4.ミャオリン族のチャルカ
「ね、猫が……服を着て立っている」
目の前には、身長百四十センチほどの猫が立っていた。くりくりの緑色の瞳、ピンク色の小さな鼻先、ピンと伸びたヒゲ。どこからどう見ても猫なのに、人間のように背筋をピンと伸ばし、きちんと服を着ている。
「ウニャ? 初めて見る顔だニャ……。あっ、もしかして、この人がアカネさんなのニャ!?」
首をかしげて可愛らしく問いかけたあと、ぱっと目を見開き、驚いた様子を見せる。
「私の名前、知っているの?」
「もちろんだニャ! チコさんから話は聞いているニャ! 日本から来たんだニャ?」
「えぇ、そこまでおばあちゃんは話していたのね」
「そうニャ、そうニャ! チコさんはこの日のために色々と話してくれたニャ。だから、こうして力になるために来たんだニャ!」
胸を自信たっぷりに叩きながら、何度も頷く。その瞳はキラキラと輝き、元社畜の私には眩しすぎるほどだった。
「そんな所で立ち話してないで、中に入ったらどうだ?」
「ハイドさん、連絡ありがとうだニャ」
「すぐに来てくれて助かった。これで諸々の引き継ぎが出来る」
ハイドの声に誘われ、私たちは店内へと足を踏み入れた。カウンターに腰を下ろすと、ふっと肩の力が抜け、やっとほっと落ち着くことができた。
「まずは自己紹介からだニャ。私の名前はチャルカ。ミャオリン族だニャ」
「ミャオリン族?」
「獣人には色々と種族がいるんだニャ。その中でも小柄の猫獣人をミャオリン族と言うニャ。特徴は手先が器用で、頭を使うことが得意だニャ」
チャルカは真面目に説明しているが、私の視線は他に注がれた。小さくてふわふわの猫耳がぴくぴく動くチャルカを見ているだけで、心がときめく。こんな存在と同じ空間にいるなんて、まるで夢の中にいるようだ。
「へー、そういう種族なんだね」
思わず声に感嘆が混じる。目の前の異世界の住人たちが放つ不思議な魅力に胸が高鳴った。
「私は星見亭に商品を卸している者ニャ。チコさんが欲しいと思った商品を探して仕入れたり、逆にチコさんが換金したい物があれば、それを処理したりしているニャ」
「商品は分かるけど……換金?」
思わず首を傾げる。喫茶店で耳にするには、あまりに場違いな言葉だった。お茶や食事を楽しむ空間で、換金なんて必要なのだろうか。そんな疑問が胸をよぎる。
「チコさんの星見亭は特別なんだニャ。時々、お金を持たないお客さんが現れるんだニャ。その人たちは飲食の代わりに、手持ちの品を置いていくことがあるのニャ」
「へぇ……物々交換をする喫茶店、か。なんだか不思議で、面白いね」
「そうニャ! チコさんは本当に優しい人だったから、どんなお客でも――人でも、そうじゃなくてもウェルカムだったんだニャ。だから、この星見亭は色んな種族に愛されるお店になったんだニャ」
チャルカの言葉を聞いて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
おばあちゃんは、ここでも変わらず優しさを広げていたんだ。異世界であっても、その優しさは人の心を動かし、居場所を作っていた。そう思うと、自然と自分まで優しい気持ちになっていくのを感じた。
「それで、チャルカはどうしてここに来たの? 商品を卸すため?」
「それは後でいいニャ。その前に……チコさんからお願いされたことがあるニャ」
「おばあちゃんが?」
どうやら、おばあちゃんはハイドだけじゃなく、このチャルカにも頼み事をしていたらしい。胸が少しざわつく。
「アカネの住民登録と、喫茶店の所有者を変更する役所での手続きと、チコさんの財産を引き継ぐ手続き……それをお願いされたニャ」
チャルカの言葉が、ふわりと夢を見ていた心を現実へと引き戻す。星見亭を継ぐ。そう決めたのなら、当然避けては通れないこと。
「……そうだよね。このまますぐに店主になれるなんて思ってなかったけど、やっぱり正式な手続きが必要なんだ」
「現実は色々とやることが多くて大変だニャ。でも、これさえ終われば……あとは自由に、星見亭を切り盛りできるニャ!」
「……うん。おばあちゃんの星見亭を引き継ぐって決めたんだから、ちゃんと手続きを済ませなきゃ」
「案内は私に任せるニャ! さっさと片づけて、星見亭を再開ニャ!」
チャルカの元気な声に背中を押されて、胸の奥に小さな決意の火がともるのを感じた。
「話はまとまったか? じゃあ、俺はここで待っているから、手続きとやらを終わらせて来い」
「はいニャ! じゃあ、アカネさん。行きましょうニャ!」
「うん、よろしく」
ハイドの声に私たちは席から立った。チャルカの先導を受けて、私は星見亭を後にする。




