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異世界喫茶で再出発ライフ  作者: 鳥助


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12/13

12.開店(2)

「どうぞ、お好きな席にお掛けください」


 そう声をかけると、お客さんたちは揃ってカウンター席に腰を下ろした。全員が隣り合わせに並んだのを見て、思わず目を瞬かせてしまう。


「え、あの……奥のテーブル席も空いてますけど……?」

「ふふっ。今日はアカネちゃんをじっくり眺めたい気分なの」

「わしも同じじゃ。新しいマスター、よう見ておきたい」

「なにせ、この店の新しい顔だからな。人となりが気になる」

「ニャー。みんな、考えることは一緒だニャ」


 四人は顔を見合わせ、楽しそうに笑い合う。その穏やかな空気感は、こちらの緊張を自然とほぐしてくれた。


「もしかして……皆さん、お知り合いなんですか?」

「そうニャそうニャ! 開店と同時に来るメンバーは、だいたいこの四人なんだニャ」

「誰か一人欠ける日もあるが、大体はこの顔ぶれだな」

「相席することもあれば、気分で離れて座ることもあるのぅ」

「見飽きた仲だけど……会えない日があると、やっぱりちょっと寂しくなるのよね」


 なるほど、この四人はただの常連客というより、開店時間に集まる仲間のような存在なんだ。言葉に出さずとも繋がっている、そんな関係性が伝わってくる。


「……そうじゃ、注文を忘れとった。わしはホットコーヒーとミックスサンド。まずはコーヒーを先に頼む」

「私も同じにするわ。何も言わずに座っちゃったのねぇ」

「我もそれで。久しぶりに来たら、ルーティンとやらをすっかり忘れてしまった」

「ここにいるみんな、まずはホットコーヒーだニャ! サンドイッチは後でいいニャ!」

「かしこまりました」


 ようやく注文が出そろう。


 おばあちゃんがマスターだった頃は、言葉を交わす前に自然と好みの品が並んでいたらしい。私も早く、そんな風にできるようにならなくちゃ。


 じゃあ、早速――星見亭の看板商品、ホットコーヒーを淹れよう。おばあちゃんから引き継いだ記憶を頼りに、自然と体が動き出す。


 棚から道具を取り出す。まずはポット。水を入れてポットマットの上に置く。普通なら火を使うところだけど、おばあちゃんは魔法使いだった。魔法で水をお湯に変えていたようだ。


 次にコーヒーサーバーを調理台に置き、その上にドリッパーをセット。ペーパーフィルターを折り目に沿ってはめ込む。続いて、カップとソーサーを人数分並べると――。


 ちらりと視線を送った先で、四人の常連客が私の一挙手一投足を見つめていた。その目は優しく、まるで親が子を見守るようで、どこか懐かしさを含んでいる。


「……私の動き、変じゃないですか?」

「ちーっとも変じゃないニャ! むしろ驚いてるニャ!」

「チコ殿と寸分違わぬ所作……。まさに熟練の動き」

「話には聞いとったが、ここまで同じとはのぅ……思わず息をのむわ」

「ほんと、不思議ね……。まるでチコさんがそこにいるみたい」


 四人の瞳には、ただの客以上の感情がにじんでいた。私の中に残るおばあちゃんの記憶は、彼らにとって懐かしい時間を呼び覚ますものだったのだろう。


 そんな視線を受けながら、手は止まらずに動いていく。


 保管庫からコーヒー豆を取り出し、棚に置いてあるミルに人数分の豆を投入。スイッチを押すと、軽やかな音を立てながら刃が回転し、硬い豆が次々と砕かれていく。


 コリコリ、ゴリゴリと心地よい響き。やがて粉砕が終わり、受け皿を取り出すと――ふわり、と立ちのぼる香りが辺りに広がった。


「あぁ、この匂い……たまらないわね」

「この音の後の、この匂い! ワクワクが止まらないニャ!」

「久しぶりに嗅いだのぅ……やっぱり、これじゃ。これが好きなんじゃ」

「この香りを吸い込まんと、一日が始まらん」


 四人の目が一斉に細まり、幸せそうな息がもれる。私自身も、思わず胸が熱くなった。


 鼻をくすぐる深くて豊かな香り。苦みの奥に、ほんのり甘さを含んだような、優しい匂い。まるで時間が一瞬だけ緩んで、心が包まれていくようだ。


 おばあちゃんと一緒に過ごした台所の風景が、ふっと脳裏に浮かんだ。背中越しに漂ってきた、あの香りと同じ……。懐かしさと安心感が胸を満たし、自然と口元が緩む。


 コーヒーの香りって、こんなに心を揺さぶるものだったんだ。昔は何気なく嗅いでいた匂いだけど、場所が違うだけでこんなにも心躍るものになるなんて。


 粉砕したコーヒー粉をペーパーフィルターに移し、軽く揺すって表面を平らにならす。


 次にポットへ手をかざし、そっと魔力を流し込む。じんわりと伝わる熱。目指すは、確かおばあちゃんがいつも言っていた九十度前後。


 水はたちまちお湯へと変わり、温度がゆっくりと上昇していく。湯気が立ち上がりはじめた頃、感覚で「ここだ」と見極めて魔法を止めた。


 やがて、お湯の準備が整う。いよいよ、コーヒーの命ともいえるドリップの工程だ。


 まずはコーヒーサーバーを軽く魔法で温め、注ぐ準備を整える。そして粉の上に、ほんの少しだけお湯を注ぎ、静かに蒸らしていく。


 じゅわり、と粉が膨らみ、ふわりと香りが広がった。その瞬間、胸の奥がくすぐられるようで思わず息をのむ。


 蒸らしが終わると、いよいよ本格的なドリップの時間だ。


 粉の中心にそっとお湯を注ぎ、のの字を描くように、ゆっくりと回しながら広げていく。お湯がコーヒーに触れるたび、ふくらんだ粉が小さく呼吸をするように膨らみ、ほろ苦い香りがふわりと立ちのぼった。


 八分目まで注ぎ終えると、一度手を止める。ぽとり、ぽとりと落ちていく雫の音。透明なガラスを伝って落ちるその一滴一滴が、まるで時間を引き延ばすように感じられる。


「ふふっ、このもどかしい時間……癖になるのよねぇ」

「早く飲みたい気持ちと、このままでいたい気持ちがせめぎ合うのニャ」

「ここまで楽しい辛抱は他にないのぅ」

「我はいくらでも待てる」


 穏やかな声が重なり合う。私も思わず頷いた。


「その気持ち、分かります。待っている時って……すごく楽しいですよね」


 ゆっくりとコーヒーが滴り落ちていく。待つ時間そのものがご褒美みたいで、その間に交わす何気ない会話がさらに温かさを添えていた。まるで全員の気持ちが同じリズムで揺れているようで、胸が満たされていく。


 また静かにお湯を足し、また一言二言かわす。その繰り返しの中で、空気はますます柔らかくなっていった。


 やがて四人分のコーヒーが完成する。ドリッパーを外し、サーバーを独立させると、濃厚な香りが一層強まる。


 温めておいたカップに、黒く艶やかな液体を均等に注ぐ。その表面に揺れる蒸気と、立ち上る香りに、胸の奥までじんわりと熱が染み込んでいった。


 それから、ソーサーを手に持ち、お客さんの目の前に差し出す。


「お待たせしました、ホットコーヒーです」

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