血色の瞳 1
ああ、トラブルに好かれる人間ってのは確かにいる。
星の巡りなのか、生まれついての性質なのか、もしかしたら姓名診断の結果なのかもな。
とにかく、なんかやる度に無茶無闇の雨霰なんて散々なトラブルに毎度のように巡り会うは本当にいるんだ。断言する。だって俺がそうだしな!
要人護衛、マカツから来た妖族の王様をただ無事に空港まで送り届けるなんつー、この仕事やってんなら新人でも軽く達成できる仕事が、なんでか知らねえが俺達には達成困難な仕事に成り上がる。
「エッジ!右!」
気付いてるよ!
スローイングダガーを気配の方へ投げる。それは生々しい音をたてて黒装束の額に命中した。そのダガーに繋がる紐を思い切り引っ張り反対側にいるこれまた黒装束の首に刃を通す。
黒装束、そう、黒装束なんだよな。今時こんなレトロな暗殺者がいるのかと笑いが込み上げてくる。
だが、状況が状況だけに全く笑えない。
「マリー!リリンは無事だろうな!」
リリン。リリン・ユメミズは俺達の依頼人だ。サキュバスの王。外見は初等部五年くらいの年齢不詳の非実在人物の体現。子供が四人いて、内一人には更に子供がいるらしいが本当には思えない。
「ぶじー!うわっと」
本当に無事なんだろうな、と心配になる。
「イヴ、大丈夫か?」
俺の脇にいるちっこいのにも声をかける。こいつも初等部五年くらいの外見だが、こいつの場合それで正しい。十歳くらいだ。
そのイヴから軽く頷くクールな返事が帰ってくる。なら、当面の問題はこの状況をどう切り抜けるかだな。
ん?おっと、自己紹介をしてなかったな。俺の名前はエジェンド・グロウ。しがない退治屋だ。
暗殺者の面々をとりあえず振り切り(もしかしたら全滅させただけかもしれない)もともと休憩所として立ち寄る予定だった街で一服中。本来ならここまで一時間半位で来る予定だったのに、気が付けば日が落ちている。それも黒ずくめに車を壊された上に足止めを食らったせいだ。
しょうがないんでリリンにはフライトをキャンセルしてもらい、その街で宿をとることにする。
が、問題発生。部屋が一つしかとれなかった。そもそもファミリールームなんで広さに問題はないんだが、今更な事実に気が付く。
男俺だけじゃん。
いや、別にイヴを女として意識するほど鬼畜じゃないが。リリンだって外見上は似たようなもんだし、マリーはこいつは精神年齢が幼い。
・・・問題ない、か?
「あら、エジェンドさんと同衾ですか?うふふ」
前言撤回。そーいやリリンはサキュバスだったな畜生。あと同衾とかしねえよ。
その言葉を聞いたイヴが俺の服を掴み、リリンを睨む。
「何でもいいけどお腹減ったよー」
マリーは事態を全く理解していないので呑気なもんだ。ま、いいや、当面は放置で。
「そうだな、とりあえず腹ごしらえと、新しい足も欲しいところだけど」
レンタカーとかどっかにあるかな?だけどなー、あったところでまた壊されそうな気がするんだよな。
借りない方がいいか?レンタカー壊したりしたら修理代って経費で落とせるんだろうか?無理だろうなぁ。
「レンタカーは考えない方がいいか。イヴ、空港まではこっから何キロ位だ?」
「・・・」
イヴは黙って両手の指を開いたあと、右手を下ろし、左手の指を二本立てる。
「12キロね。歩いていけない距離でもないが」
チラリと依頼人、リリンを見る。
「構いませんよ。面白そうですし。こんなに楽しいのは久々ですわ」
ニコニコしながら答えられてしまった。つか、この状況を楽しそうと言えるってのは、どんな修羅場を潜ってきたんだよ、この人。
12キロは決して長い距離ではない。フルマラソンで42キロちょい、四分の一くらいだ。
