所詮はあなたのご都合ですから、お好きにどうぞ。
ある方との縁により、ジャンルに初挑戦させていただきます。よろしくお願いします。
急に両家のものが同席した場が開かれたかと思えば、場の中心に引きずり出されたアルセナは、困惑しきりだった。階段から降りてきた金髪碧眼の美青年は、怒り冷めやらぬ険しい顔で、びっと彼女を指さして言った。
「アルセナ!! お前、何をしでかしたか分かっているのか!? この混血がッ!」
今から思えば、関係は最初から破綻していたのかもしれない――五歳のとき、初めて出会ったアルセナに対して、モルゴは「お前の目、気持ち悪いな!」と言った。きちんと名前で呼ばれたことはほんの数回、公の場でさえ家名で呼ばれるばかりで、吟遊詩人が語る婚約者たちのような、結婚前から熱のある関係ではなかった。
「……わたくしのお贈りしたガーゴイル像が、伯爵のご子息にお怪我をさせてしまったとか。大変、申し訳ございません……」
「謝罪で済むなら官憲は要らないんだ! 牢屋にぶち込まれないだけありがたいと思え!」
「ひとつ、お聞きしたいことがございます。よろしいでしょうか」
「質問じゃあない詰問だ! そしてそれをするのはこっちだ。で? 何が聞きたいんだ」
アルセナ=トゥリア・ノクシャは、魔王領ノクシャ公爵家の次女である。ノクシャ公爵家は、代々魔道具を作る職人としての才能に恵まれ、人族と魔族の和平が成されたのちも地位を失わず、便利な魔道具を制作し続けていた。アルセナがもっとも得意とするものは「しゃべる魔道具」……人からこぼれた微小な魔力で再生するためメンテナンスもほとんど不要、寂しい人の話し相手にもなれる優れものだった。
「あれは、よほど怒らせたりしつこく攻撃をしたり、ひどいことをしなければ人を襲ったりはいたしません。なぜ、あれがイルー伯爵のご子息を襲ったのでしょうか?」
「はぁ? ああ、お前というやつは……もしかして、混血ごときが作ったものが、本当に警備のために門に飾られるとでも思ってたのか?」
「――と、言いますと」
「ガーゴイルなんて魔物だろうが! 的当てに使ったんだよ、バカ! このボクが叩き壊さなかったら、もっと被害が出ていたぞ!?」
モルゴ=サーゲル・ビクトールは、敵を作りやすい言動が多く、危険な立場に立たされている青年である。どんな敵からでも守り、壊れようと官憲や警邏への通報は欠かさないはずの、魔物と同等に強いガーゴイル像を作ったつもりだった。
(わたくしには声を届けられたはずなのに……声ひとつあげずに、ただ受け止めて死んだというのですか。これほど忠義に篤いものを、ただ殺したのですか)
本当に危険になったときは、アルセナにも声を届け、彼女からも守護者や追跡者を出すつもりでいた。婚約者のためを思えば、その程度の仕掛けは造作もないことだ。
「毎度毎度あんなに気持ち悪いものばかり送り付けてきやがって、とうとう人にケガまでさせて。この場で公に! お前との婚約を解消することを宣言させてもらう!!」
「おっお待ちくださいモルゴさま!? どうかお収めを、この婚約は和平の証としてのものですぞ!? 国交がどうなるかっ」
「――構わん。両家の納得を得るために、我々をこの場に集めたのだろう」
「ええそうですとも、ノクシャ公爵」
長い黒髪、威厳ある彫刻のごとき白皙と真紅の瞳、きりりと曲がった角。魔族の男性としては平均的な容姿である、アルセナの父「ヴァトラーク=トゥリア・ノクシャ」は、静かながら場を圧するような声で言った。大慌てのビクトール家執事には目もくれず、冷めきった表情のアルセナと、驕慢に頬を吊り上げたモルゴを交互に見やった。
「婚儀には両者の気持ちも大事だ。心を通わせるためにと同じ学園に通わせていたが、いまこの場で覆すというのなら……“相応の”覚悟があるのだろう。私は反対しようとは思わない。そちらはいかがだろうか、ビクトール公爵」
「……追って沙汰を下します。婚約の解消には、私も賛成させていただく」
「合議は成った。モルゴ君、“よくやった”と褒めておこう」
