最終章 それでも犯人を見付けだす事が出来たんだ
一時間ほど祥子さんの部屋で計画を立てた俺達は、未だ静かな2階に安堵し、計画を実行する事にする。
まずは祥子さんがあすみの遺体を発見し尾崎、九条を呼び出す。
そして3人でそのまま俺の部屋、そして1階の三島の部屋に向かい全員を呼び出す。
当然透と恭一郎の部屋にも声を掛けるが返事は無い。
多分ここで尾崎辺りが鍵を開けろと騒ぎ出すのだろう。
一度祥子さんの部屋に全員で向かい、マスターキーで部屋を開ける。
当然二人とも各部屋にはいない。
事前に俺の部屋のベッドで死んでいる透は恭一郎の遺体を隠した様に、何処かに隠す手筈だ。
どこに隠すのかを尋ねても祥子さんは笑うだけ。
さして方法に興味の無い俺は遺体の件は祥子さんに任せる事にしている。
そんな状況で尾崎、九条、三島が出す答えは決まっている。
『飯島透と大森恭一郎が七貝あすみを殺した犯人だ』。
そして神田や美紀も透と恭一郎が殺したと尾崎が騒ぎ立てるだろう。
何故ならあいつ等二人の『アリバイ』はお互いがお互いのアリバイを立証していたに過ぎないのだから。
『共犯』と分れば馬鹿なあいつ等でもアリバイの意味が無い事くらい気付くだろう。
そうなれば奴らの意識は一気に、姿を隠した透と恭一郎に向く事になる。
云わば『隙だらけ』の状態。
俺はその中で3分の1の確率での『報復』を、自分のタイミングで行えば良いだけ。
もはやあの5名の中に『犯人』が居なかった時点で、俺にはこいつらのうち『誰が犯人』なのかは全く分らない。
もうこの中にはいないのでは無いか、とすら考えている程だ。
しかしあと3日は迎えの船が到着しない。
どちらにせよ、この『洋館』に呼ばれてしまった時点で―――。
―――『死ぬ運命にあった』のだと、自分の不運を呪って、死んでくれ。
◆◇◆◇
部屋を出た祥子さんは俺の部屋に向かい透の遺体を何処かに隠した。
俺はその間、もう一度3人の中で最も『犯人』に近い人物はいないか頭をひねっていたが、頭一つ分『尾崎』が有力であるという以外は全く検討を付ける事も出来なかった。
恭一郎の自白から尾崎の所属している〇〇党に裏金が回っていたのは事実と分ったが、
それはまだ尾崎が〇〇党から出馬する前の話だ。
そもそも、その話が『真実』だと出馬前に尾崎が知っていたとしたら、そんな疑惑の党からこれから自分の人生をかけて出馬しようという人間が立候補するだろうか?
しかも『スキャンダル』が報道されてされてからは、『カネ』は〇〇党では無く、恭一郎の個人通帳に振り込まれていたのだ。
尾崎の手元には全く『カネ』が流れない。
あいつには何もメリットなど存在しない、それよりも『デメリット』の方が遥かに多い気がする。
そう考えれば『頭一つ分抜いている』どころか『頭一つ分可能性が低い』と考えるべきか。
そんな事を考えていると、透の遺体を隠し終えたのだろう、祥子さんが部屋に戻って来た。
「……準備は……宜しいのかしら?」
俺の質問に無言で頷く祥子さん。
「……では……行きましょうか……」
そして俺達は、『計画』どおりに事を進めた。
◆◇◆◇
「どこだ! 何処に隠れている! この薄汚い殺人犯どもめ!!」
解放され、容疑が晴れた事に安堵したのか、尾崎が各部屋を回りながら吠える。
「本当に……あの二人が共犯して……?」
尾崎の少し後ろに付きながら恐る恐る掃除のモップを片手に震えている九条。
「あんた男でしょう! もっとしっかり前に出なさいよ!」
後ろから三島にどつかれ、意気消沈気味の九条。
「……すいません、九条様……。男の方が少ないものでして……」
後ろに俺と一緒にいる祥子さんが九条に労わりの声を掛ける。
「あ、いや……大丈夫です……! ぼ、僕だって男ですから……!!」
