表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

終わる生命と始まる生命

作者: 白雲

 私がこの世界に現存する唯一の知能になってしまったことに気が付いたのは、つい数分前のことだった。

 人の気配が色濃く残る土地を訪れ、その没落を目にした回数は考えたくもない。人の気配はある。今の今まで人が生き、呼吸をしていた気配はある。なのに、姿はただの一度も瞳に写らない。生者の影も、死者の亡骸でさえ。人の形をしたものは、元はショッピングセンターだったろうショーケースの中、割れた硝子を滅茶苦茶に浴びているマネキンぐらいしか見ていない。

 廃墟、残骸、人の姿がなく、営みが消えた世界はこんなにも空虚なのだなと、絶望よりも感心が先に生まれた。

 どうやら私の思考も十分に麻痺して、壊れてしまっているようだ。ショックのせいか記憶も定かではない。自分自身がどういう経緯でこの場に立っているのかが思い出せない。世界が変貌した様さえ、事後の風景しか判らない。変貌して崩れ、壊れていく様を思い出せない。私の記憶には今広がっているこの景色しかないのだ。

 瓦礫、廃材、その合間を縫うように歩いていく。私が訪れた崩壊した都市の一つ、ここが元々どこだったのかは判らない。そもそも元々の風景が思い出せないのだ。

 それは、不自然か?

 元の風景を知らないのに、今の様を見て感心や郷愁を覚えるのは不自然じゃないか? 元がどうだったか判らないのなら、どんな感情を抱くこともない。最初からこうだったのなら、絶望もない。

 欠落しているのか、何かが。

 私は微小の疑問を抱きながら、空を見上げた。崩壊し廃墟と化した高層ビルが様々な方向に突き出した異様な光景の上、灰に染められた暗い空が見えた。淡い暗さはさながら私を見て泣いているように感じた。

 歩む足取りは決して軽くはない。命という重みを引き摺り、枷を嵌めているような重量感が足を始めとした体全体に帯びている。嫌な感覚だ。

 静寂。足を動かす音だけが瓦礫に反響して返ってくる。

 この町にも人はいなかった。次に訪れる町にも希望は抱けない。

 どこにも光なんて無い。この暗闇のループの中で、私はどこへ向かうのか。ゆっくりとした足取り、でも一歩一歩確実に、空虚な町の残骸を通り過ぎて行く。

 そうして町を抜けた後も、ひたすら前に向かって歩き続ける。その先に町があるのか、それとも何もないのか判らない。

 空には燦々と輝く太陽があるのに、空気は冷えているというか、暖かさは感じない。ついには触覚も消えたか、と思った。考えてみれば足が動いている気もしない。動かしているはずなのに景色が変わらない。

 植物から何からあらゆる生きる物がない荒野。

 そこにある命は、私だけだった。

 腕が動かない。体が動けという命令を無視して停止している。

 変わらない景色が段々と色褪せて、白黒に薄れていく。

 音が消えて行く。うるさいぐらいに耳元で響く風の音が消失していく。

 そうして、私はそこに一つだけポツンと存在している何かになった。

 感覚から何から消え失せて、それでも残ったのは私を私たらしめる意思と、微かな自我だった。

 私は、願わくば新しい命が芽生えますようにと祈った。

 私の最後の記憶はそんな切望だった。




 ある都市近郊が、有害物質の流出により混乱を来し、人々は有害物質の元だった都市に攻め込み、崩壊させるという大事件が起こった。その事件は最終的には都市の人々を都市から追い出し、閉鎖することで解決と相成った。しかし、事件を起こした都市近郊はもちろん、流出した都市側にも有害物質は広まり、滞留してしまった。結果的に都市も都市近郊も、その周辺の町も、特定危険地域に制定され、人が訪れることがなくなった。有害物質のせいであらゆる生物は生きられず、また生まれない土地になっていた。

 そんな特定危険地域に倒れている人影が見えたと一報が入ったのは、明け方、澄んだ空の下だった。軍はそれに対して誤情報だと相手にはしなかったが、元々都市近郊に住んでいた面々で作られた独立民事組織の一つがその情報をもとに、対有害物質装備を施した五人のチームで特定危険地域に踏み込んだ。

 報告があった場所には確かに人影が倒れていた。完全に汚染されている空気の中でだ。驚いた五人が駆け寄ると、人影の情報は誤情報であったことが判った。彼らが人影だと思っていたのは、自立精神保有型のアンドロイドだった。あらゆるところからコードのようなものが溢れており、既に壊れているのは明白だった。五人は唖然として固まっていた。それは発見したのが人ではなかったことに新たな悲しみを重ねたわけではなかった。

 五人のうちの一人がその女性型のアンドロイドに歩み寄り、足を折ってその場に座った。決して安全とは言えない行動だ。有害物質がどのように人体に影響を及ぼすか、その全容が判らない今、彼の行動は軽薄とも言えた。だが止めるものは一人としていなかった。

 何故なら、機能停止したアンドロイドの傍らに小さな双葉が芽生えていたからだ。あらゆる動物、植物を死滅させた有害物質が残るその地域で、初めて見られた生命だった。

 生命は途切れず生まれる、その強さを感じさせる出来事だった。

 自然と五人は涙を流していた。またこの土地に戻ってこれるかもしれない。確実性のない可能性に過ぎなかったが、そんな小さな光でも、行き場のない暗闇を歩かされるに等しい思いをしていた彼らにしてみれば、それは一筋とはいえ、希望だった。

 自分達の暮らしていた土地の、都市の死滅に生きる気力を失ったものは少なくない。絶望したものは更に多い。そんな彼らに見せてあげられる、小さいけれど確かな希望を。

 五人は活動記録用のカメラを取り出すと一枚の写真を撮った。有害物質汚染の可能性があるためすぐにその写真を見せるわけにはいかないが、ポラロイドカメラによって写された一枚の写真は絶対に都市外で待つ市民の目に入ることになるだろう。

 段々と真っ黒なままの写真が色を浮き上がらせていく。そこには対有害物質装備を施した五人と、有害物質流出下において初めて生まれた双葉の生命、そして壊れた瞬間のまま固まっていたアンドロイドが写っていた。

 アンドロイドの表情は、何故か安らかな笑顔を浮かべていたと言う。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