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第二章 偽名を名乗り犯人を探す中

 翌日。


 俺は一般の参加者として『篠原絵里しのはらえり』という偽名を名乗り七貝あすみと二人で客船へと乗り込んだ。


「(……でもさあ、あかね……。貴女『偽名』まで使って叔父様主催のパーティに参加するなんて……。一体何を考えているのよ?)」


 甲板で風を浴びながら、あすみは俺に質問して来る。


「(……七貝さん。ここでは私の事は……)」


「分ってるわよ~。『絵里』でしょう?絵里ちゃ~ん!」


 名前を呼びながらも抱きついてくるあすみ。


 こういう所は半年前とも全然変わっていない。


「お! 女の子同士仲が宜しい事で……!写メ、写メ……」


「おい……。勝手にレディの写真を撮るとか……お前アホだろ……」


 二人のスーツの男が俺とあすみのいる甲板まで出て来た。


(……とおる……恭一郎きょういちろう……)


 俺は数週間ぶりの面々に顔を向ける。


「あ、皆さん始めまして~! 私は七貝あすみ、この子は蓮……おっと、『篠原絵里』ちゃんって言います~!」


 あすみが俺の分までついでに紹介する。


「うん、元気があって良いねぇ……。ええ、こほん……俺は『飯島透いいじまとおる』。んでもってこの木偶の坊が……」


「誰が木偶の坊だ」


 透の頭を小突く恭一郎。


 こいつらはいつもそうだ。


 俺達プロジェクトのメンバーの中でも『盛り上げ役』だった二人。


「俺は『大森恭一郎おおもりきょういちろう』。こいつとは同じ〇〇株式会社で働いているサラリーマンさ」


「ええ? 〇〇株式会社って、あの、今『一大プロジェクト』を進めてるって話題の……?」


 あすみが口を挟む。


「へぇ……。お嬢ちゃん……あすみちゃん、て言ったかな?君詳しいんだねぇ~経済の事」


 透が嬉しそうに返答する。


「当然ですよ! 〇〇株式会社って言ったら、メディアでもバンバンに取り上げられてて、今就活生の間でも超人気の企業じゃないですか~!いいなぁ~……」


「はは…有難う。そう言って貰えると俺達も嬉しいよ。なあ、透?」


 恭一郎が透に話を振る。


「ねえねえ、あすみちゃんと……絵里ちゃん?向こうに着いたら俺達と一緒に……」


 ……透の奴……。


 早速若い女に唾付けようとしてやがるな……。


 相変わらずの色男め……。


「……貴方達は何をしているのかしら?」


 獲物を狙うような目つきで俺達を眺めていた透に後ろから冷たい声が掛かる。


「げ……その声は……?」


 現れたのはきちっとスーツを着こなした、いかにも仕事が出来そうなキャリアウーマン風の若い女。


(……美紀……)


 俺達の元メンバーの最後の一人。


 紅一点の『佐川美紀さがわみき』。


 男顔負けの強気な態度とその手腕を買われ、俺達のメンバーに推薦されたまさにキャリアウーマンそのものの女。


「……佐川。お前は少し肩の力を抜いた方が良いんじゃないか……?いつもいつも眉間に皺を寄せて……」


「あら、大森君。ならば言わせて貰うけど、私に飯島君みたいな肩の力の抜き方をお望みなのかしら?」


 対立する恭一郎と美紀。


 こいつ等は何かとすぐに意見が対立する。


 そしてその対立の間に立ちチームをまとめていたのが……。


大輔だいすけが居ないとお前らはいつだってそう……」


 透がそう口を滑らした途端、急に空気が凍ったような錯覚に陥る。


「あ………。悪ぃ、つい………」


 急に押し黙る3人の元同僚。


 そして何故かあすみまでもが口を押さえ驚愕したようすで押し黙る。



 ……なんだ?


 やはりこいつ等の中の誰かが俺を殺した『犯人』なのか?