何故か祥子さんの一言でやる気を見せる九条。
今流行の草食系男子みたいだな、と俺は心の中でそう思う。
「くそ、どこに隠れてる! この俺を丸2日も閉じ込めやがって! ふざけるのも大概にしろよ犯罪者どもめ!」
相手は男2人。
対するこちらは男2人と女が3人。
数で上回っている事での強気の発言なのだろう。
政治家よりも政治家らしいその態度に、今後の未来を託してみても良いかもな、と心の中で苦笑する俺。
と、ふと足元に目をやる。
尾崎は男物の大きな革靴を履いている。
かなり足は大きい方なのだろう。
対する三島はかなり足が小さい。
踵の低いハイヒールを履いてはいるが、多分今の俺でさえ足が入らないほどの小ささだ。
俺は震えながらモップを持つ九条の足元をそれとなく見やる。
九条は特に大きくも無く小さくも無いサイズに見える。
何も『特徴の無い足』、と言った方が良いだろうか。
俺はあの日、犯人の履いていた特徴的なシューズと、足の『大きさ』を思い出そうとする。
しかし、特にこれといった特徴を思い出せなかった。
そこで俺はピンと来た。
『シューズの柄ばかりが目立ってしまい、足の大きさについては特徴が無く、全く思い出せない』
それはつまり―――。
―――特徴の無い足の大きさをしている『九条直人』が、あの時の『犯人の足』に一番近い、という事だ。
◆◇◆◇
そしてその後くまなく洋館の2階、1階、庭、そして神田の遺体を保管してある『冷氷庫』、
ありとあらゆる場所を皆で捜索したが、透も恭一郎も見付からなかった。
「……まるで『幽霊』よね……」
タバコに火を点け三島が言う。
「へ、変な事言わないで下さいよ……三島さん……」
震えながら九条が三島に訴える。
「おい、管理人! この湖畔からは本当に外には出られないんだろうな!」
尾崎が祥子さんに向かい吠える。
「……はい。3日後に到着する予定の客船以外は、この湖畔からは外に脱出する方法は御座いませんので……」
楕円形の湖畔の周りは湖しか見えない。
「……まさか……泳いで逃げたって事は……」
九条が遠くを見やるように言う。
「あんたねぇ……。私達が船でどれくらいの時間掛けてここまで来たと思ってるのよ……」
「……ですよね……」
三島に言い包められ肩を落とす九条。
「……取りあえず、洋館に戻りましょうか……。ここに居ても仕方の無い事ですし……」
俺の提案に皆が賛同する。
「まだ日は高いですがそろそろ夕方になります。……早いですが、お食事の用意を致しましょう……」
俺達は祥子さんを先頭に洋館へと戻る事にした。
◆◇◆◇
『1階:リビング』
祥子さんは手際良く5人分の食事を用意する。
「……たった3日で……半分の人数になっちゃいましたね……」
用意された食事の数を数えた九条が誰とも無しに呟く。
「ふん……。何処に隠れているのかは知らんが、いい気味だ。そのまま飢え死んでしまえばいい!」
尾崎が吠えながらも配られた料理に手を付ける。
「……貴方馬鹿なの?2、3日食べなくたって人は餓死なんてしないわよ……。良くそんなんで議員に立候補なんて出来たわね……」
「なんだと!」
三島の一言で椅子から立ち上がり叫ぶ尾崎。
「何よ。本当の事を言っただけじゃない。……ねえ?絵里ちゃん?」
「え? ……あ、いや……私は……」
尾崎が俺まで睨んで来る。
「……おやめ下さい皆様。さあ、せっかくのお料理が冷めてしまいます……」
熱々のステーキを用意した祥子さんは皆の前に皿を配り始めた。
「う……」
皿の肉を見た瞬間、口を押さえながら九条は立ち上がりドアの外へと走って行ってしまう。
……きっと肉を見て思い出したのだろう。
無残な死に様の美紀やあすみの姿を。
