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第五章 友の裏切りに気付いたけれど

 テラスの大扉を開ける。


 外は満月の月明かりに照らされ良いムードが漂っていた。


「さあ、こっちに」


 大げさに恭一郎は俺をエスコートする。


「ふふ……。大森さんたら……」


 俺は偽りの笑みで恭一郎の差し伸べた手に自身の手を宛がう。


 照らすの中央には大きめのテーブルと椅子、そして館側には外付けの冷蔵庫と数々の酒類を収納する棚。


 さしずめ『屋外バー』のような様相になっている。


「何か飲みますか? ……あ、でも確かお酒は飲まれないのでしたか」


「ええ、あまり嗜む方では無いので……私は烏龍茶をいただけますか?」


「はい。畏まりました、お嬢様」


 まるで舞踏会のような仰々しい挨拶をする恭一郎。


 透や美紀のいる前では絶対にやらない仕草。


 もちろん『大泉大輔』であった俺にもこんな姿は一度も見せた事が無い。


 恭一郎は冷蔵庫を開け烏龍茶とビールを取り出しコップに注ぐ。


 その間俺は恭一郎を笑顔で見つめながらも思考する。



 恭一郎が俺を殺した。


 そう仮定したとする。


 ならば『動機』はやはり『プロジェクトリーダーの座』だろう。


 元々俺さえ居なければ恭一郎がリーダーとなりプロジェクトを進めていたのだ。


 神田部長とも俺よりは上手くやれたのかも知れない。確か部長も他企業からヘッドハンティングされた身だ。


 俺や飯島みたいに大学院を卒業してから就職してきた訳では無いのだ。


 『ノンキャリア』とまではいかないが、完全なる『キャリア組』の俺と飯島とは元々上からの接し方も随分と違っていたのかもしれない。

 

 そのあたりの『恨み』なんかも『動機』の一部として当てはまるのだろうか……?



「……どうぞ、絵里さん」


 恭一郎が烏龍茶を俺に手渡す。


「有難う、大森さん……」


 笑顔で礼を言う俺。



 そして烏龍茶を飲みながらも再度思考する。


 透との『共犯』の線は?


 ……いや、それだと『動機』に矛盾が生じる。


 『プロジェクトリーダー』になる事と『キャリア組』を恨んでの犯行であれば透を共犯に巻き込むメリットは存在しない。


 これは透側からも言える。


 恭一郎と結託して俺を殺した所であいつには何もメリットなど無い。


 多分透は次期プロジェクトリーダーの声は掛からないだろう。


 あいつもそれくらいの自覚と周りを見る目は持っている筈。


 ……ならば『単独犯』か?



「……絵里さん」


 恭一郎が俺の顔を真剣に眺めながら話しかけて来る。


「……こんな時にお聞きするのもあれなのですが……絵里さんは……その……彼氏とかは……」


 恭一郎が後を濁しながら質問する。


「……彼氏……でしょうか?」


 俺は話をはぐらかそうと演技する。


「ええ……。……いらっしゃるのでしょうか?」


 真剣な眼差しの恭一郎。


「いいえ、おりませんわ……。敢えて言うあらば……『大学の授業で出される課題』こそが、私の彼……でしょうか」


 ふふ、と妖艶な笑みを浮かべながらも烏龍茶に口を付ける俺。


「そうですか……!」


 そう言った恭一郎はビールを一気飲みし、次のビールを冷蔵庫から取り出した。


(……どうする……? このままではこれ以上の『証拠』は集まりそうも無いが……)


 俺はカーディガンの袖に仕込んである『小瓶』の感触を確かめる。


(……試してみるか……量さえ間違えなければ死ぬ事もないだろう……)


 俺は二本目のビールをコップに空けている恭一郎に後ろから迫る。


「? ……どうかされま―――――!」


 振り向き様に恭一郎にキスをする俺。


 最初は驚いていたが、やがて力を抜いた恭一郎は俺の口に舌を絡ませて来た。


 俺はこの隙に『小瓶』を片手で開け、中の粉末をビールの泡に乗せるようにして振りかけ、そしてすぐに袖に仕舞いこんだ。


「ん……んん………」


 長い、ねっとりとした接吻の後、お互いの口を離す。


「……絵里さん……」


 目がトロンとした恭一郎は下腹部を強烈に盛り上げていた。


「ごめんなさい……。少し、色々と怖くなってしまって、つい……」


 俺は上目遣いで恭一郎を見やる。


 ごくん、と生唾を飲み込んだ恭一郎は、傍らに置いたビールを一気に飲み干した。


 それを確認した俺は笑みを浮かべ、テーブルに着く。


(……さあて……効果が現れるのはどれくらいだったか……)


「え、絵里さんっ!!」


 我慢出来なくなった恭一郎が迫ってくる。


 俺は特に抵抗もせず、恭一郎に好きにやらせる事にする。


(……せいぜい『効果』が現れるまで好きにするが良いさ……)