 それとも同じプロジェクトの仲間で、しかも同僚だった俺が突然通り魔に殺害された事に対するショックか?


 ……それにあすみの様子だっておかしい。


 たかが一週間付き合ってただけの男が通り魔に殺害されたからといって、ここまで驚く事だろうか?


 それともこいつ等から俺の名前が出て来た事に驚いただけか?


 あすみは俺が勤務していた会社を知らない。


 たまたまこの偶然に驚いただけなのだろうか。


 ……だが、今、透は『大輔だいすけが居ないと……』としか言っていなかった筈……。


 何故『下の名前だけ』であすみはこんなに驚愕した表情なのだろう?


 『大輔』なんていう名前はいくらでもある名だろう。


 では何故……?



(……考え過ぎか?それとも……)


 俺は注意深くあすみの様子を観察する。


「……あ、す、すいませんでした……。何かお仕事の話のお邪魔をしちゃったみたいで……。ほ、ほら絵里?邪魔したら行けないからあっちに行ってよう?」


 あすみが俺の手を強引に引く。


 ……少し震えている?


 俺は気付かない振りをしながらも、立ち去り際に3人の表情を観察する。


 余計な事を口走り落ち込んだ様子の透。

 苦虫を磨り潰したような顔の恭一郎。

 何故か泣き出しそうな顔の美紀。


 そして慌てた様子のあすみ。



(……こいつ等の中に、俺を殺した『犯人』が……?)




 俺はこの『4名』を容疑者のリストの『上位』に置く事に決める。





◆◇◆◇




 

 湖を渡る事1時間。


 客船が岸に着き、乗客が次々と降りて行く。


「うわ……!」


 船から下りた途端、あすみが感嘆の声を上げる。


「おお……! これはまた素晴らしい……!」


 俺達のすぐ後ろに居た高級スーツに身を包んだ男も釣られて感嘆の声を上げる。


(……『尾崎信二おざきしんじ』……俺の『遺体』の第一発見者……)


 尾崎は大げさな身振り手振りで湖のほとりにある『洋館』を褒め称えている。


 尾崎の胸には趣味の悪い真っ赤なバラが添えられていた。


「(……うわぁ、何あの人……。悪趣味な造花を胸に付けちゃったりして……。うげぇ……)」


 隣のあすみが俺に聞こえるくらいの小さな声で尾崎を批評する。


「(……七貝さん、知らないの? 〇〇党から出馬している人よ、あのバラの人……)」


「(え? そうなの? ……ごめん、私選挙だけは全く興味が無いのよ……)」


 なるほど。


 今時の女子大生としてはまともな返答なのかも知れない。


 いくら今年から『選挙権』を得るとしても、実際に選挙に向かうのはごく一部の学生だけだろう。


 かく言う俺も、大学時代に選挙に行った事など一度も無いのだから。


「……それでは皆様……こちらにお集まり下さい……」


 全員船から降りたのを確認した祥子さんが前に歩み出る。


「……この度は御忙しい所をお集まり頂き、真に有難う御座います。今回の『蓮城寺財閥』主催の……」


 迎賓の挨拶が続く。


 今回は新人議員候補も参加している為か、あの『尾崎信二』も前に呼ばれ挨拶をしている。


 そして一通りの説明を終えた祥子さんは、皆を『洋館』へと案内する。


「ああ、もう、超楽しみ~! 私、こういう古いお城みたいな建物とか凄い好きなんだよね~!」


 洋館に向かう途中、あすみが何やら騒いでいたが、俺の耳には届かない。


 俺は周囲を今一度確認する。


 直径1km程の少し楕円形の形の湖畔。


 周囲は全て『湖』に囲まれた珍しい地形。


 船着き場から洋館までの距離は約200m。


 その周囲は雑木林が立ち並び、他には何も無いリゾート私有地。



 俺はこの一週間で2度ほどここを視察している。


 勿論、洋館の内部まで詳細にメモし、頭に叩き込んでいる。


(……次の迎えの船が来るのが一週間後……それまでの間に俺は……)


「……絵里?」


 あすみが怪訝な顔をして俺を呼ぶ。


「……え? あ、どうしたの? 七貝さん……?」


「あ、いや……。何か思い詰めたような顔してたから……。何かあったのかと思って……」



 『思い詰めたような顔』?