今でもまだ尾崎の部屋の前にはあすみが無残な姿のまま放置されている。
明日までにはあの遺体を何処かに移動させなければ洋館中に『死臭』が漂ってしまうかも知れない。
……美紀の遺体は浴室にそのまま放置し、扉を厳重に閉じてあるだけだが。
「……若造が……。あんな死体を見たくらいで吐き気など……」
尾崎が捨て台詞を吐く。
ここに来たばかりの時は良き先輩後輩として談笑していたと言うのに随分と態度が変わったものだ。
祥子さんが九条の様子を見に行こうとしたので、俺は目で合図を送る。
「私が様子を見に行きます。……皆さんは先にお食事を続けていて下さい」
そう言い椅子から立ち上がった俺は中央扉から外に出、九条の後を追った。
◆◇◆◇
何処に行ったのだろう。
洋館を出た俺は、徐々に日が傾いて行く空を眺めながらも九条を探す。
(……居た……)
九条は洋館を西に少し行った林の中で蹲りながら胃の中の物を吐き戻していた。
「九―――――」
声を掛けようとした瞬間、俺はまたあの頭痛と眩暈に襲われる。
(ちっ……! こんな時にまた……!)
視界が歪む。
俺はすぐに常備しておいた鎮痛剤を水なしで口に放り込み、飲み込む。
効き目が出て来るまで少し時間が掛かるだろう。
俺はこめかみを押さえながら九条に一歩、また一歩と近付こうとする。
「―――――!」
来た。
またこのデジャヴか。
何なのだ、一体これは?
俺の脳裏に少女が映る。
今までと同じ様に何かに怯えている。
……また、別の少女?
前回と前々回のデジャヴに出て来た少女と全く違う容姿の少女だ。
……首を絞められている?
何故だ?
何故彼女は首を絞められているのだ?
脳裏に浮かぶ少女は涙と涎をたらしながら手足をバタつかせている。
何故俺はこの少女を助けてあげないのだ?
きっとこれはクローゼットか何処かに隠れていて、少女が殺される姿を覗いている光景なのだろう。
恐怖で動けないのだろうか。
やがて少女は動きを止める。
少女のスカートからは黄色い液体が滴り落ちていた。
少女はそのまま落ち葉の上に寝かされる。
……ここは……林の中か……?
彼女は何処かの林で誰かに殺されたのか?
ならば俺は一体何処からこの光景を覗いているのだ?
そして少女を殺害した『犯人』は鞄からノコギリの様な物を取り出す。
……おい……それで……一体何をする気なのだ……?
『犯人』は少女の服を全て脱がし、ノコギリの刃を左腕に宛がい―――。
……止めろ……お前は一体……なんでこんなに酷い事を……?
―――躊躇無く、何度も、何度も、嫌な音を上げながらノコギリを引いた。
◆◇◆◇
俺はこめかみを押さえながら一歩ずつ前へと進む。
まだデジャヴは収まらない。
俺の脳内で少女が一つずつの『パーツ』にばらされて行く。
前方には蹲っている九条の姿が見える。
まるで『現実』と『夢』とが混ざってしまったかのようだ。
俺は重い足取りで九条に近付く。
と、足音に気付いたのだろう。
九条が後ろを振り向き立ち上がる。
『……あ、絵里さん……。すいません……。わざわざ来てくれたんですね……』
声が随分遠くから聞こえる気がする。
耳鳴りもする。
俺は九条の手前まで来れたは良いが、そのまま前のめりに倒れてしまう。
『!! 絵里さん!!』
咄嗟に俺を受け止めた九条。
俺は九条の胸の中でデジャヴと戦っている。
『犯人』はまだ少女を一つ、また一つと『パーツ』に分けて行く。
九条が俺の名前を呼んでいる気がするが、俺の耳には既に届かない。
少女は左腕、右腕、左足、右足、下半身、右胸、左胸まで『パーツ』を分けられていた。
そして『犯人』がノコギリを首に当てたその時。
目を見開いたまま絶命している少女の『目』に『犯人』の姿が映る。
……?
