ!!…アンタまでワシを無視するのか!!?」
『こんなに待たせるなんて…私を軽く見て…』
「俺は…俺は…俺はぁ……」
…あぁ…もういいよ!!(=`゜ω゜)ノ
ワシだの俺だの私だのって性懲りもなく…
考えるのもバカバカしくなった!!
もう…わかった!!
みんなお望み通りにする。
事務的に処理して逝かせてあげる。
書類だけ書いたら私も帰るからね!!
じゃぁ!! (^◇^;)ゞ
自分のためには頑張れなくても
誰かのためになら頑張れる。
そうやって頑張るってことが…
生きるってことだと私は思う。