 恭一郎の手が俺の胸に宛がわれる。


 俺は控えめに喘ぎ声を耳元で聞かせてやった。


 恭一郎は興奮し、俺にキスを迫るが、俺はそれとなく顔を逸らせ、恭一郎の頭を自身の胸へと沈み込ませる。


(……キスなんてするかよ馬鹿が……今お前は『ぺラドンナ』を飲み込んだんだぜ……)


 恭一郎が貪るように俺の胸へと顔を埋め、揉みしだく。


 そして徐々に俺の上着を脱がせ、下着越しに胸に顔を埋める。


(……どうだ?恭一郎……。最高だろう……この『蓮城寺茜』の身体は……)


 ブラに手を掛け脱がそうとした途端、恭一郎は力なくうな垂れてしまう。


「……あ……れ……?」


 その様子を確認しにやりと笑う俺。


 『ぺラドンナ』


 容量を間違えれば恐ろしい『毒』となる薬。


 しかし分量を調整すれば『自白剤』としても使用できる便利な薬。



「大丈夫ですか……大森さん……?」


 耳元で妖艶な声を聞かせる俺。


「あ……ああ、お、かしいな……。ビールの二杯、で……こんなに……酔うなんて……」


 そのまま俺の膝に頭を乗せてうな垂れる恭一郎。



 俺は優しくその頭を撫でながら―――。





 ―――耳元で、恭一郎を誘導するかのように、一つ一つ質問をして行った。





◆◇◆◇





 

 夕食の片付けと明日の食事の仕込を終えた私は、各部屋の見回りを終え自室へと戻ろうと中央階段2階の手すり辺りでいつもの『香り』に気付く。


(……茜お嬢様……?)


 私は何とも無しにテラスの方へと足を運ぶ。


 そしてテラスの大扉の窓から外を眺めると、中央テーブルにいる二人を発見した。


 大森が茜お嬢様の膝に頭を乗せ、お嬢様は大森の耳に何かを囁いている。


 それに合わせ、目が空ろな大森はその質問に答えている様にも見えた。


(……何かの『薬物』でもお使いになったのかしら……)


 茜お嬢様は、また私に相談も無く勝手な行動を起こしている。


 あれほど、次に行動を起こすときは私に相談するようにと伝えておいたと言うのに。


 私は身を隠しながら、事の顛末を見守る事にする。





◆◇◆◇





「……そう、ありがとう。大体の事は分ったわ……」


 俺は恭一郎の頭を優しく撫でながら微笑み、そう言った。


「あ……う……ああ……」


 言葉にならないうめき声のような物を上げる恭一郎。


 薬の量を間違えたのだろうか。


 いや、あれくらいの量では恭一郎の体重から換算しても致死量には至らないだろう。


「……絵里……さん……俺……」


 空ろな目で俺を見上げる恭一郎。


「大丈夫よ……私はここにいるから……少し飲み過ぎただけよ……」


 俺は恭一郎に肩を貸し、起き上がらせようとする。


「あ……すい、ません……そう、ですね……」


 千鳥足で起き上がる恭一郎。


 後はこいつを部屋まで運び、ベッドに寝かしつければ良い。



 恭一郎は犯人では無かった。


 俺の尋問にも、犯人しか知りえないような質問にも全ての答えが『白』を示していた。


 そうなれば後はもう消去法で『透』しか犯人像は思い付かない。


 今、透は再び尾崎の見張りに付いている。


 次の見張りの交代は恭一郎とあすみの二人だから、透と2人きりになれるチャンスが到来する。


(……その時に透を『殺害』すれば……)


 そう。


 その時は、きっと『報復』が完了しているのだろう。



「おっと………」


 恭一郎が足元の覚束ない様子で立ち上がる。


 女の身である俺よりは当然体重がだいぶ重い。


 こいつの肩に手を貸して、体重を支えるのもかなりの重労働だ。


「ほら……しっかりして下さい……大森さん……」


 何とか椅子から立ち上がらせたは良いが、これでは部屋まで運ぶ事も出来ない。


 その時―――。


「え……絵里さん――――!!」


「え――――」


 何を血迷ったか、恭一郎はこの期に及んで俺に覆いかぶさって来た。


 その重みに恭一郎の身体を支え切れなくなった俺はテラスの塀に腰を打ち付ける形でバランスを崩し倒れた。


「!―――――――」


 恭一郎はそのままの勢いでテラスの塀を飛び越え――――



ぐしゃ。



 という嫌な音と軽い呻き声の後は、完全な静寂に包まれてしまう。



「まさか――――」


 俺は塀の手すりから庭を見下ろす。


 そこには大理石で作られた彫刻のちょうど上空に翳した右腕の部分―――。


 西洋の騎士が剣を高々と上げている、その先で―――。




 ―――胴を貫かれて絶命している恭一郎の姿が垣間見えたのだった。






◆◇◆◇






 自業自得。


 俺は冷めた目で眼下の彫刻の剣に刺さったままぶら下がっている恭一郎を見やり、テラスを後にする。


 と、同時にテラスの大扉が開き、ぎょっとする俺。


「……なんだ……。脅かさないで下さいよ、祥子さん……」


 そこにはいつもの無表情で立っている祥子さんの姿が。


「……茜お嬢様」


 何か言いたげな祥子さんを俺は制す。


「言いたい事は分っているわ。……でも何とかしてくれるのでしょう?」


 俺は祥子さんに笑顔でそう伝える。


「……」


 無言のままだが、きっと既に何か策を考えているに違い無い。


「少々……失礼致します……」


「?」


 祥子さんは俺の横をすり抜け、塀から下を覗き込む。


 ……美紀の時といい……祥子さんは何故平気なのだ?