「あなたをお義父上と呼べなかったことが残念です、まったくね」
アルセナは何も言わず、その場から去った。
帰りの馬車の中で、父は重い口を開いた。
「アルセナ……気付いてやれなくて、すまなかった」
「お父さまは悪くありませんわ。愛されていなくても、家のためならと思っておりましたし……喜んでいただけていると、無邪気に思い込んでいたわたくしが愚かでした」
よい材料を使い、手間を惜しまず細工にも凝って「これなら」と思っていた逸品の数々は、とうに壊されていた。刀傷や魔法の焦げ跡が付いたいくつものゴミを突き返され、アルセナは己の無力を知った。差別意識や偏見は消えぬこと、学園でも大っぴらに浮気をしていることなど、知ってはいても受け止められぬこともある。それが少しでも変われば、と用意していた贈り物たちは、けっきょくは自己満足だった。
「……父の前なのだ、泣いてもいい」
「……はい」
「濡れても気にしないわ。思いっきり泣きなさい」
姉はひざにアルセナを受け止め、その涙を隠した。
「これほど、心を尽くしましたのに……ただ魔族の血が流れているだけで、それをちっとも分かっていただけないなんて! あんまりです……!」
「お前のためにと思って、数十万ゴルドはかけたのだがな。これほど繊細な細工物を、これほど乱暴に扱えるとは」
ひとつ深呼吸をしたヴァトラークは、重々しく「話は進めておく」と言い放つ。
「学園はどうする? いい家庭教師なら、あの場所よりもいい教育もできるだろう」
「あそこにしかない設備もありますから、しばらくは……。後輩も入ってきますから」
「分かった。こちらの手を回せるところはすべて、お前に損のないよう取り計らっておく。何も心配するな、父に任せておけ」
「ありがとうございます、お父さま」
涙の痕は残っていたが、毅然として起き上がったアルセナの表情は、はっきりとした意志のあるものだった。
一方のモルゴは、父のすさまじい叱責を受けていた。
「この馬鹿者が!! なぜ婚儀が成るまで我慢しなかったッ、お前は自分の立場を分かっているのか!? 歴史の授業で何を聞いていたのだ!!」
「うるっさいなあ。人族と魔族が和平を結ぶために、お互いに男女を交換して生贄婚をしてるってやつでしょう? 子供ができると分かってから、血を混ぜることにしたと。貴族の純血を守ろうともしないなんて、おかしなことじゃあないですか」
世論にて勃興している「人間主義」、あるいは「純血主義」と呼ばれる思想……魔族は和平と言いつつ人間に血を混ぜ、事実上の征服を為そうとしているのではないか、という考え方がある。密約が交わされた、人間はもう終わりだという陰謀論のひとつであり、ふたたび争いを起こそうとするものどもの工作であることは知れていた。
「純血を守るか。まったく……哀れなモルゴよ、お前はもう要らん」
「要らん、とは? 学園で各界に顔が利くようになって、あちらの父方からもしっかりと納得をこぎつけた私を! 不要だとでもおっしゃるのですか、お父上?」
「それ以外の言葉に聞こえたか? 廃嫡だ馬鹿者、さっさと出て行け」
「なっ、何を急に! そんな無茶が通るはずがないでしょう!?」
嫡男は四人いる、とビクトール公爵は氷のように冷たい表情で言い放った。
「己を国の道具としてこそ、政の都合で生きてこその貴族だ。その務めを果たせないのなら、お前は公爵家の息子として生きる資格はない。結婚が済めば何だろうと好きにさせてやったものを、お前というやつは!」
「では誰を差し出すんですか!?」
「まだ分からんのかッ、この馬鹿者が……! 一度決裂した関係を埋められるわけがなかろうが! この家からはもはや誰ひとり出せん、お前のせいでな」
「ふん、図らずも純血を守ってしまったわけだ。お役に立てて何よりですよ!」
「つまみ出せ!! 二度と顔を見せるな!!」
「父上!? に、荷物など――」
瞑目し深くため息をついたビクトール公爵は、机の上で組んだ手へ、まるで祈るように寄りかかった。そこへ、次男のディーゴが「失礼します」と扉を叩いた。促されて入ったディーゴは、父を見るなり心配そうに言った。