 ……いかんな。表情に出てしまっているか……。


「ううん、何でも無いわ。ちょっと頭痛がしただけだから……」


 適当に誤魔化す俺。


「うわっ、リゾート初日で体調不良とか……。そういや絵里って、遠足前とかに熱出しちゃう子だったもんね~」


 茶化すあすみ。


 悪戯な笑みから察するに、これからの一週間を楽しみにしているのだろう。


「ふふ……。そうだったかしら。そんな事もあったのかも……ね」


 俺は微笑む。


 これが俺の本心の微笑みなのか、偽りの微笑みなのか。



 今の俺にはどうでも良い事だった。






◆◇◆◇





 洋館に到着した俺達に祥子さんは一人一人に部屋の鍵を渡す。


「お部屋割りは既にこちらの方で決めさせて頂いておりますので……」


 特に部屋割りには反対意見は出なかったので、それぞれ各部屋へと荷物を置きに散り散りとなる。


「すごーい! 全員個室なんだあ! 流石は『蓮城寺財閥』!」


「ふふ……。有難う御座います、七貝様……」


 あすみに向かい微笑む祥子さん。


 そう言えばこの二人は面識があるんだったな……。


「……取り敢えずお部屋の方でお寛ぎ下さい。夕食の準備が出来ましたらお呼び致しますので……」


 既に客船内で昼食を済ませたメンバー達は夕食の時間まではフリータイムらしい。


 俺は祥子さんに目配せをした後、あすみと共に中央階段を上る。


「絵里は……おお、私と隣の部屋じゃん!じゃあ、荷物置いたら絵里の部屋に遊びに行っても良い?」


 無邪気に質問するあすみ。


「あ……御免なさい七貝さん……。私、講義を休んでいた間の課題をまだ終わらせて無くて、ちょっと先にやっちゃおうと思って」


「あ、そっか……。夏休み前に何日か休んじゃったんだもんね、絵里……。あー……じゃあ私はさっきの〇〇株式会社の人の所にでも声掛けに行ってみようかなぁ……」


「ええ、それが良いと思うわ。……あの飯島さんって方……何だか七貝さんに気がある様だったし……」


「ええっ? 本当? ……これは大企業のエリートを落とすチャンスかも……」


 顎に手を乗せ思案顔のあすみ。


「ふふ……そうね……。そうなったらお父様に頼んで盛大にパーティでも開いてあげるから」


 私のその一言で俄然やる気を出したあすみは、階段を駆け上がり自身の部屋へと走って行った。





(……但し……)





 ―――ここから無事、生きて帰れたら、ね。





◆◇◆◇





 