 こんなにも無残な遺体を目の前で見ているというのに……。



 しばらく色々な角度から恭一郎の遺体を見下ろした祥子さんは俺の元まで戻って来る。


「……あの『位置』ならば……このテラスの塀から下を見下ろさなければ、大森様の遺体は発見されないでしょう……」


 ……確かに恭一郎はあの彫刻の像の剣に刺さったままで絶命している。


 確かテラスの下の庭は裏の林に繋がっている事もあり、滅多に人が立ち入らない様な位置にある。


 上からビニルシートでも掛けて置き目隠しでもしておけば、ある程度は遺体発見を遅らせる事は出来るのかも知れない。


「……そういう事、ね。……また『アリバイ』は作ってくれるのかしら?」


 俺は悪戯な笑みを祥子さんに向ける。


「……そう何度も上手く隠し通せるものではありませんが……」


 珍しく祥子さんが弱気な発言をする。


「……でも出来るのでしょう? 貴女なら、ね?」


「……善処致します……」


 俺はその言葉を聞き、祥子さんの頬にキスをする。


「……お戯れを……」


「良いじゃない。少しくらいは……」


 そしてその場を祥子さんに任し―――。



 ―――俺は透を殺害する『計画』を立てる為、そのまま自室へと向かった。





◆◇◆◇





 

 俺は部屋に入るなり衣服を脱ぎ捨て、シャワールームへと直行する。


 そして熱いお湯を頭から被り長い髪を肌に張り付かせたまま自身の胸と下腹部に手を伸ばす。


(……ククク……火照ってやがる……恭一郎なんかに興奮したのか? ……この俺が……?)


 俺は熱い吐息を吐きながら火照った身体を指で弄り上げながらもだらしなく舌を垂らす。


(……それとも……遺体か? ……恭一郎のあの串刺しの遺体に俺は……?)


 胸を触り、下腹部に手を滑り込ませる。


(……女の身体とはどうしてこうも敏感に出来ているのだ? ……立っているのもやっとだな、これは……)


 シャワーを出しっぱなしにしながらその場にへたり込み行為を続ける。


 火照りが収まらない。


 こんな事ならば恭一郎にヤらせてしまってから薬を盛るべきだったか……。


 俺は数十分の行為に身を委ねる。





◆◇◆◇





 シャワールームを出た俺は髪を乾かしテーブルに着く。


 メモ帳とボールペンを取り出しいつもの通りに書き出す。





201〇/07/23


●尾崎と九条を交代で見張り始めた。俺は九条の部屋の前で12時間の監視。

●明日は監視は休み。透も監視が空く日なのでその時に確実に殺害する。

●恭一郎に自白剤を投与したが奴は犯人では無い可能性が高まった。

●しかしテラスから転落し死亡。だが奴も本望だろう。ひと時でも美女の身体を味わえたのだから。



 次のページを捲り、更に書き出す。



●既に3日で3人殺した。恭一郎の遺体は墨田祥子が上手い事隠すに違い無い。

●透を殺すまでに邪魔が入らなければそれで良い。せめて1日。その間俺の犯行だとばれなければ良い。

●どうやって明日、透を殺すか。毒薬ままだいくつか残っている。それともナイフで刺殺か。一番確実性の高い物がいい。



 俺はボールペンを置き、テーブルのスタンドライトを消す。


 今夜はもう寝よう。


 そして明日、確実に、


 俺は飯島透を殺すのだ―――。





◆◇◆◇






 次の日の朝。


 目覚めた俺は身なりを整えリビングへと向かう。


 奥のキッチンルームからは良い匂いが漂っている。


 まだ誰もリビングには来ていない。


(……それもそうか……)


 尾崎と九条はそれぞれの部屋で監禁されているし。


 今見張りに着いているのは透と三島だ。


 恭一郎は既に死亡しているから、俺とキッチンルームにいる祥子さんを除けば……。


 奥から祥子さんが顔を出す。


「お早う御座います、祥子さん。……七貝さんはまだ起きて来ていないのでしょうか?」


 俺がテーブルに座っているのを確認した祥子さんは丁寧にお辞儀をする。


「……はい。こちらにはまだお越しになっては居りません……」


 そう言い俺の耳元に口を近付ける祥子さん。


「(……大森様の遺体は上手く隠す事が出来ました……。あれならばきっと2、3日は発見されないと思います……)」


 2、3日も……?


「(……それはとてもありがたい事だけれど……どうやって隠したの?祥子さん……?)」


 あの串刺し状態の恭一郎をそんな長い時間隠せるものなのだろうか?