俺はその『意味』を理解出来ずにいた。
……何故だ?
少女の目に映った『犯人』は恍惚の笑みを浮かべながら少女の首に宛てたノコギリを何度も何度も引く。
その度に血飛沫が舞うが、『犯人』は気にする素振りすら見せない。
それよりも血飛沫が舞う度に笑みがこぼれている様にも見える。
……何故なんだ?
俺は事態を理解出来ない。
何故なら少女の『目』に映っていた『犯人』は―――。
―――『大泉大輔』そのものだったから―――。
◆◇◆◇
『……りさん』
声が聞こえる。
『……えりさん』
これは九条の声だ。
「大丈夫ですか! 絵里さん!!」
「……ん……」
俺は目を覚ます。
「ああ……良かった……。急に倒れ込んで来るから心配しましたよ……」
ほっとした表情の九条が目に映る。
そして九条の『目』に映ったものに驚愕する。
「ひっ……!」
そこにはあの少女をバラバラにしてた『大泉大輔』の、あの『笑み』が映っていた。
「?? ……絵里さん……?」
が、すぐに『蓮城寺茜』の姿に戻る。
(……何なんだ……さっきの『夢』は……?)
俺は頭を振りながらも立ち上がる。
「……あの……大丈夫、ですか……?絵里さん……?」
俺に続けて九条も立ち上がる。
「ええ……御免なさいね、九条さん……。何だか急に眩暈がしてしまって……」
取りあえず取り繕った俺は九条に笑みを見せる。
その瞬間、また俺の脳裏にあの『大泉大輔の笑み』が浮かぶ。
「―――っ―――」
「絵里さん?」
俺は再び頭を抑える。
……これは……?
徐々に何かが俺の頭に迫って来る。
……これは……まさか……?
まるでジェットコースターにでも乗っている様な感覚。
次から次に風景が物凄いスピードで脳内をかき回してゆく感覚。
……記憶……?
……これは……俺の……『大泉大輔』の……記憶?
早送りのビデオの様に凄いスピードで画面が切り替わって行く。
俺は……記憶を失っていたのか……?
失っていたのは『蓮城寺茜』では無く……。
早送りが突如終わりを迎える。
その瞬間、俺の視線はあの『特徴的なシューズ』を映していた。
そうか……。
俺はようやく気付いた。
『犯人』が持つ『鈍器』で『一番最初に衝撃を受けた箇所』。
『右耳の下あたり』に強い衝撃を受け、俺はコンクリートの壁まですっ飛んで行った。
そして新聞記事によると『ほぼ即死』と書いてあった事から、俺に向けられたこの『最初の一撃』が致命傷だったと分る。
この部分への『衝撃』が直接の『死因』であるならば。
俺は『過去の記憶』が詰まっている『海馬』にダメージを受けて『死亡』した、という事だ。
◆◇◆◇
「ククク……ククククク………」
「……絵里……さん……?」
九条の顔色が徐々に変わる。
俺の表情がどんどん変わっている事に驚いているのだろう。
「そうか……ククク……俺は……そういう男だったんだっけな……」
「絵里……さん……? 一体何を……?」
俺は全てを思い出した。
そうだよな。ずっと引っかかっては居たんだ。
俺は今までどうやってこの心の内に秘めたどす黒い感情を発散していたのか。
俺は何故『蓮城寺茜』として『転生』してからもこんなに『非情』でいられるのか。
俺は何故毒薬の知識やナイフの使い方を知っていたのか。
俺は何故綿密な計画を立てる『癖』が付いていたのか。
俺は何故こんなにも人を欺く事に慣れているのか。
俺は何故人を殺す事に何の躊躇いも無かったのか。
あのデジャヴに登場する少女達は何者なのか。
挙げていけばきりが無い。
それらの『理由』が、蘇った『記憶』により全て明らかとなった。
まさか『大泉大輔』として脳の海馬にダメージを受けて死亡し、
その後『転生』を果した後も『死んだ瞬間に飛んでしまった記憶』を『喪失』したまま、別の人間として『蘇る』とは想像すらしていなかった。
あの『金髪の女』め……。
奴は全てを知っていたはずなのに、何一つ俺には教えなかった。
俺が『大泉大輔』として行って来た俺の趣味―――。
―――『連続少女誘拐バラバラ殺人事件』の事を。
◆◇◆◇
今思えばなんて事は無い。
あの日、『大泉大輔』が本当に『殺されているのか』を確認した日。
俺のアパートには既に警察が調べに来ていた。
あの時の俺は『蓮城寺茜』として『転生』を果したばかりで上手く頭が回っていなかったが、
考えてみれば何故あんなに沢山の警察官が押し寄せていたのかと不思議に思う筈だ。
たった一人のサラリーマンが通り魔に遭って殺害されただけであの人数はあまりにも大げさでは無いか?