 部屋の扉を開ける。


「ふぅ……。肩が凝る……」


 俺は内鍵を掛け豪勢なソファに横たわる。


「船内での挨拶回りが余計だったな……。あすみの奴……張り切りやがって……」


 シャツのボタンを一番下まで開ける。


 この洋館も非常に洋風な、涼しい風が吹き込む作りにはなってはいるが、今は夏真っ盛りの季節。


 ここまで歩いて来ただけでかなり汗ばみ洋服がベタベタと気持ちが悪い。


「……女ってのはホント大変だよなぁ……ブラなんて付けられたもんじゃ無いぞ……全く……」


 ようやくここ最近ブラジャーを着けるのに抵抗が無くなって来たと言うのに……。


 この暑さでは外してTシャツ一枚で過ごしたい所だがそうも行かないのが痛い所だ。



 俺は室内に完備されている旧式の冷蔵庫を開ける。


 中にはビールやらウイスキー、それにカクテル類などの酒類。


 それにスポーツドリンクやら炭酸飲料やら、様々な種類の飲み物がぎっしりと詰まっていた。


 俺はスポーツドリンクを取り出しそのまま奥のテーブルに着く。



 そして腰に着けたポーチからメモ帳を取り出し一番最初のページを開く。


 そこには既に決めておいた10名の部屋割りが書かれていた。




【1F】

101号室 空き

102号室 三島智子

103号室 佐川美紀


105号室 墨田祥子



【2F】

201号室 七貝あすみ

202号室 篠塚絵里

203号室 空き


205号室 九条直人

206号室 飯島透

207号室 大森恭一郎

208号室 神田信吾

209号室 尾崎信二





 一階は4部屋。


 そして大きなリビングとキッチンルーム、それにビリヤードやダーツが出来る部屋。


 加えてちょっとしたバーがなんかもある。


 出入り口は正面の大きな扉、それにキッチンルームの裏口、そしてバーの奥にある扉の3箇所だ。


 祥子さんは他二名の女子と離れた105号室。


 キッチンルームに一番近く、また管理人としての職務もある祥子さんはここが一番動きやすい部屋だろうと割り当てた。


 そして2階。


 一番奥にある大きめの部屋は議員候補である尾崎に譲り。


 そして俺、あすみの居る中央階段右側の部屋を女性陣。


 左側の部屋を男性陣として分けた。


 二階には表に出る為の出入り口は存在しない。


 中央階段を下り、一階にある三つの出口のうちのどれかからしか表には出られない。


 各部屋には窓が付いているが、全ての窓には『鉄格子』が嵌め込まれていて外には飛び出す事は不可能。


 その他2階には非常に大きなテラスがあり、そこでバーベキュー等も出来る仕様となっている。


(……まずは情報集めだな……)


 俺は思考する。


 現時点で8名の容疑者の中で一番容疑が強いのは誰か。


(……やはりあの『プロジェクト』のメンバーか……?)


 大森恭一郎。

 佐川美紀。

 飯島透。


(……それにあの晩、会議で俺が論破した部長……)


 神田信吾。



 ……もしも今回の俺への『殺人』が『突発的な事』で起きた事件だったとしたら。


 一番可能性が高いのは『神田信吾』だろう。


 俺を尾行し居酒屋の外で待機。


 そして泥酔した俺が人気ひとけの無い裏路地まで歩み、暗がりに差し掛かった所で……。


 これが一番可能性が高そうだな……。


 俺はメモ帳の白紙の部分を開き、『神田信吾』と記入後、名前の横に『S』のアルファベットを記入する。


(……そしてメンバーの3人……動機はまだはっきりとは推察出来ないが、可能性は十分にある……)


 俺はその下に3人の名前を記載し、その横に『A』を記載する。


(……あとは七貝あすみ……。『あの日』、俺のアパートの近くに居た理由は何だ?)


 もちろん偶然という事も考えられる。


 しかし『俺』が殺された翌日に、たまたま俺の住んでいたアパートを通り過ぎるなんて偶然が本当にあるのだろうか?


 俺は更にその下に『七貝あすみ』と記入し、その横に『B』と記入する。


 これで残りは3名。


 第一発見者である『尾崎信二』。

 俺が殺された時に同じ居酒屋に居た『九条直人』と『三島智子』。


 この二人は俺があの居酒屋を出る少し前に店を出ている。


 そして最後残った俺は会計を済まし店を出たのだ。


 もしも先に俺が店を出ていて、その後すぐさまこのどちらかの客が店を出ていたならば『容疑者』が絞れたのだが……。


 俺は一番下に3人の名前を明記し、その横に『C』の文字を記入する。




【容疑者8名/容疑ランク】


・神田信吾/S

・大森恭一郎/A

・佐川美紀/A

・飯島透/A

・七貝あすみ/B

・尾崎信二/C

・九条直人/C

・三島智子/C






 俺はスポーツドリンクを一気に飲み干す。


(……現時点ではやはり『神田信吾』か……)