「お父上。あんなに怒鳴られては、お体に障りますよ。喉は?」
「うむ……怒鳴る機会なぞほとんどないからな。喉によい茶を持って来させてくれ」
「だそうだ。しかし、兄上があれほど愚かだとは……いや、誰かに吹き込まれたか」
「これなら、学園になど通わせなければよかった。お前は、あれに純血主義なぞ吹き込んだ工作員を見つけ出せ……国家の威信に懸けてな」
公爵は、茶を持ってきたメイドに胃薬を所望した。
明くる日の学園では、さっそくうわさが流れていた――
「ねえ聞いた? ビクトール公爵家とノクシャ公爵家の婚約、破談になったそうよ」「ええっ? なになに、何があったのかしら」「ほら、モルゴさまって良くない人とお付き合いがあったでしょう。純血主義だったって聞いたわ」「古臭ぁい。いまどき夫と子供の角を愛でるのが流行だって知らないのかしらぁ」
通りがかるアルセナのあいさつもほとんど流して、噂好きな令嬢たちの話は続く。
「でも、アルセナさんは……」「いつも通りでしょう? 工房にこもって魔道具作り。ショックなんて受けてらっしゃらないと思うわ」「人に興味なんてないものね。結婚できなくてむしろ良かったなんて思ってるんじゃない?」「あの方と結婚できる殿方なんて、同じような職人だけでしょうねぇ」
否定したい気持ちはあったが、何も言い返せない。アルセナは、授業を受ける時間以外のほとんどを、魔導製造理論に関する書物を読んだり、実際に魔道具を作る時間に費やしたりしていた。いわゆる貴族の令嬢らしいことは何もせず、夫となるべき男とも仲良くしているところがみられなかったのだから、口さがない人々に何を言われたとて、反論に使えるような事実も感情も見当たらない。
(でも、わたくしは……少しくらい、喜んでいただけていると思ったのに)
午前の必修科目が終わった以上、午後の時間はすべて魔道具製作に使える。しかし、今日ばかりはそうする気にはなれなかった。
アルセナもまた、年頃の少女と同じように、結婚に夢を見ていた……夫と共通の話題で楽しく話したり、贈り物を交わして通じ合う心を喜んだり。すこし変わった趣味を持ってはいても、才を磨く学園では珍しくもない。剣から流水を噴き出すモルゴのように、あるいは炎の魔法を扱うイルー伯爵の子息のように、才あるものはそれを磨くことを是として、少々の逸脱も認められる。
それゆえに狂ったのか、アルセナを捨てたのか。訊いてもいない、確かめようもないことが胸の内に溜まって、心を濁していく。
そのとき、ぱたぱたと元気な足音が聞こえた。一般的な教室に道具をあれこれと置いた工房に、こげ茶色の髪を短く刈った、緑色の瞳の少年が現れる。
「すみませんっ! あ、アルセナ先輩! よかった、いらした……」
「ええ、わたくしはアルセナですけれど……」
「僕はヘルケ・ヴューレモンです! せ、先輩にっ……魔道具のことをお聞きしたくて!」
「あら。その制服、中東部でしょう? この内容はすこし……」
ヘルケが広げたノートに書かれていたのは、照明の光量を調節するための、とても小さな晶球に仕込む術式についての補遺であった。ノクシャ公爵家傘下にある商会が売り出したカンテラの設計図に、アルセナ本人が書き入れたものだ。こういったことを専門に扱う職人向けに書いた内容であり、魔法の術式に明るいものにもやや難しい内容だった。
「いえ! 僕はヴューレモンの長男ですから! この術式をほかのことに使う方法について、お聞きできればと思ったんです」
「いいわね。大型化も小型化もすでに考えてはいたんだけど、どんな商品を考えたのか、ぜひ聞かせてもらえないかしら? わたくしは……」
素直で熱心な少年ヘルケが現れたことで、アルセナの生活は少しずつ変わっていった。実際の魔道具そのものから業界に入ったためか、少しばかり術式への理解が甘いところはあったが、とても吸収が早い。やがて向かい合って語らいながら食事をするようになり、術式のことを相談しに水泳の授業にまで押しかけるところは叱責しつつ、それさえ思い出に変わるほど、仲を深めていった。