つまり気を付ける必要があるのは襲撃。夜に出歩くのは自殺行為だ。
「ふう」
ホテルで一息つく。今夜だっていつまで休めるかわかったもんじゃない。
「しかしそうですか。ことあるごとに厄介事をつれてくるんですか。ふふ、まるで『彼』のようですわね」
この人、本気で楽しそうだ。
「つれてくるんじゃなくてついてくるんだがな。迷惑きわまりない」
俺の所属するディスポーサーギルドは所属者に下から順にD~Sのランクをつける。俺はAランク、マリーとイヴはBランクの位置付けだ。100人以上が所属するギルドだが、Sランクは6人しかいない、大体はCかBだ。
「ふわぁ」
マリーが緊張感のない欠伸をする。
「~~~っ」
つられてイヴも欠伸をする。欠伸にすら音がないのが流石だ。
マリー、マリエーン・シナバー。見た目は最上級の美人。あどけなさから少女と言ってもギリ通じる。実際まだ未成年だしな。特徴は目だ。右目の瞳が猫のように細い。
イヴ、イベリアス・ブランツフォード・サイアン。10歳ほどの少女だ。イヴは全く目が見えていない。開いた目は正面を見て入るが、明らかに光をとらえてはいない。だが、イヴは視える、らしい。どんな感覚かはよくわからないが。あと、特徴とするならほとんど喋らないことか。会話ができるのは俺とマリーくらいだ。
「ふふ、なるほどですわね。その事故引寄体質が、その若さで二つ名を持つ原因ですのね」
「いらねえんだがなぁ、面倒が増えるだけだし」
そう、二つ名。そう呼ばれるものがある。所謂アダ名だ。「隠された刃」。名前とかけられたこのアダ名は同時に俺のバトルスタイルを分かりやすく表現している。
俺は別に冬でもないのにコートを着ている。これには理由がある。この下は大量の刃物が忍ばせてあるのだ。100は越えている。おかげで暑いは重いはで散々だ。二つ名なんてメンドクサイものまでついてきやがったし。
ついでにいうならパーティを組んでるマリーとイヴにも二つ名がある。「血塗れの少女」と「無言の暗闇」。Bランクの二つ名持ちは珍しいんだが、ま、こいつらの場合むしろ実力より素行に問題があってランクが止まってるってのがあるからな。
そんな話と思考をつらつらしていたら、イヴの頭がピクッと跳ね上がる。
やべえな、来たらしい。厄介事が。
ガシャンとガラスが割られ黒ずくめが飛び込んでくる。ところに俺はスローイングダガーを投げつけた。それははじめから決められていたように額に突き刺さる。
が、一人じゃなかった。
五人。最初の一人とあわせて六人。
少しきついが問題ない。
右の内ポケットからハンティングナイフを引き抜くと一番手近の首を撫で切る。と、同時に左内ポケットから出したスローイングダガーを投げる。さらに一人の左胸に刺さったそれを、俺はさらに容赦なく蹴り込む。
そこでチラリとマリーの方を確認すると、予想通りに暴悪な光景になっていた。
マリーは二つ名通り、戦いになると容姿省みずに暴れ狂う。そりゃもう美人が台無しとか言うレベルじゃねえ。返り血をベッタリと浴びたその姿で、無垢な少女の笑顔を浮かべるマリーは、敵からは恐怖の象徴に他ならない。つか、正直俺でもちょっと引く。
最後の一人はせめてもと思ったのかイヴに向かう。咄嗟に懐に手を入れるが、それを取り出すより早く男が倒れた。ピクリとも動く様子がない。外傷は一切ないが、その男は見事に気絶していた。
イヴは、いや、まぁマリーや俺もだが、ただの人間ではない。イヴには他人の脳に干渉する能力を持っている。いや、干渉するでは生ぬるいか。どちらかと言えばそれは支配に近い。支配し、壊せる。脳は体の機能の全てを制御している。らしい。つまりイヴの能力は人体の支配に匹敵し、また、その破壊に等しい。