 そして俺は当時の会議の記憶を呼び覚ます。





◆◇◆◇





201〇/07/10/21:20



「……でありますので、完成まではもうしばらく……」


 俺は淡々と説明する。


「『もうしばらく』だと……? 大泉おおいずみ! これで何度目か分ってるのか!」


 部長の神田信吾が机を叩き立ち上がる。


「……部長。前回と前々回の延期は俺らの責任ではありませんよ。あれは下請けの企業が……」


「言い訳はもういい! これはうちの社運が掛かった『一大プロジェクト』なのだぞ! そう何度も何度も延期が出来るものか!」


 他の会議のメンバーは事の顛末を見守る側に立ってやがる。


 これだからこいつ等は信用ならないのだが。


「……先程説明済みの内容なのですが、もう一度ご説明致します。今回の『延期』は過去二回の下請け変更による皺寄せが最大の原因である事は……」


「そういう答えを求めているんじゃない! 『何故間に合わなかったのか』『間に合わせる気が本当にあったのか』『他に間に合わせるだけの提案が出なかったのか』を俺は聞いているのだ!」



 静まり返る会議室。




 俺こと『大泉大輔』と部長の『神田信吾』の白熱した議論は今に始まった事では無い。


 今までも何度かこういった衝突はあったが、今回ほど神田が噛み付いてきた事は今までには無かった。


 当然それには『訳』があった。


 静寂を破り俺は喋り出す。


「……部長。お気持ちは分りますが、今回の『延期』の決定は当然、俺一人で決めた事ではありません。これだけ大きな『プロジェクト』です。多大な宣伝費、協力企業からの出資金、様々な所から『金』が出ている事も事実です」


 俺は興奮する部長をなだめる様な口調で話す。


 そして未だ沈黙を続けているほかの会議のメンバー一人一人の目を見ながら先を続ける。


「だからこその『延期』の決定なのだと、俺自身感じましたし、悔しい思いは俺も同じです。今回の『プロジェクト』は『絶対に失敗の出来ないプロジェクト』です。見付かった『イレギュラー』はほんの小さな些細な物かも知れません。ですが……」


 その先を言おうとした俺に神田はまた議論を被せて怒鳴り出す。


「その『イレギュラー』とやらはお前が発見し、俺を通さずに上に報告した内容だろう! 何故直属の上司である俺を通さなかった?お前は何が問題だったのかを全く理解していないぞ!」


 ……キリが無い。


 俺は顔を真っ赤にしながら叫んでいる神田にトドメを刺す事にした。


「……仕方ありません。本当は会議の場でこんな事を言いたくは無かったのですが……」


 俺は一呼吸置き、神田に死刑宣告をする。


「……今回の『イレギュラー発見』について、『神田部長に報告するな』という指示が上から直接俺に送られて来ました」


「なっ……!」


 絶句する神田。


「勿論、最初に部長を通さずに上に上げた俺にも責任はあります。しかし、先に上に指示を仰ぎ、その後に部長に報告するつもりでした。……でも上から釘を刺されました。『神田部長は絶対に反対する。そうなれば彼を納得させるための時間が必要になる。ただでさえ延期を2回も繰り返してしまい時間の無い中、彼一人を説得する為の時間など企業として取る事は出来ない。ここは独りよがりの通じる世界では無い。営利の最大化を狙った営利目的の団体なのだ。』………だそうです」


 俺の最後の言葉を聞き、崩れるように椅子に座る神田。


 会議室の空気が更に重苦しくなる。


「……他の方は意見がおありでしょうか? ………………無ければ会議を終了したいと思います。お配りした資料は今後………」


 俺が会議閉会の言葉を喋る中―――。



 ―――神田信吾は力が抜けた様に視線を空へと仰がせていた。







◆◇◆◇





 俺は思考を一旦中止し、鉄格子のある窓から外を眺める。


 庭には既に荷物を部屋に置いてきたのだろう。あの居酒屋に居た『九条直人』と議員候補の『尾崎信二』が談笑しているのが見える。


 沖の方に視線をやると、俺達を送り届けた客船が岸から離れていく様が見えた。


(……さて。問題はどうやって奴を『犯人』と断定するか、だが……)


