7.財産にこれはないでしょ!
「アカネさん、大丈夫かニャ? さっきからフラフラしてるニャ」
「ははは……。ちょっと現実を受け止めきれなくてね。まさかおばあちゃんが、あんな大金を稼いでたなんて……」
「星見亭は特別な喫茶店だから、特別に儲かってるニャ!」
チャルカは陽気に言うけれど、私の気持ちはまだ追いついていない。
優しくておっとりしているおばあちゃんが、実はとんでもなくやり手だったなんて……。確かにあの人は、どこか底知れないパワフルさを持っていたけど。
中年の男性に案内され、静かな廊下を進む。財産の手続きを終えて、途方もない金額を見せられた後、今度は「物」の確認に向かっているところだった。
おばあちゃんが活躍していた頃の戦利品や記念品。喫茶店に通うお客さんから受け取った大切な贈り物。
一体どんなものが眠っているのかと思うと、怖いくらいの期待と好奇心で胸がざわめく。
考えにふけっていると、やがて廊下の突き当たりにたどり着いた。そこには重厚な扉がひとつ。その横には、不思議な四角い機械が備え付けられている。
「ここが、お客様からお預かりした貴重品の保管室です。この機械に、先ほどお渡ししたカードを差し込んでください。すると、登録されたお部屋へ直接転移いたします」
「……転移」
思わず息を呑む。
銀行の奥にある秘密の部屋へ、カード一枚で瞬間移動できるなんて。ここでもまた、異世界らしい仕組みに度肝を抜かれてしまった。
私は胸を高鳴らせながらカードを機械に差し込んだ。かちりと音がして、機械が低く唸りを上げる。直後、扉にはめ込まれた宝石がぱあっと眩く光を放った。
「お待たせいたしました。特別室にご案内いたします」
「……特別室?」
中年の男性がにこやかに微笑みながら、重厚な扉へ手を掛ける。その言葉の響きが妙に引っかかり、私は首を傾げた。
そして、ぎぃ……と低い音を立てて扉が開いた瞬間。私は足を踏み入れて、息を呑み、言葉を失った。
見上げても届かないほどの天井。数百メートルはあるであろう、途方もない広さの空間。規則正しく並んだ棚が延々と続き、視界の奥まで宝物庫のように埋め尽くしている。
しかし、私を本当に凍りつかせたのは、それらではなかった。
――黒い鱗に覆われた、山のように巨大なドラゴン。
その巨体が床を占拠し、ゆっくりと上下する腹からは、地響きのような寝息が漏れていた。
「…………え?」
思わず声が裏返る。宝物庫を想像していた私の目の前には、異世界らしさを通り越した、伝説そのものが鎮座していた。
「ド、ド、ド、ド、ドラゴンーーーー!?」
「ウニャァーーーーッ!!」
広大な室内に、私とチャルカの悲鳴が木霊した。
その直後、ドラゴンの巨大なまぶたがゆっくりと持ち上がり、ギラリとした眼光が私たちを射抜く。視線を浴びた瞬間、体が石のように固まった。
た、食べられる!?
「……なんじゃ、騒々しい。ついこの間、目を覚ましたばかりじゃぞ」
ドラゴンは山のような頭を持ち上げ、がばっと欠伸をする。ゴウッと漏れた息に混じって、火の粉がぱちぱちと飛び散った。
ひぃぃ、焼かれる!?
「……ふむ。なるほど。チコの孫、アカネか。思ったより早く来おったのぅ」
「えっ……」
名前を名乗ってもいないのに、私の正体を言い当てられてしまった。まさか、このドラゴン……おばあちゃん絡みで全部知ってる?
「ならば契約は早い方がよい。おい、アカネ。もっと近う寄れ」
「え、えぇぇっ!?」
「い、行くニャ! 機嫌を損ねたら、何をされるか分からないニャ!」
「う、うん……」
チャルカに必死に背中を押され、私はガクガクと足を震わせながら一歩、また一歩と近づいていく。
その時、ドラゴンが低い声で、何やら小声で呟いた。耳を澄まそうとした瞬間、足元がぱっと光り輝き、複雑な紋様が浮かび上がる。
「な、何これ!? 魔方陣!?」
「ヴァルヘルムと契約する――そう言えばよい」
「ヴァ、ヴァル……? ヴァルヘルムと契約するっ!? わぁっ!」
言葉を発した途端、魔方陣が眩い光を放ち、私の体を包み込む。光はすぐに消えたけれど、何かが確実に変わってしまった感覚が残った。
「い、今の……一体なに?」
「従属の契約じゃ。これで、我はアカネのものとなった」
「ええぇぇぇっ!? い、いきなりそんなこと言われても!!」
「そうじゃろ、そうじゃろ! 困るじゃろう!」
どうして、いきなりこんなことに!? 必死に抗議する私をよそに、ドラゴンは愉快そうに喉を鳴らして笑っていた。
「いやぁ、この竜神王たる我を従属契約するとはのう。神ですら震え上がるほどの存在ぞ? 世界を三回くらい滅ぼせる力を持つ我を、好き勝手できる権利を手に入れたのじゃ。どうじゃ、光栄であろう」
「そ、そんなつもり全然ないですーーっ!」
「そうじゃろ、そうじゃろ! 我のような存在、アカネにとっては邪魔でしかあるまい。だからここで大人しく惰眠をむさぼるとしよう。……いやぁ、アカネがチコと同じ考えで助かった。これで世界は救われたのう。よっ、救世主!」
……なんか、すごいこと言ってるのに妙に軽い。そのせいで、さっきまでカチコチだった警戒心が、じわじわと溶けていってしまう。
「我はここで永遠に寝ておっても一向に構わんぞ。気を遣う必要もない。……いいか? これは絶対にフリではないぞ?」
「は、はい……」
「うむ。では話は終わりじゃ。ほれ、用が済んだなら星見亭に帰るがよい」
え、雑っ!? 私たちを追い返すかのように頭を下げ始めたドラゴンは、ふと何かを思い出したように顔を上げる。
「そうそう、一つだけ。宝が煩くなったら、そん時は何とかしてくれ」
「……宝が煩い?」
「うむ。この部屋にはいわくつきの宝が山ほど眠っておるでな。やつら、時々自我を取り戻して勝手に喚くのじゃ。ここは誰にも邪魔されぬ最高の寝床なのに……そこだけが難点よ」
「じ、自我を取り戻して喋る宝……?」
頭の中にハテナが乱舞する。宝物が勝手に喋るって何? いわくつきって、まさか呪われたアイテムとかそういうやつ!?
おばあちゃん……。星見亭だけじゃ飽き足らず、どんなヤバいコレクションを残していったの……!?
異世界の遺品整理……大変なことになりそうだな。




