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異世界喫茶で再出発ライフ  作者: 鳥助


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14/15

14.開店(4)

 思いを伝えた時、無意識に両手を強く握りしめていた。余計なことを口にしていないだろうか。我儘に聞こえなかっただろうか。ちゃんと気持ちが伝わる言葉になっていただろうか。


 胸の奥から不安がこみ上げ、思わず声を上げてしまいそうになる。けれど、私は星見亭のマスター。弱さを隠してでも、相応しい態度でいたい。その気持ちをぐっと押し込めて、ただ四人の言葉を待った。


 沈黙を破ったのは、おじいさんだった。


「アカネさんが星見亭を大切に思う気持ち、確かに伝わってきた。それと同時に、チコさんを大事に思う気持ちもな。その想いは独りよがりではない。……誰かを心から大切にする、立派な気持ちじゃよ」


 しみじみと語るその声音に、胸が熱くなる。おじいさんは懐かしむように目を細めたが、ふと寂しげに表情を曇らせた。


「じゃがな、わしらはアカネさんに強くチコさんの姿を重ねすぎておった。つい、同じものを求めすぎてしまった。……少し、意地悪だったかもしれん」

「いえ、そんな……意地悪だなんて。みなさんがおばあちゃんの味を好きで通ってくださっていたのは、本当に嬉しいことです。それを絶やすことこそ、悲しいことだと思います」


 そう言うと、おじいさんはゆっくりと首を振った。


「確かに、チコさんが作る味は好きじゃった。じゃがの……それ以上にわしらが好きだったのは、この場所なんじゃ。穏やかな空気、誰にも邪魔されぬ自分だけの時間、時には語らう憩いの場。星見亭そのものが、わしらの心を救ってくれておったのじゃよ」


 星見亭そのものが好き。


 その言葉が胸に染み込むように広がっていった。私は、ずっと「味を守らなくちゃ」と思い込んでいた。けれど本当に大切なのは、味だけじゃない。おばあちゃんが作り上げてきた、この温かな空気そのものなのだ。


 胸の奥にあった焦りが、少しずつ溶けていく。


 そうか……。私はおばあちゃんと同じでなければならないって思いすぎていたんだ。でも、私らしい星見亭でもいいんだ……。


 そう思っただけで、自然と肩の力が抜けていった。


「星見亭は、そこに在るだけで救いになるんじゃ。だからアカネさんには、この場所を守ってほしい」

「……在るだけで救いに。私は、もっと色んなことに気を配らなければならないと思っていました。香りや味はもちろん、お店に漂う独特の空気まで。どれもおばあちゃんと同じでなければいけないって……ずっとそう考えていたんです」


 私の言葉に、おじいさんはゆっくりと首を横に振った。


「わしもな、チコさんがいなくなった時は、胸がえぐられるような喪失感に打ちひしがれた。あの人のいない星見亭なんて……と、何度も考えたもんじゃ」


 そこで言葉を切り、ふと表情を和らげる。


「じゃがのぅ、星見亭が再開すると聞いたとき、わしは胸が躍ったんじゃよ。チコさんがいなくとも、この扉がまた開かれると知った瞬間、心の奥からワクワクが込み上げてきた。まるで、長い旅の果てに新しい冒険が始まるような気分でな」


 おじいさんは目を細め、遠い昔を懐かしむように語った。


「初めてこの扉を開けた日のときめきが蘇ってきた。どんな空気が待っておるのか、どんな味に出会えるのか……未知の世界を旅するようで、鼓動が速くなったんじゃ」


 その声には、年を重ねた人の落ち着きと、少年のような無邪気さが入り混じっていた。


「だからの、アカネさん。わしはもう、チコさんと同じものを求めてはおらん。アカネさんが織りなす新しい星見亭に出会えることが、楽しみでならんのじゃ」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。私の中で、固くこわばっていたものがゆるやかにほどけていくのを感じた。


 すると、その話を聞いていたお姉さんがクスクスと笑った。


「ちょっと、おじいさん。語りすぎよ。私が言いたいこと、先に全部持っていっちゃったじゃない」

「フォッフォッフォッ、すまんすまん。つい熱くなってしまってのう」

「まぁいいけど。私も同じ気持ちだったって話。久しぶりにワクワクしたのよ。どんな人がマスターになって、どんな星見亭になるんだろうって」


 お姉さんは頬杖をつきながら、子供のように無邪気に笑った。その笑みが嘘偽りのないものだと、考えるまでもなく分かる。


 隣に座る獣人に視線を向けて、肘で軽く突く。よく見ると、獣人は天井を仰ぎ、何かを必死に堪えるような顔をしていた。


「あんたはどう思うの?」

「……その通り、まさしくその通りだ……!」

「だめね、この人。おじいさんの話に共感しすぎて、完全に自分の世界に入り込んでるわ」


 お姉さんは呆れたように肩をすくめ、けれどすぐにカラカラと笑い声を響かせた。その明るさに、思わず私も頬がゆるむ。


 やがて、お姉さんはチャルカへと視線を向けた。


「あんたはどう思ってるの?」

「私は……アカネさんと同じ気持ちだったニャ。星見亭の経営を手伝う立場だから、ついお客さんの期待を『チコさんと同じ味や空気』だと思い込んでしまったニャ。でも……本当は違ったんだニャ」


 チャルカは切なげに目を細めながら胸の内を語る。その言葉を聞いて、少しだけホッとする。自分だけがそう感じていたわけじゃなかったのだと。


「まぁ、チコさんのことも大事だけど……アカネがつくる星見亭を、私たちは楽しみにしてるの。だから肩の力を抜いて、自然体でやりなさい」

「うむ、うむ! 全くもってその通りである!」

「アカネさんらしい星見亭を、心から期待しているよ」


 次々と告げられる温かい言葉に、胸の奥がじんわりと満たされていった。私らしい星見亭。まだその姿ははっきりと見えない。けれど、だからこそ未来を思い描くことができる。見えない分だけ、どんな色にも染められる。そう思うと、不思議とワクワクした気持ちが込み上げてきた。


 そして、同じようにお客さんたちもワクワクしながらここに集まってくれていたのだと気づいた瞬間、胸の奥からじんわりと嬉しさがあふれてくる。自分と同じ気持ちで待ってくれていた――それだけで、こんなにも心強い。


 自然と、笑みがこぼれた。


「はい! これからの星見亭、どうぞ楽しみにしていてください!」

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