 俺はスカートの裾の裏に仕込んであるナイフを取り出し光に当てる。


 自分でもどうしてか分らないが、ナイフを眺めていると気持ちが落ち着いて来るのが分る。


 神経が研ぎ澄まされ、思考も冴え渡る感じがする。


(……そう言えば昔から好きだったよな……工作とか彫刻刀を使った授業とか……)


 昔の懐かしい記憶を思い出しながらも、俺は思考を元に戻す。



 神田の『アリバイ』については既に調べは付いていた。


 一週間の『準備期間』の間に私立探偵に依頼し、あの日、神田は会議が終了し会社を出た後、自宅に帰宅したのは深夜の2時ごろだったらしい。


 その間の足取りは不明。


 私立探偵は『何処かで酒でも飲んでいた可能性』を示唆していたが、アリバイが立証できなければ当然容疑からは外せない。


 何よりも現状で一番『犯人』である可能性が高いのだ。


 アリバイが無い。動機がある。後は……あの『シューズ』か。



 あの日、俺は犯人の『顔』は見ていないが、スポーツシューズを履いた犯人の『足元』は確認している。


(……神田があんなシューズを履くだろうか……。それとも犯行後に現場から逃げ出すのには『革靴』が不利だと判断し、事前に履き替えたか……)


 それならば予め殺害を『計画』していた事になる。


 神田はあの会議が終わった後、俺を殺害する決心を固め―――。



 ―――そして何処かで『シューズ』と『鈍器の様な物』を購入し、計画的に俺を『殺害』したのだろうか……。





◆◇◆◇





 

 夕食の時間になり祥子さんからの呼び出しが掛かる。


 俺は中央階段を下りる最中、後ろからあすみに声を掛けられた。


「ど~お~? 少しは課題は進んだかな~?」


 少し赤い顔をしながらあすみは俺に声を掛ける。


「……七貝さん……お酒、飲んだでしょう?」


 近付いたあすみから微かにアルコールの匂いが漂っている。


「あれれ~? ばれた~? そうなのだよ~。ちょっと飯島さん達とテラスでね~」


 ……という事は恭一郎や美紀らも一緒だったのだろう。


 懇親会も兼ねて4人で2階の奥のテラスで食前酒、と言った所か。


「そう……。あ、もしかして『神田さん』っていう方も一緒だった……?」


「んん? 『神田さん』……? ううん、あの船の甲板で会った3人だけだったけど……」


 ……神田は一緒では無いか。


 そう言えば船で挨拶を交わした時も表情が優れない様子だったし、ここに到着してからも姿を見ていないな。


 ……部屋にでも閉じこもっているのだろうか……?


「……ごめん、七貝さん……。先にリビングに行ってて貰えるかしら?」


「ほえ? 絵里は~?」


「うん。ちょっと忘れ物を思い出して……」


 中央階段を真ん中くらいまで降りていた俺はあすみにそう言い残し踵を返す。




・・・



 既に2階の廊下は静寂に包まれている。


 俺は自室のある階段右の通路には行かずに左の通路に歩を進める。


 205、206、207……。


 部屋番号を一つ一つ確認しながら目的の部屋の前まで到着する。



【208】



 ドアのプレートにはそう刻まれていた。



コンコン。



 ……返事が無い。



 俺はもう一度ノックをする。



『…………なんだ? 食事なら部屋でとると言っただろう』



 部屋からくぐもった神田の声が聞こえる。


(……なるほど……。祥子さんからの呼び掛けは無視して一人部屋で食事か……)