殺されたのは前日の深夜、それからたった数時間で家宅捜査まで踏み切るだろうか?
生前の俺は『コレクション』の趣味も持っていた。
バラバラに殺してから死姦し、その光景を携帯の画像に収める。
きっと俺の遺体の遺留品から『バラバラ殺人の被害にあった少女達の画像』を発見した警察が、慌てて俺のアパートを捜索したのだろうな。
しかし俺は自宅に証拠など残していないから、『犯人が判明した』という発表がまだされていないという所か。
しかしそのお陰で俺は『記憶』を失ったまま『報復』という行為に集中出来たと言う訳だが。
「ククク……一体何だってんだよ……まるで女神様に良いように振り回されてるだけじゃねえか……」
俺は未だ困惑した表情の九条に目を向ける。
「なあ……お前、あの日『大泉大輔』が殺された深夜……近くの居酒屋に居たよなぁ……」
俺はにやっと笑いながら九条を見下ろす。
「―――――!!!!」
意外にも目を見開き絶句する九条。
「?? なんだぁ? その反応はよぅ……?」
「どうして……?」
「ああ?」
「なんで……? 私は……私は上手くやった……はず、なのに……!!」
上手く、やった?
おいおい、ならこいつが俺を殺した『犯人』かよ。
「おい、九条直人……。お前が殺したのか? 鈍器で何度も何度も『大泉大輔』を……この俺を殺したってのかよ?」
「!!!!」
……なんだ?この過剰な反応は?
目の前の九条は何かに怯えた様子で全身を震わせている。
「……どうして……私……ちゃんと『報復』を……」
「な……んだと!」
「ひっ!」
俺は咄嗟に九条の胸ぐらを掴んでいた。
まさか―――!
「……どうして……せっかく『転生』出来たのに……嘘だったの……? ……あの金髪のお姉さんは……私に……『嘘』を……?」
こいつ……知っている?