イヴの目の前に倒れた男、こいつは倒れたくて倒れた訳じゃない。つまり、イヴが支配し、強制的に眠らせたのだ。ふざけた話だが、一対一の戦いではイヴに勝てる者はワリと少ない。
で、見事に侵入者六人をぶちのめした訳だが、ガラスは割れてるわ部屋は血塗れだわでとてもじゃないが一晩過ごせる状況じゃねえ。
警察を呼んで現場検証。俺達ディスポーサーギルドの人間は警察から、と言うか国から特別な許可を得ていて、Aランク以上の人間とその同行者には特定条件下での殺人が許可されている。その条件は厳密に規定されているが、今回に限れば問題ない。
今回当てはまるのは、社会的に危険な思想を持ち、その思想を実行に移す組織、団体、個人。それと民間人への被害を最小に抑えるための緊急の対処だ。ま、暗殺者ギルドの奴等だからな。
「しっかし、クリムゾンの奴等だとはねぇ」
一通りの検証が終わり、俺は警察からこの暗殺者たちの正体を聞くことになった。クリムゾンは正式にはクリムゾン・ディアーだとかいう殺人者の集まりで、世界的な暗殺、殺人者組織だ。戦争なんかにもよく出てくる。しかし、クリムゾン・ディアーが有名なのは寧ろ別のところにある。
「たしか、四色の本物の内の赤の本物、セキエ・レッドが組織している団体でしたわね」
「そう、なんだよなぁ」
数の頂点とか言われるものがある。何でもいいからとにかく強い奴らをランキングしたものだが順に、三元の要穴、四色の本物、五席の空座、六種の獣王、七術の極地、だとか。三と五に関してはもはや都市伝説みたいなもんだ。もっとも、不幸なことに俺は五の人間とやりあったことがあるが。死ぬところだった。
「問題は序列が五より上なんだよなぁ」
「ですが、三は別次元だという話ですが、四から七に関してはそこまで明確な差はないそうですわよ?」
らしいな。そもそもこれらの構成員はどんどん代替わりしていくから、一概に数字で強さが決まらないところがあるらしい。
「でもなぁ、セキエだぜ?四色の本物だぜ?リリンなら今代の四色の本物がどう言われてるか知ってるだろ?」
「ええ、歴代最高の実力者の結集、だとか。中でも黒の本物が凄いですわね。確かに、私が今まで見てきた四の中でも、今回の四人は群を抜いているようですわ」
そうなのだ。今回の四色の本物は歴代と比べても頭一つ飛び抜けた実力者ばかりらしいのだ。俺も実は青の本物が知り合いにいるのだが、奴ら規格外すぎる。キャラステータスを一桁二桁間違えて設定したとしか思えない。
「そんなのがボスの組織が今回の敵かよ」
冗談にしても苦笑いだ。冗談じゃないから喜の感情が何一つ浮かばない。
「何々?今回の敵って強いの?」
あ、浮かぶ奴がいた。そう、マリーは戦闘狂なのだ。こんな新しいオモチャ見つけた子供のような澄んだ目で期待を込めてこちらを見るとかやめてほしい。
「いーないーな、ししょくのほんものって言ったら、たしか魔術師の集まりだよね?」
「正確には『集まり』ではないらしいがな」
青の奴が赤のことを話すとき、「あんなのと同じくくりにしないでくださイ!迷惑でス!」とかひどく憤慨してたからな。
「あんまり嬉しくねえよ。できれば一番上には会いたくねえな」
数の頂点ってなその辺りの戦う奴とははっきり言って質が違う。三元の要穴は次元が違うし、四色の本物は魔術師の最高位、五席の空座は生物として外れた奴らばかりで、六種の獣王は動物型の妖の最上級、七術の極地は超能力者として最強な奴ら。全員揃って当たり前のように二つ名を備えてやがる。そんな奴を一人だって相手にしたいわけがない。
「回避の方向で考えよう」
「あら?数の頂点を相手にしたくないんですの?」
「当たり前だって。あんな奴ら、二度と相手にしたくねえよ」