 元々あまり大人数での会話やパーティなどに慣れていない神田。


 昔ながらの堅物かたぶつで知られる彼だからこそ、上は俺に期待しプロジェクトのリーダーを任せたのだろうが。


「……すいません。202号室の……篠塚絵里と言います。あの……船で一度ご挨拶させて頂いた……」


 一瞬の沈黙。


 だがすぐにドアの向こうから声が掛かる。


『……ああ、あの時の……。……で、なんだね?私に何か様かね?……少し気分が優れないのだが……』


 最初の声とは違った、棘を無くした口調に変化した神田。


 ……やはりそうだ。


 最初に船内で挨拶を交わした時もそうだった。


 神田の、俺を見る『目』が透にそっくりだったのだ。


 ……無理も無い。この『蓮城寺茜=篠塚絵里』は、俺が見てもかなりの美人の部類に入ると思う。


 さぞ今まで大事に育てられて来たのだろうな。


 その身から溢れ出す『雰囲気』に気品が見られ、それを損なわずに『演技』する俺の疲労度は半端無い。


 俺の『正体』を誰にも気付かれずに行動する事がここまで難しいのだ。


 『金髪の女』も余計な女に俺を『転生』させたものだとつくづく思う。



「……そうでしたか。船内でご挨拶させて頂いた時にもしや、とは思いましたが……」


 俺は心配するそぶりを声に乗せる。


 そして神田に提案する。


「……何かお薬でもお持ち致しましょうか?管理人の墨田さんならば色々とご用意して下さってると思いますので……」


 そう言い立ち去ろうとした俺にドアの向こうから声が掛かる。


『いや、いい。大丈夫だ。……それよりも、どうだ? 少し……話でも……』


 俺はつい二ヤッとしてしまう。


 こんな美女に『心配です』と言われているのだ。


 悪い気のする男が居るはずも無い。


(……ククク……やはり使えるな……)


 この『蓮城寺茜』という身体は武器になる。


 相手の警戒心を解き、誘惑し、情報を引き出す……。


 俺が『大泉大輔』のままでは決して出来ない方法。



「……宜しいのですか? お気分が優れないのでは……」


『大丈夫だ。……是非とも君と話がしたい……』



かちゃり。


 鍵の開く音と共に中から神田が顔を出す。


 俺は満面の笑みをその顔に貼り付け、嘘で固めた言葉を投げかける。



「……私もそう思っておりました……」



 そして俺は【208】と書かれた部屋へと吸い込まれる様に入って行く。






◆◇◆◇






『一階:リビング』



 食事を用意した私は3名程席に着いていない事を確認する。


 神田信吾。

 三島智子。


 そして茜お嬢様。


「……七貝様。篠塚様はどうされたのかご存知でしょうか?」


 私は既に飯島と呼ばれる会社員と仲良くお喋りをしている七貝あすみに声を掛ける。


「え? ……あれ~? 何かさっき忘れ物がどうとか言って、部屋に戻って行った筈だけど……」


 そう言い七貝あすみはまた飯島の方を向きお喋りを再開する。


「すいません、墨田さん。僕と尾崎さんにおかわりを用意して貰えますか?」


 九条直人が空のお皿を示しジェスチャーする。


「……畏まりました九条様、尾崎様。ご用意致しますので少々お待ち下さい……」


 丁寧にお辞儀をし、キッチンルームへと向かう私。



 ……それにしても茜お嬢様は一体何を考えているのだろう。



 私は『蓮城寺家』に雇われたただのメイドに過ぎない。


 茜お嬢様や貞治様にご命令をされれば大概の事はこなして来た。


 しかし今回のこの急な『蓮城寺家主催のパーティ』の開催。


 しかもあの4名の会社員以外は全く関わり合いの無いメンバー達。


 それに『あの事』もある―――。



 私は新たな料理を用意しながらかぶりを振る。



 余計な事は考えなくても良い。


 私はただ、求められるがまま指示に従えば良い。


 それが『蓮城寺家』に勤めるメイドの定め―――。




 ―――私は料理を待つお客様の元へと、腕によりを掛けた手料理を運ぶ。


















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