そして俺は九条の目を見てハッとする。
……似ている……。
俺が『前世』で最後に殺した少女の『目』に。
この怯えた表情の『目』が、九条の『目』が―――。
「ククク……」
俺は笑いが込み上げて来るのを抑えられない。
「お前が……! お前が俺を『報復』したのか……! あの『金髪の女』から『第二の人生』を与えられて! ククク……! マジか……! マジで『こんな事』がありえるのか……!!」
俺は高らかと笑う。
九条直人。
こいつは俺が『最後に殺した少女』が『転生』した人物だ。
バラバラにされ、俺に殺された少女は俺と同じくあの『白い空間』に飛ばされ、
そして『金髪の女』にこう言われたのだ。
『このまま潔く成仏するか。それとも第二の人生を歩むか』
そして少女は当然選ぶだろう。
『……分りました。貴女は第二の人生を選ぶのですね?』
少女はこの言葉に歓喜しただろう。
そして次の言葉は決まっている。
『……しかし貴女には試練が御座います』
『……これから貴女は転生致します。……しかし、転生出来る時間は30日だけで御座います』
『……その30日の間に、貴女は探すのです。……貴女を殺害した者を……』
『……そしてその者に対し『報復』するのです……。そしてそれが時間内に達成されれば―――』
『―――貴女は、第二の人生を、天寿を全うするまでの期間分、手に入れる事が出来るでしょう―――』
◆◇◆◇
「ククク……お前は……『水神れい』だな? そうなんだな……?」
「ひっ……!」
青ざめる九条。
当たりだ。
俺が最後に林の中でバラバラにして殺した少女。
今さっきデジャヴに登場した少女。
彼女もまた『転生』し、『性転換』し、あの金髪の女から『報復』の使命を受けたのだ。
そして俺を見つけ出し鈍器で殴り殺害し、『報復』を成し遂げた。
そりゃあ、何度も何度も、脳髄が地面のコンクリート一面に巻き散るまで殴り続けるわな。
これ以上無い程の『恨み』がこの俺にあるのだ。
鈍器で一発殴って気が済む訳が無い。
あの女物のスニーカーも、考えてみれば今時の少女が好みそうなデザインじゃないか。
大人であんな派手なスニーカーを履いている奴なんてそうそういない。
最初は捜査撹乱の為にあんなスニーカーを選んだのかと思ったが、なんて事は無い。ただの少女の『趣味』だったのだ。
「……どうして……なんで……私は……」
全身をガタガタと震わせている九条直人。
俺は太ももに固定してあるナイフのベルトをそっと外す。
……また、同じ様な光景になっちまったな、れいちゃんよぅ……。
運命とは皮肉な物だ。
せっかく『報復』に成功し『第二の人生』を手に入れたのに。
こいつの『天寿』は、また同じ『犯人』である俺に『報復』されてその短い転生人生を終えるのだ。
これは永遠に続く『殺し合い』なのか?
俺が九条直人を殺したら、またこいつはあの『白い空間』に飛ばされ、金髪の女から『選択肢』を与えられるのだろうか?
……それは俺には分らない。
今までに俺が殺して来た『十数人の少女』のうち、転生したのは『水神れい』だけだった。
もしかしたら他の少女達も『白の空間』に呼び出されたのだろうか?
そして『水神れい』以外は全員『潔く成仏する事』を選択したのだろうか?
……ククク……そんな事は俺の知った事か。
またこいつが『転生』し、俺を殺すのだったら受けて立ってやる。
そしてまた俺も再度『転生』し、必ずお前を見つけ出し、殺してやる。
何度も。
何度も。
もう転生するのが嫌になるほどに残酷な殺し方で―――。
俺はナイフを振り上げる。
ふと視線の先に『墨田祥子』の姿が見えた気がした。
俺はその姿を視界に捉える事はせず―――。
―――振り上げた腕を九条直人の首筋に、深く突き立てた―――。
◆◇◆◇
「それでは、行って参ります、お父様、祥子さん」
長い夏休みが終了し、大学へと向かわれた茜お嬢様。
珍しく財閥の会議がお休みだった貞治様に見送られ、満面の笑みで家を出られたその後ろ姿を見送った私は、茜お嬢様のお部屋の掃除に取り掛かった。
綺麗に整頓された部屋。
あんな大惨事に巻き込まれたのにも関わらず、茜お嬢様は暗い顔もなさらずに残りの夏休みをお過ごしになられた。
7月21日。
