ファイル11 生きる理由を失くした人がやってきた
ちょっと前回の続きです。
気になる方は前回もあわせてお読みください。
…♪ジングルベール、ジングルベール、クリスマス~♪
街はだいたいこんな感じ。。(*^∀^)
クリスマスやら忘年会やらでみんな楽しく忙しそう。
これを終えてもういくつ寝ればお正月。。
だからというわけでもないが普通の企業なら忙しいはずの年末…
わが自殺課はけっこう暇なのだ。( ^ω^ )
かつては年末に借金取りが来るから自殺ってのもあったが、
今時の借金取りは何と言うか…季節感がないらしい。。
そして季節感のない人は他にもいるようで…
こんな楽しい時期にもやっぱり、
死に急ぐ人はいないってわけでもない。。
「私を…逝かせてもらえませんか?」
「それはまぁ我々の仕事ですからその…」
やってきたのは身形のいい初老の男性。
体も頭も老けこんではいないようだが…
その表情はとても暗い。。
大沼良秀さん。69歳。
つい最近まで某大手企業の役員だったらしい。。
ずっと仕事仕事で家族を顧みない生活をし…
友人もプライベートもない生き方を貫いていたが…
その一方で引退したら妻に恩返しをしようと
密かに色々と計画していたらしい。
なのに一年ほど前に退職が決まったとその日…
最愛の妻が急死してしまった。。
するととたんに…
人間関係がなくなったらしいんだ。。
「…それで先日…妻の一周忌を済ませた。。
…会社も引退し…趣味もなければ友人もいない。
…それに今では国の年金に頼る卑しい身分…
…残念だが私にはもう…生きる理由がないんだ。。」
生きる理由がないと言われても。。
体も頭も健勝で貯蓄もあるのになぁ。
それじゃぁ今時の老人に生きる理由がある人の方が
少数派のような気がしますよ。。
書類を書いてもらったけど…
しっかりした丁寧な字。理路整然とした文書。。
繊細で誠実な人柄がこの一枚で見て取れる。
…なぜこんな優秀な人が死にたがる??
でも本当に必要な人ほど自己評価が厳しいから。
逆に無用な人ほど自分に甘く他人のせいにするから。
憎まれっ子世に憚るなんていうけど
逆に言えば善人ほど…
生きにくい世の中なんだろうな。。
「では大沼さん。いくつか確認をさせてください。」
「はい。答えられることなら。。」
「奥様を亡くされてからは一人暮らしですか??」
「はい、そうですが。。」
「お子さんは??」
「一人いましたが行方不明です。
もう死んだものと思ってますよ。。」
「…他にご家族は??」
「両親は他界しました。兄弟はいません。」
「連絡を取れる親族は…いないのですか??」
「本家に従兄がいます。。
何年も会っていませんがこちらに連絡いただければ…」
…なんとも寂しい人間関係だ。(´・_・`)
会社役員まで務めた立派な人が
連絡先にさえ苦慮する始末。。
でも初老の男性にこういう人はけっこう多いんだ。
特に仕事人間の引退後は多かれ少なかれこんなもの…
実は自殺課には彼らのようなタイプが多く訪れる。
その多くは容易に立ち直れないほど心を病んでいるが…
この人は違う。。
人間関係…人生の意味をまだ再生する余力はあるはず。
だとすれば…
「では大沼さん。一つ提案ですが…
しばらくウチのサポートをしてはいただけませんか??」
「…お仕事のサポートですか?」
「はい。あなたは生きる意味がないとおっしゃられた。
逆に言えば、意味さえあれば生きられると思いましてね。
うちでよければお役に立てると思いますよ。」
「自殺課が私の役立つなんて…それは大変でしょ。
あなたは誰にでもそんな提案もしているのですか??」
「…逆です。大沼さんがウチを通して世間の役にたつんです。
あなたはそれができる方だから…特別に提案しました。」
「私が世の中の…役に立つ??」
「はい。会社役員まで務めたキャリアをお役立てになれば、
世間の役に立たない卑しい身分ではなくなります。
それで貴方の…死ぬ動機はなくなりますよ。」
「しかし…役所が急に人を雇えるもんですか??