一年ほど経った頃、アルセナは姉に「最近、男の子の話をするようになったわね」と微笑みかけられた。
「適齢期は仕事に打ち込んで、ギリギリでどこかの職人を捕まえるか、なんて思っていたのに。学園でも、かわいらしい後輩に熱心に指導しているそうじゃない?」
「あの子は優秀ですから。決して、わたくしに下心などは……」
「一緒にいて楽しい殿方を選んだ方がいいわよ? 前のあれとは話してもいなかったし、学園で楽しそうにしていることも珍しかったじゃない」
「そ、そうですわね……」
少しずつ背が伸びてきたヘルケは、ときおり精悍な顔をするようになった。武術にも打ち込み、太くなってきた腕に頼りがいを感じることも増えてきた。出会った頃は胸のあたりまでしかなかった身長も、そろそろアルセナのあごあたりまで伸びてきている。
「相手の名前を聞いておいていいかしら? きちんとした男の子なら、私から口添えしてあげてもいいわよ」
「ヘルケ・ヴューレモンというお名前ですわ。さまざまな領に広くつながりを持つ商会の、長男だと聞いています」
「ふーん……ヴューレモン。驚いたわね、手広くやってるところじゃない」
「ご存知だったのですね、お姉さま」
任せときなさい、と姉はにやにや笑いを隠そうともせず、去っていった。
その翌日、ノクシャ公爵は学園にやってきた――ちょうど、二人が並んで魔道具を調整しているところへ。
「お父さま!? 事前に言ってくだされば、きちんとお迎えしましたのに」
「いや、構わんよ。君はたしか、ヴューレモンの長男だったかな」
「えっ、ええ! ヘルケ・ヴューレモンです、お初にお目にかかります……」
「うん。今は何を作っているのか、訊かせてもらえるかね?」
細かい理論面を話す顔を微笑ましげに眺めながら、ヴァトラークは「それで」とあごに手を当てる。
「これは、どちらから売り出すつもりなのかね。共同で開発したものということになるが、どういった予定を組んでいるのかな」
「そっ、えっと、それは……すみません、考えていませんでした」
「なら、共同で売り出してみてはどうかね。君ほどの職人なら、ぜひノクシャの系列に入ってほしいところなのだがね」
「それは――お嬢様を僕にいただける、ということでしょうか」
忍び笑いを漏らしたヴァトラークは、いかにもわざとらしく作った声音で言う。
「そう聞こえたか」
「そのように、聞こえました」
「父が「娘をやる」というには、君は幼すぎると思うがね」
「並んでみせます! そして、……追い越してみせます。お約束します」
進みすぎた話に加われず、アルセナは困惑しきりだった。しかし、二人から同時に視線を向けられて、口を開く。
「わたくしは、賛成です。ヘルケは、とても可愛くて……」
「んのぁっ!?」
「二人で過ごしていると、暖かな気持ちになれますから」
「いいだろう。言葉での誓いはいらない、そちらのお父上とも話を付けておこう。ヘルケ君、娘を頼むよ」
深く頭を下げたヘルケと、真っ赤になって沈黙するアルセナを残して、父は学園の門を出て行った。
ふだん学園の寮に暮らしているアルセナも、婚儀の話がまとまっては、ずっと魔道具を作っているわけにもいかない。ヘルケと共同開発した、野外でも使いやすい舞台照明のサンプルも持って、彼女は実家に向かう馬車に乗っていた。
『とまれェ!』
「何かしら? 野盗でしょうか」
「その家紋っ、ノクシャ家だな! アルセナはいるかぁ!?」
「あらあら」
止めようとする使用人を制して、アルセナは馬車を下りた。そこには、ボロボロの男がいた。でたらめに破れて血の染み込んだ服、どこが無事なのかと思うほど全身にきずあとの残った肉体。研ぎ澄まされていると言えば聞こえはよかろうが、それなりに仕立てのよかったのであろう服がめちゃくちゃになっている様子は、怨念めいた執着を感じさせる。
一年でこれほど荒れるかというほど、伸び放題荒れ放題の金髪。左目を失くして眼帯を付け、腕や肩口にもすさまじい生傷がいくつもあった。戦いの才で日銭を稼ぐ冒険者に身を堕としていたようだが、ひとりで暮らす術も、仲間を作ることも知らなかったようである。楽しい日々に埋もれていたつらい思い出が蘇ってきたが……なかなか、ほとんど言葉も交わさず、顔も見てくれなかった男の名前が出てこない。