貞治様主催のパーティに参加した8名の招待客と茜お嬢様、そして私の10名は、1週間の洋館での生活で大惨事に巻き込まれた。
突如洋館から火の手が上がり、逃げ遅れた6名の命が無残にも奪われたのだ。
幸いにも6日目での出火だったのでそのまま生き残った私、茜お嬢様、尾崎様、三島様の四人は船着場で夜が明けるのを待ち、
7月27日の午後、事件が発覚した。
すぐに洋館には警察がなだれ込み、出火の原因が建物の老朽化による『自然発火』という物だった。
今年の夏の日差しのせいで洋館の黒い屋根が長い期間高温に包まれた事による自然発火。
すぐに貞治様は遺族達に謝罪と見舞金を用意。
日本を代表する財閥の会長が用意した見舞金に、誰も文句を言う遺族がいるはずも無く、
その後1ヶ月もしないうちに世間はこの大惨事を忘れてしまったかのような様相を見せていた。
部屋の奥にある書庫へと向かう。
ここは何時来てもひんやりとした空気が流れている。
私は奥にある木で出来た机の上に置いてあるノートに目を通す。
そこには茜お嬢様が毎日の様に書いていらっしゃる日記が記載されていた。
私はその日記をペラペラと捲りながら『記憶』を呼び起こす。
『以前』に書いてあった7月10日からの日記の『内容』が『全て書き換わっている』。
私は『以前』も、茜お嬢様がお出かけになられている時に、書斎の掃除をする傍ら、お嬢様の日記を盗み読んでいたのだ。
茜お嬢様は『転生者』だった。
転生する前は『大泉大輔』という、『連続少女誘拐バラバラ事件』の『犯人』だった男。
しかし『大泉大輔』は転生する前の『記憶の一部』を何故か失っていた。
それが『自身が連続少女殺害事件の犯人だった』という記憶。
その部分が抜け落ちたまま、彼は7月8日に『蓮城寺茜』となって転生して来たのだ。
あの『金髪の女』から『30日間』の猶予を貰い、『自身を殺した犯人』に『報復』する為―――。
そして彼は『報復』を完了した。
『あの日』、洋館の西の林で最後に私と目が合った彼。
『報復』を完了した彼は光りに包まれ―――。
―――そして『あの世界』もろとも光の彼方に消えて行った。
◆◇◆◇
しかし私は覚えている。
見事転生を果し、正真正銘『蓮城寺茜』として生きていく事になった『大泉大輔』の事を。
彼は今までのような殺人は犯さないつもりのようだ。
多分『前世』でも大分追い詰められていたのだろう。
いつ警察に捕まるか分らない。
彼は『完全犯罪』という言葉を信じてはいないようだった。
私が『蓮城寺茜』が『大泉大輔』だと気付いたのは『以前』の7月16日だった。
茜お嬢様から招待するように言われた8名の容疑者の素性を密かに調べてみると、全員が通り魔に殺された『大泉大輔』と何らかの関わりがある特徴が見られたからだ。
しかしそれ以前から私は『蓮城寺茜』をマークしていた。
最初に違和感に気付いたのは7月8日の茜お嬢様の部屋に入った際だ。
私は目を疑った。
ドアを開ける際に、すぐ後ろに2名の他のメイドが待機していたから『あえて声を掛けた』のだ。
まさか本当に部屋の中にいる茜お嬢様が『生きている』とは思わなかったのだ。
何故なら。
『蓮城寺茜は、私が、殺したはずだった』からである。
◆◇◆◇
『以前』の私は『蓮城寺茜』に殺された。
そしてあの『白い空間』に意識を飛ばされ、『金髪の女』に会い、『選択』を迫られた。
私は二つ返事で『報復』を選択した。
私は目を覚ます。
あの時は本当に驚いた。
目を覚ました場所がいつも見慣れていた、憧れていたお屋敷だったから。
まさか『転生先』が、私を殺した『蓮城寺茜』の専属メイドだったとは、本当に驚いた。
私は『30日間』の猶予を待たずして『報復』を終えた。
そして再び『白い空間』に飛ばされ、『金髪の女』から報酬を得る。
『墨田祥子としての正式な第二の人生』を―――。
そして再び私は『墨田祥子』として現実に戻った。
この世界ではもう『蓮城寺茜』は何かしらの事故に遭い死んでいるはずだ。
私の予想ではこの扉を開ければ、ベッドの上で死んでいる茜お嬢様を想像していた。
なのに。
ドアを開けてみれば、そこには生きたままのお嬢様が居た。
私は目を疑った。
何故、生きている?