予算だって決まってるんでしょ??」
「ですからできればボランティアでお願いします。。
その代り業務命令も勤務時間もありません。」
「無給とは厳しいですな…」
「ただ…給与があってはあなたは気を使うでしょ。
それに私は雇用主ではない。
あくまで世の中とのつながりを提供する立場ですから…」
「はは…じゃぁ入会料を払わないといけませんかな??」
「いやいや。それはその…
労働で返していただくと言うことで…(^^;)」
…これでいいんだよな。。
だってこういう人は概して遠慮がちだから。。
自分のために良くしてくれる人には必ず気を使う。
条件が良ければ良いほど…断わる性分なんだ。
…だから気を使わせてはいけない。
…恩を着せる態度だけはとってはいけない。
だって…世の中のプラスでなければならなから。
誰かの負担になるなら生きていられないから。
この人はきっと…そういう生き物なんだから。
「では明日から毎日ここに来ていいのですか??」
「…そうして頂きたいのですが年末ですからね。。
数日後には正月休みに入ってしまいまして…」
『年末って?まだ忘年会もしてないのに??』
「…そういえばまだだったな永井主任。
伊野さんも…今晩でよければ空いてる??」
『じゃぁ決まりですね。大沼さんの歓迎会も兼ねて。』
「…しかし…この時期に行ける店がありますか??」
「大丈夫ですよ大沼さん。私の行きつけの店がありますから。
しかもそこはいつも客が少ないですから。」
「しかし…私なんかが忘年会に参加して宜しいんですか??」
「もちろんです。三人より四人の方が楽しいですから。」
『そうですよ。折角のお祝いなんだから。。
同僚を相手にいつまで遠慮してるんですか??』
「…それなら…お言葉に甘えて…」
こうして…今度はボランティアが増えた。
実は自殺課の営業所にはこういった相談役が少なくない。
世間との繋がりの切れた、役立ちたい人に場を与える…
これもまた公僕の大事な役割だと思うんだ。
ただ…繋がりは意外なところにもあったようで…
『いらっしゃいませぇ。あ、叩さん久しぶり。。』
「やぁ小池さん。今日はスナックの客としてでなく…
普通に忘年会だけどいい??」
『いいよ。この時期でもウチは客が来ないから。。』
「あとこちらはボランティアで来て下さった大沼さん。」
『はじめまして。小池めぐみと言いますって??あれ??』
「め…恵??」
『お父さん!??』
…あらららら。ウソでしょ!??
大沼さんの行方不明のお子さんって…
こんな所にいたの??
ちなみに小池は偽名で…本名は大沼ってこと??
じゃぁウチの書類にずっと偽名を書いてたの??
…ったくこの人…成就する気ゼロ??
…とはいえその後は忘年会にはならず…
…みんなで親子喧嘩を聞くことになってしまった。。
聞けば小池さん…
一流のお嬢様大学の出身らしい。。
けどその時に水商売のバイトを経験して…
その道にはまってしまったらしい。。
そんな娘を心配した大沼さんは頭を下げて
コネで就職先を用意してくれたのに…
親の心子知らず。。
小池さんは勝手に断ってしまい…
顔を潰された父は娘を激しく叱りつけ、
娘は家出して音信不通になって…
『だからお父さんは世間体を気にしただけでしょ!?』
「違う!!お前の将来を案じたからだ!!」
『それが嫌だったの!!決められた人並みの人生なんて…
私は我慢できなかったの!!』
「その結果どうなった!??
こんな場末の店でホステスだと!?それで幸せか??」
『幸せだよ…』
「でも娘さんは自殺課の常連でして…」
「なんだと!!じゃぁ不幸のどん底だろう!??」
『…じゃぁ…なんでお父さんは自殺課にいるのよ!??』
「それは。。。」
『もう!!私はそんな雁字搦めの人生が嫌だったの!!
お父さんとは考え方が違うのよ!!』
「まったく…なぜこの子はここまで私と違うんだ…」
『そうよ、、価値観が違いすぎる、、』
いやいや…似たモノ親子でしょ。。
これってその同族嫌悪ってヤツでないの??
だって忘年会の終わりまでずっとケンカしてたくせに
小池さんは翌週にはアパートを引き払って、、
父親と同居することになったんだから。
…年老いた父が心配だって言ったけど…
あの小池さんに誰かを心配する余裕があるの??
…尻軽の娘が心配だって言ってたけど…
40を過ぎたオバサンにそんな心配してどうするの??
まぁ…その辺が似たモノ親子なんだろうな。。
ただ間違いなく言えることは…
誰かの役に立ちたくて仕方のなかったこの二人に
心配できる相手ができたってこと。。
生きる理由のなかった死にたがり屋の二人に…
だったらこれでいいんだよな。。
少なくともこれで自殺する動機はなくなったんだ。
これで私も少しは楽になる、、( ^ω^ )
とはいえ…私はどうなんだろう??
53歳で独身。両親はすでに他界。
仕事を引退したら何も残らない身の上。。
長生きしようなんて微塵も思わないけど…
自分から死を選ぼうとまでは思わない。
とはいえそんな老後に耐えられるのだろうか??
案じるモノのない…意味のない老後に…
不仲でも考え方が違っても案じるべき相手がいる。
この親子はあれでいて…
意外に幸せなのかもしれないな。。
もうすぐクリスマスイブ…
これって最高のプレゼントなのでは??