 それとも一人で遺体を降ろし、何処かに隠したとでも?


 いや……あの大理石は恭一郎の血液で染まりかえっている筈……。


 ならばどうやって……?


 俺の疑問に祥子さんは軽く笑顔で返しただけで、再びキッチンルームへと戻って行ってしまった。



(……一体何を考えているのか……)


 取りあえず朝食後、一度テラスの下を確認してみよう。


 どちらにせよ、遺体発見が遅れてくれた方が動きやすいのは事実だ。




 しばらくして朝食を運んでくれた祥子さん。


 今度こそきちんと『計画』を話しておかないと後で裏切られでもしたら困るからな。


 俺は周りに誰も居ない事を確認し、食事を並べる祥子さんに再び耳打ちする。


「(……今日の午後、見張りを終えた飯島さんを誘って、殺害するつもりです……)」


 一瞬眉をぴくっと上げた祥子さんだったが、またすぐにいつもの無表情へと戻る。


「(……畏まりました。……私はいかが致しましょう……?)」


 指示を仰ぐ祥子さん。


「(……今日の午後の見張りは大森さんと七貝さんの番ですので……)」


「(……私が大森さんの『代役』として見張りを買って出れば宜しいのですね……?)」


 すぐに俺の意図を汲んだ祥子さん。


 やはりこいつは頭が良い。


「(……大森様は、『具合が悪いので部屋でお休みになられている』……という事にしておきましょう……)」


 その先の俺の『計画』まで把握している祥子さん。


 俺が飯島を誘い出し、あいつを殺害する。


 あすみは九条の部屋の前で見張りの番だ。


 ならば具合が悪いと部屋に恭一郎が閉じこもっていても、他に奴の部屋に用がありそうなメンバーは居ない。


 神田も美紀ももう、この世にはいないのだから……。


 流石に三島が恭一郎の様子を見に行く事も無いだろう。




 俺は並べられたスープとブレッドを上品に頂きながら―――。




 ―――最後の『犯行』の時を、ただただ楽しみに待っていた。





◆◇◆◇





 

 朝食を終え、部屋に戻った俺はナイフの手入れを済まし毒薬も仕込み終え、一息吐く。


 と、途端にあの『頭痛』が襲って来た。


「―――っ―――!」


 吐き気と眩暈が大きな波の様に襲ってくる。


(……くそっ! 何なんだ一体……この頭痛は……?)


 俺はこめかみに手を宛がいながらも薬箱を取りにクローゼットへ向かう。


 この洋館に来て二度目の頭痛。


 もしかしたら『蓮城寺茜』はかなり酷い頭痛持ちだったのだろうか?


 俺は薬を手に台所に向かう途中で強い波に襲われ片膝を付いてしまう。



 ……なんだ……? また……デジャヴ……?



 そこには怯えた少女が居た。


 この前の少女とは別の子だ。



 ……あれは……幼少期の墨田祥子なのだろうか……?



 前回のデジャヴ同様、この少女も酷く怯えた表情を向けている。


 泣き叫ぶ少女。


 そして少女は乱暴に服を脱がされて行く。



 ……レイプ……? 墨田祥子は……幼少時代にレイプを……?



 デジャヴの中で少女は何者かに犯されて行く。


 俺はただその光景を覗いているだけ。


 何処かに『蓮城寺茜』は隠れていたのだろうか?


 そして『墨田祥子』が犯される姿を目撃した?




 途端に意識が現実へと戻る。



「……何なのだ……? この『デジャヴ』は一体……?」


 俺は立ち上がり鎮痛剤を水で胃に流し込む。


 そしてそのまま椅子に座り込む。



 前回のデジャヴに出て来た少女と今回の少女は別人だった。


 俺は前回の少女を『蓮城寺茜』、今回の少女を『墨田祥子』として捉えたが、そもそもそれが正しいという確証も無い。


 ただ脳裏に映像として出て来た少女が二人に似ていた気がしただけだ。


 もしかしたら最初の少女が『墨田祥子』で、今の少女が『蓮城寺茜』なのかも知れない。


 もしそうだとしたら、レイプをされたのは『俺』という事になる。


(……まさか、な……)


 俺は掌をじっと見つめる。


 『蓮城寺茜がレイプを受けた経験がある』


 だとしたらどうなる?



 俺はここに来て『殺人』を繰り返す毎に『ある疑問』を持つようになった。


 『何故、俺は、こうも平然と人を殺す事が出来るのか』


 普通はもっと躊躇するものなのだと俺は思っている。


 一般的に考えてもそうだ。『殺意』は芽生えど『実行』する奴はそうそういない。


 俺は元々『完全犯罪など存在しない』という考え方だから尚更だ。


 では何故?


 その疑問が俺の頭の中をグルグルと回っていた。




 しかし、蓮城寺茜が『レイプされた過去』があったとしたらどうだろう。


 それも年端も行かぬ『少女時代』に、だ。


 相当な『ショック』『トラウマ』そして、もしかしたら多大な『憎悪』なども抱えていてもおかしくは無い。


 それこそ『人』を『人』として見れなくなるくらいの『憎悪』。


 それにもう一つある。


 彼女の、『蓮城寺茜本人』の意識は一体何処にある?