私は『報復』を完了させたのに?
私の訝しげな表情を読み取ったのか、茜お嬢様は体裁を繕った。
しかし茜お嬢様には以前の『記憶』が完全に抜け落ちていた。
これはまるで『墨田祥子』として転生した以前の私の様だった。
私は『蓮城寺茜』を注意深く観察した。
彼女は珈琲が大好きだった。
いつも私の淹れる熱々の珈琲を喜んで飲んでくれて居た。
しかし、今の茜お嬢様はせっかく淹れた珈琲にすぐには手を出さなかった。
『今の彼女』は『猫舌』だったのだ。
そして7月16日に、私は全ての『真実』を知った。
◆◇◆◇
私はノートをそっと閉じる。
この書庫に漂う空気は嫌いでは無いが、何故か殺した茜お嬢様の存在を感じてしまう。
彼女もまたこの書庫が大好きだった。
『前世』の私は彼女の親友だった。
しかし、同じ男性を好きになってしまい、その男性は私を選んだ。
彼女は嫉妬した。
何もかも手に入れなければ気が済まない彼女は、何度も私の彼を誘惑しようとした。
しかし彼は靡かなかった。
それが彼女のプライドを余計傷つけた。
彼女に呼び出された私は知らんぷりを通した。
彼を誘惑している事も、影で私を中傷している事も、全部水に流そうと思った。
なぜなら茜は私の親友だったから。
なのに彼女は私の腹を包丁で刺した。
お腹の中には彼との子が宿っていたのに。
彼女は何度も何度も恨みを込めて私を刺した。
そして遺体を金で雇ったブローカーに引き渡し、海外へと臓器の人身売買に使われた。
私が『大泉大輔』の正体に気付いた時、一つ試してみたい事があった。
彼が『報復』を無事完了したら、私のいる『この世界』はどうなるのだろう?
私が『報復』を完了した時は、私の周りの『全ての人』の『記憶』が書き換わっていた。
ならば『大泉大輔』が『報復』を完了すれば、私は今までの『記憶』を失い、新たな『隅田祥子』として生きていく事になるのだろうか?
そんな純粋な興味を持った私は、『大泉大輔』の『報復』を影から支えようと考えた。
そして彼は『報復』を成し遂げた。
そして『世界は光』に包まれ、『新たな記憶』を書き込んだのだ。
しかし、『新たな世界』に召喚された私は『以前』の記憶を丸々持っていた。
そして新たに『書き換えられた記憶』も持ち合わせていた。
もしかしたら『転生者』は他の人間の様に、全ての記憶が書き換えられる訳では無いのかも知れない。
これは、云わば『特権』か。
たまに現れる『前世の記憶を持った人間』とは、こうやって生まれてくるのかもしれないな、と私は思った。
書庫の掃除を終え、私は再び茜お嬢様の部屋へと出る。
彼女は、『大泉大輔』は気付いているだろうか?
……いや、覚えていないのならば、その方が幸せかもしれない。
彼が『新たな世界』に転生してきたのは7月8日。
しかし、彼が『実際に九条直人に殺害されたのは7月10日の深夜だったという事』を。
彼は『記憶喪失』という事で3日間も病院に入院していた。
しかし退院日は7月10日の午後。
この時に『時間のずれ』に気が付いていれば『大泉大輔』の殺害を防ぐ事だって出来たかも知れないのだ。
そう。
これは『もう一つの隠されたクリア方法』なのだ。
そこで殺害を阻止出来れば『世界』に『矛盾』というゆがみが生じ、
そのまま『九条直人の報復が完了しなかった世界』へと書き換わる筈だったのだ。
しかしそれは既に後の祭り。
『報復』を完了させ『蓮城寺茜としての第二の人生』を手に入れた『大泉大輔』には―――。
―――既に関係の無い『御伽噺』なのだから―――。




