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「本当にあった怖い話」シリーズ

夜鈴

作者: 詩月 七夜
掲載日:2026/07/11

 記憶が確かなら、小学校三年生の夏。


 うちの地元は田舎で、当時は無医地区。

 信号機が4つしかないような場所だったが、自然だけは豊かだった。

 里山に田んぼ、畑。

 メダカやドジョウ(当時は珍しくもなかった)泳ぎ回り、ホタルが飛び交う用水路。

 ザリガニやイモリがとれるため池やカブトムシ、クワガタを捕まえられる林や森。

 そうした豊かな自然があった土地だったけど、不思議なこともたくさんあった。

 人魂を見たり、一本足の怪僧が住んでいる寺があれば、怪しい噂のあるたこ焼き屋があったり、今振り返っても本当に不思議なことだらけだった。


 そんな地元で、私が体験したのは、ある夏の夜だった。


 田舎育ちの人は分かると思うけど、田舎の夏は本当に賑やかだ。

 早朝はヘリコプターによる水田の防虫剤散布(当時は普通だった)に叩き起こされ、昼はとどまることのない蝉時雨。

 夜になれば、田んぼ中から響くカエルの大合唱。

 都会から遊びに来た友人も、真っ暗な中から響くカエルの声の膨大さに度肝を抜かれていた。

 そうした田舎の夏だったが、地元民にしてみればいちいち意にも介することのない、ただの生活音である。

 夜の間なんかは、風を入れるため、縁側の戸を開けたままだったし、気にもならなかった(信じられないかも知れないが、当時の夏は現在ほど暑くならず、猛暑でも30℃がせいぜい)。

 そうしたカエルの声に悩むこともない私達は、縁側が涼しいことを学んでいたので、縁側の廊下に布団を敷き、薄い肌掛け一枚と扇風機の涼風で眠っていた。

 夏休みの朝には、子供達が集ってラジオ体操をするのが慣習だったので、誰よりも早起きし、体操の会場となる寺に行くのが半ば競争になっていたし、昼間は学校のプール開放でたっぷり遊んでいた私は夜はぐっすり眠るのが普通だった。