「二度と、ですのね。一度はあると言うことですわね」
しまった。口が滑ったか。
「ああ、まぁな」
五席の空座の第二席と世界最強の鎖鞭使い、その二人を同時に相手にしなきゃならない、ふざけたと言うにもふざけた状況に巻き込まれたことがある。死ぬ寸前というか一度本気で心臓が止まって死んでいた。俺が俺じゃなかったらそのまま死んでたな。
俺とマリーもイヴとは違った意味で普通じゃない。俺たちは妖だ。それもただの妖じゃない。ハーフ、混血だとか言われるタイプの妖で、俺は吸血鬼族と陰影族、マリーは獣人族と鬼人族の血を引いている。
吸血鬼族は血を司る。そして血を象徴するのは心臓だ。だからこそ俺は死んでも生き返れたわけだが、本当に俺でなければ死んでただろうな、アレは。
「ふふ、数の頂点と戦ったことがあるなら安心ですわね。それでは私はそろそろ寝かせていただきますわ。夢は私達の領分ですので。ああ、グロウさん、同衾したくなったらいつでもどうぞ、いい夢見せますわよ?」
「するか!」
クスクス笑ってリリンはキングサイズのベッドに横になる。とたんに寝息が聞こえてきた。夢は領分と言うだけあって、どちらの世界にも出入りが自由のようだ。
「ふわぁ、ワタシも寝る~。おやすみぃ」
燃費の悪いマリーも燃料切れらしくフラフラとベッドに近付く。
「寝るならリリンと寝てくれ。俺は御免だ」
「ふわ~い」
ヨロヨロとマリーはリリンの寝ているベッドにたどり着くともぞもぞと潜り込んでいった。しばらくすると寝息がデュエットになる。
「さて、明日からどうするかな。一応今日の分はしのげたが、こうなると相手さんも本気になってくるだろ」
イヴがコクコクとうなずく。
「今夜はいいとして明日まで警察はいてくれないだろうしな」
治安の悪いこの国では警察はそこまで暇じゃない、何より、
「クリムゾン・ディアーとかのレベルになってくると警察では手に負えないだろ」
そこが重要。決して警察を無能扱いするわけではないが、極端にいえば警察も戦闘者としては一般人なのだ、達人と言われるレベルが一般の裏の世界では警察組織も役に立たない。
「表に出れば、世界競技大会の陸上種目を軽く一回りは記録越えできる奴らだからな」
イヴはまたしてもコクコクとうなずく。
「とりあえず、人目が多いところを選ぶしかないか」
俺は地図を広げる。しかし、そうは言ってもこんな国だ、潜在的死角は絶対できてしまう。それに相手は暗殺者だ。いざとなれば人前でも一般人に気づかれずに人を殺すことくらい可能だろう。
「面倒だよな実際。思考労働なんて俺の領分じゃねえんだってーの」
とんとん、と、ウチの思考労働担当が地図を指で叩く。その指をそのままツーっと動かしていく。今回通るべき経路を示しているのだ。
「ん、しかし、イヴ、その経路は・・・」
確かに街を多く通る、最も安全な道で、さらに一番の近道だ。しかし、
「森があるんだよな」
12キロの経路の中、1キロほど森が続く道がある。厄介といえば明らかにここだ。
しかし、そうは言ったところで他の経路も似たり寄ったりだ。崖があったり、荒野が断続的に続いたり、安全面で考えれば確かにこの道が一番安全だろう。
「まぁ、仕方ないか。細かいことは道々考えるしかないな」
どうせ俺の事だ、どんな道を通ったところで絶対の安全などないだろうしな。
「イヴ、寝てていいぜ、しばらくは俺が見張ってるから」
イヴはコクッとうなずくと俺にすりよってきた。そしてそのままポテッと俺の膝に頭を落とす。
「おい」
一応ツッコむがイヴはそのまま寝入ってしまう。ご丁寧に俺の服の裾をつかんだまま。
「やれやれ」
しゃーない、しばらくはこのままでいてやるか。しかし、俺はどこで寝たもんかな。