「……ああ、モルゴというお名前でしたね。何か御用でしょうか」
「ボクのことも忘れるほど、新しい男との逢瀬に現を抜かしていたのかぁ……くふふっ、お前たち魔族が人間を取り込もうだなんて、そうはさせないぞ!」
「逆だと思いますよ。いつまでも、自分の頭の中にあるご都合ばかり並べ立てて。仕方のないひと」
「うるさぁい! お前のせいで、ボクがどんな目に遭ったと思ってるんだ!? 廃嫡、追放! 誰ひとり仲間を得られずに、左目も失って……この怒りをどう癒やせばいいか! この剣が教えてくれたよ!」
御者や使用人には手を出そうとしていない。護衛もいるが、使用人には「撮影を」と命じておいた。魔道具をこちらに向ける使用人を横目で見てから、アルセナは挑発するように言い放った。
「所詮はあなたのご都合ですから、お好きにどうぞ。婚約破棄も、この無礼も。わたくしには何の意味もありませんので」
「死ねぇええええ!!!」
剣から水を噴き出し、大上段に振りかぶって飛びかかったモルゴは……しかし、空中で何かに巻き取られて墜落する。
「なっ、なんだ!? 痛いっ、なんだこれは! やめろ、離せえ! 指がっ、顔ゥがっ、がおがぁあ」
「賊を捕縛するための布です。ああ、もう……何でも切れる水を、そんな狭いところで使うから」
不注意な工員が起こした事故は、見慣れているとは言わずとも、ないことではない。細い立ち木なら両断すると豪語していた水流は、モルゴをぐるりと巻き取った捕縛用の布の中で暴れ狂い、彼自身を切り刻んでいた。
その後、魔力を封じる薬剤を傷口から染み込ませ、モルゴは捕縛された。既存の魔法治療では、強い呪いを込めた魔法による傷はそう易々とは癒えず、暴言や暴力が過ぎたため救貧院からも放り出されたという。そののち、しばらく物乞いをしていたかと思えば、ある日ふっといなくなった……それがモルゴという男に関する顛末である。
ノクシャ公爵家の次女「アルセナ=トゥリア・ノクシャ」と、ヴューレモン家の長男「ヘルケ・ヴューレモン」の婚約が決まってから一年ほど経った、ある日のパーティーにて。
「きっ、緊張した……!」
「社交界はほとんど経験がないものね。大丈夫よ、ほとんど出る機会はないと思うし……わたくしも、マナーの相手役を務めますから」
タキシードに身を包んだヘルケと、豪奢な黒いドレスで固めたアルセナは、少し広いベランダに出ていた。いつも工房にこもり切りで、昨日の湯浴み以降何も魔道具をいじっていないため、少しどころでなく落ち着かない様子だ。
「見て、ヘルケ。警備に使われているあの灯り、わたくしたちで作ったものよ」
「おぉっ、さっそくなのか……! 僕には商才がありませんから、どういった経緯で採用されたものだかわかりませんが。次はどの設計図に取り掛かろうか、ずっと考えてしまっているんです」
「ふふふ。そうね、ええ……あなたと二人で作りたいものが、どんどん増えていくわ」
「まずは、風を浴びると音の魔法を出す弓でしょうか……」
少年の頃から変わらない背中は、アルセナ一人を乗せても余裕があるほど大きくなった。アルセナのあごあたりだった背丈は、ぐんぐんと伸びていくうちに彼女を追い越して、彼女よりも頭一つぶん高くなった。
もう少しだけ、変わってほしいところはあるが――そのためにも、まずは。
「ねえ、踊りましょう? もっと、わたくしを真正面から見てくださいな」
「へっ!? え、ええ……手を取ってくださいますか、レディ? 僕の命に届く光、あなたの輝きを独り占めにしたい」
「もう一歩、というところね。贈り物の意味は熱心にお調べなさるのに」
「それでも、手を取っていただけるのですね」
ええ、とアルセナは応えた。
「わたくしの心は、もうあなただけのものだもの」
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