 だけど、その夜は違った。


 時計は見ていなかったから分からないけど、おそらくは真夜中過ぎだったと思う。

 何の前兆も無く、パッチリと目を覚ました私は、外の明るさに少し驚いた。

 田舎の夜は暗い。

 街灯もまばらだし、深夜に通る車など皆無だ。

 特に実家は県道からやや離れていたので、夜は真っ暗なのが普通だった。

 その夜は満月だった。

 だからだろう。

 月光の異様な明るさが特に際立っていた。

 だから、目が覚めたというわけでもない。

 かといって、トイレに行きたい感覚もなく、不意に目を覚ました私。

 明るい夜と、その下に広がる黒い草原のような田んぼ(私の実家は高台にあった)に目を奪われた。

 実際、いま思い出しても信じられないくらい神秘的な風景だった。

 昼間、いつも見慣れているその風景は、その時ばかりは私の目に異界のように映った。

 そうしてしばし見とれていると、私はある異変に気付いた。

 あれだけ賑やかだったカエルの声がふと聞こえなくなったのだ。

 風も無く、木の枝ずれの音さえしない静寂が、私を包んだ。

 そのあり得ない状況に、私は胸騒ぎを感じた。

 何度も言うが、田舎の夜はカエルの声が本当に賑やかだ。

 それがまるでカエル達が申し合わせたかのように、一斉に途絶える。

 本当にあり得ない現象だった。

 何の前触れも無く目覚め、遭遇したその状況に、私は徐々に恐怖した。

 これから何かが起こりそうな、見えないものへの恐怖が胸に満ちる。

 布団に逃げ戻ろうとしたその時、私の耳にある音が届いた。


リー…ン


 思わずギョッとなる私。

 空耳かとも思ったが、音は再度鳴った。


リー…ン


 澄んだきれいな金属音。

 私はそれが鈴の音色だと気付く。


チリーン…


 そう気付いた瞬間、私は息を吐いた。

 何だ、何ということは無い。

 近所の家に下がる風鈴が鳴っているんだ。

 無駄に怖がっていた私は自分に呆れつつ、布団に戻り横になる。


チリーン


 風鈴の音は止まない。

 暑い昼間には風流な音色だが、涼しい夜に聞いてもそれほどのものでもない。

 私は明日の早起きに備えて目を閉じ、寝ようとした。


チリーン…チリーン…


 風鈴は鳴りやまない。

 うるさいな、と私は内心毒づいた。

 あれだけ賑やかなカエルの声は気にもならないのに、その風鈴の音はいやに耳につく。

 そもそも、カエルの声は止んだままなので、風鈴の音が余計に際立った。


チリーン、チリーン、チリーン


 いい加減、文句を言いたくなった私だったが、そこでまた、あることに気付いた。


 音が、動いている。


 言うまでもないが、風鈴は軒先などに吊り下げて持ちあるようなものじゃない。

 それなのに風鈴の音は、徐々にこちらに近付いている。


チリーン、チリーン、チリーン


 間違いない。

 誰かが風鈴を手に、夜の道を歩いている。

 しかも、その音はうちの前に差し掛かろうとしていた。

 私は声も出せずに引き攣った。

 こんな夜中に風鈴を手に歩く人間も理由もあり得ない。

 もし、そうした人間がいても、ぜったいにまともじゃない。

 いくら月が明るい夜でも、懐中電灯の光すら見えなかったし、明らかにおかしい。

 いや…もしかしたら人ではないのかも知れない…!


チリーン、チリーン、チリーン


 風鈴の音が実家の前の通りを過ぎ去っていく。

 私は歯も噛み合わんばかりに震えながら、肌掛けを被り、丸くなった。

 音がうちの庭に入ってきたらどうしよう。

 兄弟は近くにいたけど、完全に寝入ったままだ。

 父母は少し離れた別室で寝ているし、祖父母も同じだった。

 誰にもすがれない状況で、得体の知れない何かに迫られる状況に、私はどうしようもない恐怖を感じていた。


 しかし、それは杞憂だった。


 風鈴の音と共に近付いてきた「何か」は、うちに前を通り過ぎ、離れていった。


チリーン…リー…ン


 聞こえてきた時と同じように、鈴の音が霞んで消える。

 同時にカエル達の声が徐々に復活し、元の賑やかさを取り戻していった。

 私はと言えば、あまりの安堵に気を失ったように眠ってしまった。


 翌朝。

 数軒隣の家の人が亡くなったと聞いた。

 朝になっても起きてこないのを不審に思った家族が寝室を覗いたところ、息を引き取っていたという。

 その時はちょっとした騒ぎになったけど、死因は不審なものではなかったので、大きな騒ぎまでにはならなかった。


 それからだいぶ経ってから、私が家族から聞いた話。

 その人が亡くなった晩は、間違いなくあの満月の夜だった。

 そして、故人が気に入っていた風鈴を思い出した家族がお棺に入れてやろうとしたところ見当たらず、お棺の中を見たら既に入っていたという。

 故人の家族は首をひねっていただけだったが「たぶん誰かが入れてやったんだろう」と思ったらしい。


 でも、私は思う。

 それはきっと、間違いなく故人本人が持って行ったんだ、と。

 この話は今日まで誰にも言っていない。

 でも、今も夜中に聞こえる風鈴や鈴の音には、ビクッとなってしまう。


【ご案内】

例年、開催される「夏のホラー企画」で紹介した過去の作品を「本当にあった怖い話」シリーズとしてまとめております

本作を気に入っていただけたなら、本ページ最上部の文字リンクからジャンプできますのでお楽しみください

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― 新着の感想 ―
風鈴って日本に伝来したときは寺とかに魔除けとして使用されてたそうですね。 故人は自分で魔除けに風鈴を持って行ったのでしょうか。 カエル、田の近くまでちょっと移動すればホントうるさい。 猫を口笛で来る…
お久しぶりの作品投稿、お疲れ様です。 『怖い』っていうよりは『物悲しさ』のようなものを感じました。
夏にぴったりですね。 風景や当時の雰囲気など、風情があって好きです。
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