 俺がこの身体に転生して、では彼女の『魂』は何処に向かったのだ?


 もしかしたら、彼女は『自殺』したのではないか?


 それがたまたま俺が殺された時に重なり、俺があの『金髪の女』により『蓮城寺茜』として転生させられたのでは無いか?


 そう考えると辻褄が合う気がする。


(……しかしそうなると……『墨田祥子』は……?)


 奴の蓮城寺家に対する『忠誠心』は異常だ。


 何処の家のメイドに殺人に加担するメイドが居ると言うのだ。


 何かしらの『思惑』でもなければそんな事に手を染める訳が無い。


 しかし『動機』が全く掴めない。


 奴は一体何を考えている?




 そこまで考えて少し頭痛が楽になった俺は再度ベッドへと横になる。


 透が監視役を終えるのがちょうどお昼になった頃だろう。


 その時間に奴は昼食を取り、そして就寝までは何かで暇を潰すのだろう。


 その時に奴を誘い、俺は殺す。


 殺害時にこの強烈な頭痛が出て来ては困る。


 今のうちに身体を休ませて万全な状態にしておきたい。


 全てが終わったらもう一度病院で精密検査を受けさせてもらおう。


 せっかく『ゲーム』をコンプリートし、『蓮城寺茜』として『天寿を全うする寿命』を受け取った所で、


 こいつの寿命が『脳腫瘍で余命1年でした』だとしたら正直笑えない。



 俺は静かに目を閉じ―――。



 ―――透を殺害する事だけに意識を集中する。




◆◇◆◇




コンコン。


 ノックの音がする。


「……ん……あ……また……?」


 俺はベッドから起き上がり時刻を確認する。


 もう見張り交代の時間だ。


『篠塚様……。見張りの交代のお時間ですが……』


 この声は祥子さんだ。


 俺は身なりを整えドアを開ける。


「すいません、祥子さん……。眠ってしまっていたみたいで……」


「いえ……。準備は、宜しいのですか?」


 『準備は、』で区切った辺り、ただの準備の事でないのはすぐに分る。


「ええ……。少し残っているから……先に行ってて貰えるかしら?」


「……畏まりました……」


 そう言い祥子さんは通路を真っ直ぐと抜けて行った。



 俺は部屋に戻り『毒薬』と『ナイフ』を身に付け、いつもの香水を振り掛ける。


(……あの『少女の夢』を見た後は寝覚めがいつも悪いな……)


 最初に見た時は確かいつの間にか眠りについてから深夜明け方に目が覚めちまうし。


 今回もベッドで横になっていただけなのにいつの間にか眠ってしまっていたし……。


(……後でそれとなく祥子さんに聞いてみるか……)


 まさか直球で『レイプされた事があるか』とは聞けない。


 それとなく小さかった頃の俺の話や祥子さんの話を、『俺の記憶を戻すため』とか理由をつけて聞き出せばいい。



 準備の整った俺は偶然を装う為、多少時間をずらし部屋を出る事にする。





◆◇◆◇




 リビングに向かうと予想通り透がすでに昼食を取り始めていた。


 既に俺と透、恭一郎、それと三島の分の昼食が用意されていた。


「あ、絵里ちゃんおはよう。恭一郎の奴が具合悪くて寝てるんだってさあ……あいつ……サボるつもりなんじゃねえだろうな……」


 食事を取りながらも悪態を吐く透。


「ああ、それで墨田さんがいらっしゃらないのですね……」


 飄々とした態度で嘘を吐く俺。


「食事もいらねぇんだってさあいつ……。墨田さんがついでに食べてくれって言ってたよ?」


 透は恭一郎の為に用意された食事を指差しそう言った。


(ククク……やはり祥子は使える女だ……)


 既に死亡している恭一郎の分の食事までわざわざ作って並べておく辺りが祥子さんらしい。


 さしずめ『まだ生きている』という、周囲に対する意識付けのような物か。


「三島さんは先にシャワーを浴びてきてから食うみたいだから、先に食べてようよ、絵里ちゃん」


 そう言った透は自分の席の横の椅子を軽く引いた。


「ええ、そうさせて頂くわ」


 俺は笑顔でそう言い、素直に透の横の席に着く事にする。


(……相変わらずだなこいつも……。あすみの事は何とも思っていないのだろうか……)


 あすみはこの洋館に来てから何度も透の部屋に遊びに行っている筈。


 つまりは『何度も』情事を行っている筈なのだ。


 なのに今この時でも俺を見る目がいやらしい目つきをしているのは、透が根っからの浮気癖があるからだろう。


「あ……飯島さん……御飯粒が……」


 俺はわざとらしく透のほっぺたに付いていた御飯粒を摘んで自分の口に運ぶ。


「あ、ありがとう……絵里ちゃん……」


 嬉しそうなニヤケ面の透。


 こいつを殺すのは神田を殺すよりも楽勝だろうな。


 俺は心の中でにやっと笑い、そのまま透に耳打ちする。


(……飯島さん……この後……空いていますか?)


