8.現状把握(1)
「そうか、ヴァルヘルムに会って契約してきたか。……まったく、惰眠を貪るためなら手段を選ばん奴だ」
「すっごく驚いたんだからね!? 心臓止まるかと思ったよ! どうして教えてくれなかったの?」
「だって、その方が面白いだろう?」
「ハイドさん、意地悪だニャ……」
星見亭に戻った私は、外であった出来事を息も絶え絶えに報告した。ハイドは毛づくろいをしながら、まるで茶番を楽しむ観客のように余裕たっぷりの顔で聞いている。
「まぁ、これで厄介ごとは片付いた。ならば早速、星見亭再開に向けて動き出そうではないか」
「う、うぅ……。あのドラゴンのこととか、おばあちゃんの残したお宝とか、気になることばかりで頭がいっぱいで……全然集中できないよ……」
「ファ、ファイトだニャ! アカネさんなら出来るニャ!」
まだ心の中は動揺でぐちゃぐちゃだけれど、チャルカが全力で応援してくれるお陰で、ほんの少しずつだけ現実に意識を引き戻すことができるのだった。
「まず、アカネにはこの星見亭のことを知ってもらおう。この店は客に飲食を提供していて、営業時間は朝七時から夜七時までだ」
「へぇ、そんなに長い時間やってたんだ。……おばあちゃん、体力大丈夫だったのかな?」
「一見すると長時間営業に思えるが、客が絶えず入ってくるわけではない。空いた時間に休んでいたから、チコでも十分やっていけたのだ」
なるほど。四六時中フル稼働ってわけじゃなく、ちゃんと休める時間もあったんだ。そう考えると、ちょっと安心する。
「それと、週に一度だけは特別営業だ。深夜十一時まで店を開けていた」
「えっ、そんな遅くまで!? その時間にお客さんなんて来るの?」
「それが来るんだニャ。私も深夜の時間にお邪魔したことがあるけど、いろーんなお客さんが出入りしてたニャ」
「へぇ……。深夜の星見亭……。なんかすごく気になるなぁ」
夜更けに喫茶店に集まる人たち。昼間とは違った顔ぶれが揃っていそうで、想像しただけで胸が高鳴った。
「社畜生活に比べれば、それくらいの時間は楽勝だね。……そうだ、休みは週に一回?」
「休みが週に一回だと? 何を馬鹿なことを言っている」
「そ、そうだよね……。あんなに稼いでいたんだから、休みなんて――」
「休みは一日おきにある」
…………へっ?
「…………へっ?」
「まったく、そんなに働いてどうするんだ。休みは一日おきに取らなければ体が持たんだろう」
「アカネさんは働き者なんだニャ~」
ハイドとチャルカは冗談を聞いたかのように笑い合っている。……ん? 待って、これって私がおかしいの?
「そ、そんな……一日おきの営業で、どうしてあそこまで稼げるの!?」
頭を抱えて考えるが、全然わからない。
もしかして店内の回転率が異常に高いとか? それとも客単価が爆上がりしているとか? うぅ……一体どうしたら、あんな資産が生まれるの!?
私が悩んでいると、チャルカがあっけらかんと口を開いた。
「それは、あれだニャ。お金を持ってないお客さんのお陰ニャ」
「ど、どういうこと?」
「代金の代わりに物を置いていくのニャけれど、その物が高いんだニャ」
「えっ……代金よりも高い品物を置いていくってこと?」
私の言葉に、チャルカはそうだと言わんばかりに力強く頷いた。
「で、その品物を私が適切な売り手に売るから、普通に代金を貰うよりも儲かるんだニャ」
「……ってことは、それって……チャルカのお陰ってこと?」
「そういうことニャ!」
チャルカは胸を張って得意げにしていたけれど、すぐに照れるように頭をかいた。
「ま、でもチコさんの人柄があったからこそ、良い品物が集まったんだニャ」
「なるほど……。じゃあ、お店の雰囲気や対応で、お客さんが代わりに置いていく物の価値も変わってくるってことか」
「そういうことニャ!」
これは責任重大だ。
私がちゃんとした飲食を出して、満足できる接客をしなければ、良い品物なんて手に入らない。
喫茶店のマスター初心者の私に、そんな空間を提供できるんだろうか……? 考えれば考えるほど、不安が胸に広がっていく。
「アカネ、不安か?」
ハイドの声に、ハッと顔を上げた。
「……うん。おばあちゃんみたいに、お客さんを満足させられるかなって」
「チコにはチコのやり方があったように、アカネにはアカネのやり方がある。焦らず、丁寧にしていけば大丈夫だ」
そう言って、ハイドは私の頬にすり寄ってくる。もふもふの毛並みが肌を撫でて、その心地よさに、不安が少しずつ溶けていくのが分かった。
「初めての挑戦だから不安なのは当たり前ニャ。でも、ここにはハイドさんもいるし、私もいるニャ。みんなで協力すれば、きっと新しい星見亭が生まれるんだニャ」
「……新しい星見亭、か。そうだよね。おばあちゃんがいなくなった以上、今までと同じじゃない。ここから生まれ変わるんだ」
「一つずつ積み重ねればいい。焦らず、じっくりと。そうすれば客は満足する」
二人の励ましが、じんわりと胸に沁みていった。二人のお陰で怖気づく気持ちが消えてくれた。
会社では、ただ一人で必死に踏ん張って、なんとか業務を終わらせていた。でも、ここは会社じゃない。
見守ってくれる存在がいて、力を貸してくれる仲間がいる。私はもう、一人じゃないんだ。
そのことに気づくだけで、心がふっと軽くなる。胸の奥から、不思議と前向きな気持ちがわき上がってきた。
「二人とも、私に力を貸して」
そういうと、二人は笑顔で頷いてくれた。




