06. 腹八分目を希望
「ほらマコト、遠慮せずに食べなさい」
「遠慮していないです。本当にお腹いっぱいで……」
「そんなことないだろ。育ち盛りなんだ。食べないと大きくなれないぞ」
いや成長期はとうに過ぎている。私の身長は高校二年の時に1ミリ伸びたっきり、それ以来伸びていない。これ以上食べれば成長するのは縦ではなく横にだ。それはごめんこうむりたい。
しかしクロードさんのこちらを気遣うような視線に耐えきれず、「じゃあ、あと一切れだけ」と目の前のピザに手を伸ばした。
今日は土曜日。
今朝は、昨晩心の中で誓った、明日も魔力使用の練習を頑張ろうという言葉を実行すべく、いつもより少し早めに起きた。いつもより早い時間なのに、クロードさんは既に起きていて、なんと朝食の準備をしてくれていたのだ。
本来朝食の準備は私の仕事。今日はクロードさんは休日。そのせっかくの休日に早起きさせて朝食の準備をさせてしまったことを申し訳なく思い謝ると、もう少し大人を頼りなさいと恒例の子供扱い。しかも今日、明日は魔力の練習を休みなさいとのお達しで、早起きしたにも関わらず一気に手持ち無沙汰になってしまった。
土曜日と日曜日、クロードさんが休日の日はサラさんは来ない。そしてこの二日分の食事の作り置きは無い。そういう契約らしい。
時間はたっぷりあるので、お昼は少し凝った物を作ろう。そう思いながら朝食を食べていたら、クロードさんに「お昼は宅配ピザを頼むつもりだから」と先手を打たれてしまった。
そして今に至る。
やはり最後の一切れは多かった。チーズで胸焼けしそうだ。
「クロードさん」
ピザが入っていた箱を片しているクロードさんに挙手し、発言の許可を求める。別にこんなことせず普通に会話しても構わないのだけれど、ここははっきり意思表示する為にこの形で。
クロードさんに先制される前に、夕飯は私が作る旨を主張しよう。夜はさっぱりした物が良い。冷蔵庫の中身と相談だ。
しかしクロードさんが「なんだ?」と問うのと同時に、玄関のチャイムが鳴った。
「すまない、マコト。来客だ。後で良いか?」
「あっ、はい」
クロードさんと来客とのインターホン越しの会話を窺う限り、相手は配達業者のようだ。クロードさんが玄関で荷物を受取りそれで終了かと思ったが、業者が二名、大きな箱を抱えてリビングに入ってきた。それをリビングに置くと、抱えていた箱を解体する。箱から出てきたのは平らな板、四本の同じ長さで少し太めの木の棒、そしてネジ等の部品諸々。それらを業者の二人が組み立てていく。
「……テーブル?」
「ああ。ソファーの前にあると便利かと思ってな」
確かにソファーで寛ぐ時に、飲み物とか置けて良いと思う。
組み立てた低めのテーブルをソファーの前に置くと、業者は箱を纏めて部屋から出ていく。これで終わりかと思いきや、新たな箱を抱えてリビングに入ってきた。
今度は何かと組み立てていく様子を窺う。どうやら棚らしい。ソファーから程好く離れた正面の壁際に置かれる棚。位置的にテレビ台になりそうだ。この家にテレビはないけれども。
棚の設置が終わると、クロードさんが業者に「宜しければ車の中で飲んで下さい」とペットボトルのお茶を手渡していたので、どうやら終了らしい。
クロードさんってば大きなお買い物をしたんだなぁ……と業者を見送ると、彼等と入れ違いでまた新たな業者がやってきた。
「クロードさん、今度は何ですか?」
「ん? まぁ見れば分かるよ」
クロードさんが言う通り、見て直ぐに分かるものだった。業者が運んでいる箱にも絵が描かれていたし。物理的には先程の棚の方が大きいが、金額的には今運ばれている物が一番大きな買い物だと思う。
リビングに運び込まれたのはテレビ。我が家のテレビよりも大画面。しかもこのテレビ一台で、DVD観賞や録画も可能らしい。我が家のテレビより高性能だ。……我が家に持って帰りたい。そんなことしないけれど。
配線や設定等全て終了させ、業者が帰ったリビングで、クロードさんがテレビのリモコンを扱う。ボタンを押す度に変わるチャンネル。どのチャンネルも綺麗に映っている。クロードさんも頷きながらテレビを見ているので、満足のいく買い物だったのだろう。
「マコトの世界でもテレビがあるんだろ?」
クロードさんの問いに頷く。
「今までテレビが無くて悪かったな。これからは好きな時に見て構わないから」
……何となく嫌な予感がする。
この家には今までテレビが無かったので当然だが、クロードさんはテレビを見る習慣が無い。でもこのタイミングで購入してきたのは……。
私が居候しているから? …………なんてこと無いよね。流石に。それは考え過ぎ、自意識過剰だ。
「ケーブルテレビのアニメチャンネルを幾つか契約をしておいたから楽しむと良い」
見られる番組が子供仕様に偏っている気はするが……。テレビの購入は偶々私が居るタイミングと被っただけだ。……と思う。きっと、たぶん、恐らく。
……このことについては深く考えないようにしよう。テレビ見られるようになって万歳! 素直にそのことだけを喜んでおこう。
でもこの一週間、クロードさんと過ごして気になったのは、クロードさんは私に対して過保護……というか甘やかし過ぎていると思う。私のことを幼い子供だと思っているからだとは思うけれど。実年齢を明かしていないのが非常に心苦しい。
とはいえ、年齢は明かすことなく帰りたいと思っているのも実情。
「マコト、嬉しいかい?」
「はい。見るのが楽しみです」
「じゃあ、早速見よう。どのチャンネルが良いかな」
渡された番組表を見ながら心の中で唸る。契約済みチャンネル内で、特に見たいと思う番組が無い。普段アニメを見ないので、番組表に記されたタイトルからだけではさっぱり分からない。そもそも私の世界と同じ番組を放送しているとは考えにくいので、私がアニメオタクだったとしても、知っているタイトルは無いのかもしれないけれど。
あっ、でも意外に同じ番組が放送されていたりするのかな?
こちらに初めて来た日に、クロードさんから手渡された男児の下着。それにプリントされていたキャラクターは、私の世界でも存在しているキャラクターだったし。それに、未契約のチャンネルの番組をちらりと見ると、私でも知っている番組タイトルがちらほら。……というか、寧ろ未契約のチャンネルが非常に気になる。そっちを見たい。
あぁ……。お父さん、お母さん、サトシ、時代劇専門チャンネルを契約して欲しいだなんて、我侭言っちゃ駄目ですよね。そうですよね。分かっています。私、居候の身ですもの。クロードさんが契約してくれたアニメチャンネルだって、私の為だということ分かっています。アニメ、見ようじゃないですか。そういえばサトシ、ロボットが出てくるアニメが好きだったよね? これを機会にお姉ちゃんもロボットアニメに詳しくなるから、帰ったら一緒に見ようね。