 透が生唾を飲み込む音が響き渡る。


 その後の透の返答は言うまでも無い。


 満足の行く返答を聞いた俺は、上品に昼食を食べ始めた……。





◆◇◆◇





「あっ……ああっ……!」


「え、絵里ちゃん……!俺、もう………!!!」


 俺をうつ伏せに押し倒しながら獣の様に腰を振っていた透がそのままの形で痙攣する。


「はあっ、はあっ、はあっ………!!」


 そのままぐったりとうな垂れるように俺の横に寝転がる。


「透さん……」


 俺は優しく透の頬を撫でる。


「え、絵里ちゃん……。凄かった……。今までで俺、絵里ちゃんが最高だよ……」


「ホント?……嬉しい……私もです……透さん……」


 俺はそう言い恍惚の笑みの透にキスをする。



 これで恭一郎を殺した時の『疼き』は止まった。


 やはり心は『男』でも身体は『女』なのだ。


 自身の身体の『疼き』を解消するにはその対照となる性別の人間と『情事』を起こさなければ収まらない。


(……不思議なものだよな……『女の身体』になった途端に『男の身体』を求めるようになるなんてな……)


 これはきっと俺の意思では無く、『蓮城寺茜の身体』に残っている、彼女の『女』としての『意思』なのだろう。


 もしくは遺伝子レベルでの内容か?


 男は女を求め、女は男を求める。


 太古の昔よりオスとメスが誕生したその時から、当然の様に行われてきている行為。


 ただ、それだけなのかも知れないな。



 俺は起き上がり軽くシーツを羽織る。


「……何か、飲みますか?透さん……」


 透はぐったりとしたまま起き上がらない。


 そりゃあそうだろう。3回も果てたのだから。


「あ、ごめんね、絵里ちゃん……。取りあえず俺は烏龍茶を貰えるかな?」


「……はい。今、ご用意致しますね……」


 そのまま俺は奥の冷蔵庫から烏龍茶を取り出しキッチンへ。


 コップに注ぎ、透から見えない位置で『小瓶』に入った残りの『ぺラドンナ』を全て入れ、かき混ぜる。


 これだけ入っていれば透は確実に天国に行けるだろう。


 この身体を抱かせてやったのは、せめてもの俺からの感謝の気持ちだ。


 お前は俺の事を、俺のあずかり知らない所で恨んでいたのかも知れないが、


 俺はお前の事を良き理解者だと信じていたのだ。


 本当は殺したくなど無い。


 しかし、犯人は多分、いや、間違い無く、お前だ。


 恭一郎は白状したぞ?


 『お前が〇〇党に裏金を渡していたという事実』を。


 プロジェクトで使われている資金の計算はお前の管理範囲だろう。


 当然資金を誤魔化す事も、お前ならば容易に出来るのだろうな。


 そこでお前は何を吹き込まれた?


 地位か? 名誉か?


 裏金を使ってまで得る名誉とは一体なんだ?


 何故俺に相談しなかった? 恭一郎にばれた時、何故脅されていた事を俺に言わなかった?


 やけに最近恭一郎の奴が羽振りが良いとは知っていたが、


 まさかスキャンダルが発覚し、ほとぼりが冷めるまでの『カネ』の流れが恭一郎に変わっていたとはな。


 でも、俺は恭一郎を許したぞ、透。


 奴は俺を殺した『犯人』では無かったからな。


 あいつが死んだのはただの『自滅』だ。俺のせいでは無い。


 しかしお前は『犯人』だ。


 俺を殺したのだ。


 何度も何度も鈍器で頭蓋骨を割って、俺を殺したのだ。



 俺を二度も裏切ったお前を―――。





 ―――最後に天国に行かせてやって殺すんだ。




 俺は友達思いだろう?





◆◇◆◇





「――――-!!!!」


 透が喉を抑えながら苦しむ姿を、俺は覚めた目で見下ろす。


「――――絵里ちゃん――――どう、し、て――――?」


 俺は無言のまま、その時が来るのを待つ。


「――――――」


 透が、俺を殺したのだ。


「――――――」


 神田でも美紀でも恭一郎でも無かったんだ。


「――――――」


 なのに、何故だ?





 何故、あの『金髪の女』は現れない?


 何故、あの『白い空間』に飛ばされない?


 何故――――。







◆◇◆◇






 俺は素早く服を着、自室の扉を開け廊下に飛び出す。


 右手にはしっかりとナイフを握ったまま。


 【203】と書かれた部屋を素通りし、中央階段を素通りし、【205】と書かれた九条の部屋の前に差し掛かる。


 部屋の前の椅子に座って監視をしていた祥子さんが俺の様子に気付き、椅子から立ち上がろうとする。


「茜お嬢様―――!」


 静止しようとする祥子さんをすり抜け、俺はそのまま【206】、【207】、【208】とU字の通路を足早に通り抜けて行く。


 そして一番奥の突き当たりにある【209】の前に到着し、椅子に座ったままのあすみを発見する。



「あ、絵里? どうしたの? そんな慌てた、顔を――――」


 あすみが言い終わる前に俺は右手のナイフを振りかざし―――。



 ―――そのままあすみの左首に突き刺した。



「ぎぇ―――――」


 一瞬、悲鳴とも付かない声があすみの口から漏れた。


 俺は無表情でナイフを勢い良く引き抜く。



 赤い、雨。



 そう、これは赤い雨だ。



「茜お嬢さ―――」



 異常事態を察知し、追いついてきた祥子さん。


「あ――――か――――ね――――」


 首から天井まで血を噴出しながら、あすみは最後の言葉を俺に投げかける。



「――――――」


 何故だ。


「――――――」


 何故なんだ。



「――――――」


「……茜お嬢様……」


 祥子さんがそっと俺の右手からナイフをもぎ取る。


「……どうして……? ……なんで……?」


 俺はその場にへたり込む。




 何故、『金髪の女』は現れない?


 透でも、あすみでも、無いと言うのか?



「……とにかく、私の部屋へ……茜お嬢様……」


 祥子さんは血にまみれた俺を抱き起こし、自室へと運び出そうとする。



 もはや俺には何が何だか分らない。


 神田でも無い。

 美紀でも無い。

 恭一郎でも透でも無い。


 そして、あすみでも無い?



 一体何なのだ?



 もしや本当に、始めからこの8名の中に『犯人』なんて―――?







◆◇◆◇







 俺はそのまま抱き抱えられる様にして一階の祥子さんの部屋まで運ばれる。


 途中、床にあすみの返り血が滴ってしまっていたが、気にした様子もない祥子さん。


 そして【105】の扉の鍵を開け、俺をそのままシャワールームへと連れて行った。


「……まずは返り血を流し落としましょう……」


 祥子さんは俺の真っ赤に染まったブラウスを脱がせ、熱いシャワーを掛け始める。


 お湯と共に排水溝へと流れていく鮮やかな赤。


 祥子さんにされるがままの俺は、まるで放心状態だった。


 そしてある程度血が落ちた所で自身の服を脱ぎ、俺からこびり付いた血を一緒に洗い流す。


「……お熱くは無いでしょうか? 茜お嬢様……?」


 俺はだらんとした表情で全身を祥子さんに洗われている。


 何だか女とばっかりシャワーを浴びてるな、と少し自嘲気味に笑う俺。


 祥子さんの白い透き通るような素肌に目を向ける。


 そう言えばまだ聞いてなかったな。


 俺はおずおずと口を開く。


「……祥子さん……? 貴女……小さい頃、何か『酷い事』をされた事とか……あるのかしら?」


 俺の言葉に少しビクッと肩を揺らした祥子さん。


 ……当たりか?


「……『酷い事』、でしょうか……?」


「ええ、例えば……『暴行』を受けた事がある、とか……」


 少し考えた様子の祥子さん。


 無理も無い。本当に暴行を受けた過去などあろう物ならば話したくは無い筈だ。


「……ほら……私って、未だに『記憶』が戻っていないじゃない?……でも最近変な『夢』を見るのよ……。その『夢』で、見知らぬ女の子が……暴行されたり、酷い事をされてるものだから、ね……」


 取りあえず正直に話す俺。


 あの『暴行されている少女』が祥子さんでは無い場合、高い確率で『蓮城寺茜』が暴行を受けていた事になるのだろう。


 そうなれば、この俺の『残虐性』にもある程度の納得が行くというものだ。


「……いえ……。私は麗佳様に拾って頂くまでは孤児院に居りましたが、特に暴行やいじめのような物は受けてはおりませんでしたので……。蓮城寺家に『養子』として引き取られてからは、それはもう恩を返しても返し切れない程、良くして頂いておりましたから……」


「……じゃあ、『私』はどうかしら? ……誰かに脅されたり、暴行を受けてた事とかは?」


「……茜お嬢様がですか?……いいえ。私は一度もそんな話は聞いた事が御座いません……」


 聞いたことが無い?


 では、あの『夢の中の少女』は俺でも祥子さんでも無いと言うのか?


 ……しかし、本当か?


 祥子さんは何かを隠している。それだけははっきりと分る。


 もしかしたら俺に『嘘』を吐いている可能性だってあるのだ。


 鵜呑みにしてはいけない。彼女は油断ならない。


「……もう、大丈夫よ、祥子さん……。有難う……。後は自分で洗えるから……」


 俺は立ち上がりシャワーで身体に付いた返り血を洗い流す。



 そして今後の事を祥子さんと相談する。



 すぐにあすみの遺体は発見されるだろう。


 洋館の扉は全て防音扉なので、扉から外を伺いでもしない限り尾崎が気付く事は無いのかも知れないが。


 それに二階の一番奥の部屋という事もある。


 九条が部屋を飛び出しても、尾崎に用が無ければあすみの遺体を発見する事は無いだろうが、床に付着した血液に気付けばすぐに見付かってしまうだろう。


 三島は多分大丈夫だ。


 美紀の遺体発見の騒動があってからは殆ど自室に引き篭もってしまっている。


 一階の端の部屋に居る三島にとっては、最も足を運ぶ理由の無いのが尾崎の部屋の前の通路だろう。


 透の遺体は俺の部屋。


 恭一郎の遺体はまだ発見されていない。


 まだ、神は俺に運を与えてくれているらしい。


 これを『運』と言うのか『悪運』と言うのか俺には分らないが―――。




 ―――俺は絶対にこの『ゲーム』をクリアして、『蓮城寺茜』としての『第二の人生』をもぎ取ってみせる。





◆◇◆◇





 

 シャワー室を出た俺と祥子さんは、そのまま『計画』を立てる事にした。


 あすみの遺体はそのままだったが、あそこまで血液をばら撒いてしまってはもはや隠しようが無いと判断した祥子さんは、あのまま誰かに発見されるか、もし誰も気付かないようだったら自身が『第一発見者』として騒ぎ立てる役を買って出た。


 透の遺体もこの『計画』の後、祥子さんが何処かに隠してくれる事になった。


 そして誰かに聞かれた際は、恭一郎と同じく『具合が悪くて部屋で寝ている』という事にしておくらしい。


 マスターキーは祥子さんが持っているので、外から鍵を掛けてしまえば様子がおかしい事に誰かが気付いたとしてもすぐに部屋に入る事は出来ない。これで多少の時間稼ぎが出来る事になる。


 残る生存者は3名。


 神田と美紀の殺害容疑を掛けられ、自室に監禁されている尾崎信二。

 同じくアリバイが無かった事から容疑を掛けられている九条直人。

 そして今ものうのうと部屋で寝ているかタバコを吸っているであろう三島智子。


 奴らの中に俺を殺した『犯人』がいる。


 当初の予定通り、もしもこの『8名』の中に『犯人』が居なければ、全員を殺害し、墨田祥子も殺害し、俺は残りの日数、逃亡生活を強いられながら、俺を殺した『通り魔』を当ても無く探す事になる。


 そうなったら多分見つけ出す事は出来ないだろう。


 蓮城寺家の財力を使う事も出来ない。

 それ所か警察に追われて隠れながら犯人探しをしなくてはいけない。

 更には残り猶予はその時で『残12日』しかない。


 7/27の午後に迎えの客船が来る事も考えると、残りは3日弱でここに居る全員を殺すか、犯人を殺さねばならない。


 しかし、あすみの遺体が見付かれば皆用心してしまうだろう。


 部屋に入られ、内鍵を掛けられてしまっては殺すのも容易には行かなくなる。




・・・



「……あの3人の中に……居るはずなの。……『大泉大輔』を殺した『犯人』が……」


 こんな時なのにも関わらずホット珈琲を用意する祥子さん。


 この神経の図太さは一体何処から来るのだ?


「……今まで殺害された5名の中にはいらっしゃらなかったのですね……?」


「………ええ、そうよ」


 俺は出された珈琲が冷めるまで待つ傍ら、祥子さんの表情を読み取ろうとする。


「……そうですか……」


 これだ。


 ここに違和感がある。


 何故聞かない?


 『殺して来た中に犯人が居なかったと、何故お嬢様はお分かりになるのですか?』と。


 墨田祥子ならばそれくらいの質問は当然だろう。


 しかし、未だに一度たりともその質問を俺にぶつけた事は無い。


 一体何を隠している?


 何故俺の犯行に手を貸す?


 何故美紀や恭一郎やあすみの壮絶な遺体を見ても表情一つ変えない?


 そして、『何故、ここまで犯行を手伝っておきながら、殺人補助以上の協力を申し出ない』?


 ……もちろんそんな申し出をされたら俺は断るだろう。


 俺があの『金髪の女』から言われたルール。


 『貴方を殺害した犯人を捜し、その者に対し報復する』。


 これをあの『金髪の女』は『俺』に伝えた。


 ならば可能性としては『俺自身』で『犯人を捜し』、


 『俺自身』で『報復』を完了させなければならないのでは無いか?


 もちろんあまりにも情報が少な過ぎるので確証は得られないが、


 『報復』が完了した際に『ルール違反』だと言われるのも馬鹿馬鹿しい。


 だから俺は祥子さんから『犯人捜し』と『殺害』の申し出があったら断るつもりだった。


 しかし、まるで祥子さんは俺が断る事を知っているかの様な行動を取っている。


 発言にも気を使っている節がある。


 ……まさかとは思うが、祥子さんがあの『金髪の女』なのか?


 そして俺が無事『報復』を達成出来るのを身近で監視している?


(……馬鹿か俺は……ならば何故俺の『犯行』の協力なんて申し出るのだ……?)


 自ら『転生者』に対し『報復』のコンプリートを補助する『管理者マスター』などチートも良い所だ。



 俺はようやく冷めた珈琲に口を付ける。


 その様子をじっと見つめていた祥子さんがふふ、と笑い、俺が聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。




「……いつの間に猫舌になられたのでしょうね……茜お嬢様は……」





 俺はその言葉を聞き逃していた。

















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